目立たないようにと幸村は猿飛佐助と霧隠才蔵だけを連れて紀伊国の九度山に向かった。しかし、到着すると地元の民が幸村を歓迎し質素な館に案内する。そこには根来衆の頭領と驚いたことに雑賀衆の頭領も待ち構えていた。
「こちらの情報は筒抜けか」
幸村が苦笑する。
「今回の地震と津波の災い、心よりお見舞い申し上げる」
「ありがたきお言葉」
「だが申し訳ないが今回は救援に参ったわけではない。実は雑賀衆に頼み事があって来た」
幸村が頭を下げる。
「心得ております。お顔をあげてください」
幸村が顔をあげると雑賀衆の頭領が口を開く。
「何なりと。その前に申し上げたいことがあります。根来と我が雑賀に血の繋がりはない。だが兄弟以上の信頼関係がある。紀伊国を守るという暗黙の了承があるからだ。この国は自然に恵まれているがその自然が猛威を振るうこともある」
ここで幸村が応じる。
「地震や台風のことだな」
両頭領が頷くと幸村が本題に入る。
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「さて頼みのことだが」
両頭領が幹部を所払いする。
「この屋敷の周りを警護せよ」
館に残ったのは両頭領と幸村と佐助と才蔵だけになる。
「瀬戸内海の制海権を確保したい」
雑賀衆の頭領が即答する。
「お任せあれ」
根来衆の頭領が追従する。
「私どもが雑賀衆の留守を預かる」
幸村は根来衆と雑賀衆の統領が同席している訳を理解する。
「協力して紀伊国を守るためか」
「そうです」
「ならば、なぜ私の頼みを聞いてくれるのだ?」
「紀伊国は一つの国。誰の支配も受けないし、他国の領地も欲しくない。この気持ちを分かっていただける方に協力は惜しまない」
この言葉に幸村は圧倒される。
「それぞれの国が他の国を尊重する。そんな国ばかりになれば日本は平和になると?」
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「庶民は領土を求めておりません。領土を欲しがるのは権力者だけ」
幸村はこれまでのことを思い出す。
――今までいったい何を求めて生きてきたのか
「戦国時代に終止符を打って平和な国を目指すなどと言っていたが……」
「誰がそのようなことを」
「家康……じゃない。家康の影武者が言っていた」
幸村が茶臼山での戦いで影武者服部半蔵の講釈を説明する。しかし、途中で根来衆の頭領が遮る。
「それは、まやかし」
幸村は冷や水を浴びたように言葉を切る。
「我らは信長にも家康にも、そして秀吉にも与しなかった。しかし、幸村様は違う」
「どういう意味だ?」
交渉事に強い幸村が会話をリードできない事態に陥る。
「九度山での幸村様の態度をつぶさに見ましたが、器の大きな方だと敬服しました」
「待て。私は秀頼様を天下人にするために戦っている。ここに来たのもそのためだ」
「分かっております」
幸村はこの根来衆の頭領のペースにはまりながらも真意を問う。
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「それでは先ほどの考えと矛盾するではないか?」
「権力者というのは庶民から慕われなければならない。秀吉はそういう類いの人間だった。一百姓から天下人になった……」
幸村は聞き役に徹する。
「破竹のごとく出世したが世継ぎには恵まれなかった。そんな秀吉を庶民は愛した。しかし、晩年は権力に固執するようになった」
幸村は目を閉じる。
「家康ごときなどはギラギラした視線で権力の頂上を目指した。だが、ここに来て幸村様が立ちはだかった」
幸村がほんの少しだけ頷く。
「幸村様は真田という小さな大名の子で苦労を重ねた。権力者になろうなどという野心など微塵もない」
幸村が目を開くが口は開かない。
「権力者は理屈、つまり大義を大事にするが中身がない。泥棒にも三分の理と言うが、権力者はそれ以下」
幸村の目から薄い涙が漏れる。
「心配されませぬように。我らは理想のみで生きているのではありません。現実を直視して行動します」
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根来衆の頭領が幸村に近づいてひれ伏すと横にいた雑賀衆の頭領がおもむろに口を開く。
「瀬戸内海の件、承知した」
幸村は涙を拭うと大笑いする。
「この涙、うれし涙に変わった。ありがたい。ありがとう!」
幸村がまず根来衆の頭領を抱きしめる。そして雑賀衆の頭領の手を強く握る。
「今目覚めた。まず大坂を独立国家とする。そして京もだ。その後、中国地方や四国、九州にも独立国家を形成させる。もちろんどの国家も平等だ」
幸村が一気に持論を繰り広げる。
「昔、元という巨大な国が日本を二度も攻めたが、いずれも台風で元の水軍は壊滅した」
「神風のことですな」
「紀伊国は絶えず台風と戦っている。決して台風は神風ではない」
根来と雑賀衆の頭領が交互に応じる。
「中国大陸のことはよく分からない。だが秀吉様が朝鮮出兵したとき征服欲かと思って反対した」
両頭領が頷くのを見てから続ける。
「しかし、そうではなかった」
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今度は両頭領が首を傾げるの確認する。
「いつ大陸から攻撃を受けるか知れない。中国大陸は広い。絶えず覇権を目指す権力者が現れては消える。そのたびに日本はビクビクしなければならない。そこで橋頭堡を築くために朝鮮に出兵したのだ」
「まさか」
「このような大義がなければ知将の加藤清正が動くはずがない」
「しかし、結果は散々たるものだった」
「そのとおりだが私が言いたいのは朝鮮出兵の結果ではない。どんな権力者が日本を統一しようとも、外国の恐怖から逃れることはできない。聞けば中国が絶えず覇権争いを繰り返すのは西方にムガル帝国、オスマン帝国、ペルシャ帝国、ローマ帝国といった強国があったからだと言われているが、私にはよく分からない。いずれにしても日本は辺境のちっぽけな島国であることは間違いない。秀吉様もそこのところを何とかしようと考えたのだろう。しかしながら秀吉様と言えども西方の国のことなど分かるはずもない。それなのに拙速な攻撃を朝鮮に仕掛けた。やはり過ちだと言うほかはない」
この言葉で両頭領は幸村にとことん惚れ込むことになる。なぜなら幸村の基本的な考え方が自分たちの考え方に一致していると思われたからだ。
「よく分かりました」
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雑賀衆の頭領が立ち上がる。
「これ以上の話は無用。ここで酒を呑みたいところだが、控えましょう」
根来衆の頭領も立ち上がる。
「幸村様の意向が成就されるまで酒宴は控えよう。我らは幸村様の言葉でいい酒を十分呑ませていただいた」
ふたりの頭領の姿が消える。
翌朝、陽が昇る前に雑賀水軍が紀伊水道に向かう。一方、根来衆が最新の兵器の供給を約束した。しかし、家康がヨーロッパから調達した兵器を上回るものではなかった。
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