第十話 為替差益とビットコイン


 国税庁は「ビットコインによる儲けは雑所得で申告しなければならない」と警告するが、申告しない者を探し出すのは困難を極める。誰が何時いくら儲けたのかなど知りようもない。要は「警告」しか手段がない。「国税庁としては目を光らせている」と脅すが、「パナマ文書事件」を見ても当局の無力さは否定できない。要は対応策がない場合「警告(脅し)」しか手段はないということだ。もちろんビットコインで儲けても申告するなと言う趣旨ではない。どんどん摘発して課税の公平性を保たなければ国税庁の存在意義、特に信頼が揺らぐ。しかし、国税庁長官は現場を知らないし、現場をよく知る者が長官や側近になることはない。


 第五話「医療費控除に調査はあるのか」でも述べたが、大量の医療費関係の領収書を提出すれば税務署がいちいち中身を見て「これはいい。これはダメ」と仕分けして納税者にクレームを付けるなど不可能だ。「調査時に医療費控除の是非をチェックする」と脅すが、サラリーマンで医療費控除を受ける納税者に調査が入るわけがない。私の経験でも個人事業者が税務調査を受けても医療費まで調査されたことは一度もない。いずれにしても国民は当局の足腰の弱さをよく知っている。


 さて為替差益を指摘されて調査を受けたことがある。そのときも医療費控除を云々と言われたことはなかった。この顧問先は海外の上場会社の元社長でかつその国以外にも事業を展開して高額な役員報酬と配当を受けていたが年齢的な問題もあってこの上場会社を現地の投資家に売却して多額の収入を得た。そしてすでに設立していた日本法人の社長に収まった。

 

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 海外で得た報酬や配当はその都度日本に送金していたが、これらの送金で足が着いたわけではなかった。これらの所得はキチンと計算して私が申告書を作成していた。もちろん株式の売却益も申告した。ところが、株式売却収入があまりにも巨額だったので日本への送金に税務署がやっと気付いたということだ。


 私は税務署の前は商社に勤めていたので為替差益に対して当局があまり関心がないことを知っていた。海外勤務しているとレートの関係で絶えず為替差益が発生する。もちろん差損が発生する場合もあるが、大抵会社がその損失を穴埋めする。だが差益が発生した場合、会社は差益を「返してくれ」は言わない。私の勤務先は小さな商社だったが数千人もの社員が海外勤務している商社と付き合いがあった。商社マンの給料は高い。接待のつもりで飲み会に誘ったら為替損益の話がよく出た。もちろん仕事の話もあるが為替差益で儲かったという話も結構多かった。その金額は年間百万円を超えることもあった。でも税金を払ったという話は聞いたことがなかった。


 税務署に配属される前に各税法の研修を受けたときに分かったことだが、為替差益は雑所得として申告しなければならないものの、給料しか収入がない場合は、為替差益が二十万円以下なら申告する義務がない。研修後私は所得税部門に配属されなかったので、退職して税理士事務所を開設しても為替差益など特殊で当局も余り関心がないと勝手に思っていた。私の方にも甘さがあったことは否定できない。

 

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***


 国際租税専門官という、いかにも外国為替に詳しそうな専門官から先ほどの社長個人に為替差益の申告漏れがあるとの連絡を受けたので社長と税務署を訪れた。為替差益があったことを認めた上で社長は専門官に尋ねる。


「仰せのとおり、税金を支払います。いくらですか?」


 しかし、専門官はそれには応えず社長に外国銀行の預金通帳の提出を求めてきた。もちろん用意してきたので社長は通帳を提示するが、直近の半年分しか記帳されていなかった。


「これ以前の通帳もお願いしたいのですが」


「ありません。破棄しました」


「破棄?」


 最近、元国税庁長官が国会で何回も言った「破棄」という言葉に調査官は困惑する。返事がないので私は確認する。


「商売しているのなら古い通帳も保管しなければならないでしょうが、雑所得になるような所得に関しては預金通帳の保管義務どころか帳簿の作成義務もありませんよね」


 やっと専門官が応える。


「はい」


「そちらで外国銀行に紹介すればいいのでは」

 

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「ご存じの通りこの国と日本は良い関係にありません」


「それは国同士のことで個人には関係ありません」


 それまで下手だった調査官が攻勢に出る。


「分かりました。照会しますが回答があるまで一年はかかります。それでもいいですか」


「それは困ると言うよりは、調査権限をカサにした脅しじゃありませんか」


「それは言い過ぎでは?通帳を破棄された以上仕方ありません」


「この調査は任意調査ですね。受忍義務を超える長期間の調査は拒否します。それに今すぐ納付すると言っているのですよ」


 調査だと呼び出しておいて、調査期間が一年以上かかるなんて脅迫そのものだ。納税者を前に余りにも失礼だ。社長の預金は五億円ある。五億円払えと言われてもすぐさま払える。ところが税務署は為替差益の申告漏れを掴んでいたがその額まで把握していなかった。


「これまでのことを整理しましょう」


 私は自信を持って提案する。


「まず今回の為替差益は雑所得で事業所得ではありませんね」


 渋々調査官が応じる。


「はい」


「申告は当然ですが、通帳の保管や帳簿を作成する義務はありませんね」

 

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「はい」


「それに所得税というものは暦年で課税するものです。今回社長が海外で創業した上場会社の株式の売却にかかる為替差益を問題にされていますが、社長はその会社から毎年多額の役員報酬と配当を受け取っています。その都度日本に送金したり何度か増資に応じています」


「それは承知しています。外国税額控除額も正確に計算されています」


 少し専門官が落ち着いてきたのを見計らって続ける。


「実は私は元税務署員ですが、その前は商社マンでした。為替とはイヤと言うほど付き合いました」


 さすがに専門官が驚く。


「道理で詳しい」


「海外旅行者のように円を現地通貨に両替して帰国したときに残った外貨を円に両替する場合なら出国時と入国時のレートで簡単に為替差損益を計算できます。為替差益が発生したらその年分の雑所得として申告しなければなりません。そうですよね」


「そのとおりです」


「社長の場合、毎年役員報酬や配当を現地法人から受け取っています。日本へ送金すればその都度為替差損益を計算してその年分の差損より差益が多ければ申告をしなければなりません。基本的にはこうですね」

 

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 調査官は黙ったまま私の言葉を待つ。


「通貨、つまり現金に色はありません。最終この現地法人の株を売却したときの利益は計算できますが、日本に送金したお金すべてが売却代金ではありません。色分けが非常に難しい。でも社長には為替で儲かったという自覚はあります。しかも差益にかかる税金を払う意思もあります」


 社長に確認すると応じる。


「税額を計算するのが大変なのは先生の説明でよく分かりましたが、税務署の方でキチンと計算していただければ即日納めます」


 ここで私はダメ出しをする。


「税務署の都合で外国銀行から回答が一年もかかるというのでは、延滞税(納付が遅れたことによる利息)がどんどん膨らみます。だから脅迫じゃないかと申し上げたのです」


「脅迫?そんなことは言っていません」


 すると社長が立ち上がる。


「取りあえず今すぐ一億円納税しておきます。納付書をください」


「待ってください。上司と相談します」


 調査官がついに白旗を揚げる。


***

 

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 あるOB税理士から電話がかかってくる。


「ちょっと相談したいことがある」


 飲みに行ったことはないが、まったく知らない税理士ではなかった。


「仕事の紹介なら他の後輩税理士にお願いすれば?」


「そういう話じゃなくて為替差益の件で税務署が困っている」


「ああ、○○税務署のことですね」


「時間が取れるのなら今からお伺いしたい」


 その税理士の事務所は近所だった。断る理由もないので了承した。数分後にその税理士が現れる。応接室に通すとすぐ口を開く。


「先生の理詰めの反論に担当調査官はもちろん上司の統括官、それに担当副署長が困惑しているようです」


「理詰めなんて。当たり前のことを言っただけです。納税者も支払うと言っているのです。何か問題でも?」


「要は税額計算ができないのです」


「それは与り知らぬことです。海外旅行者は急増しているし仮想通貨の問題もあります。でも計算方法を広報し申告しない者を取り締まるのは税務署の仕事です」


「おっしゃる通りです」

 

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「私に『何をしろ』とおっしゃりたいのですか」


「何とか辻褄が合う修正申告案をご提示できないでしょうか?」


「過去の通帳がない以上、無理です。通帳を復元させるにも相手は外国銀行です。一個人ではどうにもなりません」


 押し問答がしばらく続くが、OB税理士は決して感情を顔に出すことなく低姿勢を続ける。

 

「毎年海外の収入をキチンと計算して申告書を出されている先生の方が税務署より情報量は多い」


「何とか計算できたとしても正確とは言い切れません。しかも高額事案です。会計検査院のチェックが入るでしょう。そうなると困るのは税務署でしょ」


「そこは何とかするでしょう」


 話題が会計検査院に移る。


「あの署は前回いつ会計検査院が入ったのですか」


「今、その検査のまっただ中です」


「あの署は大きいから二年後には再び会計検査院のチェックが入りますね」


「そのとおりです」


「『確定申告書を送付するのは経費の無駄だ』とか『振替納税しても領収書は発行するな』とか結構細かいことを言いながら、一方では破格の値引きで国有地を売却した事件では『実態がよく分からない』と職務を放棄した会計検査院を欺すのは簡単だというのですか」

 

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 OB税理士が苦笑いしながら応じる。


「申告書を送らなくなってから申告件数が減ったようです」


「還付申告が減ったのでは?」


「還付申告は相変わらずのようですが、それよりも予定納税(次の確定申告で納めるべき税金を予測してあらかじめ一部を前納させる制度)で納めた税金を差し引くのを忘れて過納付になった申告が増えて余分な事務手数がかなりかかっているようです」


「それは予想されたことです。今までのように申告書を送付しておけば予定納税額が印刷されいるから、差し引くのを失念しませんからね」


「最近会計検査院のチェックも厳しくなったと言われていますが、大したことはありません」


「同じ財務省の役人ですからね」


 一応この場はお引き取り願った。つまり水心あれば魚心というのはよく分かるが、私が税金を払うのではないからだ。


***


「社長の感覚からいってどれぐらい為替で儲けました?」


「うーん。損したときもあったからなあ。会社を立ち上げて上場するまで五年かかったし、身を引くまで十年そこそこ。為替レートは乱高下したから、よく分からない」

 

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「ざっくりでいいです」


「一億円は堅いが、一億五千万円はないなあ」


 社長は頭の中で再計算しているようだ。


「途中の差損益は覚えていないけれど、持ち株を全部手放して円に変えて送金したときは少なくとも一億円は儲かったかなあという感じ。多くても一億二千万円ぐらいかなあ」


「それなら税金は住民税を合わせて約半分の六千万円になります。それに過少申告加算税や延滞税など約一千万円上乗せになります」


「大したことないなあ。それで通るのなら万々歳です」


「でも途中で増資にも応じたし競争企業を買収して合併もした。そのときのレートを考えるとそんなに為替差益は出ません」


 私は試算したデータを見せる。


「へー、八千万程度ですか!」


「短期決戦で片付けます。税務署よりこちらの方がデータが多い。この試算を税務署にぶつけてもいいでしょうか」


「お任せします」


***


 専門官が頼りないと思ったのか、同席させてはいるが統括官自らが応じる。

 

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「少ないような感じもしますが、計算根拠の資料はお持ちですか」


「資料というほどの具体的なものはありません。過去の申告資料から推計しました」


 統括官も過去の申告書を手元に置いてはいるがすでに検討したのだろう、申告書を見ることはなく表計算ソフトで作成した私の試算を眺める。しばらく沈黙が続く。


「検討させていただきます」


「できるだけ早く答をお願いします。額が額だけに延滞税が日々かかりますので。いつまで待てばいいのですか」


「いやあ、約束はできません」


「それじゃ、今日この試算に基づいた税金を仮納付します。納付書をお願いします」


「待ってください。それは困ります」


「困るのはこちらです。不誠実な対応には応じられません」


「先生は元税務職員だったんでしょ。こちらの立場は分かりますよね」


「あなたは税務職員である前に一納税者でしょ」


「単なる給与所得者です」


「納税者に変わりはありません」


「返答は今週中ということでは?」


「それぐらいでしたらお待ちします」

 

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 税務署が回答の締め切り日を納税者に押しつけることはよくあるが、逆はあまりない。とにかくお尻を押さえることに成功した。


「ペーパーでは検討が大変でしょうからデータをお持ちしました」


 USBメモリーを差し出す。


「すぐコピーして……」


「次回寄せていただくときで結構です。ところで副署長に面会を申し出た件は?」


「もちろんアポを取っています」


 統括官を促すと専門官が席を外す。


「先生は厳しいですな」


 統括官が苦笑する。


「厳しい?正論を言って何が悪いのですか?それにそちらの立場も考えて試算までしたのですよ」


 統括官は立ち去った専門官が向かった方向を見つめるだけで返事をしない。やがて貧乏揺すりを始める。しばらくすると専門官が戻ってくる。


「副署長がお待ちです」


 ほっとしたように統括官が立ち上がる。


「ご案内します」

 

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 同じフロアの隅に向かう。


***


 部屋に入ると副署長が待っていた。


「ご苦労様です。こちらへ」


 私に名刺を差し出す。私もほぼ同時に名刺を差し出す。


「おかけください」


 そう言ってから統括官を所払いする。


「お手数をおかけして申し訳ありません」


 副署長が着席すると首を横に振る。


「本来なら税務署が汗をかいてキチンと調査するのが筋ですが、今回は逆に先生に汗をかかせてしまったようです」


 副署長は深々と頭を下げる。その態度を見て力を抜く。


「今しがた修正申告案を統括官に提示しました」


「ありがとうございます。と言うことは修正申告する方向だということですね」


「はい。更正してくださいなど始めから思っていません。更正となると税務署では無理でしょう」


 副署長の表情が緩む。

 

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「為替差益はもちろん仮想通貨の課税にしても、おっしゃる通りです」


 ここで私は立ち上がると慌てて副署長も立ち上がる。


「お急ぎの用事でも」


「聞いてもらいたいことを理解していただいたので、これ以上副署長の仕事を邪魔するわけには」


「いいえ。大丈夫です。今お茶を用意していますから」


「そうですか。じゃあ本件の話はこれぐらいにして世間話でもしますか」


 再び着席すると副署長がおもむろに切り出す。


「先生は若くして税務署を退官して税理士になられたとお聞きしています……」


***


 数日後統括官から連絡が入り税務署に出向いた。


「誠に失礼ですが、為替差益は約一億円になります」


 私は驚くこともなく提示されたペーパーを見つめる。統括官が説明を始める。神経を集中して説明に矛盾がないか確かめる。しかし、これといって反論するような具体的な説明はなかった。念のために差益の集計に間違いないか、暗算で下二桁を足していく。するとまったく異なる数字になった。集計に誤りがあると確信する。


「統括官がエクセルで計算されたのですか?」

 

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「そうです」


「大したものですね。パソコンが得意なのですか?」


「得意だなんて。仕事上せざるを得ないので、少し勉強した程度です」


「このデータをいただけますか」


「先生にお借りしたUSBメモリーに複写しておきました」


「ありがとうございます。ノートパソコンを持参していますが、持ち帰って検討します。明日にでも返事をさせていただくということで構いませんか?」


「結構です」


 自信たっぷりな統括官に一礼して席を立つ。


***


 思ったとおりだ。関数計算の算式に誤りがあって部分的に重複して計算されていた。算式を訂正して計算し直すと何と差益は約五千万円になった。思わず笑ってしまう。


「ありがたい話だ」


 私は先日事務所に来たOB税理士に連絡するとすぐ伺う旨の返事が返ってくる。事務員にコーヒーの用意を告げる。数分後にこの税理士が現れる。コーヒーの香りが応接室に広がったときにはすべてを理解してもらった。


「情けないなあ」

 

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「統括官の作成したデータを正しく計算し直した数字で修正申告を提出しようと思うのですが」


「要は二重に足し込んだということですか」


「足し算以外に為替の換算でもミスがありました。統括官が計算した元データをいただいた以上、足し算以外は私の知ったことではない」


「データがなくてもプリントアウトした資料を手計算してもミスは明らかなのですか?」


「なんなら、電卓を叩いてみますか」


「パソコンに詳しい先生がおっしゃるのだから、そうなんでしょう」


「どう対処しましょう。直接統括官に『あなたの計算は間違っている』とは言えないでしょう」


 間を置いてから返事がする。


「分かりました。まず副署長に説明しましょう」


「そうですか。助かります」


 コーヒーに口を付けることなくその税理士は事務所を後にした。


***


 副署長室ではあのOB税理士と所得税第一部門の統括官(税務署では『一統官』という。ちなみに担当の統括官は第五部門の統括官で一統官以外は『ナンバー統官』という)と副署長がいた。一統官と名刺交換するとその一統官がおもむろに口を開く。


「ご迷惑かけて申し訳ありません」

 

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 私に着席を勧めた後副署長の横に座る。すぐさま事務官がコーヒーを持って入ってくる。テーブルに置かれると副署長が勧める。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 しかし、カップに手を付けずに次の言葉を待つ。副署長の代わりに一統官が口を開く。すでにOB税理士から計算間違いを知らされているのだろう、まず頭を下げると副署長も頭を下げる。


「こちらに根本的な計算ミスがある以上、計算し直した金額で修正申告の提出をお願いできないでしょうか?」


「と言うと差益を五千万円として修正申告を提出するということでしょうか」


「そうです」


「当初私が提示した八千万円ではなく五千万円でいいのですか?」


 念を押すと同じ返事がする。


「そうです」


「ありがとうございます」


 私はコーヒーカップを手にする。いい香りがする。副署長もカップを手にする。私が口にすると副署長も口にする。

 

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「為替差益の申告漏れだけでも大変なのに仮想通貨が普及すればますます大変ですね」


「まだ国税庁から具体的な課税計算の通達はでていませんが一歩間違うとトラブルが多発するはず」


「現場は堪りませんね」


「そういう意味で先生の対応は非常に参考になりました」


 副署長の後を一統官が引き継ぐ。


「雑所得の計算は意外と難しい。特にサラリーマンが所得計算の方法を相談に来たら現場では原理原則しか説明できない。それだけではありません。無申告者の把握も難しいし、決定しようにも為替差益と同じように所得計算も難しい」


「そうでしょうね。いずれ仮想通貨の種類は外国通貨のそれを上回るでしょう。為替決済にも使われる。もちろん海外旅行はもとより海外勤務している者は毎日のように仮想通貨を利用するかも知れない。法整備を急がないと」


「日本だけの問題ではないのですぐには無理でしょう。今のところ国税庁から税務署に対してこれといった指示はありません」


「後手に回ると医療費控除のように足元を見透かされますね」


「そのとおりです」


「ネット売買の譲渡所得についてはそれなりに手を打っているのでは」

 

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「オークションでの売買の場合、オークション主催者を調査すれば何とかなりますが……。でも取引件数が多すぎます。今のところ牽制効果は上がっていますが、すべて把握するのは不可能です」


「マイナンバー制度ですべて把握できるといっても、把握不可能なことが分かれば国民は当局の足元が軟弱なことに気付くでしょう。何よりもマイナンバー制度自体が破綻するかも知れませんね」


「おっしゃる通りです」


「しかも国税庁というか財務省というか、いや政府に信用がない。信用のない政府が規制しても国民はついていかない。北欧の税金は高いというが国民が政府を信頼しているから文句を言わない。まず信用ですね」


 コーヒーブレイクが終わる。


「先生のように早く辞めればよかった」


 私は会釈して立ち上がる。


「今からでも遅くはないですよ」

 

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