第十二話 納税者に馬鹿にされる調査


 前話の印紙税の場合もそうだったが、「審理担当に相談する」と言って自分で判断しない、あるいはできない調査官が多い。ベテランの上席調査官でも同じだ。
 審理担当、正確には審理専門官と言い統括調査官と同格だと言われているが、厳密に言うとナンバー統官クラスになる。ある特定の職務に専念するために作られたポストで審理専門官以外に国際租税専門官、資産評価専門官などがある。なお、統括官と根本的に異なるのは管理職で無いこと、つまり部下がいないことだ。


 役所と言うところはポストを作るのがうまいけれど、仏作って魂入れずの場合が多い。新ポストを作ると始めはそのポストにふさわしい職員が任命されるがやがて形骸化する。役所は適材適所(人事)が下手くそな組織でもあることは、財務省の不祥事を見れば明らかだ。税務署や国税庁のポストについては拙著「成程3」を参照されたい。


 さて調査で問題点が出た場合最終的には税務署で話を詰めることになる。今回の調査で問題となったのは約一億円の機械装置とともに購入した何点かの部品が本体に含まれるのか、それとも別個の資産となるのかだった。実際はかなり複雑だったが、かみ砕いて説明する。


 自動車を購入すれば予備のタイヤや工器具は当然付属するし最近ではエアコンも標準仕様だ。しかし、カーナビゲーションはオプションになっている。予備のタイヤや工器具は他の自動車でも流用できるのであれば別個の資産になるのではと考えられるが、本体価格に含んで自動車の取得価格とされる。エアコンにしても取り外して他の自動車に取り付けることもできるかも知れないが、やはり購入した自動車の取得価格に吸収すべきだろう。

 

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カーナビはその自動車専用のものならやはり同じだろう。だが、汎用のカーナビであればどうだろう。その車は総務部が使用するために購入したが会社の近くで使用することが多いので、カーナビが搭載され
ていない営業車に流用するために同時購入した場合はどうだろうか。部品として購入すれば営業車の取得価額に含むことはできない。また、カーナビのソフトは絶えず更新しなければ役に立たないがその更新料五年分を一括払いすればどう取り扱われるのか。


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 建物ならどうだろう。


 新築ビルの建設費に十億円かかったとする。建物の建設が最終局面になると内装工事が始まる。工事の順番は素人だからよく分からないが、電気設備、空調設備、照明設備、昇降機設備、上下水道設備、衛生設備、放送設備、防災設備、セキュリティ設備など様々な工事が施工される。


 さらに建物の周りでは側溝工事、舗装工事、門扉塀の工事、駐車場設備工事、緑化設備工事などが行われる。屋上には避雷針が、門扉塀には監視カメラも設置される。


 これらすべてがビル本体の取得価格なのだろうか。答は「否」だ。本体工事と区分してそれぞれの設備などに総建築費を配賦しなければならない。ビル自体の耐用年数(寿命)が五十年だとすると、各設備も五十年保つとは限らない。例えば電気設備の耐用年数は十五年だ。また設備によっては少額なものもある。いわゆる少額減価償却資産と言って資産として計上せずに
即時に経費化できる。

 

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 建物と設備を区別するのは結構手間がかかるいい加減な税理士はすべてをビル本体の取得価格に含めて申告書を作成する。そうすると十五年しか保たない設備も五十年かけて減価償却して計算することになり、所得が過大に計算されてしまう。儲かっている会社なら過大な税金を納めることになる。更にやっかいなのは、途中で壊れて設備を入れ替えるとき、価値がなくなった設備を除却しなければならないが、除却すべき設備を個別に把握していないので除却損を計上できない。ビルを建て直すまで除却損を経費化できないのだ。五十年以上も顧問税理士でいることはないだろうが、税理士としての職務を全うしていないことになる。


 このように資産の取得価格がいくらになるのかは重要だが、その算定は非常に難しい。


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 調査を受けた会社はこの機械装置を新製品の開発目的で購入した。様々な用途に使われるため、特に加工用に必要な部品を余分に購入した。この部品は金属材に穴を開けたり削ったり磨いたりする部品だ。


 穴を開ける部品は直径が違うものだけで六十種類、材質の違いで十種類ある。材質の違いで単価は異なるが平均すると数万円する、


 削る刃先のエッジは五十種類、材質も十種類ある。材質によるが平均単価は十数万円する。

 

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 磨きに使う超微粒子の粉に至っては百種類以上で混ぜて使うこともある。粒子の大きさは一様でなければならないのでキロ当たり十万円もする。


 すべてそろえると部品だけで一千万円にもなる。本体価格並みだ。


 しかし、この会社はメーカーが予想する使い方ではなく迅速な新製品の企画開発に対処できる機械だと判断して導入したのでかなりの部品を追加購入した。売り手も商売だ。同時に購入してくれるのならと通常より安く提供した。もちろんすべてを購入したわけではなかったが部品の購入価格は七千万円にもなった。


 この機械装置の耐用年数は十年だった。一方部品は使い方にもよるが、数ヶ月から三年だった。


 さらに新製品開発の途中でこの機械装置が故障すれば競合会社との競争に負ける可能性もあるので五年間の保守契約も結んだ。


 一つ一つについての税務調査の結果はここでは述べない。問題はこちらの疑問や反論に対する税務署の対応だ。


 この件に関しては税務署に事前相談したがまともに答えてくれなかった。それなのに調査に入ると執拗に質問してきたが、結局明確な回答がないまま、最終局面を向かえた。


「審理担当者によると『問題あり』です」


「メーカーに聞いたところ購入後に部品を購入すれば人工ダイアモンドなどを使った部品以外は修繕費として認められると言う見解でした」

 

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「部品と言っても七千万円もします。例えば五百万円のトラックを購入して同額の保冷装置を搭載すればすべてがトラックの取得価格になります」


「保冷装置は部品ではありません。その例え話には納得できません」


「使用しない部品は貯蔵品として計上すべきで経費にできません」


「もちろんです。そのように経理処理しています。どの部品をいつ何時間使ったのかすべて管理しています。その部品の在庫が少なくなれば発注しなければなりませんから、部品管理は厳重に行っています」


「ちょっと審理担当に聞いてきます」


 こちらからの反論があるたびに先ほどから何度も統括官が席を外す。担当の調査官は場の雰囲気が悪いのを察してか黙ったままだ。統括官が戻ってくる。


「本体だけで作業できない以上、同時に購入した部品は本体価格に含めるべきだという見解です」


「統括官。その審理担当者をこの部屋に呼んでいただけませんか」


「それが……」


「失礼ですが、統括官と話をしても埒があきません。それに正確にこちらの考えが伝わっているか確認のしようがありません」

 

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 ついに統括官が白状する。


「実は署(税務署)の審理担当が頼りなくて……」


 統括官は目の前のお茶を飲む。


「局(国税局)の審理課にいる親しい後輩にアドバイスをもらっています」


 統括官が頭を下げる。道理でよく部屋から出るはずだ。自分の机に戻って局に電話していたのだ。ここで私は席を立つ。


「その方は専門家かも知れませんが現場を見ないで判断されるのなら、勝手に更正していただいて結構です。帰ります」


「待ってください」


 資料を鞄にしまいながら拒否する。


「こちらがいくら誠実に説明してもなんともならない」


 部屋を出る。実はトイレに行きたかったのだ。用を済ますと玄関に向かった。するとあの統括官と担当調査官の背中が見える。そして落胆したように庁舎内に戻ると私を見つけて驚く。


「先生!」


「万事よろしく」


 私はふたりを避けるように税務署を出て社長に電話を入れ報告する。


「先生らしいですな。問題点はそれだけですから、先生の思うとおりにしていただいて結構です」

 

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「ありがとうございます。でも大げんかしたわけではありませんので心配は要りません」


「心配していません。なんだか結末が楽しみになりました。ご苦労様でした」


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 私は妥協点があれば和解するつもりだったが、あまりにも失礼な調査なので妥協しなかった。部品のすべてが損金になるわけではないので、慎重に分類して会計処理をしたが、公正な会計基準に基づいて処理しなければ試験研究費の額が狂うし、製品化したときの原価計算にも影響が出る。そうするとその商品の原価を元に販売価格を決める際に問題が生じる。


 このような弊害がなければすぐさま損金に落とさなくとも新製品が売れに売れたときに損金に計上した方がひょっとしたら得なのかも知れない。だから妥協してもいいと考えたが、あまりにも統括官の対応が常軌を逸脱していたので放置することにした。


 何回か統括官から連絡が入ったが、留守の場合「電話をください」というお願いはなかった。事務所にいたときはこのように応えた。


「お友だちの後輩はどう結論されましたか」


「先生。もう一度話し合えないでしょうか。何なら私がそちらにお伺いします」


「お友だちと一緒に?」


 きつい冗談だがその条件は最低条件だ。そして統括官からの連絡は途絶えた。

 

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 それから数週間後に社長から連絡があった。


「ファックスしておきましたが……」


「お待ちください」


 送られてきた書面を見ながら応じる。


「是認通知ですね」


「そのようですね」


「しばらく調査は入らないでしょう。よかったですね」


「ありがとうございます」


 この件については後日談がある。


***


 税務署は毎年納税者に申告書を送って申告を促していたが、無駄なサービスだと会計検査院から指摘されたので送ってこなくなった。仕方がないから確定申告の時期、用紙を入手するためにこの署を訪れた。そうすると例の統括官が私を見つけて声をかけてきたのだ。法人担当の統括官はこの時期、申告に訪れる納税者の交通整理に当たるのだ。


「今日はどういうご用件で」


 もうあの事件など忘れたというような対応だった。


「申告用紙や医療費の領収書を入れる封筒を仕入れに来ました」

 

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 私も冗談で応じる。


「私が用意します。遠慮なく言ってください」


「じゃあ、好意に甘えて確定申告書Bを二十部。青色決算書を十五部。それに……」


「さすが大先生。枚数が中途半端じゃありませんね」


 用紙を手配するこの統括官の背中になんとも言えない違和感を感じる。

 

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