上場会社の社長がさっそうと運転手付きの高級車から降りてくる。大臣や大物政治家や高級官僚も。その昔税務署長も運転手付きの署長専用車があてがわれていた。誰もが最後の一年でいいから、それが田舎の税務署でもいいから署長になりたかったのは運転手付きの車に乗りたかったからだとも言われていた。しかし、時代が変わり専用車はなくなり、管轄の狭い都会の税務署では自動車自体がない。余程の高級官僚でない限り運転手付きの自動車にありつくことはなくなった。
昔、個人事業者が高級車を購入して経費に計上(代金全額を経費にできない。減価償却を通じて経費化する)すれば必ず税務調査で否認された。
「魚屋さんになぜスポーツカーが必要なんですか!」
これはやり過ぎだ。しかし、ライトバンならどうだ。それでも調査官は次のように攻めてくる。
「業務以外にも使ってるでしょ」
業務以外というのは家事関連費のことを言う。私用のドライブに使った分は経費にはならないと攻めてくる。
「ガソリン代は半分しか認めません。配達に高速道路など使うわけないから高速代金は全額否認します。車検代や修理費は……」
調査官の主張はもっともだ。ところがだ。もう一台車を持っていたらどうだろうか。つまり私用で使う場合には別の自動車を使っている。ガソリン代や高速代など業務で使う費用と自家用で使う費用をきちんと分けていれば業務用の費用が否認されることはない。
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「配達に使うとどうしても魚のにおいがつくので、別の車を持っています」
ただし、もう一台買うには本業でかなり儲けているはず。だからそれなりの申告が求められる。ほとんど儲かっていないのにもう一台購入できるのは本業の申告内容に問題がある場合が多い。税務署員はそれなりのプロであることを忘れてはならない。
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会社の場合どうだろうか。高級車を購入する会社の社長は車好きで自ら運転を楽しむ。もちろん高級車に乗って事業を拡大するのも一手段だ。もしその会社が車の販売会社なら当然だろう。しかし、通常はそうではない。家族とのドライブなど旅行に使用する場合も多々あるはずだ。
ところが法人税調査では問題にならない。なぜなのか。その前に借金の話をする。
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ある大資産家が相続税対策のために一等地(高収益が数十年得られるような立地のいい土地)を購入してあらかじめ設立しておいた会社に立派なビルを建てさせるとする。当然新会社に資金はない(ちょっとした資本金ではビルを建設できないし資本金を大きくすると税務調査が厳しくなる)から資産家個人が会社にお金を貸すことになる。あるいはいくら蓄えがあるといっても自前では無理な場合は、不足資金は土地を担保に銀行から借り入れでまかなうことも可能だ。
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さてこの土地は購入価額より低く評価されるし会社に貸すとさらに評価額が下がる。つまり相続税を引き下げることができる。このような相続税対策については金儲けに走る税理士が一番よく知っている。「お前もそのひとりじゃないか」と言われれば否定しないが、取りあえず話を進める。
無事立派なビルが完成して優良なテナントが入居する。保証金が入るし家賃も確実に入る。会社の本店はそのビルの最上階にあって社長は満足そうに窓からの景色を楽しむ。
ところで私は一階に事務所を設置すべきだと考えている。どんな人間がビルに入ってくるかをチェックできるしテナントの従業員の動きも観察できる。テナントに失礼なことかも知れないが、万が一の場合真っ先に逃げることもできる。というよりテナントやその従業員に安心感を与えることができる。このことは分譲マンションでも賃貸マンションでも管理人室が玄関近くに設けられているのを見ればなるほどと頷けるはずだ。
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さてこの会社が高級車を購入した。果たして購入代金(減価償却費相当額)やガソリン代などの支出が会社の経費に認められるのであろうか?
結論から言えば税務調査で問題になることはない。少なくとも個人経営の魚屋のように責められることはない。個人事業者への調査は厳しいが会社なら優しいとまでは言わないが、この点において商売を始めるのなら法人の方が有利だ。
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今やドライブレコーダーやETCカードの利用明細から何時どこへ行ったかすぐ分かる。またクレジットカードでホテル代や土産物代を支払えば、車での行動がすぐ判明する。にもかかわらず税務調査ではなんら車の利用状況を問うどころか素通りする。要は高級車の購入はもちろんその付帯費用もすべて会社の経費になってしまう。
少し失礼な表現だが田舎の税理士は自動車がなければ仕事にならないが、それでも全額を経費にしないだろう。私は都会の税理士なので自動車は所有していない。電車やバスでの移動がどうしても困難ならタクシーを使う。自宅と事務所の近くに月極駐車場を借りるだけで数ヶ月分のタクシー代よりも高い。それに電車の移動なら本も読める。
少し話がずれたが、要するに超高級車とは言わないが普通のサラリーマンでは決して手にできない自動車を会社ならすべて経費に落とすことが現実的には可能だ。実際会社の業務に使われている分は経費だが、そうでない分は社長への給与として課税するのが原則だ。個人事業者の調査では追及されたことが何度かあるが、法人調査の場合はまったくない。
赤字の会社でも高級車を社長や場合によっては妻や子供が乗り回していることもある。不思議な話だ。
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ここで再び借金の話に戻る。事業に失敗して借金を抱えた息子がいたとする。見るに見かねた親が一千万円を息子に与える。当然贈与税がかかる。それを避けるために貸したことにしたが返済方法や利息の取り決めはない。親としては事業を立て直して軌道に乗ってから返済してくれればいいと思っている。つまり出世払いだ。このケースでも贈与税はかかる。ならばと月々の返済額と極めて低い金利の取り決めをするが、すぐに返済は滞り利息の支払さえもできなくなる。やはり贈与税の課税対象になる。このような場合、課税されないようにする方法もないではないが、それは本書の趣旨から外れるので披露しない。
今度は会社の場合だ。会社の事業がうまくいかず個人(大株主)たる社長が会社に一千万円貸し付ける。しかし、状況が好転しない。銀行から借りるとそれなりの利息を支払わなければならないし、銀行が色々と口を挟んでくるのは煩わしい。利息が経費になると言っても元本の返済は経費にならないしきちんと返済するのは苦痛だ。社長の資産に余裕があれば、貸し付けを継続することが可能だ。先ほどの個人(親子)間の貸し借りの場合は人格が重複していないが、貸主が個人で借主はその個人が社長である会社の場合は立場が異なるだけだ。つまり漫才と落語の違いがある。
「息子よ。貸した金はいつ返してくれるのだ」
「えっ、くれたんじゃないのですか」
「何を言う。でも仕方ないか。返済はいいが老後の面倒は頼むぞ」
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「当たり前です」
「そうか。安心した」
「でも早く死んでくださいね」
「何という親不孝な!」
「だって父さんが死んだら、返す相手がいなくなるから大助かり」
これが漫才の世界。落語になると一人二役になる。
「わしはこの会社の大株主である。社長!貸した金を返せ!」
「株主様。会社は火の車です」
「だいたい社長の給料が高すぎる」
「返済しても経費にはなりません。給料なら経費になります」
「わかった。だが何時返済してくれるのだ?」
「たらふく儲けたら返します」
「そのときに借金を返済しても経費にはならないのだろ?」
「そのときは給料を上げましょう」
「じゃあ、いつまでたっても返してくれないのか」
「そういうことになりますね。儲かれば追加融資は要りませんので安心してください」
「安心などできん。わしが死んだら会社に貸したお金が相続財産になるんだぞ」
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「大丈夫です。赤字になったとき債務免除していただければ会社の借金は減ります」
「そういう手があったのか。じゃあ赤字がいいな」
「赤字にするには経費をたくさん使わなければ。でも給料を増やすと株主様の資産も増えますね」
「いったい、どうすればいいのだ」
「どうすればいいのでしょうね」
「長生きするしかないか」
***
親子の貸し借りは贈与になる場合が多い。個人と会社が貸し借りする場合は通常贈与の意思はない。もし株主に贈与の意思があって会社にもらう意思があれば、個人から会社への贈与となり会社は受贈益と言う名の利益を計上しなければならない。先ほどの債務免除というのはまさしく贈与だ。だから赤字の時に受贈益を計上すれば赤字と相殺できる。
要は小さな会社なのに社長でもある株主から何億という借金を長期間放置しても、また利息を支払わなくてもいいことになる。会社としては帳簿に借入金として記入して法人税の添付書類に明記しておけば、税務調査があっても不問となる。でも借りっぱなしが許されるようなことがどこの世界にあるのか?考えてみればおかしな話だ。
個人間なら贈与税の対象になるのに個人と法人間なら不問というのはおかしい。でも調査を受けても追求された経験はない。私が国税調査官なら徹底的に追求するだろう。
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***
「社長。個人としての社長から借り入れたときの借用証を見せてください」
厳しい調査官の質問に社長も税理士もタジタジになっている。
「かなり古いことなので……」
「一億円ですよ。年間売上と同じ金額です。会社に保存されていなくても貸主の社長がこんな大金の借用証を保管していないのはおかしいのでは?」
税理士が助け船を出す。
「書類はあるはずです」
そして社長を促す。
「探してみます」
調査官はその場を凌ごうとする社長に追い打ちをかけない。恐らく借用証は存在しない。どのような借用証が提示されるのかを後の楽しみに取って置くとして売上の帳簿を開く。
後日、税理士が借用証を持って税務署を訪れる。まず調査官は収入印紙を確認する。そしてコピーする前に借用証の会社と社長の押印箇所に指先を押しつける。指先に赤い朱肉が付着する。明らかに今日昨日作成した書類だ。
そのあと契約日を確認する。借りたとする日付はちょうど五年前だった。
[89]
「申し訳ありませんが、この借用証を作成した日を含む年分の元帳を確認させていただきたいので、会社にお伺いするか、お持ちいただけますか?」
「どういうことですか」
「当然そのときにこの契約書に貼った印紙代が経費に計上されているはずなので確認させていただきたいのです」
「五年前ですか……会社が保存しているか……」
税理士の歯切れが悪い。
「その頃はやはり先生が顧問をされていましたか?」
「はい」
「コンピューターに入力されてますよね」
「もちろんです」
「じゃあ、元帳をプリントアウトして税務署まで届けていただけませんか?何なら今から事務所にお伺いしても構いませんが」
ここで税理士が反撃に転ずる。
「借入金のどこが問題なのですか?」
「この借用証によると月々の返済規定や利息の規定もありません。しかも借入期間は二十年。先生はこんな条件で一億円ものお金を貸しますか?ということは五年前に会社が個人から一億円の贈与を受けたことになりませんか?」
[90]
再び税理士が黙り込む。調査官はじっと返事を待つ。
「個人間の貸し借りならともかく借主が法人であれば問題はないはず」
「贈与契約というのは民法上の契約です。契約者が個人、法人など関係ありません。社長としてではなく個人として『返済は何時でもいい』と言って会社の社長として『ありがたい』と応じれば贈与契約が成立するのでは?いずれにしても五年前の元帳を見せていただきます」
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調査官が税理士事務所を訪れる。プリントアウトされた五年前の元帳を見ると借用証作成日に印紙代が計上されていた。
「この元帳は当時のままのものですか?」
返事がない。
「ログファイルを見せてもらってもいいですか?」
「ログファイル?何のことですか」
「ログインした記録がコンピュータにログファイルとして保存されます。この記録を見ればこの元帳にいつアクセスしたのか分かるのです」
再び返事が止まる。調査官は了承を得たものと解釈してログファイルを勝手にプリントアウトする。
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「昨日アクセスしていますね。プリントアウトの作業……その前に……」
調査官はログファイルを遡って確認した後厳しい口調で税理士に告げる。
「先生、帳簿の改ざんは犯罪になりますよ」
コンピュータというのは便利だが墓穴も掘る。
「例の借用証は誰が作成したのですか?」
「もちろん社長でしょう」
「貼ってあった印紙ですが、借用証作成日にはまだ発行されていませんでした」
税理士が真っ青になる。
「元々会社に貸し付けるのではなく贈与する意思があったからこそ借用証をバックデートで作成したのでは?」
やっと税理士が口を開く。
「社長と相談させてください」
「分かりました」
この会社は毎年赤字だ。それなのに社長は高級車を乗り回している。この件についても釘を刺す。
「社長は個人として自家用車をお持ちですか」
もう税理士は混乱していてしどろもどろになっている。
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「持って、いないと……と、思います」
「そうすると私用でも使っている可能性が高いですね」
「……」
「どれぐらい私用に使っているかも尋ねてください」
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最近の税務調査は非常に甘い。私の経験ではひやりとするような税務調査はない。時にはこちらが気付かなかった点を追求してくる場合もあるが、途中でやめてしまう。元職員だから心の中で叫ぶこともある。
――そこだ!突っ込め
だが追及の手は萎んでしまう。
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