ニューヨークでは総ガラス張りの強大なビル内にあるスミス博物館が地球連邦政府軍の戦車や装甲車に包囲されている。高層ビルではないが敷地はニューヨークで一番広い。高くはないといっても百メートルはある。
大型バスの屋根を埋め尽くした拡声器が太陽を反射して眩しいビルの最上階に照準を合わす。
「スミス!そこにいるのは分かっている。投降しろ」
もちろんビルがしゃべるわけがないので返事はない。
「一時間待とう。投降しなければ博物館を破壊する」
上空には十数機の武装ヘリコプターが旋回している。しかし、ビルは沈黙したままだ。周辺の道路はすべて封鎖されてアリ一匹たりとも逃走することはできない。少し離れたところで地球連邦陸軍の大佐が司令官として指揮を執る。
[239]
「周辺ビルの退去作業が終了しました」
「これで躊躇なく攻撃できる」
「司令官。聞くところによるとスミスは古い兵器の収集家だと」
「何を言いたい」
司令官が部下を睨む。
「すぐ突入すればいいのでは」
「スミス博物館の骨董品を侮るな。プロペラの水上戦闘機がアメリカ空軍の最新鋭戦闘機を撃墜したという報告がある」
「それは空中戦の話。垂直上昇機じゃあるまいし、ビルに滑走路はありません!」
「命令は私が出す。油断するな」
そのとき誰かが興奮した声を出す。
「ビルが!」
その声に促されて司令官を見上げるが眩しくはない。それどころか窓が黒色に変化している。
「内部シャッターを閉めたのか」
すぐさま部下が進言する。
「あのビルにはシャッターはありません。太陽光線は窓ガラスでコントロールするシステムを採用しています」
[240]
誰かが叫ぶ。
「真っ黒になった!」
直ちに拡声器からビルに向かって警告が発せられる。
「妙なことをすれば即刻攻撃する!」
しかし、その声は上ずっていた。
*
月面の生命永遠保持機構本部では徳川が地球連邦政府の大統領からの報告を受けてスミス博物館が映るモニターを見て叫ぶ。
「トリプル・テン!?」
冷静ではあるが驚きを持ってキャミもモニターを覗き込む。
「理事長のおっしゃるとおり博物館はトリプル・テンに包まれたようです」
キャミは幾度もスミス博物館を出入りしていた。つまり博物館を熟知していたが、まさかトリプル・テンがビルそのものを覆っているとは思いもよらなかった。
「窓にカーテンやシャッターはありませんでした。いつかそのことを質問したとき、スミスは『ラーピードグラスという特殊なガラスを使って太陽光をコントロールしている』と言っていたわ」
「ラピードグラス?」
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「光の強さに反応して光の透過を制御する偏光ガラスのことです」
「確か、サングラスにそんなものがあったな」
「ラピードグラスではなくトリプル・テンだったなんて。でもおかしいわ。ノロがトリプル・テンをメキシコ湾の底から手に入れる随分前にスミス博物館は建設されている」
徳川が引き継ぐ。
「サブマリン八〇八をノロに提供したのはスミスだ。ノロから分け前を貰ったのだろう」
「そうだとは思います。でもあんな大きなビルをトリプル・テンで覆うにはそれなりのトリプル・テンが必要でしょうし、どうやって、いえ、いつの間にビル全体に塗りつけの……」
ここでキャミが大きく首を横に振る。
「……分からない」
珍しく頭をかきむしる。
「どうやって……いつ?」
徳川が受話器を持つと大統領を呼びだす。
「攻撃するな!」
「えー?」
「何かがある。まだ手を出すな。包囲網は堅持しろ」
冷静さを取り戻したキャミが頷く。
[242]
「賢明な判断です。私がスミスの真意を確かめます。許可を」
ここで徳川はスミスが嫉妬してキャミを批判した会見を思い出す。
キャミの女としての勘は鋭い。しかし、その表情は優しい。
「抱いてください」
キャミが徳川にもたれかかる。
*
キャミの後ろ姿が闇に吸い込まれるように博物館の入り口付近で消える。勝手知ったる博物館。キャミは暗くてもエレベーターホールにまっすぐに向かう。そしてあるエレベーターの前に立つと声を出す。
「最上階へ」
ドアが開くと乗り込む。何のショックもなくすぐにドアが開く。エレベーターホールから廊下に出るとまっすぐある部屋に向かう。その部屋の前に到着するとドアが左右にスライドする。さらに奥の部屋に進む。
「ようこそ」
「お久しぶりです」
大柄なキャミといえどもスミスの前ではスリムに見える。
「エレベーターを空間移動装置に改造したのですか」
[243]
「私の趣味は古い物ばかりではない。新しい物にも興味がある」
キャミはニッコリ笑いながらショルダーバッグをソファーに置くと腰を落として脚を組む。スミスが向かいに座ると例の笑い声を上げる。
「ほっほっほっ。もう生命永遠保持手術は受けたのか?」
「ええ」
「徳川の様子は」
キャミが両手を大きく広げてから腕を組む。
「ダメですわ。ほんの少しばかりのトリプル・テンを手に入れただけで元の独裁的な性格が復活したわ」
「トリプル・テンを手に入れるまでは下手にでていたが」
「やっかいな子供だわ」
「コーヒーはどうだ」
キャミがさっと立ち上がる。
「私が入れましょう」
キャミは部屋の隅に行くと手際よくコーヒーを準備する。
「やっかいな子供とは?」
「手術を受けると女は完全にではありませんが月経が止まります」
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「やはり、そうか」
「ところが男の性欲は衰えません」
「個人差はあるが、そのとおりだ」
キャミがカップを載せたトレーを持ってスミスに近づく。
「と言うことは、あなたも生命永遠保持手術を受けたということですね」
「鋭い指摘だが、その類いの手術は受けてはいない」
カップを差し出すキャミの手が少し震える。確かにスミスの体型は元のままだが、声の張りといい、意外に素早い身のこなしといい、以前のスミスではないことにキャミは気付く。
「生命永遠保持手術意以外に永遠の命を手に入れる方法があるのですね」
「ない」
「どういう意味ですか!」
「私にも分からない」
キャミは期待を裏切られたような切ない表情を浮かべる。
「生命永遠保持手術は絶対ではないということだけは確かだ。他次元からの影響を受けた場合生命永遠保持手術の効果は消滅する」
「何をおっしゃりたいのか、理解できません」
スミスがうまそうにコーヒーを飲む。
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「美味しい。キャミのコーヒーは格別だ。熱くもなく温くもない」
話を逸らされたキャミが不満そうに口を丸める。スミスは一気にコーヒーを飲み干す。
「ほっほっほっ。幼少期のキャミを思い出すな。可愛い女の子だった」
キャミは仕方なく話題を変える。
「このビルはトリプル・テンに覆われているのですか?」
「やっとここへ来た目的を明らかにしたな」
「私はスパイです」
「スパイとしては美しすぎる。まるで007の世界だ。もっとも私はジェームス・ボンドにはほど遠いが」
「茶化さないでください」
「このビルだけじゃない。趣味で集めた骨董品も品質保持のためにトリプル・テンで覆われている」
「!」
沈着冷静なキャミも言葉を失う。
「ここは私の城だ。数々の戦争に使われた悲しい兵器の魂を保存している。その兵器がトリプル・テンをまとった」
キャミがその後のスミスの言葉を引き継ぐ。
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「どんな攻撃にも戦争という歴史を背負った古い兵器が立ちふさがるとでもおっしゃりたいのですか」
「ほっほっほっ。キャミは可愛いかったが、利発な女の子だった。普通の子供は『なぜ、なぜ』と質問して大人を困らせるが、キャミは違っていた」
「お父さん」
「キャミ」
「私を引き取って親代わりに育ててくれてありがとうございました」
「それは秘密だ。キャミにはれっきとした両親がいる。私は少しばかり援助しただけだ」
「全人類が生命永遠保持手術を受けた後、どうなるのでしょうか」
「すでに自分なりの答えを持っているようだな」
「やはり、そうですか」
キャミはショルダーバッグを肩に掛けるとスミスに頭を下げる。
「ありがとうございました。もう再会することはないかもしれません。さよなら、お父さん」
「親子という絆に別れはない」
キャミは部屋を出ながら手の甲で涙をぬぐう。
*
「すべての兵器もトリプル・テンに覆われていると!そんなバカな。あれだけ苦労して手に入
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れたトリプル・テンを遙かに上回る量を確保しているとは。そんなことチェンや鈴木から聞いたことないぞ」
キャミは徳川の興奮が収まるのを待つ。
「おまえ、騙されたのでは」
すでに詳しく報告したキャミは沈黙を続ける。
「ひょっとしてスミスとよりを戻したしたのか」
キャミは言葉に出さずに徳川を睨み付ける。そして背中を向けてドアに向かう。
「待て」
「お好きなようにしてください」
慌ててキャミに追いつくと腕を取る。
「悪かった」
キャミは徳川を見つめて応じる。
「私は一切スミス博物館攻撃の中止を進言していません。攻撃体勢の強化を求めただけです」
「もはや地球連邦軍は烏合の衆ではない。いくらトリプル・テンに覆われていると言っても所詮は古いビルだ。躯体はガタガタのはずだ」
「トリプル・テンを侮ってはいけません。それにスミスは元グレーデッドの最高幹部でした」
「ノロに殺された総統の前任者だったことぐらい、わしも知っている」
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「それは私がお教えしたこと。問題は彼の力量が衰えていないことです。それにグレーデッドの残党の動きも警戒しなければなりません」
「分かった。肝に銘じておこう」
徳川は机に向かうと受話器を取る。
「大統領。地球連邦軍に攻撃命令を!」
*
数十機の武装ヘリコプターがスミス博物館にミサイルを撃ち込む。もうもうたる砂塵が舞い上がる。それでもミサイル攻撃が続行される。
「粉々になったはずだ」
徳川は現場の様子を映し出す大型のモニターを見つめる。視界は最悪で何も見えない。
「もういいだろう」
徳川が大統領に攻撃の中止を伝える。モニターの画面が宇宙ステーションからの映像に代わる。周辺のビルのほとんどが爆風や激震で倒壊している。しかし、中心には黒っぽい球体のような物がうっすらと見えている。
「なんだ!」
「トリプル・テンだわ!」
「まさか!」
[249]
慌てて徳川は受話器を取り上げる。
「攻撃続行!」
遙か上空からの映像は真っ黒な球体を捕らえている。周りの武装ヘリコプターが攻撃態勢に入る。キャミがリモコンを操るとモニターの画面が四分割される。真上、横からと四つの映像が現れる。すべての画面に黒い球体が映っている。
「浮かんでいる」
キャミがパソコンを操作する。ここで初めて黒い球体の大きさが判明する。
「直径は百メール余り……」
「何をしている。早く攻撃しろ」
徳川が興奮する。呼応するように多数のミサイルが発射される。もう砂塵が舞うことはない。球形となったトリプル・テンがゆっくりと上昇する。急きょ投入されたジェット戦闘機からもミサイルが発射されるが命中しても微動だりせずに高度を上げる。しばらくするとが追いつけないほどのスピードで上昇する。高度三万メートルに達するともはや戦闘機といえどもどうにもならない。
「まさか宇宙ステーションを攻撃するつもりでは」
キャミが珍しく悲鳴を上げる。
「なんと言うことだ」
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徳川がへなへなと床に座り込む。そのとき球形のトリプル・テンは速度を落とすと停止する。今度はゆっくりと落下に転ずる。その速度が増すと黒い球体が徐々に白くなる。そして真っ白から火の玉に変化して落下速度が加速する。
ところでかつてのメキシコ湾の中心部は穴が開いて大西洋の海水が渦を巻いて流れ込んでいる。それでも直径十数キロの湖でブラックホールのように海水とともにあらゆる物を飲み込む。泳ぎの達者な魚や鯨などはこの穴を通り抜けて湖化した元砂漠に移動してそこで子孫を増やした。そしてそれまでの砂漠は一変して生命が溢れる楽園となった。
「推定到達地点はメキシコ湖中心部です!」
「なに!」
さてここで「トリプル・テン」の物語の冒頭部分を思い出して欲しい。
太古の時代、巨大な隕石が衝突してメキシコ湾が形成されるとともに気候異変が起きて恐竜が絶滅したとされていたが、実際は隕石ではなくトリプル・テンが衝突して巨大なクレーターを形成し、海水が流れ込んでメキシコ湾ができあがった。同時に衝突時の激震でクレーターの中止部の下には巨大な空間が誕生した。
しかし、トリプル・テンが栓の役目を果たして海水がその空間に流れ込むことはなかった。そのトリプル・テンをノロがサブマリン八〇八で取り去った。一気に海水が流れ込んで海面下降が起こり、海洋国の領土が一気に広がるとともに砂漠だったところが巨大な湖に変わった。
[251]
つまり地球環境が一変した。
*
そのメキシコ湾湖に向かって大気圏に再突入して輝く球体と化したトリプル・テンが落下落する。
ここはメキシコ湾湖から各大砂漠湖に向かう潜水輸送船舶の航行を管理する、いわば空港の管制塔のような役目を担う地球連邦政府の「メキシコ湾船舶管理センター」だ。
「降下速度が落ちました」
球体の落下速度が急に落ちる。太陽のように輝いていたがサングラスを外しても見えるようになる。この球体の最終到達地点が明白になる。
「メキシコ湾湖の水中を航行する潜水輸送船舶への警告は徹底されているか」
「湖底近くまで潜航していた船舶はそのまま各大砂漠湖へ向かいました。そのほかの船舶は浮上したか浮上中です」
「急速浮上を促せ」
「すでに勧告済みです」
管理センター長は頷きながらモニターを注視する。
「着水します」
トリプル・テンが大きな水柱を上げて海中に消える。
[252]
「浮上している各船舶の船首の向きを確認しろ!」
「すべて湖の中心部に船首を向けています」
「強大な波が起こる!全速力で波に向かうよう指示しろ。そのあと第一波の波をやり過ごしてから急速潜航だ!」
「すでに周知させています」
「第一波の波を観測。その高さ五から六メートル」
「意外に低いな」
「それだけ速度が落ちたということです」
「まるで意思を持ってるかのように感じられます」
「海中の状況は?」
「現場に無人特殊潜航艇が向かっています」
「これからいったい何が起こるんだ?」
「センター長!湖面が上昇しています」
「湖への流入海水量に比例して沿岸部の水位がわずかに上がっています」
「あの球体が湖中心部の穴を封鎖した?」
「分かりません。もしそうなら大変なことが起こるかもしれません」
「特殊潜航艇からの映像が入りました」
[253]
巨大な丸いものがモニターに映し出される。
「我々はある意味で歴史的な瞬間を目にしているのかもしれない」
「波の状況は?」
「まだ一メートル以上ですが、沿岸に到達した波に打ち消されてやがて消滅するはずです」
「問題は水位の上昇だ。沿岸部の住民に近況避難命令を発動しろ!」
「分かりました」
「大統領を呼び出してくれ」
「すでに大統領は電話の向こうで首を長くしてお待ちです」
「センター長のカーターです。報告が遅れて申し訳ありません」
*
「と言うことはスミス博物館はトリプル・テンの塊となってメキシコ湾湖に落下して元のメキシコ湾を復元したと言うことか?」
月面の生命永遠保持機構本部で報告を受ける徳川に大統領が感服する。
「さすが理事長。そう解釈するのが有識者の見解です」
「分かった。ご苦労だった」
徳川がキャミに状況を説明する。
「やりましたね」
[254]
キャミが明るく反応する。
「悲しくないのか?」
「何が?」
「どういう手を使ったのかは別として、ある程度の大きさのビルが数百分の一以下の球体になったのだからスミスはもちろん博物館も消滅したはずだ」
「目の上のたんこぶがそれこそ丸くなって消滅したわ」
徳川がキャミのジョークに満面の笑みを浮かべる。
「キャミ」
徳川はキャミを抱きしめようと近づく。キャミは身体をゆだねると自ら徳川の唇を奪う。徳川の手がキャミの臀部に回り込んだとき、宇宙ステーションからの緊急連絡が入る。
徳川は仕方なくキャミからゆっくりと身体を離して不機嫌そうに受話器を持つ。
「理事長。重大な報告があります」
「なんだ?」
「大陸内陸部の巨大湖の水位が急速に下がっています」
「昔砂漠だったところにある湖のことか?」
徳川は事の重大さに気付いてないが、キャミは徳川が持つ受話器を取り上げるとあるスイッチを押す。音声がスピーカーから流れるようになる。キャミがマイクを持って尋ねる。
[255]
「原因は?」
「メキシコ湾湖からの海水の供給が停止したからでしょう」
「大変なことになるわ!」
「元に戻ることになるのか?」
「大統領には?」
「まず理事長に連絡しました。今から大統領に報告します」
*
すでに地球連邦政府機関の誰もが徳川を最高権力者と崇めている。徳川も地球連邦政府の重要機関との直接通信手段を持っている。しかし、徳川の専門は医療だ。専門外のことについてはそれぞれの専門家に任せればいいのにそれがなかなかできない。徳川の気持ちはすでに独裁者モードに入っている。つまりキャミだけが頼りになる。
「元に戻ることと、戻らないことが起こります」
「わかりやすく説明してくれ」
「まず、メキシコ湾湖からの砂漠湖への海水の供給が止まると……」
キャミは目を閉じて説明を始める。
豊かな海水に恵まれた元砂漠の湖の水位が下がると、まず新しい環境に順応した鯨などのほ乳類が死滅する。ほ乳類より順応性が高い魚類も水がなくなれば同じ運命をたどる。もちろん
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そのほかの生物や藻をはじめとする水生動植物も死滅したり枯れてしまう。これらの生物の死骸が水がなくなった湖を覆うことになる。
これらの生物を糧にしていた湖畔の人々にも飢餓が迫る。生物の死骸が悪臭を放つと細菌が発生して飢えに苦しむ人間たちを病魔の世界に誘導するだろう。ちょうど海面下降で海が陸地になったときのようなことが再現されることになる。
これ以上の説明は不要だと感じたキャミが言葉を切って徳川を見つめる。
「なんと言うことだ」
まだ徳川に余り緊張感がない。キャミがそんな徳川に危機感を提供する。
「内陸部の湖周辺に住む人たちに救いの手を差し延べなければ理事長のこれまでの努力が水の泡になるかもしれません」
「どういうことだ!」
「もし私の想像どおりになれば全人口の二、三十数パーセントの人間が死にます」
「?」
「この地域の人たちはまだ生命永遠保持手術を受けていません!」
「うっ?」
「海が元に戻るまで時間がかかります。一方、穀倉地帯の内陸部の湖が消滅すると砂漠化して穀物はもちろんのこと魚も捕れなくなります」
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「今まで以上に食糧事情が悪くなる」
徳川が頷くとキャミが続ける。
「優先してこの人たちに手術を施せば理事長はさらに神として崇められます」
「すぐさま実行しよう」
徳川は大統領直通電話の受話器を取るとまるで自分が発案したような口調で伝える。
「内陸部の湖周辺に住む人間を最寄りの生命永遠保持機構に入院させろ」
ノロの思惑どおり生命永遠保持手術が公平に、と言うよりは困った人々を優先して施されることになる。
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