生命永遠保持手術を受けて二十代に若返った徳川の記者会見が終わる。割れんばかりの拍手を背に受けてレセプションに臨むために会見場を出る。ここは日本で一番大きな御陵を見下す小高い丘に建築された最新鋭の第五生命永遠保持機構だ。
地球連邦政府があるアメリカのニューヨークの第一生命永遠保持機構を皮切りにヨーロッパのスイスのジュネーブに第二生命永遠保持機構が、第三を中国の上海に、第四をアフリカのエジプトのカイロにというように生命永遠保持機構を建設した。インドやブラジル、それにロシアなどにも生命永遠保持機構が設置されたか、間もなく完成する。これらの一桁台の番号を持つ生命永遠保持機構はその地域での基幹生命永遠保持機構としての役目を担う。
さらに二桁台の番号が割り当てられる準基幹生命永遠保持機構が、人口が多い国の首都や人口密度の高い地域に建築中だ。そして三桁台の生命永遠保持機構の建設地も決まっていて基礎工事が始まっている。そのあとは小規模ではあるが、四桁台の生命永遠保持機構を地球の隅々まで建設する予定だ。その数、総数で一万棟に迫る。
この壮大なプロジェクトに世界中がわき上がる。夢を与えれば政治はうまくいく。景気は良くなり、これまでの様々な紛争もすべて消滅するかに見えた。しかし、新たな問題が起きよう
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とは誰も思っていなかったが、休火山の底のマグマだまりゆっくりと膨張するような兆候がすでに発生していた。しかし、誰もが夢に酔いしれていたので用心することなく山登りを楽しんでいた。
*
第五生命永遠保持機構の専務室で生命永遠保持手術を受けた者のリストを徳川が見つめる。
「他の生命永遠保持機構では主要各国の要人や超富裕層が多いのに、日本では政治家はほとんど受けていないな」
専務理事が応じる。
「政治家の場合、絶えずマスコミに監視されています」
「だから首都ではなく、この地に主力生命永遠保持機構を建設したのだ」
「超富裕層はお忍びでここに来て手術を受けています」
「その方がいい。日本の政治家は意外と貧乏だ」
「そのようです。微々たる不正な政治献金で絶えずスキャンダルが勃発しています」
「超富裕層の方が大金を落としてくれる」
徳川が満足そうに御陵を見下ろす。第五生命永遠保持機構で手術指導をする白衣をまとったキャミが徳川と専務理事の言葉が途切れたところで進言する。
「計画通り生命永遠保持機構の建設が進んでいますが、医師の確保が思ったほどできません」
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「手術しながら覚えさせればいい。私がキャミにしたように」
「そうのようにしていますわ」
ここで専務理事が言葉を挟む。
「キャミの手術を見てめきめき頭角を現すちょっと変わった医師がいます」
徳川が振り返る。
「変わった?誰だ?」
「リンメイという考古学者です」
「考古学者?」
今度はキャミが応える。
「中国人です。もちろん医師免許は持っています」
専務理事が補足する。
「理事長が眺めておられた御陵に興味を持っていたのでこの第五生命永遠保持機構に就職しました。動機に問題がありましたが、医師不足ですので条件を付けて採用しました」
「どんな条件だ?」
「当生命永遠保持機構で生命永遠保持手術の腕前が半年以内にベストテンに入れば御陵の研究をしてもいいと。もちろん冗談半分ですが」
徳川は専務理事からキャミに視線を移す。
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「私は各主要生命永遠保持機構で手術指導をしなければならないし、理事長のお供もしなければなりません」
最近余り現場に赴かない徳川にキャミは苛立ちを持つが、悟られないように言葉を選ぶ。
「ここに来て手術指導するのは週に一度あるかないかです。リンメイは私が手術をするときは必ず立ち会います」
「それで」
「専務理事のおっしゃるとおり、すぐに頭角を現しました。第一から第九までの生命永遠保持機構で手術とその指導してきましたが、彼女のような医師はいません」
「会ってみたい」
専務理事が残念そうな表情をする。
「今日は理事長の記者会見が予定されていたので休暇を取っています。御陵に出かけたのかもしれません」
一瞬徳川は「ムッ」とするがすぐ気を取り直す。
「そうか。残念だ」
この一瞬の表情を見逃した専務理事が気軽に尋ねる。
「理事長のことですから医師の確保の件、なにか手を打たれているのですか?」
再び徳川の表情が厳しくなる。
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「わしがサボっているとでも?」
専務理事の表情がこわばる。
「いいえ。私なんかの考えも及ばない素晴らしい計画を立てておられるのではと思っています」
専務理事は今度は大げさに腕時計を見る。
「まもなく記者たちがここを離れます。一応見送らなければなりません。席を外してもよろしいでしょうか」
徳川は返事をしないが専務理事は直立不動の体勢から深々と頭を下げて部屋を出る。ふたりきりになったとたん徳川がキャミに近づく。キャミも徳川に近づく。
「永遠の命を得たとはいえ、へとへとだわ。正直言って手術中にウトウトすることがあるわ」
「それは大問題だ」
「分かっているくせに」
「わしも欲求不満になっている。今日は休め」
「ありがとうございます」
キャミは目の前の徳川に背を向けると専務室を出る。
*
一見バラ色の未来を全人類に与えた生命永遠保持手術だったが、現実には様々な問題が露呈した。
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至るところで四桁台のミニ版の生命永遠保持機構の建設が開始されたころ、既に生命永遠保持手術を受けた者は我が世の春を謳歌する。そしてまだ受けていない者から不満の声が噴出する。特に貧困にあえぐ者や難病に苦しむ者……なんと言っても老人からの要求が高まる。なぜ弱者を優先して手術を行わないのか……。ノロの条件を守るのはなかなか難しかった。
当初、手術にかかる費用は非常に高く、とても庶民が払える額ではなかった。それは生命永遠保持機構を儲けさせるためではなく、機構の建設と医師の教育のための資金を集めだった。
一応誰もが納得していたが……。
しかし、明日死ぬかも知れない老人や難病を患った者やその家族はまさしく必死になって連邦政府を突き上げ、各連邦政府は地球連邦政府に早期の生命永遠保持機構の建設を要請する。
箱物はある程度早期に建設できるが、問題は医師の確保だった。
手術が間に合わず死んだ本人はさぞかし悔しかっただろうし、残された家族から訴えられることも多々あった。
特に夫が手術を受けたが、順番待ちで妻の手術が間に合わなかったとか、この手術の性格上、成人しなければ手術を受けられないが、親は優先的に手術を受けられたのに難病の子が受ける前に死亡したとか……悲劇があちこちで起こった。
一方、富裕層は一族の繁栄を目指して比較的若い夫婦は手術を受ける前に子造りに励んで、
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子孫を増やしてから手術を受けた。
批判や不満は生命永遠保持機構に向かうことはなく、連邦各国を通じて地球連邦政府に向かった。
あれほど地球のために働いたチェンや鈴木に対する評価まさしく地に落ちた。もちろん擁護する者もいるが、いまやどうしようもない。政治家という職業はそういう意味では過酷だ。
しかし、ふたりは生命永遠保持手術を受けることなく黙々と自分の職務を果たそうとするが、罷免の要求が高まる。徳川は自ら手を下すことなく、再びチェンと鈴木を葬ることを考える。
*
大統領専用電話が点滅するとチェンが受話器を取る。スミスからだった。スミスは独特の笑い声を出すことなくまるで別人のようにしゃべる。
「徹底的に利用されたな」
「用心していたんですが」
「潔く辞めるか」
「それは……」
チェンが言葉を濁すと受話器を置く。
スミスはすぐ気がつく。
――盗聴されている
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ペンを握ると手紙を書き始める。書き終えるとていねいに折りたたんで部屋の隅に向かう。
――ファックスもダメだろう。ならば手紙のまま転送するのが一番だ
スミスは物質転送装置のふたを開けるとチェンの、続けて鈴木のアドレスを入力する。そして手紙を入れてふたを閉めるとスイッチを押す。
――二度あることは三度ある……ということか
スミスはため息をつく。
――いったい、ノロはどういうつもりなんだ
ノロと連絡を取ろうとすればいつでもできるのにスミスはためらう。そのとき物質転送装置のチャイムが鳴る。チェンか鈴木かのいずれかの返信に違いない。ふたを開けて手紙を取り出す。鈴木からだった。
「仏教界から『生命永遠保持手術法』案に対して反対表明が地球連邦政府に提出された。その理由はトリプル・テン引き渡しの条件として全員に手術させろと言うノロの言葉の意味を地球連邦政府が誤って解釈していると考えたからだ。ノロが言いたかったのは一部の特定の人間のみに手術することはダメだということだ。そして手術を受ける受けないは個人の自由だ。私も……」
スミスは手紙を読みながら頷くが、目を閉じると立ち上がる。
「何らかの手を打たなければ」
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*
徳川は地球連邦政府に圧力を掛けて早急に生命永遠保持手術法を成立させようとする。この法律さえ通せば全人類はこの手術を受けなければならず、その後は徳川にひれ伏すとことになるからだ。それにこの法律に反対する者などいないと高をくくっていた。ところがである……。
「様々な宗教団体の抵抗が激しさを増しています」
地球連邦政府の法制局長から連絡が入る。法制局長といっても徳川の息のかかった者だが……。受話器を持った徳川が応じる。
「狼狽えるな。永遠の命を得れば誰も信仰心を持たなくなるはずだ」
「しかし、宗派を超えて結束しています。このままでは……」
徳川が法制局長の発言を無視する。
「ずれ宗教そのものが意味をなさなくなる。信者は必ず生命永遠保持手術を受けたがるはずだ。
それを阻止しようとパフォーマンスしているだけだ」
「とても芝居には見えません」
「信者を失えば法王や教祖といえども失業する。だから必死になって抵抗する。しかし、彼らも永遠の命は欲しいはずだ。プライドを傷つけないよう、裏から手を回す。おまえは惑わされることなく法律の成立に専念しろ!」
「分かりました」
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受話器を置くと徳川が側近を見つめる。
「鈴木とチェンの足取りは?」
「不明です」
「下手に盗聴などするからだ!」
徳川が側近のひとりの胸ぐらを掴むがすぐに緩める。
「スミスの動向は?」
「財団本部と博物館を往復しているようです」
「相変わらずだな……うっ!」
徳川の顔色が急変する。
「スミスを徹底的にマークしろ!」
*
時空間移動装置から鈴木、チェン、そして最後にスミスがゆっくりと降りる。そこは宗教サミットが開催されているバチカンだった。法王が親しみを込めて鈴木、チェンを抱きしめる。
巨漢のスミスには抱擁を諦めて手を握ると周辺から笑い声が起こる。法王が三人を会場に案内する。そこにはこのサミット開催に賛同した宗教団体の代表者が集まっている。その数は百人を下らない。
*
[230]
悲壮感が漂うなか日本の僧侶が発言する。
「このままでは宗教が消滅する。しかし、永遠の命を手に入れたとしても心のよりどころは必要だ」
ここで首を激しく横に振る。
「いや。生命永遠保持手術が云々と騒がれたずっと以前から我々は信者に真の意味で心のよりどころを提供していなかった」
「そんなことはない!」
ある神父が否定すると法王が割って入る。
「発言者の話を最後まで聞いてから意見を述べるように」
そして僧侶を促す。
「続けてください」
「恥ずかしい話、わしは人々に心のよりどころを与えるどころか、自分自身がそのよりどころを探していた。それは宗教の名を借りたテロ行為が蔓延していたころでした。なすすべもなくおろおろしていた。ところがそのテロから生命を守る方法が徳川によって開発された。そう生命永遠保持手術です。もちろん全身を切り刻まれたり、火を付けられて黒焦げになれば生き返ることはないだろうが……」
その僧侶は手を合わせて目を閉じる。
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「以上です」
法王は僧侶から先ほど発言した神父に視線を移したあと会場を見渡す。
「我々が直面する問題を簡潔に示していただいた。さて議論を進めましょう」
しかし、その神父から発言はない。代わってインドの聖職者が僧侶に好意的な視線を向けながら発言する。
「私も同じ事を考えていました。以上です」
「他に異議や追加の意見はありませんか」
法王が会場を見渡すが、目を閉じるか、軽く頷く物ばかりだ。少し間を置いて誰かが発言する。
「徳川が推進する生命永遠保持手術法が成立すると徳川教という宗教が世界を支配することになる」
この発言で全員が危機感を共有する。そして視線がチェンや鈴木に向けられるのを察した法王が、まずチェンを指名する。
「ここで地球を引っ張ってきた元大統領チェンさんの意見を聞きましょう」
「呼び捨てで結構です。それにおっしゃるとおり大統領ではありません」
チェンが軽く頭を下げる。そして鋭い視線を会場の隅々に向ける。
「これから何をすべきか」
[232]
視線を緩めずに良く通る声を会場に発する。
「皆さんは生命永遠保持手術を受けるのですか?受けるとすればいつですか?」
法王はこの言葉を聞くために三人を宗教サミットに招いた。自ら同じ事を言っても意味がないことを承知していたからだ。聖職者以外の人間でしかも様々な困難な事案を克服した経験者の言葉を法王は求めていた。しかし、黙ったままチェンの次の言葉を待つ。しばらくしてチェンに替わって鈴木が発言する。
「正直に心の中を吐露してください。いいですか。生命永遠保持手術を受けるという方、挙手願います」
急な質問に聖職者といえどもすぐに対応できないのか、まばらだが一部の聖職者が手を上げる。
「それでは受けないという方、挙手を!」
日本の僧侶とインドの聖職者、そして法王だけがすっと手を上げる。
「どちらにも挙手しなかった人はいずれ受けるということですね」
ざわめきが会場に充満する。
「それでは確認します。迷っている方は?手を上げてください」
さっと手を上げる者やおずおずと手を上げる者に続いて、周りの状況を伺いながら手を上げる者……。チェンと鈴木が数を確認する。どうやらすべての聖職者が「受けない」「受ける」
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「迷っている」のいずれかに手を上げたのではなかった。
チェンが念を押す。
「何も多数決で手術を受ける、受けないを決めるために質問したのではありません。心のよりどころを提供する皆様方の手術に対する気持ちを知りたかったのです」
しかし、チェンの念の押し方が中途半端だと感じた法王が引き継ぐ。
「私は手術を受けるつもりはない。たとえ頑固者だと批判されようとも。しかしこれぐらいの気概がないと説法しても相手に安らぎを与えることはできない。迎合すれば迫力を失ってしまう」
この法王の言葉に感激した日本の僧侶が手を上げる。
「我々は生命永遠保持手術を受けることなく子孫を残して有限の身がいかに大事なことかを示す必要がある。そういう生き方を示すことによって、永遠の命を得た人間に説法するのが宗教ではないのか。そうすることによって自らの心に安寧を宿らせることができる」
討論が深まる。しかし、結論は出ない。
*
会場を後にしたチェン、鈴木、スミスが噴水にたどり着く。そして歴代の法王の胸像を見上げる。
「永遠の命を得れば胸像もあまり意味がないな」
[234]
鈴木の言葉にチェンは反応しない。スミスがため息を漏らした後、ふたりに語りかける。
「ここにいれば安全だ」
「そうだな。スミスは?」
「博物館に戻る」
「戻って何をするんだ?」
チェンが首を傾げる。
「徳川の暴走したを阻止する」
「阻止?」
「戦う」
「戦う?どうやって?」
「武器はいくらでもある」
「何を言ってるんだ。みんな骨董品じゃないか」
「彗星という骨董品の戦闘機で最新鋭戦闘機を撃墜した」
鈴木がニューヨークから五大湖向かったときの空中戦を思い出す。(「トリプル・テン」第十二章参照)
「忘れもしない!プロペラ機がジェット機に追いついて攻撃した。あれにはびっくりした」
「それにUボートも所有している。サブマリン八〇八より手強いぞ。潜水戦車もある」
[235]
「まさか本気じゃ?」
「ほっほっほっ」
スミスがポケットからリモコンをふたつ取り出すと操作する。しばらくすると風切り音がすると時空間移動装置が、しかも二基だ。
「二基?」
スミスがリモコンを鈴木に手渡す。
「これは空間移動装置ではない。時空間移動装置だ」
「なぜスミスが所有しているんだ?しかも二基も」
「ほっほっほっ。何基でも手に入る」
いつの間にかバチカン市民が集まっている。
「これは何だ!」
「タイムマシーンだ」
スミスが大きく手を広げて応える。
「生命永遠保持手術とかタイムマシーンだとか、いったいどういうことだ?」
スミスは市民の疑問に応じることなくゆっくりと時空間移動装置に乗り込むとドア付近で振り返る。
「さらばじゃ」
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チェンと鈴木がバチカン市民を制する。
「離れてください。危険です」
ドアが閉まると時空間移動装置が回転を始める。砂煙が舞い上がり黒い時空間移動装置はグレーから白に変わる。そしてフッと消える。風は収まるが声にならない驚きの渦は収まることはなかった。もう一基機の時空間移動装置もいつの間にか姿を消している。
時空間移動装置内でチェンがリモコンを握りしめる鈴木の手を見つめる。
「これからどうするんだ?」
鈴木は首を横に振る
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