15 御陵


「役者だな。徳川は」


「私たちはだまされていたのか?」


「役者は詐欺師じゃない。だましはない」


 スミス財団の本部ビルの最上階にあるスミスの部屋で鈴木がノロと特殊な通信機で話しあう。スミスとチェンはスピーカーから聞こえてくるノロの声に耳を傾ける。


「徳川はトリプル・テンの扱い方を知らないんだ。そんなに難しいことでもないのになあ」


「えっ!ストーンヘンジでは多数の死傷者が出た」


「そっとしておけば何も起こらないのに下手にいじくるからだ。まあ、そんなことはどうでもいい」

 

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「あれは通信システム?それともセンサー?」


「そのどちらもだ。それより次元通信もいいが、会って話をした方がいいな」


「次元通信?」


「宇宙では必ず次元通信を使う。それより今から地球に行くから準備にかかってくれ」


「準備?」


「空間移動装置は手に入るか?」


「徳川からプレゼントされた空間移動装置がある」


「それはダメだ。スミスの時空間移動装置を使ってもいいが、ここはこちらで手配する」


「スミスの?時空間移動装置?」


 ここでスミスが鈴木に頷くが、ノロは返答することなく話題を変える。


「ところで日本の御陵で一番大きな御陵のことは知っているな」


「もちろん。一番大きな御陵は……」


「そこにも板状のトリプル・テンを埋め込んである。空間移動でそこへ行くには少々テクニックが必要だ」


「何のことかさっぱり分からん」


「御陵にはある不思議な生命体と言おうか、得体の知れないモノが眠っている。刺激したくないのだ」

 

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「御陵は天皇家のお墓です。立入禁止だ」


「だからトリプル・テンを埋め込むのに都合がよかった。でも先に居座っているモノがいた。幸いトラブルは起きなかったが……とにかく御陵で会おう。御陵なら誰にも邪魔されずに会話できる」


 通信が切れる。


「ノロ!」


 スミスが首を横に振って鈴木をそしてチェンを見つめる。そのときスミスのディスクからピーピーという音が聞こえてくる。


「ノロからのデータ次元通信だ」


 すぐさまプリンターが作動する。スミスが吐き出されたペーパーを手にするといつもの笑い声を出すことなく告げる。


「ここに加藤が来るのか」


 スミスとチェンと鈴木がスミス財団の秘密の地下室に向かう。すでに時空間移動装置が到着していてドアから加藤が降りてくる。


「加藤!」


「お迎えに参りました」

 

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「元気か?」


「そちらこそ」


 加藤がチェンと、そして鈴木と抱き合う。


「ほっほっほっ。私にはその手の挨拶はできない」


 スミスと加藤ががっちりと握手をすると性急に促す。

 

「さて御陵に案内します」


「ちょっと待った。空間移動装置の定員は三名だ」


 チェンは御陵へ行くのは鈴木とでスミスはここに残るものだと思っていた。加藤がスミスから手を離すと応える。


「時空間移動装置の定員は五名です。ただしスミスさんはふたり分として勘定しますが」


「ほっほっほっ。それでは加藤さん、御陵までのご案内、お願いします」


 スミスはゆっさゆっさと身体を左右に振りながら時空間移動装置に向かう。しかし、チェンが少し首を傾げて加藤に尋ねる。


「定員のことよりスミスが座れる座席とあの巨体を固定するシートベルトは?」


「大丈夫です。さあ」


 加藤がチェンと鈴木を促す。薄暗い装置内ではすでにスミスが座ってシートベルトを身体に巻き付けている。

 

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「さすがノロだ。私の身体にフィットした座席を用意してくれた。ほっほっほっ」


 一瞬で御陵に移動すると時空間移動装置のドアが跳ね上がる。さっき締めたばかりのシートベルトを解除すると鈴木がドアから外を伺う。


 周りはうっそうとした森でヒンヤリしている。数メートル先にドアが開いた時空間移動装置が見える。ドアにノロが現れると飛び降りて鈴木に近づいてくる。


「やあ、久しぶりだな」


 ノロは鈴木が指しだす手を握ると乗り込む。後ろではノロが乗っていた時空間移動装置のドアが閉まる音がする。


「ここは密会するのに最高の環境なんだが、盗聴される可能性がある」


 ドアを閉めると鈴木が心配そうに尋ねる。


「まさか徳川がここでの密会を察知しているとでも」


「そうじゃない。先客がこの下で眠っているのだ」


「得体の知れないモノと言っていたやつだな」


「とにかくこの中なら安心だ」


 すぐチェンと鈴木の説明が始まる。


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「ふーん。本当に改心したのか、上手な芝居をしているのか、よくわからんな」


「そうだろ」


 鈴木が相づちを打つとチェンがノロの顔をのぞき込む。


「どうする?」


「もう決まったも同然」


「えー?」


 チェンの驚き声に鈴木もスミスも膝を乗り出す。加藤は背を向けたまま外部を映すモニターから目を離さない。


「徳川にトリプル・テンをプレゼントする」


「なんと!」


 代表してスミスが驚くとチェンが続く。


「芝居かもしれないぞ!」


「芝居なら結構見応えのある演技だ。改心したのならいいことだし」


「徳川は信用できない」


 鈴木が釘を刺すがノロは動じない。


「芝居でもいい。役者に祝儀としてトリプル・テンを差し上げる」


「そんないい加減な」

 

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 チェンが宙を仰ぐ。


「元々、分けてやるつもりだったんだ」


 意外な言葉に三人とも黙って次の言葉を待つ。


「でも理由もないのに『あげる』なんて言えないもんな」


 沈黙が続く。


「今の地球の現状をどう思う?」


「人口の増加が激しすぎる」


 しばらく前まで地球の大統領職にあったチェンがすかさず答える。


「さすが元大統領。一言で言えば『人口の激増』がすべてだ」


「ノロのお陰で生活環境が一変して良くなった」


「それは電力に関してだ。太陽は鉱物資源を提供してくれない」


「今まで以上にゴミは増えるし、環境は以前より悪化している。食糧生産も環境悪化で増加しないどころか減少している。特に牛や鶏など、感染症で大量に死んでいる」


 チェンに続いて鈴木が発言する。


「とにかく人口を増やさないようにしなければ食糧を賄えない。このままでは食糧争奪戦争が起こるかもしれない」


「そう。だから生命永遠保持手術を開発して人口増加をストップしなければならないのだ」

 

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「ノロ!」


 鈴木が叫ぶ。


「人類全員が永遠の命を持てば子孫は限りなく増える!状況は今より悪くなるじゃないか」


「鈴木!」


 今度はノロが叫ぶ。


「安心しろというわけじゃないが、永遠の命を持てば生殖機能が失われて子孫を残すことができなくなる」


「えっ!本当に?」


「第二の地球の海で実験した。地球から持って来た魚を増やそうとトリプル・テンを使って魚に生命永遠保持手術をした。その魚夫婦は元気だが雌が産卵することはなかった」


「ほう、やはりそうか」


 スミスが感心すると続ける。


「有限の身であるが故、生命体は必死になって子孫を残そうとするが、理屈はともかく、永遠の命を持てば子孫を造る必要はなくなるはず」


 驚きの余りチェンと鈴木は黙り込んでノロとスミスの会話に集中する。


「誰もが永遠の命を持てば人口が増えることはなくなる。しかし、やっかいなことに生命の持つ本質だけは持ち続ける。永遠に生きることに疲れるかもしれない。これから生まれるべき子

 

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の未来をつぶし、昨日生まれた子はセーフ。老人にこの手術を受けさせた場合の問題もある」


 スミスが厳しく突っ込む。


「まず乳幼児を含む子供には成人になってからこの手術を受けることになるだろうな」


 ノロが軽くいなす。しかし、いつものノロではなく真剣なまなざしをスミスに向けて続ける。


「老人でなくとも生命永遠保持手術を受ければ自らの肉体を改良して永遠の命だけではなく永遠の若い肉体を手に入れることができる」


「なるほど。確かにノロの言うとおりだろう」


 スミスの言葉にノロが急にいつもの表情に戻って口を大きく真一文字にする。


「整形手術を何回受けても大丈夫。オレのような男前になりたいと思えば、男はすべてオレと同じ顔になる。そうすると非常にややこしいことになるかもしれない」


 チェンと鈴木の緊張感がほどける。どこに行ってもノロだらけになった状況を想像したからだ。その想像を振り切って鈴木が発言する。


「女性もみんな美人になって同一化するかもしれない」


「でもこの手術を受けると生殖機能は退化する。周りが美男や美人だらけになったからと言っても恋が始まるわけではない。男は男。女は女で集団化するんじゃないかと思う」


「あまり勧められた手術じゃないな。生命永遠保持手術っていうのは」


「鈴木の言うとおりなんだ。すべての人間にこの手術をすることには反対だ。でもひとりが受

 

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けたら誰もが受けたがるだろう。不老不死は人間の最大の夢だもんな」


「じゃあ、なぜ徳川にトリプル・テンを与えて生命永遠保持手術を実用化させるんだ」


「今は人口増加を防ぐことが先決だ。俺が発見した惑星で食糧を確保できるまではやむを得ない。問題が解決すれば生命永遠保持手術の効果を消滅させればいい」


「そんなに簡単にできるものなのか?」


 鈴木の疑問にノロが答えようとしたときスミスが咳をしてから低い声を出す。


「問題解決とか云々の前に重大な問題が横たわっている。生命永遠保持手術をすれば生殖機能が失われて人口増加は止まるのはいいが、仮に老人を七十歳以上だとすれば百歳ぐらいはともかく、二百歳にもなったら人生に疲れる果てるかもしれん。いくら肉体を二十歳台に保持できても精神は確実に歳を取る。経験を積めば積むほど老け込む。だから自殺する者が増える可能性が高い」


「そうすると人口が減少する」


 チェンの言葉にうなずきながらスミスが続ける。


「自殺だけならいいが、事故で死ぬかもしれない。この手術を受ければ病死する者は多分いなくなるだろうが、一番怖いのは戦争だ。男と女、お互いの存在性が失われた男と女。ノロはどう思う?」


「そこなんだ。それぞれが集団化すると意味不明な争いが起こるかもしれない」

 

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「フー」


 チェンと鈴木がため息を漏らす。


 急に時空間移動装置が揺れ出す。


「なんだ!」


 加藤が計器を確認する。


「御陵の下で弱い地震を観測」


「アイツが動いた?」


「収まりました」


 加藤が計器のチェックを終えるとチェンが叫ぶ。


「アイツ?」


 ノロはチェンではなく加藤の背中に言葉をぶつける。


「まさか盗聴されたんじゃ?時空間移動装置内に次元波は侵入できないはずだ。おかしい」


「ノロ!いったい何のことを言ってるんだ?」


「今は言えない。ただこの下にいる御陵の主は生命永遠保持手術を受けてもその効果を無効にする魔力を持っているかもしれないんだ」


「どういうことだ!」


 今度は鈴木がノロにくってかかる。しかし、スミスは落ち着いてノロの言葉を待つ。

 

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「特定の人間だけが永遠の命を持つことはだけは絶対避けなければならない。ここは徳川の芝居に乗ってトリプル・テンを使って生命永遠保持手術の開発、そして普及に協力しよう」


 スミスが久しぶりに例の笑い声を上げる。


「ほっほっほっ。ノロの方が役者が一枚上だな」

 

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