12 暴走


「あれだけ世話になったのに非礼な奴ばかりだ」


 ノロの惑星で鈴木と通信していたノロが憤る。


「とりあえずハンドセットのデータは消去した」


 何とかハンドセットに次元波を送って破壊したようだ。そばで会話を聞いていたイリもやるせない表情をする。


「遺跡に埋め込んだトリプル・テンを回収しなければ」


「鈴木やチェンはどうなるの」


「死刑はないだろうが、トリプル・テンのことできつい尋問を受けるだろうな」


「助けられないの?」


「もちろん救助する」

 

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「よかった!でもどうやって」


「遺跡に埋め込んだトリプル・テンを利用する」


「?」


 このときノロと鈴木の通話をモニタリングしていた加藤が現れる。


「加藤の機転でハンドセットのデータを消去できた。礼を言う」


「自分で消したんじゃなかったの?」


「いや、まあ……」


 加藤が助け船を出すように割って入る。


「事態は急を要します」


「地球のグレーデッドの残党に協力してもらわなければならないが、可能か?」


「彼らは非常に協力的というより忠実です」


「それは加藤の人徳だわ」


 イリの褒め言葉に加藤は首を横にしたときノロが割って入る。


「加藤の人徳は当然だが、イリ総統に対する恐怖感が……」


 すかさず加藤がノロの口をふさいだのでイリのパンチが空振りに終わる。


「それではトリプル・テンの特別講義をしよう。聴講生はノロの惑星の全住民だ」


「ごまかさないで!」

 

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 イリの抗議を無視して加藤がノロに尋ねる。


「あまり時間的な余裕はありません」


「時間というものは何とでもなるものだ」


 トリプル・テンは特定の形を取らない。というより状況によってはその姿を現すこともあるが、それはきわめて希で通常は見えない。つまり存在さえ確認できない物質、あるいはエネルギーだ。


 宇宙の大半を占めるダーク一族である物質、トリプル・テンは理論上存在するだけだと思われていたが、トリプル・テンがある条件を満たせば可視化できることにノロは随分前に気付いていた。見えるということは加工することができるということに繋がる。ノロは巧妙な技術を開発してトリプル・テンを自由自在にではないが形状を制御することに成功する。そして不老不死の薬としてトリプル・テンを使うのではないが、生命体を永遠に長らえさせることに成功した。しかも副作用とは言えないものの進化が停止することまで承知していた。だからこそ動物の進化の過程を見届けたい気持ちになって第二の地球を探すために地球を飛びだしたのだ。


 ノロのトリプル・テンに関する話を聞き終えたノロの惑星の住民は感無量という表情で拍手を送る。


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「ノロの話を聞いてすっきりしたわ。でもどうやってチェンや鈴木を助けるの?」


「イリの言うとおり」


 加藤が頷いてからノロを見つめる。


「綿密な作戦を立てなければならない」


 ここで榊が意見を述べる。


「あのふたりを人質にして遺跡にあるトリプル・テンの回収方法を迫ってくるかもしれない」


「そのとおり。今の地球連邦政府は徳川が陰で操っている。トリプル・テンを手に入れるためにはどんなことでもする男だ」


「徳川はノロが鈴木と親しいことを知っている可能性が高い」


 榊の見解に加藤も同調する。


「鈴木のハンドセットを破壊して会話内容を消去したが、通信相手がノロであることは承知していたはずだ」


「なぜ分かるの?」


「とっさにハンドセットを遠隔次元操作で破壊したことが返ってノロとの通信であることをさらけ出してしまった」


 加藤が残念そうな表情をすると榊がカバーする。


「誰でも同じ対処をするはずだ。会話内容を知られる方が問題だ」

 

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 ノロが割り込む。


「問題は人質がふたりもいることだ。仮に地球連邦政府の脅迫を無視すればひとりは公開処刑されるだろう」


「そんな!」


 イリが怒る。


「後攻はダメだ。先攻だ!先に得点して逃げ切るんだ」


 榊が頷きながらもノロを制する。


「それにスミス。スミスがどう出るのか、気になる」


「スミスは味方だ。心配ない」


「しかし、強力な味方だと言っても連携できなければ綿密な協同作戦はできない」


「大丈夫。スミスとはいつでも通信できる。それよりもっと大事なことがある」


「?」


 ノロが話題を変える。


「ある意味、徳川には生命永遠保持手術を確立してもらいたいのだ」


「!」


 全員驚いて声も出せないなか、かろうじてイリが発言する。


「独裁者に協力するの?!」

 

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「その気持ち、よく分かる。でも今の地球はどうだ。人口が爆発的に増えて新たな公害も発生している。海面下降による気候の変動だというが、そうじゃない。贅沢三昧の生活が原因だ。とにかく食糧事情が悪化して地球は人間を養えなくなる。そうすると俺たち、困ったことになる」


 ノロが真剣に困った表情をする。


「何が困るの?勿体ぶらずに早く教えて」


 今度は口を横に大きく広げる。


「だってそうじゃないか!食糧のない地球から何を盗むんだ!」


 ノロの大きな声に誰もが驚く。


「そうね。それにこれから必要になるは虫類、鳥類、ほ乳類のつがいの提供を受けることができなくなるかもしれない」


 ノロがイリに頷きながら続ける。


「どんな形を取ろうとも人類を滅亡させてはならない。永遠の命を手にすれば人口の増加を抑えることが可能だ」


「永遠の命を手にすれば本当に子供を造ることができなくなるの?」


「当然!生命としての本質を捨て去ることになるから子孫は不必要どころか、子孫を造ることは不可能になる」

 

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「私、反対。絶対反対。ノロの子供が欲しい」


「すでに遅しだ」

 

 イリが周りをはばからず泣き崩れる。



 徳川は決して表には出なかった。生命永遠保持手術を餌にして陰で連邦各国首脳を操って意のままに動く者を大統領に設えた。


「とにかくトリプル・テンを手に入れるのだ」


 彼はノロが未だ地球を必要としていることを百も承知していた。一方でノロの突拍子もない発想と行動にどのように対処すればいいのか分からなかった。


「下手に怒らせばどうしようもなくなる」


 徳川は自ら経営する医療法人「徳川会」の会長室で地球連邦政府の大統領と電話会談する。


「徳川さんにしてはずいぶん弱気なことを」


「わしを批判するのか、誰のお陰で大統領になったのだ?」


「申し訳ありません!」


 電話の向こうでヘコヘコと頭を下げる姿を想像して徳川は一抹の不安を感じる。


――少々バカでも何でも言うことを聞くヤツがいいと思ったが


「ストーンヘンジのトリプル・テンの回収は進んでいるのか?」

 

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「まるで根が生えているように回収どころか移動させることもできません」


「たかが畳み一枚の板じゃないか。重機で吊り下げられないのか」


「薄くて挟めません」


「接着剤を使えば?」


「意外と表面が柔らかくて接着剤が効きません」


「何とかしろ」


「あらゆる手段を講じてますが……」


 徳川は一方的に受話器を置く。


「できればノロと対立したくない」


 徳川は腕を組むと目を閉じる。


「何のためにトリプル・テンを板状にして遺跡に埋め込んだんだ?」


 独り言を発した自分に苦笑する。


――ノロが無駄なことをするはずがない。不必要になれば何らかの方法で回収するか、消滅させるはずだ


 徳川はテレビをつける。どの放送局も似たり寄ったりだ。望遠レンズで捕らえられた板状のトリプル・テンは正面から見れば長方形だが真横から見ると細い線に見える。安物のレンズでは消えたように見える。それほど薄いのだ。

 

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――強い衝撃を受ければ粉々になるような気がする


しかし、重機で吊り下げた直径数十センチの鉄球をぶつけても粉々になるのは鉄球の方だ。徳川は自分の目でトリプル・テンを直に見て触れたいという衝動に駆られる。


 再び大統領直通電話の受話器を握るといきなり伝える。


「今からイギリスへ向かう」


「ストーンヘンジへですか」


「分かりました。現地に伝えます」


 徳川は側近を呼び出して空間移動装置を準備させる。そして部屋を出て地下室に向かう。


 地下室にはチェンから取り上げた大統領専用空間移動装置がある。球体のドアが跳ね上がると操縦士が恭しく頭を下げて徳川を招き入れる。最も信頼する徳川会の副理事長を連れて空間移動装置に乗り込む。


「現地の警備は?」


「こんなこともあろうかと完全武装した警護員を配置してあります」


 徳川がシートベルトを締めると操縦士に告げる。


「よし。ストーンヘンジへ!」


「了解」

 

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 軽い振動がしたあとしばらくするとドアが跳ねあがる。


「到着しました」


――すごいモノを開発したものだ。ノロか。一度会ってみたい


 シートベルトを外してドアに向かうと直属の警護員がドア越しに手を差しのべる。


「ご苦労」


 数十メートル先には板状のトリプル・テンが数枚並んでいる。徳川がゆっくりと近づく。そして手の届くところまで来ると尋ねる。


「触っても大丈夫か」


「問題ありません」


 警護員が先に触れてみせる。用心深い徳川の性格を知りつくしたベテランの警護員に促されて徳川は一歩前に出るとトリプル・テンの表面を撫ぜる。そして押してみる。柔らかいが倒れることはない。横に回ると驚きの声を上げる。


「薄い!」


 背広の内ポケットから立派な手帳を取り出すとあるページを切り取る。慌てて先ほどの警護員が警告する。


「真横からは絶対に触れないでください」


「分かっている。少し実験をしたいだけだ」

 

[144]

 

 

 徳川の手から離れた紙切れが風に乗ってトリプル・テンの真横に到達する。まるで鋭利なカミソリに触れたように紙がふたつに分かれる。


「なんと!」


 前代未聞のトリプル・テンを初めて見た徳川は素直に驚く。


――これではいくら鈴木やチェンを締め上げても回収方法は分からない。彼らが知らないのは当然だろう。ノロしか扱えないやっかいなモノだ


 徳川の目的はただひとつ。トリプル・テンを手に入れて分析することだ。手段を選ばないといってもノロを怒らせることは避けなければならないと確信する。


「ダイヤモンドカッターも歯が立ちません」


 徳川が黙っているので地球連邦政府の責任者が説明し始めると徳川は首を横に振る。


「要するに回収不可能なのだな」


「そうです」


「他の遺跡の状況は?」


「地表に姿を現しているのはここだけです」


「ここは特殊なのか?」


「その辺のところは不明です」


 そのときその責任者に息を切らせて近づく者がいる。政府と絶えず連絡を取っている通信員

 

[145]

 

 

だ。


「ほかの遺跡にもトリプル・テンが現れました。すべて板状のトリプル・テンです」


「なんだと!」


 徳川が空間移動装置に向かいながら警護員に告げる。


「連邦政府へ」


「どちらの?」


 一瞬徳川の足が止まる。連邦政府はふたつある。ひとつはニューヨーク、もう一つは月に。


「つ、月にしよう」


「ま、待ってください。月の連邦政府は警備が手薄です」


 さすがに用心深い徳川だ。すぐに指示する。


「地球連邦政府に変更」


 徳川は地球連邦政府の通信局に現れると大統領が慌てて自分の席を空けて勧める。あいさつもせずに徳川はその席に向かうことなく一〇〇台はあろうかという壁に埋めこまれたモニターに近づく。そのすべてがトリプル・テンが現れた遺跡を映しだしている。


「!」


 どのモニターにもストーンヘンジと同じように何枚もの板状のトリプル・テンが映っている。

 

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トリプル・テンの実物を知っているから狼狽えはしないが言葉を発することができない。「あっ!理事長、これを見てください」


 その声につられて徳川はスタッフが示すあるモニターに視線を移す。そこにはつい先ほどまでいたストーンヘンジが映っている。周りのトリプル・テンがふわっと浮き上がると端から順番に上昇する


「おおっ!」


 トリプル・テンのそばにいた地球連邦政府やイギリスの関係者がのけぞって倒れる。そして耳を押さえながら天を仰ぐ。モニターのスピーカーから「キーン」という鋭い音がする。思わず徳川や大統領はもちろんのこと誰もが耳をふさぐ。


「ボリュームを下げろ!」


 大統領が命令するが耳をふさいでいるからか、それとも「キーン」という音が続いているからか、命令を実行する者はいない。画面では板状のトリプル・テンが接触を繰り返しながら宙を舞っている。


「!?」


 接触するたびに強烈な青白いスパークを放ちながら鼓膜を破るような音が連続的に聞こえてくる。もう画面を正視することはできない。誰かがストーンヘンジが映っているモニタースピーカーのスイッチを切ったらしく音声は消えるが、室内は眩しい青い光に包まれる。

 

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 ストーンヘンジの異変に感染したのか今度はモニターに映っている他のすべての遺跡でも同じ現象が起こる。その各モニターからすさまじい青白い光と、スピーカーから「キーン」という連続音が発せられる。危険を感じた徳川の側近が大声を出す。


「理事長!こちらへ!」


 徳川は両脇を抱えられるように廊下に出る。その後を追って次々とドアに向かう者が折り重なるように倒れる。廊下に出ても鋭い音が追いかけてくるように聞こえる。


 徳川は通信局室から出ようと駆けだす。


――あのままストーンヘンジに留まっていたら今頃気が狂うか、死んでいたかもしれない


 今度は自ら判断して本能的に通信局の建物に留まることが危険だと判断した。ある意味、トリプル・テンから恐怖心を植え付けられた。徳川は今まで以上に用心深く行動することを肝に銘ずる。


 各遺跡で働いていたその国の発掘隊や地球連邦政府のスタッフは雷光のような青い光と周波数の高い音波と巻き起こる衝撃で全員が死亡した。しかも衣服は焦げていた。


 それだけではない。通信局の部屋ではモニターの強化ガラスが割れてスピーカーから煙が上がって天井のLED照明もすべて粉々に砕け散った。部屋から脱出できなかったスタッフは全員死亡した。

 

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