海面下降で現れたムー帝国のピラミッドと噂される地下部分に周りと比べて異常な重力反応の存在が明らかになった。そしてその付近から特殊な電波が宇宙に向かって発信されていた。
チェンが色めき立つ。
「トリプル・テンかも」
そこは旧ハワイ島を頂点にした広大な陸地でアメリカの領土だった。
「アメリカ大統領に連絡しろ」
はやる気持ちを抑えながらチェンが補佐官に指示する。
「繋がりました」
チェンは手渡された受話器を持つと詳細に説明する。相づちを打つアメリカ大統領の反応に手応えを感じながら最後に同意を求める。
「発掘の許可をいただきたいのだが」
「もちろん許可します。ただし条件があります」
「条件とは?」
「まず発掘は極秘でお願いしたい」
[95]
「『まず』ということは追加の条件があるということですね」
「そうです。我が国の発掘隊を主力メンバーにしていただきたい。もちろん地球連邦政府の発掘隊との共同作業を拒否するものではありません」
アメリカとしては自国の裏庭のようなメキシコ湾でノロにトリプル・テンを回収された事件にトラウマを持っているらしく今度こそという気持ちが前面に出る。
「分かりました……と言いたいのですが、他にも同じように不思議な電波を出す海底遺跡が数カ所あります。そこでも異常な重力反応を示す物体が確認されれば同様に発掘調査の是非を問うことになり……」
ここでアメリカ大統領が制する。
「複数の連邦諸国と秘密交渉をすれば地球連邦政府の立場がないのはわかります。しかし、目的は遺跡の下に何があるのかを確認することでしょう?」
アメリカ大統領の読みの深さにチェンは観念する。
「分かりました。それに地球連邦政府としてもすべての遺跡発掘を同時に行うことは困難ですし、ひとつ分かれば他の遺跡のことも推測できます。ここはアメリカを優先しましょう」
受話器の向こうから感謝の意が伝えられる。チェンは受話器を置くと月の地球連邦政府の鈴木を呼び出す。
「ムー帝国のピラミッドの発掘調査という名目でアメリカと異常物質の探索作業に入る」
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「一歩前進だ。相手がアメリカというのも心強い」
チェンの報告を鈴木が好意的に受け止める。
「問題は異常物質が発見された後だ」
「その辺をきちっと詰めておかなければ」
「月からの監視を強化してくれ」
「万全の体制を取っている」
*
いくら海面降下で陸地になってかなりの年月が経ったとはいえ、ちょっと掘れば塩分を含んだ水が発掘調査を阻む。ポンプをフル稼働させても染み出る海水を完全には排水できない。
「地盤沈下が激しい。下手をすればピラミッドが傾くかもしれない」
アメリカの発掘隊が焦る。
「ピラミッドの内部から地下に潜るほかない」
「それができるのなら初めからそうしている。エジプトのピラミッドのような内部に通路がない」
「そうだった。それじゃピラミッドを爆破するしかないな」
「それは禁じ手だ。遺跡を破壊することはできない」
「どうすればいいんだ」
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地球連邦政府の発掘隊がこの状況を詳しくチェンに報告する。
「やはり、簡単にはいかない」
チェンは現場のビデオを見ながらため息をつく。
「しかし、諦めるわけにはいかない。かといってピラミッド周辺から海水が出なくなるような地盤になるまで数百年もかかるという専門家の意見があるが本当か?」
「それも希望的な予測です」
仕方なくチェンは鈴木に連絡を取ることにする。
「それじゃ、アトランティック帝国のピラミッドも同じだな」
「要は元々海底にあった遺跡はどれも同じだということだ」
「元海底は遺跡の宝庫だが断念せざるを得ない」
「しかし、今さら方向転換してエジプトのピラミッドの底を発掘するわけにはいかない。今まで秘密にしていた責任を問われる」
「そんなに大統領の席に未練があるのか。場合によっては辞任すればいいじゃないか」
「そうだ!少し弱気になっていた」
「誰でも困難なことが起きると弱気になるものだ」
「鈴木がいてくれて助かる」
「何を言っている。私の方が少し強がっているだけだ」
[98]
「わかった。公表しよう」
*
チェンは連邦各国ではなく全世界に向けて詳細な情報を発信する。だが意外にも反応は穏やかだった。それは遺跡の下にトリプル・テンが存在しているかもしれないという期待感からだった。しかし、発掘については慎重な意見が多い。
まず日本は古墳の発掘を拒否した。もちろん天皇家の墳墓だという理由からだった。逆に絶えず支配者が入れ替わる中国は「自ら遺跡発掘するからどの遺跡が電波を出しているのか公表しろ」と情報公開を迫った。
一方、国内に遺跡が存在しない国の首脳は、もし発掘プロジェクトが立ち上がった場合、参加を要求した。
数々の意見が出されたが、わがままな意見をチェンは逆手にとって電波を出す遺跡を公表せずに条件闘争に臨む。つまり無条件に遺跡発掘に応じる国が現れるまで待った。
あまり時間をおかずにイギリスが手を上げた。
「我が国は地球連邦政府の意向に従って全面的に協力する」
慌てて同じ条件を提示した国々を無視して、チェンはイギリス政府に打診する。遺跡発掘に必要な機材を保有しているうえに治安も良好なイギリスは理想的だった。しかも、電波を出すストーンヘンジはピラミッドのような大型な遺跡ではないので扱い易い。
[99]
この遺跡発掘プロジェクトが決定されるとイギリス国内は歓喜に沸く。ただしチェンは条件を付けることを忘れなかった。
「もしトリプル・テンが発見された場合、すべて地球連邦政府の管理下に置く。ただし、分析結果が明らかになった時点で、十パーセント相当分のトリプル・テンをイギリスに譲渡する」
この条件にイギリス以外の国々が悔しがる。もちろん遺跡を持たない国は冷静に結果を待つことになる。
*
ストーンヘンジ付近は厳重な警戒がされる。それこそアリ一匹たりとも侵入できない。巨石が倒れないように発掘調査が行われる。まず重力測定装置による調査が開始される。やがて精密な地下の立体地図が作成された。驚いたことに強い重力反応を示す箇所は複数あった。
「そんなに分散しているのか」
ストーンヘンジ遺跡発掘プロジェクトチームリーダーが驚きのまなざしを持って重力測定装置が作成した3D図面を眺める。
「うーん」
時間が経つにつれ図面の精度が上がって強い重力反応を示す物体の形が特定される。
「長方形のように見える」
意外だった。誰もがその物体はトリプル・テンに違いないと思っていたから、その比重と重
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力反応から直径数センチの球体を想像していた。
「トリプル・テンではないのかも……」
謎の物体のひとつの形が計測される。想像を遙かに超える大きさだった。
「長方形の板のような感じがする」
その物体の正面が映し出されると計測値がモニターの端に示される。
「横九十一センチ。縦三百六十四センチ」
「大きい!厚みは?」
モニター上でその物体がゆっくりと横に回転して、その回転角度が九十度になったときその物体は限りなく直線に近づいた後消滅する。
「厚みがない!」
「まさか!」
「とにかく掘ってみよう」
そのとき誰かが叫ぶ。
「いつの間に夜になったんだ!」
誰もがモニターに釘付けになっていたので気がつかなかったが、いつの間にか上空は厚い雲に覆われていた。
すぐに大きな雨粒が落ちてくる。
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「この付近で雨が降るなんて……」
そのとき大音響と大量の光が同時に炸裂する。
「わあ!」
この雷の一撃で発掘隊のほとんどの隊員が感電死する。奇跡的に難を逃れた数人の隊員がストーンヘンジの岩陰に隠れる。地面にスパークした青白い光が何かを探すように這いまくる。しかし、正視できないほどの眩しい光に残りの隊員たちは思わず目を閉じる。
落雷は一度だけだった。しかもすぐに真っ黒な雲が離散して青空が現れる。
「何だ!あれは!」
*
ストーンヘンジの周りには真っ黒な板が林立している。その大きさは畳一枚分程度だ。おそらく下半分が土の中に埋もれているはずだ。
恐る恐る生き残った数人の隊員がそのうちの一枚に近づく。しかし、触れようとする者はいない。遠巻きに眺めながら不思議な板の周りを回る。
「厚みがない」
「よく見ろ」
「薄い!」
不思議な板の厚みは一ミリどころかもっと薄く見える。少し真横から斜めに視線を移すと板
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状であることが分かるが、真横に立つと細い線に見える。余程しっかり見つめないと何も見えないような感じがする。
「仲間は?」
感電して即死したはずの隊員の姿はない。
「本部に連絡を……」
通信機はもちろんのこと重力測定装置も見当たらない。
「遺跡の周辺に警備隊がいるはずだ」
誰かがその発言者に首を振る。
「誰もいない」
「でもストーンヘンジはびくともしていないぞ」
全員視線をストーンヘンジに向ける。ストーンヘンジを構成する巨石はすべて落雷の前と同じ位置に凜として立っている。勇気ある隊員が黒い板に近づいて恐る恐る触れる。周りの隊員がじっと見守る。しかし、制止する者はいない。
「柔らかい」
全員がほっとしてその隊員に近づく。今度は両手で押してみる。中腰で力を入れて押すがびくともしない。それどころか両足が後退する。薄いが曲がることはない。生き残った者の中に地球連邦政府の監視員がいた。
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「トリプル・テンなら柔らかいはずだ」
自ら押してみる。
「どう表現したらいいんだ。この感触……」
言葉を選びながら続ける。
「薄いが弾力性はある。でも硬い」
それ以上何も言えなくなる。全員隣の巨石の前の板に近づく。やっと誰かが発言する。
「どうして急に地上に現れたんだ?」
周りに不気味な風が吹き始める。
*
隊員たちの後方に空間移動装置が回転しながら現れる。回転が停止すると風が収まりドアが跳ね上がる。降りてきた鈴木が叫ぶ。
「何があった!」
「見ての通りです」
「これはいったい……」
鈴木は月の地球連邦政府でストーンヘンジ上空の宇宙ステーションからの情報を収集していた。しかし、急に発生した積乱雲で地上が見えなくなった。すぐに晴れたが人影が極端に少なくなったので自ら現場に赴いたのだ。
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鈴木は黒い板を不思議そうに見つめるが、発した言葉は板のことではなかった。
「発掘隊員の数が少ないが、他の隊員はどこにいるんだ?」
「落雷で感電死しました」
「!……生き残ったのは?」
「我々五人だけ」
「遺体は?」
「それが……」
「感電したのは確かか?」
「その瞬間を見ました。しかし、その後は分かりません」
鈴木が肩の無線機に手を伸ばすとチェンを呼び出す。
「至急救急隊を派遣するようイギリス政府に指示してくれ」
一息つくと鈴木は黒い板に近づく。
「上空からはまったく見えなかった」
宇宙ステーションの高感度カメラは地球の地上を五センチ四方までの識別できる能力がある。それなのに畳み一枚分もあるこの黒い板を認識できなかった。
「厚みが一ミリもありません」
「どおりで真上からでは見えないはずだ」
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隊員に案内されて板の横へ向かう。
「!」
鈴木が驚くと同時に納得する。
「いつ現れた?」
「つい先ほど」
「どこから」
隊員たち全員が首を横に振る。鈴木は正面から力を込めて板を押す。びくともしない。振り返ると連れてきた警護員を促す。
「拳銃でこの板の横から叩いてくれ」
大柄の警護員が拳銃をフォルダーから取り出すと銃口を持って板を真横から叩くと鋼鉄製の銃座がまっぷたつに分かれる。
「紙のように見えるのに、まるでカミソリだ!」
鈴木はゆっくりとストーンヘンジの周りを歩き始める。巨石と比べると小さいが、巨石ひとつひとつを守るようにほぼ二メートルほどの距離を置いて黒くて薄い板が並んでいる。
――弾力性があって堅い。そして非常に重いようだ。しかし、なぜこんな形をしているのだチェンからの無線が入る。
「今からそちらに向かう」
[106]
「だめだ」
「なぜ?」
「ここでふたりの大統領が会談するのは危険すぎる。自重してくれ」
「しかり……」
上空をイギリス空軍の戦闘機が通過する。チェンの声が聞きとりにくくなる。
*
「陽が落ちた」
「まもなく投光器と重機が到着します」
イギリス陸軍の士官の報告に第二次発掘隊員が尋ねる。
「電気はどうするんだ」
ここで鈴木が発言する。
「電気なら心配するな。宇宙ステーションから直接マイクロウエーブが送られてくる」
「あっ、そうか」
今後のことに不安を抱くイギリスの第二次発掘隊に鈴木が直接命令する。しかし、その鈴木に妙案があるわけではない。
投光器が設置されると周りは昼間のように明るくなる。重機が黒い板に近づく。まず試みたのは板の裏側を土盛りして表側の根元を掘っていくという方法だ。
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「サイズを確認しよう」
「横九十一センチ、高さは露出しているのが約百八十センチ。同じ長さが地中に埋まっています。厚みは0・四ミリです」
鈴木が改めて驚く。
「これは畳、二枚分と同じ大きさだ」
鈴木は近寄ってメジャーを当てる。
「ちょうど畳み一枚が地上に出ていることになる。推定重量は?」
「約五〇トンです」
「五〇トン!」
「このような状態で現れたのも不思議ですが、沈まないのがもっと不思議です」
「少々土盛りしても倒れればどうなるのか分からんな」
鈴木は土盛り作戦を中止する。
「振動を与えないようにしなければ」
急に全員の足取りが慎重になり、声が小さくなる。
「重機一台あたり何トン引き上げることができるんだ」
「足場の強度にもよりますが最大で一〇トンです」
「ということは最低五台いるな」
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「追加しますか」
「いや、いい。こんな薄いものを吊り上げるのは、まず不可能だ。首尾よく吊り上げてもどうやってトラックに積み込むんだ。それに荷台がもたない。どう考えてもロンドンまで運ぶのは不可能だ」
反論する者やアイディアを出す者は誰もいない。スズキは黙ってにわか仕立てのテントに向かう。
「休憩してもいいかな」
「監視は続けます。何かあったらすぐ起こしますのでゆっくりしてください」
「すまない」
もちろん睡眠するためにテントに入ったのではない。
「チェン」
「チェンだ。どうだった」
「どうしようもない」
鈴木は自分の目で見たことを報告する。
「事態が急変しなければ月に戻ったらどうだ」
「もうしばらく留まる」
「無理するなよ」
[109]
*
陽が昇る。投光器の光が相対的に弱くなる。周りにある他の黒い板がはっきり見えるようになる。ところが徐々にすべての黒い板がグレーに変化する。
「消える……?」
「鈴木大統領を起こせ!」
誰かがテントに向かって走るとベッドでまどろむ鈴木の身体を揺さぶる。
「起きてください!」
反射的に起き上がると靴も履かずに外に出る。遠目にも黒かったはずの板が薄いグレーに変化しているのが分かる。
「測定できる装置をフル稼働しろ!」
鈴木はまっしぐらに板があったところに向かう。
「消えた!」
鈴木は手を差し出して消えた板を押そうとする。透明になっただけで板は存在すると確信していたからだ。しかし、手応えはなく、もんどり打って鈴木が倒れるとその向こうにあるストーンヘンジにしたたか頭を打つ付ける。
「大丈夫ですか!」
それでも鈴木は立ち上がって叫ぶ。
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「なぜだ!昨日は見えていたし、強力な投光器の元でも透明になることはなかったのに」
両脇を抱えられた鈴木はなおも吠える。
「トリプル・テンなら透明になることは知っている。でも今回は消えた。ノロ!ノロ!教えてくれ!」
この叫び声に反応したのか、ストーンヘンジ全体から例の奇妙な電波が宇宙に向かって発射される。しばらくすると鈴木の脳を直撃する奇妙な声がする。
「鈴木。俺はノロ。月に戻れ」
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