海面降下で今まで知られなかった遺跡が数多く発見された。たとえば海底ピラミッド。海溝の両側に整然と建築されたピラミッドが見つかった。大昔、海に沈んだという伝説のムー大陸、あるいはアトランティック大陸に存在した高度な文明を持った人間の遺跡かもしれない。
長らく深い海底にあったため保存状態がよかった。しかし、むやみに発掘することが禁止されているので、今のところ謎に包まれたままだ。ところがここからも電波が発射されていたことが判明した。
チェンも鈴木も今回の件は公表しなかった。なぜならトリプル・テンが関わっていると推測されたからだ。
古い時代、誰もが金にあこがれた時代があった。古代の遺跡には宝石はもちろんのこと金がふんだんに使われてきた。もちろん時代が進んでも金は貴重な金属だった。黄金の面や金箔で施された寺院など。
しかし、現在ではトリプル・テンだ。トリプル・テンが持つ魔性に人間は理性を失う。トリプル・テン、それは宇宙の根源であるダークマター、あるいはダークエネルギーそのものが人間に見える形で存在するもの。だからチェンと鈴木は非公開にしたのだ。
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「絶えず地球の状況を把握しようとしているのか」
ふたりは休暇という体裁を取って元海底にあった巨大な前方後円墳の前方部分の頂上で話し合う。空間移動装置で別々に来たから誰もいない。満天の星がそんなふたりを照らす。
この建造物は日本の古墳とは違って、四角錐のつまりピラミッド型の建造物と、円錐形のつまり富士山のような形をした建造物、もちろんどちらも巨大な石で造られているが、このふたつの建造物が合体したものだった。
「この遺跡と比べればエジプトのピラミッドや日本の御陵などちっぽけなものだな」
「建築推定時代からすると、ピラミッドよりずっと古いらしい」
「今までは地層から様々な発見をして地球の歴史を分析していたが、海面下降で現れた遺跡を分析した結果、これまでの常識が覆ってしまった」
「表面ばかり見て判断することがいかに危ういかだ」
「惑わされないようにしなければならないなあ」
「大変な作業だ」
「チェンがいなければ今の職責を放棄するだろうな」
「それは私にとっても」
「なんか、大統領を辞めてノロに『仲間にしてくれ』って叫びたくなるな」
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鈴木は目を閉じて頷くだけだ。
「トリプル・テンって人間にとって何なんだ」
頷きを止めて鈴木が応じる。
「そのトリプル・テンをノロは自由に操っている。いや、そのように見える」
「地球の人間は素直に頭を下げてノロに教えてもらうほかないのに」
「わがままばかり言ってる」
「しかも自分たちの欲望を捨てようとはしない」
「旧メキシコ湾の底にはかなりの量のトリプル・テンがあった」
「それをノロが確保した」
ここで鈴木がかっと目を開く。
「待てよ」
チェンがじっと次の言葉を待つ。
「この遺跡の下にはトリプル・テンが埋もれている可能性が高いかもしれない」
「同感だ」
「古代の遺跡は不思議なものばかりだと思わないか?」
「確かに」
「何かに導かれたように古代の人間はほとんど何の役にも立たないようなものにエネルギーを
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費やして建築した」
「まさか旧メキシコ湾も遺跡だと言うんじゃないだろうな」
「うーん……その辺は何とも……私は考古学者じゃないからな。でも遺跡だとしたら……?」
「遺跡の下にトリプル・テンがあるという定義が成り立つのなら、トリプル・テンの上には遺跡があると言いたいのか」
ふたりはここで笑い声をあげる。
「参ったな、鈴木の想像力には」
しかし、先に真顔に戻ったのは鈴木だった。
「ノロは夢のようなモノをどんどん発明した。普通の人間とは発想力が違う」
「確かに発明家というのは一種、奇人に近い。普通の人間とは着眼点がまったく違う」
「だろう?」
チェンは頷くがすぐ首を横に振る。
「ちょっと待ってくれ。遺跡から電波が出ている原因はトリプル・テンにあるというのは飛躍しすぎているんじゃ」
「飛躍しなければノロと付き合えないぞ」
鈴木の真剣な表情にチェンが呆れる。
「まるで新興宗教に入信したみたいだな」
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「なあ、チェン。海面下降で現れた遺跡を極秘に発掘できないものか」
「極秘にする必要はないのでは」
「トリプル・テンの存在性が高い」
「そのこと自体を隠しておけばいいじゃないか」
「あっそうか」
「考古学者は遺跡発掘が三度の飯より好きだ。既存の遺跡の発掘は規制が厳しい。たとえば鈴木の国では御陵の発掘は不可能だ。天皇の墓だから発掘はまかり成らんじゃないか」
鈴木が苦笑する。
「規制がなかったからノロは旧メキシコ湾を標的にした」
「新しい遺跡の発掘は今のところ強い規制はない。とりあえず禁止しているだけだ。それに余りにも遠いし、しかもかなり低いところにあってそこは塩分を大量に含む湿地帯だ。発掘するのは大変な作業になる」
「世界情勢は落ち着いている。発掘する人選さえ誤らなければいい成果が上がるかも」
「賛成してくれるのか」
「賛成と言うより賛同かな」
ふたりは笑顔で握手する。
「どんな宝物が出てくるか楽しみだ」
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