01 ノロの惑星


 ある青い惑星の周りを宇宙戦艦が回り始めて一月以上たった。ハヤブサは何百回と惑星と宇宙戦艦を往復している。ハヤブサは単なる宇宙戦闘機ではなかった。むしろ優秀な惑星探査機だった。あらゆるサンプルやデータを根気強く採取しては持ち帰った。サブマリン一〇一〇一〇もハヤブサでは収集できない大きなサンプルを持ち帰った。もちろん陣頭指揮を取るのはノロだ。


 メガネの奥で細い目をより細くして、しかも目尻を下げてニタッとするノロにイリは恐怖感さえ感じる。


――狂ったのかも


 イリは仕方なく加藤に耳打ちする。その加藤もハヤブサ戦闘鯛を率いて忙しい。


「イリ。あのままではいつ倒れるか分からない。私の分の食糧を削っても『腹減った』とわめきだしたら無理矢理でも食わせるんだ」


「食事は用意しているのよ。でも食べないの。それどころか水も飲まない」


「必死に分析している。それだけこの星は魅力的なんだ」


「加藤。なんとかするわ。心配掛けてごめんなさいね」


[1]

 

 

  イリは裏腹な言葉を出す。


「ノロの指示どおり仕事を続けて」


「分かりました」

「やったあ!」


 ノロが大声をあげるとイリがノロの手を握る。


「結果は?よかったのね」


「飯だ!飯を食うぞ」


「ご飯はないわ」


「何でもいい。たらふく食うぞ」


 ノロの目の前に保存食が山積みされる。


「これで我慢してね」


「えー!握り飯はないのか」


 榊がノロに近づく。


「握り飯は俺が何とかしよう。その前にこの惑星はノロのメガネにかなったのか、教えてくれ」


 ノロがズレたメガネをかけ直すと大声を上げる。


「大当たりだ!」


[2]

 

 

「地球型の星を見つけるのは宝くじの一等を当てるよりむずかしいはずだ」


「トリプル・テンのお導きだ」


「ノロらしくないわ」


「今はよく分からないが、前にも言ったようにダーク一族、つまりこの宇宙のほとんどを占めるダークマター、ダークエネルギーのいずれかの一形態がトリプル・テンだ」


 いやというほど聞かされていたので誰もが頷く。


「そのトリプル・テンに包まれたサブマリン一〇一〇一〇がこの星の時空間座標を割り出した。


そして俺は時空間移動装置で確かめに行ったら、この星があった」


 ノロと同行したイリが引き継ぐ。


「時空間移動装置に分析器は積めないけれど、ノロはモニタースコープを使ってある方向を熱心に観察したわ。そして私に口を横に開いて笑ったの。モニターを覗くと青い星が見えた」


 いずれにしてもふたりは第二の地球に巡りあったのだ。


「それじゃ、地球に行って握り飯を盗んでくる」


 榊がサブマリン一〇一〇一〇に向かうために部屋を出ようとする。


「盗む?」


「俺たちは宇宙海賊だ。必要な物は盗む」


「そうか!頼むぞ」


[3]

 

 

 *

時空間移動装置でノロとイリ、それに宇宙海賊たちが第二の地球に降り立つ。そこは森と草原の切れ目にある池の畔だった。水はあくまでも透明で異星人のノロたちにもそのまま飲めそうだ。海賊たちはサンプル採集のために様々な道具を持って森に向かう。


「この星の名前は決まりね」


「?」


「ノロの惑星」


 一応宇宙服をまとっているが、まったく違和感がない。


「分析すればするほど地球にそっくりだ」


 ノロが呼吸器を外して空気を吸いこむ。イリも呼吸器を外す。


「少し息苦しいわ」


「酸素が少ないのだ」


 すぐに呼吸器をつけるとお互いの声が再びくぐもる。


「用心して機材を降ろさなければ、この星の生態系を乱すことになる。場合によってはこちらが消滅するかもしれない」


「地球でも感染症が蔓延しているわ」


「ウイルスや細菌を軽く扱うからだ」


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「そうね。彼らは人間の祖先だから大事に扱わなければならないのにね」


「イリの言うとおりだ。この星を地球に似た環境にするには慎重の上にも慎重を期さなければ」


「でも楽しみだわ。この星の未来が」


 ノロが両手を握るとボキボキと音をたてる。


「やりたいことが一杯ある。何から始めたらいいのか分からないぐらいに」


「まずは?」


「この星のウイルスや細菌の研究だ。彼らがこの先のすべての行動を律することになる」


「グレーデッドには多才な人間が数多くいるわ」


「よくぞ一緒に来てくれたものだ」


「当然よ。ノロという強力な磁石から逃れる人間なんていないわ」


「俺は男前だが、磁石だとは知らなかった」


 イリがノロに密着する。しかし、イリを押しのけると宇宙海賊に近づく。


「引っ付かない」


「もう!」


 ノロにとって幸いだったのは宇宙服を着ていたことだった。


「昆虫採集に行くぞ」


 どこで手に入れたのかノロが網と篭を持って森に向かって走り出す。


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「待って」


 ノロを追いかけて一緒に森の中に入ってしばらくすると、イリの顔にこぶし大の黒いものがぶつかる。


「痛い!」


 倒れかけるイリの頭にすかさずノロが網を掛ける。


「何をするの!」


「わあ!でかいコガネ虫!」


 ノロは器用にコガネ虫を篭に入れると大声をあげる。


「こんな迫力あるコガネ虫、見たことない!」


 倒れたイリを起こそうともせずにノロは虫かごをのぞく。


「ノロ」


 しかし、ノロは「わーい、わーい」と歓声を上げながら森の中に進む。


「思ったとおりだ。次はクワガタだ!」

「採集は?」


 宇宙戦艦に戻ったノロが加藤に篭を差し出す。


「大成功!これを見てくれ」


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「でかいな!地球のクワガタとよく似ている」


 加藤がまじまじと篭を覗き込む。


「この星は地球より少し大きい。だからという訳でもないんだろうが、とにかく、でかいだろ」


「もし地球と同じように進化すれば最後は四,五メートルの人類が生まれるのかなあ」


 そこに顔を包帯で巻いたイリが現れる。


「私よりコガネ虫やクワガタが大事なんて許せない!」


「これは貴重な大発見なんだ」


「少しは心配してくれたら!」


 イリの平手がノロの頬を捉える。そのとき艦橋に警報が鳴り響くと加藤が天井の浮遊透過スクリーンを見つめる。


「榊が戻ってきた」


 頬を押さえながらノロもスクリーンを見上げると忽然とサブマリン一〇一〇一〇の勇姿が現れる。


「わーい。握り飯にありつけるぞ」


 二発目の平手が飛ぶ。

 サブマリン一〇一〇一〇の司令所でノロは次々とおにぎりを口にしながら榊の報告を聞く。


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「このようにサブマリン一〇一〇一〇なら何でも盗める。だが積める量がしれている」


 榊が報告から感想に変える。


「ましてや、地球の生物を一組ずつ積み込むには巨大な宇宙船が必要だし、それなりの内装も必要だ」


「お茶」


 やっとノロが声をあげる。


「我々は一万人程度しかいない。資材の運搬に何回も月基地とこの星を往復しなければならなかった。サブマリン一〇一〇一〇より大量に積める宇宙戦艦でも積載量はしれている」


 まだ機嫌が悪いイリからお茶を受け取るとノロは一気に飲む。


「アツッ!」


 ノロがお茶を吹きだすとイリが大笑いする。


「ノロちゃん。お茶はフーフーしながら飲むものよ」


「先に言ってくれ」


「ノロ。俺の話を聞いているのか」


 榊も笑うが、顔は怒っている。


「続けてくれ」


 ノロがお茶に息を吹きかける。


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「設備もないこの星でどうやって宇宙船を建造するんだ?」


「そんなことを心配していたのか」


 お茶を持ったまま艦橋の外に出る。その後を榊やイリがついて行くと大きな建物がいやでも見えてくる。


「これは?」


「いつの間に!」


 ノロがお茶をすすりながら胸を張る。


「昔、一夜城と言って一晩で城を造りあげた武将がいた。これは一夜造船所だ」


「信じられない……」


 榊が両手で顔面をバシバシ叩く。


「……俺は何年ノロと付き合っているのだ。これぐらいの驚きは数えきれないほどあったのに、まだまだ修行が足りん」


「でも驚かなくなったら終わりね」


「いいこと言うな、イリは」


「誰が造ったの?ノロは昆虫採集ばかりしていたわ」


「元グレーデッドのスタッフは優秀だし作業が早い。それに月基地で造ったロボットも大活躍した」


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「えー!」


イリがその場に倒れる。


「驚きすぎるのも問題だなあ」


ノロがひざまずくとイリの額に手を当てる。


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