秘密基地上空に宇宙戦艦が到着するとサブマリン八八八が近づく。
「全員、無事ですか」
イリの通信に榊が応える。
「無事です。ノロも一緒です」
「よかった!」
ノロが榊からマイクを受け取る。
「もうこの秘密基地は必要ない。綺麗さっぱり消し去る」
「どうするの?」
「そのために未完成の宇宙戦艦を出動させたんだ」
「武器もないのにどうするの」
「武器はいらない」
やがてサブマリン八八八が宇宙戦艦に横付けされる。
「そちらに移る」
*
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ノロが艦橋に現れると顔を包帯でくるんで目と口だけを露出させたイリがノロに駆けよる。
「大丈夫か?」
「笑うと痛いけれど」
「俺が艦長としてこれから指揮を執る」
「任せるわ」
いきなりノロが命令を下す。
「このまま降下しろ」
最後の抵抗か地上からミサイルや砲弾が宇宙戦艦を襲う。
「バカなヤツラだ」
そのとき加藤から連絡が入る。
「地上部隊を一掃します」
「待て。自由にさせておけ」
ノロはチェンを呼びだす。
「チェンだ」
「バカどもに最後通牒を!」
「最後通牒?」
「約三〇分後に秘密基地は宇宙戦艦の超重力押しつけ作戦で分子レベルにまで解体される。自
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分たちも一緒に小さくなりたいのなら残ればいいと。ミサイルや大砲は宇宙戦艦に無力だということも付け加えてくれ」
「なぜ秘密基地を消し去るのだ」
「大半のトリプル・テンは回収したが、微量だがまだ秘密基地に残っている。少しでも手に入れれば価値はある。放射性物質のように放射能の危険はないが、取扱が難しい。欲が絡むと大変なことになるのだ。そのトリプル・テンを人間の手が届かない地球の中心部に封じこめるために秘密基地を押し潰す」
「分かった。急いで秘密基地周辺から退避するよう忠告する」
ノロは通信回線を切ると加藤に伝える。
「万が一、核兵器を使ってきたら、すぐ攻撃しろ」
「了解したと言いたいが、核兵器の見分け方は?」
「ハヤブサには相手の兵器を分析するセンサーが取りつけてある」
ノロがセンサーの使用方法を細々と指示する。しばらくすると加藤からの返事がする。
「全員に周知させた」
「頼むぞ」
イリが不安そうにノロを覗き込む。
「心配ない。宇宙戦艦やサブマリン八八八はもちろん、ハヤブサも核兵器にやられるほどヤワ
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じゃない」
「でも放射能が」
「放射能に対しても耐性がある」
「でも……」
「周辺住民はすでに退避している。核兵器を使用する愚か者の心配まではできない」
「でも周辺が汚染されるわ」
「放射能も取り込んで地中深く封印するから心配はいらない」
「すごい!」
言葉とは裏腹に包帯のしたでイリはさみしそうな表情をしていた。ノロの天才的な才能に感服するが、どんどん自分から離れていくような気がしたからだ。しかし、そんなイリの気持ちに気付く者は誰もいない。
「地表まで一〇〇メートルを切りました」
「超重力波発生準備は?」
「完了しています」
「作戦開始!」
*
地上からの攻撃はまったくない。チェンがどのように説得したのかは不明だが、中国陸軍や
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欲深い人間たちは命からがら秘密基地周辺から退避したようだ。
宇宙戦艦の高度がゼロになると地下にある秘密基地の地表は窪んでクレーターのような形になる。そのクレーターの直径と深さが見る間に大きくなるが、宇宙戦艦がその中心部に接することはない。十数分後、直径が一〇数キロメートルにも達する。
遙か斜め上空で静止態勢を取る加藤ハヤブサ戦闘隊はこの様子をつぶさに観察する。
「すごいエネルギーだ」
「秘密基地は完全に圧縮された」
加藤が隊員に注意する。
「見とれるな。周辺に不穏な動きがあればすぐ攻撃態勢を取ることを忘れるな」
「了解」
隊員の視線がクレーター周辺に移動する。
やがてクレーターの中心部がさらに陥没すると隊員の視線が戻る。加藤は諦めて遠方を含めて周りを見回す。
「下降速度を落とせ。重力波を本艦中心部に集中させろ」
今度は陥没した穴がどんどん深くなる。上空からではその深さは分からない。しかし、宇宙戦艦の浮遊透過スクリーンにはその深さが刻々と表示される。
「一〇キロメートルを越えました」
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「よし。重力波を拡散させる。拡散角度六〇」
「了解」
浮遊透過スクリーンにそれまで五度だった拡散角度が増える。一〇度、二〇度、三〇度……。
「六〇度!拡散停止」
「五〇〇メートル浮上」
周辺の地表が崩れだすと穴の中に吸い込まれていく。ノロはその様子をつぶさに観察する。
「さらに五〇〇メートルほど上昇しろ」
クレーターの中央部は原形を留めないほど崩れて土煙を上げながら穴に向かう。
「拡散角度九〇度に」
「了解」
宇宙戦艦の重力波の及ぶ範囲が広がるとクレーターの底に近いところから中腹のところまで崩壊が広がる。イリはただ浮遊透過スクリーンを黙って見つめる。
「さらに一キロメートル上昇!」
ついにクレーター全体が崩れだして穴の中に吸い込まれる。しかし、穴は埋まらない。それほど深い穴だった。
「もう二〇〇メートル上昇しろ」
やっと穴が埋まる。ここで誰もが秘密基地が地中深く封印されたと確信する。しかし、ノロ
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の命令は止まらない。
「誰か埋まったあの穴の上に数トンぐらいの重さの物を落とせないか」
しかし、誰からも返事がない。
「なぜ、そんなことをしなければならないの」
やっとイリが声を上げる。
「キッチリ穴がふさがったか確認したいのだ」
そのとき加藤から連絡が入る。
「中国陸軍が放棄した戦車を利用すれば」
「そのアイディアを採用する」
「でも、どうやって戦車を吊り下げて穴に落とすんだ?」
「そんなの超簡単!」
*
ハヤブサが一基、砲身が折れて転がっている戦車の真上で停止する。
「簡単って言うがなかなか難しい」
加藤が操縦桿やボタンを小刻みに動かしたり押したりする様子がノロとイリが見つめるモニターに映る。
「何をしてるの」
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「重力をコントロールしてるんだ」
艦橋の浮遊透過スクリーンに映るハヤブサが戦車の一〇メートル上空で小刻みに上下する。
「正確に言うと重力と反重力を微妙にコントロールしようとしている」
「やさしく説明して」
「自分自身は上空で静止姿勢を保ちながら戦車を引き上げるという芸当だ」
「ノロはできるの?」
ノロが胸をはって応える。
「できる訳ないだろ」
「『超簡単!』なんて言ってたのに」
「俺以外の者なら簡単にできると言ったまでだ」
ついにハヤブサが戦車を地上から浮かせる。
「コツが掴めた」
加藤が慎重に戦車とともに高度を上げながらクレーターの中心部に向かう。
「うまいぞ」
ノロが静かに叫ぶ。イリは固唾を飲んで見守る。やがて中心部上空に達するとさらに高度を上げる。
「一〇〇メートル、一一〇メートル、一二〇……」
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ノロがクレーター中心部からのハヤブサの高度を読み上げると加藤から余裕の通信が入る。
「ご要望の高度を言ってくれ」
「そうだな一〇〇〇メートルにしよう」
「了解」
ハヤブサが急上昇する。もちろん戦車もだ。
「中心部の座標を確認しろ」
「ぶれはない。一〇〇〇メートルに達したら、戦車を落下させる」
「八〇〇、九〇〇、一〇〇〇!」
ハヤブサから切り落とされた戦車が落下する。誰もが地表面に注目する。「ドーン」という大音響が浮遊透過スクリーンから聞こえてくる。砂塵が舞うが戦車は粉々になって飛び散る。砂塵が晴れるとノロが歓声を上げる。
「これで秘密基地は完全に封印された!」
そのとき通信が入る。ノロはてっきり加藤からのものだと思って気軽に応じる。
「ノロ!見事だ」
加藤の声ではない。
「誰だ!」
返事は人なつこい笑い声だった。
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「ほっほっほ」
「スミス!」
「ついにトリプル・テンの扱い方を完全にマスターしたな」
「どこにいる!」
「町内にいる。邪魔していいかな」
「大歓迎だ!」
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