かなりのトリプル・テンが廃炉のために使用された。地球のコアには大した量ではないがトリプル・テンが居座ることになった。海面降下で陸地が広がったが、その陸地がトリプル・テンの引力で引きしまる。そして海面が上昇に転ずるが、元の海面まで戻ることはなかった。
それより問題は月の軌道のズレだった。量的にはしれているが地球より月はトリプル・テンを豊富に埋蔵していた。その月のトリプル・テンをノロは廃炉作業のために大量に消費した。地球の質量が少し増えて、その分、月の質量が減ったので、月は地球に少し近づいた。
月の潮汐作用は地球に様々な影響力を持つ。最も大きな影響力は気候に関してだ。海面下降により陸地の面積が増えたが、一方内陸部には巨大な湖が出現して、その湖が今まで以上に月の潮汐作用を受けることになった。
湖と言ってもその水は元々海水だった。月の潮汐作用によって大きな波の発生が頻繁に起こると湖水をかき回して様々な生物が繁栄するようになった。もちろんその影響は湖畔にも及んだ。
いずれにせよ世界中で食糧事情がよい方向に急変した。飢えに苦しんでいた内陸部の貧しい国の人々にとって幸いなことだった。そうするとインフラも整備され、余裕が生まれたこれら
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の人々は豊かな生活を求めるようになる。
電気は有り余るほどある。電力の源とされた石油や石炭はまったく不要になったのかと言えば、そうではない。特にプラスティックはあらゆる機械や器具の製造に欠かせない。もちろん鉄、銅、アルミニウム、錫が……そして金や白金を筆頭にレアメタルはこれまで以上に貴重な資源となる。電力事情の大幅な改善がこれらの資源確保に拍車をかけることになった。
地球連邦政府は対策を打つが、爆発的に人口が増えて若者の人口割合が多い新興国は更なる生活向上を目指したので、また、それらの多くの国々に資源が偏在していたので、世界はまとまるどころか離散し始める。
島国である日本は海面下降の恩恵を一番多く受けた国で、しかも人口が減少傾向にあったので、資源に恵まれない国々を積極的に援助するが、そんな努力を上回るほどの人口爆発の混乱を沈静させることはできなかった。
*
「少しは節約するとか、我慢するとか、欲を押さえるとか、なぜできないの!」
グレーデッドの総統の貫禄が身についたイリはノロにグチる。
「それが人間のサガだ」
「地球連邦政府の政策も空振りばかり」
「それより最近男と女の関係が少しおかしいと思わないか」
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「結婚でしょ」
「結婚しても子供はひとりかふたりしか造らない」
「先進国では随分前からそうだったけれど、新興国もご多分に漏れずね」
「贅沢な生活になると子育てより遊びに夢中になるんだ」
「それに経済格差が拍車をかけて豊かな生活を享受できない人は経済的な理由から結婚しないし、結婚しても子供を造ろうとしない人が多いわ」
「子供ができない夫婦から見ると歯がゆいでしょうね」
「それより男と女の関係が疎遠になっていると思わないか」
「そうね。男女平等が行きわたったからかしら」
「そのうち、男社会と女社会に分裂するかもしれない」
「まさか」
会話が途切れるとイリが立ち上がる。すかさずノロが話題を変える。
「宇宙に出る前にもう少しやらなければならない仕事があるな。もちろん宇宙に出る準備も含めてだが」
仕方なくイリが座り直すとノロを見つめる。
「何をしでかすの」
「まず月に工場を造る」
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「月に!」
「そうだ」
「なぜ、月に」
「誰も邪魔できないからだ」
「でも、そんなことできるの?」
「総統の協力が必要だ」
「おもしろそうね。やってみましょ」
「わーい!総統の許可が下りた」
総統室に半透明の大型のスクリーンが現れる。
「なんなの!これは?」
「浮遊透過スクリーンだ」
「浮遊透過スクリーン?いつも間にこんな物を私の部屋に?」
ノロは無視して手元のパソコンを操作する。
「まず、エアカーの製造。そして空間移動装置を造る。それを改良して時空間移動装置を製造する」
「エアカーは何となく分かるけれど時空間移動装置って?」
「宇宙を自由に移動できる乗り物だ。これがその設計図」
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浮遊透過スクリーンに複雑な図面が現れる。
「そんな夢みたいなことできるの?」
「やってみせる」
「ついて行けないわ」
ノロが大きな口を横に広げてニーッと笑う。
「時空間移動装置なんてオモチャだ。最終的には最強の宇宙戦艦を製造するんだ。それに争いのない平和な第二の地球を造る」
イリは圧倒されて何も言えない。浮遊透過スクリーンには奇妙な形の宇宙戦艦が映しだされる。
「この宇宙戦艦はすごいんだぞ」
「ちょっと待って。なぜそんな物を造るの」
「少子化に向かうとしてもすでに爆発的に人口が増えている。人類はいずれ宇宙に進出してコロニーを造って移住しなければ地球が保たない」
「いずれでしょ?そのときに対処したらいいわ」
「少子化する前にそのまま人間は永遠に生きる術を手に入れることになるかもしれない」
「バカげたことを言わないで。それにこんな地球で長生きしたくないわ」
「だから宇宙船を造ってさっさと地球を脱出するんだ」
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「勝手にすれば」
ついにイリは投げだす。しかし、ノロは大喜びだ。
「総統の許可が出た!頑張るぞ」
*
密かにグレーデッドの総力を挙げて月に秘密基地が建設される。その建設スピードは驚くほど速く、地球連邦政府ですらまったく把握できない。
「グレーデッドは秘密基地を造るのがうまいなあ」
加藤が苦笑する。
「まあ、そういうことにしておこうか」
「ここは月の北極だ。でも地球からはまったく見えない」
「どうして?」
「建物もシェルターもトリプル・テンを塗装している」
「あっ、そうか」
意外とイリが上機嫌なのでノロがそれではと発言する。
「すぐ空間移動装置を製造する」
「いつ完成するの?」
「明日」
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「明日!」
イリと加藤が飛びあがる。
「じゃあ」
ノロが総統室から出ようとする。
「冗談は止めて。その時空間……何だっけ……なんでもいいわ。それを造ったらどうするの?」
「言ったじゃないか。すぐ時空間移動装置を開発する。いや、邪魔くさい。空間移動装置も時空間移動装置も、両方一緒に造るぞ。完成したらすぐに地球と似た星を探しに行く。その目星もたっている」
ノロが背中で応えるとドアが閉まる。
「ノロ!」
総統席を立つが追いかけようとはしない。
「加藤」
ドアを見つめていた加藤が振り向く。
「どう思う?」
「それは総統の方がよくご存知のはず」
「私にはノロの考えがまったく分からない」
イリが激しく首を横に振る。
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「総統が分からないことを私が分かるはずもありません」
「加藤は大人ね。でもヒントが欲しい」
「ノロが言う明日というのは、つまり月の一日というのは二十四時間後なのか二十八日後なのか、分かりません。時空間移動装置が二十四時間後の明日に完成すのか、それとも月の一日を二十八日だとすれば、その二十八日後に完成するのかという賭けをするのなら、私は二十四時間後の明日に賭けます」
イリが窓際に向かう。見えるはずがないのに地球を探す。
「ノロ……」
*
「総統が賭けに参加しなかったから私は儲け損ないました」
イリと加藤の目の前に直径五メートルほどの球体が鎮座している。しかも十基もある。
「さあ!試運転に行くぞ!イリ、準備はいいか」
「準備?」
「トイレだ」
「?」
「時空間移動装置内にトイレはない」
イリがノロに近づく。
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「冗談でしょ。すべてがジョークでしょ」
ノロが驚いてイリを見つめる。
「冗談?」
ノロがイリの鋭い視線のなかに涙を見つける。そのとき加藤がふたりに近づく。
「ノロ。定員は?」
「今は三人。いずれ五人乗れるように改良する」
「そうか、それじゃ三人で試乗しよう」
「決まりだ。行くぞ!」
ノロが叫ぶと時空間移動装置のドアが跳ねあがる。一緒にいた幹部のひとりがやっと声を上げる。
「ちょっと待ってください。いくら何でもチェックもせずにいきなり試運転だなんて危険です」
堰を切ったように幹部が次々と発言する。
「仮に試運転するとしてもテストパイロットにさせるべきです」
「そうだ。総統自身が試運転に付き合うなんて絶対反対です」
「それに日頃沈着冷静な加藤まで同調するなんて」
加藤がウンウンと頷きながらも説得にかかる。
「もっともな意見ばかりだ。しかし、ノロは我々を裏切ったことがあったか?ノロの言うとお
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りにして大問題を解決してきた。私はノロに賭ける。一基だけではない。十基も時空間移動装置を製造した」
そしてイリを見つめる。加藤が手を引くとイリの腰が少し抵抗するが気持ちはまんざらでもないようで振り返って幹部に語りかける。
「心配しないで。加藤の言うとおりノロを信頼しています」
「しかし……」
イリは視線をノロに移す。
「どこへ行くの?」
「それは秘密。というより説明するのが難しい」
「目的地まで決めているのか?」
加藤が割りこむ。
「もちろんだ。ワクワクする!俺ひとりでも行くぞ」
ノロが乗り込むと引かれるようにイリ、そして加藤が搭乗する。
「待ってください!水も食糧もなしに試運転に出発するのですか?」
返事はなくドアが閉まる。すぐさま黒い時空間移動装置が回転を始める。強い風圧に幹部たちは慌てて遠ざかる。そして腹這いになって顔を上げて見守る。
猛烈に回転する時空間移動装置は黒から輝く銀色になると透明に近い白色に変化してフッと
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音もたてずに消える。
「おおっ!」
「なんと!」
*
驚いた幹部の表情が元に戻るか戻らないかのうちに、同じ場所に時空間移動装置が現れる。
すぐ回転が止まるとドアが跳ねあがる。疲れ果てたようにイリが降りてくるが足取りはしっかりしている。続いて加藤が、そして満面の笑みをたたえてノロが降りてくる。
「無事戻ってきました。心配かけました」
イリの言葉に幹部たちはキョトンとする。
「ど、どういうことですか!」
「今さっき出発したばかりなのに!」
加藤が幹部たちの驚きの声をくみ取りながら口を開く。
「ノロの言うとおりだ」
イリも出発当時の幹部の顔を確認しながら腕時計を見る。
「丸一日経っている……」
すぐ後ろでノロが大声を上げる。
「試運転は大成功だ!次は時空間移動船を建造するぞ」
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「もう付いていけないわ」
イリがへなへなと床に座ると幹部たちがイリを囲む。
「総統!」
ノロはそんなイリを見向きもしないで時空間移動装置格納室を出ようとする。
「ちょっとばかし、刺激が強すぎたかなあ」
加藤はイリのそばでヒザを突くとノロの背中を追う。
「何という男だ!」
「あっ!忘れてた」
ノロが格納室の天井をクルリと見渡してから戻ってくる。
「まだ時空間移動装置内にいるな」
時空間移動装置のドアが跳ねあがるとノロは中を覗く。
「誰か懐中電灯、持ってないか?」
しばらくすると幹部のひとりがサーチライトを持ってくる。
「なかを照らしてくれ」
しばらくすると羽ばたくような音がしてサッカーボール大の黒い塊が飛びだしてくる。
「わあー」
サーチライトを手にしていた幹部が尻もちを着く
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「トリプル・テン?」
「いいえ。カブト虫よ」
いつの間にか落ち着きを取り戻したイリが天井まで舞い上がった黒いモノを指差すとノロが補足する。
「アンドロメダ星雲のある惑星に生息する巨大カブト虫だ。捕獲しろ」
なんとか別の幹部が声を上げる。
「と言うことはこの時空間移動装置でアンドロメダ銀河まで行ってきたということか」
「そうだ。運よく地球とよく似た環境を持つ惑星を発見することができた」
「まさか!」
その幹部が加藤を見つめると加藤は黙って頷く。大きなカブト虫は薄暗い天井の隅に到着すると背中に羽を収めて鉄の桟に止まる。
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