13 廃炉作業


 垂直上昇ジェット機が福島原子力発電所から少し離れたヘリポートに着陸する。鈴木は横にまったくデザインの異なる同じく垂直上昇ジェット機を見つめる。そしてノロの出迎えを受ける。


「挨拶抜きだ。どうやって廃炉にするんだ」


 ヘルメットを脱ぐと握手もせずに鈴木がノロに迫る。


「昔、この向こうは海だった」


 小高い丘の上の原子炉建屋下の崖から染み出すように汚染水が余り高低差のない滝となって河を造っている。その先はせき止められてその上には数棟の汚染水浄化棟がある。汚染水はそこで浄化されて再び河となって、さらに他の河と合流しながら遙か彼方の海を目指す。


 その海の方向から奇妙な風が流れてくる。


「そんなことを聞きに来たんじゃない」


 何とも言えない風圧が付近を包む。周りの垂直上昇ジェット機が小刻みに震えるとノロも鈴木も地面に腹這いになる。頭を上げると船影がかすかに見える。


「サブマリン八八八だ」

 

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 「作戦を教えてくれ」


「下手に教えるとこの作戦が実行できなくなるかもしれない。それに作戦というのはむやみに公表するものではない」


 そのときメルトダウンした原子炉建屋のすぐそばの約百メートルほどの上空に細長い水滴のような形の鋼鉄製の網が現れる。それはサブマリン八八八が吊り下げた物だ。その先端には直径数十センチの真っ黒な球体が見える。


「あれは!」


「トリプル・テンだ。すぐ網からこぼれ落ちるはずだ」


「重みに耐えかねて網は破れないのか」


「確かにトリプル・テンは重い。しかし、とても柔らかい。だから網に入れた」


 ノロの言うとおりトコロテンのように網の目からこぼれ落ちると水滴となって落下するが、そのひとつひとつが丸まって球体になる。その間数秒だが鈴木はすべてを目に焼き付ける。地上に達すると震動とともに砂煙が舞い上がる。


「どうなった!」


 ノロがその落下点に向かうと鈴木が追従する。かなり近づいたとき鈴木がノロの腕を取る。


「危険だ。建屋付近の放射線量は高い」


「大丈夫だ」

 

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 「せめて防護服を!」


「無用だ」


いつの間にか加藤が防護服をまとった原子力発電所の元後輩の所員と共にノロに近づく。


「急に放射線量が低下しました」


「信じられない」


 ノロは鈴木の手を振りほどくとまっしぐらにトリプル・テンが落ちた場所に向かう。

 大きな穴が開いている。その中心には数十センチの黒い球体が鎮座している。


「思ったとおり強力な表面張力で球体を維持している」


 穴に近づきすぎたノロが足を滑らせる。


「わああ」


「引っぱれ!」


 こうなることを予想していた加藤はノロの胴にロープを巻き付けていた。


「く、苦しい」


 数人の所員と共に加藤自らもロープを引っぱる。


「死ぬかと思った」


 ノロがゼイゼイと息をしながらロープを外そうとすると鈴木が心配そうに近づく。

 

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 「そのままの方がいい。それは命綱だ」

 

「そうだな」


「次はどうするんだ」


「繰り返すだけだ」


 上空から押しつけるような圧力風がノロたちを包む。


「次はグレーデッドの潜水艦だ。トリプル・テンで覆えば空中を移動できるが一隻に積み込めるトリプル・テンの量はしれている」


「退避しよう」


 加藤の警告にロープを引きずったままノロが真っ先にヘリポートに向かう。鈴木や所員は振り返りながらも、すぐノロを追い越してヘリポートにたどり着く。やっと加藤と共に追いついたノロに鈴木が手を貸しながら見上げる。


 先ほどできた穴の上空にはグレーデッドの潜水艦が浮いているはずだが、はっきりとは見えない。そこには水滴のような鋼鉄製の網だけが見える。しばらくすると網の目からトリプル・テンがこぼれ落ちると丸まって球体になって落下する。


 異常な光景に声を上げる者はいない。まったく見えないが、次のグレーデッドの潜水艦がトリプル・テンの落下作業の準備態勢に入る。ここで鈴木が口を開く。


「何回、同じことを繰り返すんだ」

 

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 「穴の深さと大きさが理想的な状態になるまでだ」


「その理想は叶えられるのか」


「理想とは夢ではない。努力すれば手に入る。仮に夢だとしても念ずれば叶うこともある」


 ノロの言葉に鈴木が何とも言えない笑みを向ける。


「ノロに従う。日本政府に要望することがあれば言ってくれ。反対されても説得する」


 ノロがニーッと口を広げると加藤が鈴木の手を取る。


「仲間になったな」
 そのとき遙か上空の宇宙空間まで上昇していたサブマリン八八八から加藤に通信が入る。すぐさま加藤がその内容をノロに伝える。


「次のトリプル・テン落下でケリがつきそうです」


「細心の注意が必要だ。量を減らそう。十パーセントずつ、小刻みに落下させろ」


 加藤が通信機のマイクに口をつけるとすぐさま指示を伝える。


「網の目を細かくして落下させるんだ。目的が達成されたら網を引き上げて船底を閉じろ」

 福島原子力発電所の高々度に静止してトリプル・テンが造った穴を観測するサブマリン八八八からの報告が作戦の成功を裏付ける。


「間もなく原子炉建屋がこの穴に引きずりこまれて地球の中心に向かって落下します」

 

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  メルトダウンした数棟の原子炉建屋が斜めに傾いて穴に吸い込まれる。そのとき目には見えないが、すべてのトリプル・テンを落下させなかったグレーデッドの潜水艦からの通信が入る。


「シャワー作戦を実行します」


 何もかもがノロの思ったとおりに進んでいる。


「シャワー作戦?」


 ノロに尋ねながら鈴木は空を見上げる。原子炉建屋の上空の一角から黒っぽい霧が現れる。


ほぼ透明のグレーデッドの潜水艦の艦底から細かいトリプル・テンが霧状に放射しているのだろう。霧状になってもトリプル・テンは非常に重いから風の影響を受けずに落下する。細かいからか、それともトリプル・テンの性質からか、すぐ透明になる。鈴木の想像どおりの答が返ってくる。


「トリプル・テンをナノ単位で落下させるんだ。崩れる建屋から出てくる放射線を無能化させる。そうしないと俺たちがいるところはもちろんのこと、放射能が拡散してしまう……」


 ノロの声が大音響にかき消されてしまう。原子炉建屋が大きな音をたててトリプル・テンが造った穴に吸い込まれる。地中深いトリプル・テンの塊に引きつけられて穴の中に落ちていく。


「何という作戦だ!」


 ふたつ目の建屋も根こそぎ穴に引きずりこまれる。鈴木の肩のガイガーカウンターは何の反応もしない。作戦を熟知した加藤も瞬きすることなく目の前の不思議な光景を見つめる。そし

 

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 て視線をノロに移す。


「信じられない」


 三つ目の建屋が傾きだすと鈴木がノロに近づいて肩を叩く。


「ノロ。あなたは大した人物だ」


 そして握手を求める。


「大したモノはトリプル・テンで俺じゃない」


「しかし、心配なことがひとつだけある」


 ノロは鈴木を制して応じる。


「大丈夫だ。トリプル・テンの塊はすごいスピードで地中深く進むが、地球の中心で停止する。


そこに行くまでに原子炉はおろか燃料棒は消滅する」


「心配を取り下げる」


 鈴木がノロを抱き上げるとそのまま抱きしめる。


「止めてくれ!俺は男に抱きしめられたくない!」

 

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