11 廃炉


「結局、生活を豊かにすれば戦争は起こらないんだ」


「何でもかんでも自分のモノにしようとするから、もめるのね」


「本当に貧しい人々に文化的な生活を提供しようとすれば莫大な資源と金がいるから、誰も無料で与えることはない。ただし伝染病のような全人類に影響を及ぼすウイルスや細菌の攻撃に対しては対処するし、人道的な問題にも惜しみない援助はするつもりだ」


「エネルギーがただで手に入るようになったから、すべてが解決したわ」


「イリはのんきだなあ」


「よく言うわ。総統として苦労したのを認めてくれないの」


「認めるけれど、宇宙ステーションを建設するのには膨大な費用がかかった」


「費用?」


「自動車一台が仮に一円だとしたら宇宙ステーション一基、いくらだと思う?」


「うーん……やめて!そんな質問」


「赤ん坊も含めて地球上のすべての人間に自動車を配ることができるぐらいだ」


「とにかく高価な宇宙ステーションを四十八基も造ったのね」

 

[119]

 

 

「そうだ」


「でも誰がそんな費用を負担したのかしら?」


 イリがノロに近づいて首を傾げる。


「人間、一人ひとりの良心さ」


 イリが大きく手を打つ。


「その中で一番大きいのはノロの良心だわ」


 イリの唇がノロに迫る。ノロがかわすと仕方なくイリは加藤たちに尋ねる。


「皆さん!どう思う?」


「総統のおっしゃるとおりです」

 加藤が総統室からはうように逃げるノロを抱え起こすとイリが腕を掴む。


「なぜ逃げるの。褒めているのに」


「次の大問題を解決するためさ」


「ここで解決しなさい」


「静かな環境で考えたいのだ」


「私がうるさいとでも」


 イリがノロの腕を解放する。

 

[120]

 

 

「そうじゃない」


 次の瞬間ノロがニーッと口を広げる。


「数字を一杯使うぞ」


「『数字、数字』と言って逃げようとしてもダメよ」


 イリが騙されまいと加藤に同意を求めるような視線を向ける。


「そうですね。私も『次の大問題』に興味があります。その大問題とは何なのですか。ここで教えてもらえないでしょうか」


 加藤の巧みな話術にノロは諦めて立ち上がる。


「仕方ないな」


「黙って聞くわ」


 イリが総統の椅子に座る。


「分かった」


 ノロは立ったまま言葉を続ける。


「マイクロウエーブで表面的にはエネルギー問題は解決した」


 ノロは周りを見上げる。イリ以外、加藤を含めて幹部全員、立ったままだった。


「皆さん、座ったら」


 イリが反応する。

 

[121]

 

 

「全員着席!ただしドアはロックしておくように」


 ノロが反応する。


「俺は闇総統だ。逃げることなどしない。無礼だ」


「総統命令よ。何度ジャンケンしても私の勝ちよ」


「だから独裁者は嫌いだ」


 加藤が割りこむ。


「姉弟ゲンカはほどほどに」


「姉弟じゃないわ!私の本当の弟は死んだ」


 ノロが頷くと幹部のひとりが、不用意ではあるが、ある意味、正直な発言をする。


「そういえばまったく似ていませんね」


「似ている、似ていないの問題じゃない!」


 ノロが叫びながら発言者に突進するとイリが弱々しく応える。


「ノロは私の死んだ弟に瓜二つです」


 さすがの加藤もイリとノロを交互に見つめるだけで何も言えない。一方ノロは発言者の袖口を掴むと引っぱる。


「私にとって初めは弟のような存在でした。でも今は私の……」


「こいつは総統に無礼な発言をした。すぐ死刑にしなければ」

 

[122]

 

 

  どこに力があるのか、発言者の袖口を引っぱってドアに向かう。それに気付いたイリが涙ならに訴える。


「なぜ逃げようとするの。私のどこが気に入らないの?」


 ノロが立ち止まる。


「話題は『次の大問題』だったな」

「原子力や化石燃料が主流だったエネルギー問題は解決したかのように見えた。地球連邦政府が樹立されて一気に平和な世界に向かうと思っていたが」


 加藤がため息をつくと先ほど問題発言をした幹部が発言する。


「取りあえず放射能に対する恐れや二酸化炭素による温暖化や汚染は消えた。でも自動車が全部、電気自動車になったとしても、その自動車を造るには鉄がいる。銅もいる。白金をはじめレアメタルがいる。それに石油もいる。プラスティックをはじめ石油からありとあらゆる物を造ること自体を避けることができない」


「そのとおり!おまえ、いいこと言うじゃないか」


 ノロが相づちを打つと加藤が顔をしかめながら発言する。


「地球連邦政府ができても各国は資源争奪戦を止めるどころか、エスカレートさせている」


「それに未だ石油は最も重要資源だし、鉄をはじめレアメタルに至る金属類も重要だ」

 

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  イリが加藤や幹部の会話に割って入る。


「今まで使った資源を再利用すれば何とかなるわ」


 ノロが軽く反論する。


「そうなんだが、それがなかなか難しい。ただ、これからは今までと違って徹底的に再利用を前提として製造するだろう」


「結構、リサイクルを考えて製造した物が多いように思うけれど」


「そうしないと売れないからだ。まあ、消費者にも責任はある」


「なぜ再生が難しいの。エネルギーは無限にあるわ」


「でもコストがかかる」


「電気はただ同然よ」


「そうじゃない。再利用することを配慮して製造してないからリサイクル自体が困難だ」


 イリがうなだれると黙る。


「資源を太陽から取り出すことはできない。それに何とか核兵器を消滅させたが、まだ核兵器の卵が残っている」


「卵?」


 イリの疑問に応じたのではないが加藤がポツンと声にする。


「プルトニウムか」

 

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 「次の問題は資源の争奪戦を防ぐことではない。もちろん資源問題を軽く見ている訳ではない。原子力発電所に残ったプルトニウムを使って再び核兵器を製造することが心配なんだ。まず原子力発電所の原子炉の廃炉が最重要課題だ」


 ノロが加藤の反応を待つ。


「そこまで考えてのこれまでの行動だったのか」


加藤が改めてノロの思考の深さに驚く。


「これからの方が重要だ」

 稼働している原子力発電所は一基もなかった。しかし、地震がなくてもいずれ老朽化することは明らかだ。


「原子力発電所を建設した国に廃炉する義務がある」


「果たしてそうするだろうか」


 加藤がノロを見つめる。


「まず無理だな」


「宇宙ステーションを建設して電力を無料化させた実績を持ってすれば可能だわ」


 返事がないのでイリが踏みこむ。


「何だか変よ。最近ノロの意見は暗いわ」

 

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「現実は厳しい。というより、俺は単なるアイディアマンなんだ」


「そんなことはない!」


 加藤は即座に否定するが首は縦に振られている。


「科学者は政治家にならない。俳優や小説家が政治家になることはあるが、科学者はそれを望まない」

 

 今度はノロが加藤に同調する。


「廃炉も難しい問題ではない。問題は各国の首脳者が自分の地位にしがみつかずに人類全体の未来を考えて行動するかだ」


「それは、まず、ないわね」


 メリハリをつけてイリが発言する。


「大きな器を持ってこの地球を引っぱろうとする人類始まって以来の統率者がなぜ現れないの?」


 加藤がすぐさま大声を出す。


「います!イリ!ノロ!」


「俺たちは俳優でもなければ小説家でもない。イリはともかく俺は科学者だ」


「私は医者よ。いえ医者の卵……医者になれるのかしら」


「永久に不可能だ」

 

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 「どういうこと!」


「イリは総統だ。怖ーい総統だ」


「もう我慢ならないわ」


「それそれ!独裁者にふさわしい素質が……」


 ノロが逃げる態勢を取る。


「?」


 意外にもイリは涙を流して黙りこむ。それを見たノロがイリに近づく。


「やっぱり仮の総統か」


 ノロがイリの手を握ると囁く。


「もう一仕事するとして、そのあとは遙かな広大な宇宙に旅立つことにしよう。ついてくるか?」

 イリが直通回線で地球連邦政府大統領に詰問する。


「必ず廃炉するように」


「難しい問題です」


「重大な問題であることはいやというほど承知しています。私のビジョンを理解していますか?」

 

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 「もちろん。素晴らしい将来像です。しかし……」


「素晴らしいのなら、従いなさい」


「現実は……」


「現実、現実とうるさいわ。その現実を変えなければならないのに『現実は』と言い訳する」


「申し訳ありません。すでに私の手に負える問題ではありません。辞任してチェン、鈴木にあとを託します」


「逃げるのですね」


「……」


 大統領は通信回路を切ろうとするが、その前にイリの意外な声がする。


「一緒に逃げましょうか?」


「えーっ!」

「国連の事務総長が横滑りで地球連邦政府の大統領になった。手強い旧列強各国の首脳を相手によくやってきたと思う」


「そうかしら。チェンや鈴木がいたからこそじゃないの」


「もちろん」


 急に仲良くなったノロとイリの会話を加藤は黙って聞く。

 

[128]

 

 

 「地球連邦政府の大統領と、たとえばアメリカ合衆国の大統領の違い、分かるか?」


 イリが首を横に振りながら話題を逸らす。


「いつの間に政治家になったの?」


「評論家だ。俺は政治家じゃない」


 ノロが少しむくれると加藤が心配顔をする。


「地球連邦政府の大統領はまとめ役だ。各国の利害調整が仕事だ」


「大変な仕事だわ。私も総統だからその気持ち、よく分かるわ」


 加藤が表情を緩めるが沈黙は守る。


「アメリカの大統領の仕事は自国の利益を守ることだ。地球全体のことなんか、どうでもいいんだ」

 

「でも合()国って言うぐらいだから、各州の利害関係の調整が必要じゃないの?」

 

「合()国じゃなくて合()国だ。でもイリの意見もまんざらじゃないな」


「各州の知事こそ自分の州のことだけを考えればいいわ」


「その知事は州内の各市長の調整という仕事もある」

 

「分かったわ。その市長も市民という烏合の()の意見を聞かなければならない。そうでしょう」

 

「そうだ。だから合()国っていうんだ」


「とにかく地球連邦政府の大統領の仕事は一人ひとりの市民から上がってきた要求を調整しな

 

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 ければならないのね。よくよく考えれば不可能だわ」


「辞めたい気持ち、よく分かる」


「調整役でも他の国や州や市とやり合わなければならない首脳者は成果を出そうと頑張るけれど、連邦政府の大統領はそうもいかない。後手に回ることが多い。昔の国連では安保理の常任理事国が拒否権を使うとどうしようもない」


「地球連邦政府が成立したけれど大国の了解を取りつけなければならないから同じね」


イリがフーッと息を吐きだす。


「それだけじゃない。国の最高権力者になった者は利権を持つ。知事でも市長でも同じだ。利権を持つから自分の地位に連綿とする。汚職と独裁が最高権力者の代名詞だ」


「だから選挙があるんじゃないの」


「仕組まれた選挙もあるし、支持母体を無視することは絶対できない」


「この地球に平和は訪れないのかしら」


「夢を与えても、その夢が叶うと再び不満を持つ。どの宗教も平和を願うものなのに何かと理由をつけて戦争を仕掛ける。より強力な武器を持ちたがる。とにかく原子力発電所の原子炉を廃炉しなければ。まだ核戦争の根が残る」

トリプル・テンを使って強制的に核兵器や原子力艦船を無力化して宇宙ステーション建設の

 

[130]

 

 

 実績と信用力で元列強各国の反対を抑え込んだ今、有無を言わせずに原子炉の廃炉を迫るノロは次なる作戦を開始する。


「海面が下降しているこの時期を失えば廃炉は不可能だ」


「また海面が上昇するの?」


「可能性は否定できないがすぐ上昇する訳ではない。でも内陸部の巨大湖から流れだした大河は大量の土砂を海に向かって運んでいる。すべての海水が元に戻れば海面が上昇して元の海岸線は陸地を浸食するはずだ」


「いずれ海辺の原子力発電所は海中に沈むのね」


「そうなれば廃炉どころか核燃料を取り出せないし汚染が拡散する!」


 加藤が割りこむとノロが加藤に視線を移す。


「原子力発電所が不要になったのに廃炉作業に入ろうとしない」


「廃炉作業は建設に要した十倍もの年月が必要だ。急いでも急ぎすぎることはない」


「そのとおり。廃炉は建設する以上に難しいし、作業中に事故が起きれば悲惨な結果が待っている」


 再び加藤が割って入る。


「それに廃炉は後ろ向きの仕事だから精神的にきつい」


 経験に基づく鋭い意見にノロが言葉を引き継ぐ。

 

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「一番重要なことを示唆してくれた。さすが加藤だ。ところで精神面はもちろん、金銭だけではない膨大なコストがかかる」


 加藤が頷くと天井を仰ぐ。


「昔、戦争中に施設した地雷を戦争が終わっても回収しないで何の罪もない子供が死んだ。原子力発電所も同じだ。仮に廃炉してもプルトニウムの処理施設がない。しかも処理後の保管場所も」


「自分で造った物を処分できないなんて、どんなに言い訳したって許せるものではない」


 ノロが興奮して口から泡を吹く。


「とにかく廃炉を促さなければ」


 加藤が呟く。


「新しい地球連邦政府の大統領に掛け合ってみるわ」


 イリが立ち上がると幹部に大声を張りあげる。


「次期大統領に接触しなさい」

 

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