第十五章 ハワイ決戦


* サブマリン八〇八*

「トリプル・テンが地球に衝突したとき生物に大きな影響を与えたことはまず間違いない」


 スミスを中心にサブマリン八〇八の司令所で話し合いが始まる。


「ダークマター……あるいはダークエネルギー」


「誰も見たことがない宇宙の約七〇パーセントを占める物質……」

 

「広い観客席のことを知らずに、我々は狭い舞台で演技をしているだけなのか」


「ところでグレーデッドの人間は我々とは全く異なる人間かもしれない」


「唯一、分かっているのは彼らと握手をするだけで被爆して死んでしまうということだ」


「ヤツラ以外に地球上で放射線に対して耐性力を持っている生物は存在するのか」


「まず、ゴキブリだ。人間の何十倍もの耐性力を持っている」


「チェルノブイリでは放射性物質を食べる菌が見つかっています」


「被爆による突然変異で放射線に免疫ができたとでも」


「わからない。いずれにしてもグレーデッドの人間は放射線に対して耐性どころか、好気性を持っている」


「恐ろしいヤツラだ」


[219]

 

 

「ひょっとして……」


「どうした?ノロ」


「いや、なんでもない」


 ノロは息を深く吸いこんでから一気に吐きだすとスミスが意見を述べる。


「私たちにはトリプル・テンがある。このトリプル・テンは放射性物質から出る放射線を浄化できるし、物質を透明化できる。ほかにも色々な機能があるが、このふたつの機能を使えばグレーデッドに対抗できる」


「具体的な作戦をたてよう。だが、トリプル・テンに精通しているのは榊でも私でもない。ノロだ」


 艦長がスミスからノロに視線を移す。


「俺は興味本位の人間だ。実行と決断のその日暮らしのいい加減な人間だ」


「既成概念にとらわれず、自由奔放に行動する人間がリーダーになる必要がある」


「確かにそうだ。人間は争いがないように法律を作って事前に混乱を押さえ、秩序を保つために法治主義という仕組みを考え出した。しかし、想定外のことが起きると、逆に法律が人間を縛って殺すこともある。法律を停止させればいいのだが、停止するにも厳格なルールがあって、檻と化した法律の外に出ることは不可能に近い。つまり、既成概念や前例が人間を呪縛する」


「例えば、自殺はいけないというが、他人(ひと)を助けて自分が死ぬこともある。このこと


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を法律をもとにして議論しても仕方ない。情が全面に出てくると取り止めもない状況になるから法律を作って調整しようするが、この調整が曲者だ」


「グレーデッドのように手段を選ばずに攻撃する敵に我々が長い年月をかけて作った法律など何の意味も持たない。結束しろという法律が一本あれば十分なのに何千、何万、何億という法律や掟が人間を追い詰めてしまう」


「独裁は避けなければならないが、独裁者には法律のすべてを停止してでも対抗しなければならない」


「だから、ノロをサブマリン八〇八に乗艦させた。彼は法律どころか、何にも縛られない自由奔放な人間だ。それに加えて独裁者の素質が全くない」


 再び視線がノロに集まるが、通信士が急に立ち上がる。


「イリの村が人民解放軍に占領されました」

 

* タクラマカン*

「イリがサブマリン八〇八にいることは分かっている。村人を助けたければ投降しろ」


「チェンに連絡を取れ」


「タクラマカン湖を妨害電波が覆っています」


「中国軍が得意とする戦法だ」


「長老!」


[221]

 

 

 イリが涙をためて長老を見つめる。しかし、長老は首を横に振るだけだ。


「彗星を切り離せ」


「彗星がなければ通信ができない」


「妨害電波で通信できないから、彗星は不用だ」


「ノロ。何を考えているの」


 ノロがイリに耳打ちする。初めは驚いていたが、やがて笑顔を見せる。そして再び真剣な表情で頷く。

* * *

「彗星発進!」


 遠目には空中に浮かんだ彗星が短い滑走路を滑るように移動してヒョイと跳躍して急上昇したように見える。そして曲芸飛行機のように宙返りをする。


「妙な真似をすると村人を皆殺しにするぞ」


 過激な警告のあと、混乱した通信が届く。


「サブマリン八〇八はどこだ!」


 彗星を手放した透明のサブマリン八〇八の位置が分からなくなって、人民解放軍の部隊長が狼狽える。そのとき、大きな声が地上に届く。


「わたしはイリ。村人に告ぐ。イリ族が全滅しようとも地球がグレーデッドの手に渡らないの


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なら、わたしは死を恐れない」


 彗星の曲芸飛行が続く。


「わたしの舞を見よ。これは戦いの舞です」


「あの水上機を打ち落とせ!」


「待ってください。部隊長」

 

「イリが乗っている水上機を撃墜したところで、サブマリン八〇八は投降するどころか、イリ一族が反乱するかもしれません」


 部隊長が首を横に振る部下に上げた手を下げる。


「我が軍の人数はイリ族の数パーセントに過ぎません。イリ族は一昔前、勇敢な騎馬民族でした」


「確かに。お前の言うとおりだ」


「グレーデッドの命令を再考してはいかがでしょうか」


 彗星はなおも曲芸飛行を続ける。


「イリは女だったな」


「そうです。イリ族の女王です」


「すごい操縦をするな」


「部隊長!総書記長から通信が入りました!」


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「総書記長は拘束されているはずだ。それに妨害電波をかいくぐって北京から通信が届くはずがない」


「部隊長、とにかく聞いてください」


 部下からハンドセットを手渡された部隊長の顔が真っ青になる。


「私は総書記長だ。部隊長、よく聞け。今からでも遅くはない。イリ族を解放して本来の任務に戻れ」


 部隊長がヒザから崩れる。


「総書記長!お許しを。私どもは間違っていました。イリ族を解放して人民解放軍の総司令官である総書記長の命令下に復帰します」


「よく考え直してくれた。感謝する」

 

* サブマリン八〇八*

「もういいかしら。目が回って気分が悪いわ」


 サブマリン八〇八はイリを載せた彗星を飛び立たせたように見せかけたあと、あたかも彗星が曲芸飛行をしているように乱暴に空中を飛び回った。その間、イリは彗星の拡声器を使ってイリ族に語りかけた。そのあと通信機で物真似がうまい長老に総書記長の声色で直接部隊長に呼びかけると、部隊長はまんまとノロが仕組んだ作戦にかかってしまった。


 今度は本当にスミスが操縦する彗星にイリと長老が乗り込んでサブマリン八〇八の甲板から


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発進すると部隊長が陣取る湖畔に着水する。人民解放軍の兵士が丁重にイリをゴムボートに招き入れる。そして上陸すると部隊長がイリに深く頭を下げる。


「イリ様。我々はあなた様に従うよう総書記長から命令されています」


「ありがとう。力を合わせてグレーデッドに挑戦します。まずはサブマリン八〇八に水と食糧の補給をしてください」


「分かりました」


「慌てなくてもいいわ。イリ族が心得ています」


「私は何をすればいいのでしょうか」


「まず、この湖を囲んでいる妨害電波を止めてください」


 イリと長老がぺろっと舌を出す。

* * *

「すぐ、ここを離れる。次は魚雷や砲弾を補充しなければ」


「サブマリン八〇八は旧式だ。本艦の規格に合う魚雷や砲弾をどこで手に入れるのだ」


 スミスが笑う。


「中国海軍から譲ってもらえばいい。彼らは結構古い武器を大切に使っている」


「さすがスミスさん、よくご存知で。部隊長に頼んでみよう」


「通信士。セイルの連装機関砲を前部甲板に移動させて彗星に搭載されている通信機をセイル


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に取り付けろ」


「これでサブマリン八〇八は双方向通信ができるようになる」


「その代わり、こちらの位置も敵に筒抜けになる」


「本当にこのサブマリン八〇八でグレーデッドと戦うのか」


「すでに戦ってきた。艦長の腕は確かだ」


「私は何もしていない。すべてノロの手柄だ」


「全員の手柄だ」


「魚雷や砲弾を補充したあと、どうするのだ」


「グレーデッドの潜水艦隊のうち地中海艦隊は機能していない。大西洋艦隊もユーロ軍の攻撃でほぼ壊滅した」


「ということは主力の太平洋艦隊が攻撃目標か?」


「最新型の潜水艦でもヤツラの潜水艦には苦戦する」


「俺たちの潜水艦は超最新型じゃないか。空飛ぶ潜水艦だぞ」


「それに透明だ。更に鎧を着込んでいる」


「俺がグレーデッドの司令官なら、尻込みするな」


「しかし、油断は禁物だ」


「もちろん!でも、グレーデッドの太平洋艦隊は太平洋周辺の主要都市に核ミサイルを撃ちこ


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むはずだ。それを防ぐためにも彼らの主力と戦う」


「部隊長から連絡が入りました。本艦の規格に合った魚雷を在庫している海軍基地があるそうです」

 

* グレーデッド*

「中国の人民解放軍が我がグレーデッドを裏切りました。総書記長も釈放されて、全軍を掌握したようです」


「サブマリン八〇八が行動を起こす前に全世界の主要都市に核ミサイルを撃ちこめ」


「太平洋艦隊だけの現状ではユーロは無理です」


「総統からの連絡です」


「繋げ!」


「提督。潜水空母ビッグデッドでそちらに向かっている」


「総統!申し訳ありません」


「まず中国を狙え。北京、上海を砂漠にしてやる。それに東京とソウルもだ」


「分かりました。準備にかかります」


「サブマリン八〇八が現れたら、いかがします?」


「核魚雷を使え」


「えっ!至近距離で核魚雷攻撃をすれば、いくら我々も無事ではすみません」


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「私の命令に逆らうのか」


「了解しました」

 

* サブマリン八〇八*

「ハワイ上空に到着」


「潜るぞ」


「久しぶりだ。潜航は」


「グレーデッドの潜水艦隊がウヨウヨしているはずだ」


「着水します」


「すぐ潜航しろ。タンク注水。推進機使用停止。このまま降下」


「急速潜航開始」


「複数のスクリュー音がします」


「潜航中止。現在の深度を維持」


「深度六十メートルで水平を保持します」


「いやに浅いところにいるな」


「スクリュー音多数確認。グレーデッドの潜水艦です。二十隻はいます。再確認します」


「多すぎる。魚雷攻撃すれば発射した魚雷の推進音が邪魔をして二次攻撃ができない」


「そのときはそのときだ」


[228]

 

 

「魚雷を無駄にできない。一隻ずつ確実に片付ける。一番近い敵艦に照準!」


「敵のスクリュー音が消えました。推進機を切ったようです」


「なに!浅い深度で、しかも推進機を停止させたということは!」


「弾道ミサイルの発射準備に入ったんだ!」


「やむえん。一隻ずつの攻撃は中止。本艦に近い六隻を攻撃する。マルチ雷撃戦!」


「マルチ雷撃戦準備完了。照準確定終了」


「全発射管開け。全魚雷発射!」


「反転。後部魚雷発射管開け。次の攻撃目標の四隻を特定しろ」


「前部魚雷発射管の魚雷充填急げ」


 爆発音がサブマリン八〇八に届く。


「一、二……三」


「五、六。すべて命中!」


「見事なもんだ」


「相手は停船している。外れたらそれこそ大恥だ」


「スクリュー音が!」


「慌てるな。すぐには動けない。第二次マルチ攻撃」


「照準確定!」


[229]

 

 

「後部魚雷発射」


 軽い衝撃が艦内に響く。


「反転!前部魚雷発射管室!魚雷の充填は?」


「二番管を充填中」


「急げ!」


「四本とも命中」


 歓声があがる。


「本番はこれからだ。後部魚雷発射管室!」


「分かっています。充填作業に入りました」


「全速前進。敵艦の真ん中に突入する」


「そんな無茶な」


「懐に入れば本艦を攻撃しても同士討ちになる可能性が高くなる。こちらは一隻ずつ仕留めていけばいい」


「なるほど。ここはプロに任せるほかない」


「動かない潜水艦が数隻います」


「弾道ミサイルを発射するグループと本艦を攻撃するグループに分けたのだろう」


「魚雷接近!」


[230]

 

 

「気にするな!弾道ミサイルを発射する潜水艦を攻撃する。全速前進!」


「測敵開始。ロックしました」


「一番二番管、魚雷発射!」


「魚雷通過。次のが来ます」


 大きな爆発音が聞こえる。


「やった」


「測敵士。次の目標を……」


「三番、四番管。発射準備完了!」


「ロックしました」


「三番、四番発射」


「魚雷接近!回避できません」


「ショックに備えろ」


 大音響とともにサブマリン八〇八が大きく揺れる。測敵士が投げだされて床に頭を打つ。


「大丈夫か!」


「大丈夫!」


「すぐ部署に戻れ。これぐらいの攻撃で参る本艦じゃない」


 しかし、全く震動が収まらない。


[231]

 

 

「これは核魚雷攻撃だ」


「トリプル・テンを信じろ」


「操縦不能」


 そのとき、潜望鏡にしがみついていたノロが大きな声をあげて笑う。


「ノロ、気でも狂ったか」


「バカなヤツラだ。本艦に核魚雷を使うとは」


 誰もが持続する大きな震動に耐えながらノロを直視する。


「グレーデッドは全滅する」


「そうか。核爆発に耐える潜水艦は本艦だけだ」


「そのとおり。グレーデッドは自爆したようなもんだ」


「やった!やった!」


 大きな震動以上の大歓声があがる。

* * *

「魚雷を使い果たした」


「浸水は?」


「ありません」


「トリプル・テンのお陰だ」


[232]

 

 

「スクリュー音がします!」


「確認しろ。アメリカか中国の潜水艦では」


「一隻ではありません。複数です。これは!」


「まさかグレーデッドの……」


「生き返ったのか」


「多数の魚雷接近!」


 ノロが艦長に替わって大声をあげる。


「浮上!浮上するんだ」


「トリプル・テンに包まれている本艦はたとえ核魚雷でも大丈夫じゃないか」


 艦長の反論を無視してノロは操舵士を押しのけて座ると舵を精一杯引く。


「とにかく浮上だ。艦長!連続して核魚雷攻撃してくるぞ。相手はやけくそだ」


「魚雷接近。回避できません」


 爆発音がしてサブマリン八〇八が大きく傾くと停電する。


「補助電源作動!どこをやられた!」


「浮上できるか?」


 再び爆発音がすると司令所の天井から海水が大雨のように落ちる。見る見るうちにくるぶしまで水に浸かる。補助電源は作動したが、浸水に全員狼狽える。


[233]

 

 

「モーター停止」


「なぜだ!ノロ!説明してくれ」


「そんな暇はない。なんとかしろ。とにかく浮上するんだ」


「タンクブロー!これまでか」


「諦めるな!そうだ!チューインガムを詰めたボックスは残っているか」


 しばらくするとスピーカーからはっきりとした声が聞こえる。


「あります」


「全部、放出しろ」


「できません」


「何とかしろ!」


「手動でなら、なんとか……」


「何でもいい!」


「了解!」


 チューインガムが詰まった丸い球体が放出される。その球体が自爆するとチューインガムが泡のように広がってサブマリン八〇八にくっつき始める。


 司令所では海水がヒザまで貯まる。


「排水不能」


[234]

 

 

「複数の魚雷接近中」


 艦長がノロに近づく。


「ノロ。死ぬ前に教えて欲しいことがある」


 ノロは操舵席から立ち上がって艦長の前に立つと思いっきり強く殴る。


「職務を放棄するな」


「深度三〇。浮力回復」


「魚雷が!あっ、当たります」


 スクリュー音が直接聞こえる。誰もが死を覚悟する。しかし、爆発音はなくスクリュー音が遠ざかる。


「間もなく海面です」


「浮上したら、全員海に飛び込め」

 

* 総統*

「サブマリン八〇八が見える」


「トリプル・テンが消滅したんだ」


「だから、通常魚雷ですら防げなくなってしまった。核魚雷の攻撃でさすがのトリプル・テンも剥げ落ちたのか?」


「そうじゃない」


[235]

 

 

 サブマリン八〇八の近くでライフジャケットを着たノロ以下数十名の乗組員が波の静かな海に漂う。近くに艦長、イリ、長老、スミスがいる。


「最初の核魚雷の攻撃でサブマリン八〇八が放射性物質に包まれた。トリプル・テンは放射性物質を除去するためにモード④に移行してサブマリン八〇八から離れた」


「そこに通常魚雷が命中したのか」


「何かが浮上します」


 大破したサブマリン八〇八のすぐそばに巨大な潜水艦が浮上する。


「潜水空母だ」


「グレーデッドの旗艦か」


 後部の盛り上がった甲板が大きく開くと垂直離陸戦闘機が次々と飛び立つ。


「救助してくれるのかな」


「バカなことを言うな」


「何がバカだ」


「グレーデッドなら皆殺しにする」


「お前の方がバカだ」


「なに!」


「捕虜にしてトリプル・テンのデータを手にしようとするはずだ」


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「俺をバカ呼ばわりするな」


「お互い様だ」


 艦長が胸ポケットからリモコンを取り出す。


「バカでない証拠を見せてやる」


「ノロはいるか。私はグレーデッドの総統ポートだ」


 巨大な潜水空母のセイルのスピーカーから大きな声が聞こえる。


「鮫に食われるか、投降するか、応えろ」


「どっちもイヤだ」


 潜水空母の大きなセイルに人影が見える。数機の垂直離陸戦闘機がノロの方に近づくと機銃掃射する。


「待て!待ってくれ」


 ノロは立ち泳ぎをしながら両手を派手に振る。


「泳いで潜水空母ビッグデッドに来い。妙な真似をすれば戦闘機がお前の仲間を皆殺しにする」


「行くな。いずれ皆殺しになる」


「艦長。俺は行く。あとは頼む」


「分かった」


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 艦長はそう言うとビッグデッドのセイルに届くような大声をあげる。


「この裏切り者!自分だけ助かろうとするのか」


「なんとでも言え!もうヘボドジ艦長と付き合えない。あばよ」


 体型から想像できないほどの速さでノロはビッグデッドに向かって泳ぐ。甲板に水兵が現れるとノロに向かってロープを投げる。ノロはロープの先を掴むと大声をあげる。


「手を振って上客を迎えろ。礼儀知らずの総統!」


 セイルの上で高笑いがする。


「大した男だ。私に命令するとは」


 そのとき、サブマリン八〇八の前方甲板に装着された二〇ミリ連装機関砲がビッグデッドのセイルに向かって火を噴く。そのあと垂直離陸戦闘機に照準が変更され、空中で静止していたすべての戦闘機が撃墜される。しばらくして誰かがノロからロープを取りあげてビッグデッドに向かう。しかし、姿は見えない.すぐに甲板で水兵が次々と倒れる。


「潜航!潜航!」


 サイレンが鳴り響く。いつの間にかサブマリン八〇八が最後の力を振り絞るようにビッグデッドに艦首を向けて近づく。そしてビッグデッドの横っ腹に突っこむと切り裂きながら甲板に乗り上げる。サブマリン八〇八の一〇倍はあろうかというビッグデッドが大きく傾く。その衝撃でセイルから総統が甲板に投げ出される。ノロがなんとかビッグデッドの甲板に這い上がろ


[238]

 

 

うとすると誰かがノロの腕を取る。


「誰だ」


「私だ。艦長の榊だ」


「裸になったのか」


 遠くでもうひとりの声が聞こえる。スミスだ。


「総統を拘束した」


 衣服を脱いで透明人間になった艦長とスミスの押し殺した笑い声が聞こえる。


「総統。お前の負けだ」


 セイルから落ちて骨折したのか、蚊の鳴くような細い声がする。そのとき甲板に武装した多数の水兵が現れる。

 

「攻撃するな」


 総統が威厳を持って制する。


「ノロ、聞いて欲しいことがある」


「ノロ、騙されるな。時間稼ぎだ」


ノロは姿が見えない艦長の声を無視して総統に近づく。


「総統、なんだ」


「グレーデッドは核実験や原子力発電所の事故で被爆した人間が立ち上げた組織だ」


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「!」


「でまかせだ。信じるな!ノロ」


 ノロは大きく頷いて更に総統に近づく。


「手段はともかく、総統の言いたいことはよく分かった」


「ノロ、お前は大した男だ」


 総統がノロに手を差しのべる。


「握手するな。被爆するぞ」


 しかし、ノロは真っ黒な手を差しのべる。そして総統とがっちり握手する。


「ノロ!」


 倒れたのは総統だった。ノロの黒い手が徐々に肌色に変化する。仰向けになった総統が弱々しく呟く。


「これがトリプル・テンか……」


[240]