第十二章 彗星


* 国連*

「全員拘束しました。まもなく制空権も掌握します」


 グレーデッドのペンタ司令官がカノン提督に報告する。


 国連の上空ではアメリカ空軍機同士が激しい空中戦を展開している。少数の戦闘機が数多い戦闘機を翻弄するように次々と撃墜する様子をニューヨーク市民が驚きを通りこして不思議そうに見上げる。


「モスクワは?」


「クレムリンの占拠に成功」


「北京でも作戦成功」


「ロンドン、パリは失敗しました」


「アメリカ、ロシア、中国の空軍を押さえろ。それに成功したら陸軍だ。海軍は放っておけ」


「イギリスとフランスはどうします」


「今や小国だ。アメリカ、ロシア、中国の空軍、陸軍を掌握すれば他の国の軍隊が束になっても大したことはない」


「提督!国連にチェンと鈴木がいません」


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「何!」


「事務総長を人質にして投降させましょう」


「浅はかな!ペンタ司令官!お前は首だ」


「えっ?」


「前々から思っていたが、お前は俺の顔色ばかり伺って意見する。現状をよく見ろ。今回の作戦の中で一番重要な人物を取り逃がした。列強の軍隊を掌握したということはその国民を人質にしたようなものだ。人質は多ければ多いほど、効果が薄くなる。それに我がグレーデッドはいとも簡単に核兵器を使う。そんな組織に投降する者はいない。おまえを解任する」


「お待ちください!提督!」


 カノン提督はペンタには目もくれず、横にいる副司令官のニコノに命令する。


「後任の司令官におまえを任命する」


 そして提督は横目でペンタを睨む。


「まだいるのか。お前は一兵卒に降格だ」


 怯えながら前司令官のペンタが提督の前から姿を消す。


「ニコノ司令官。チェンと鈴木を探しだして殺せ!大ざっぱな居場所が分かったら原爆を落としてもよい。それに国連をグレーデッドの司令部にする。今いる大使や職員をすべて殺せ」


「分かりました」


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「ここまではうまくいった。九〇点のできだ。しかし、キャメラ総統は完璧でないと認めてはくれない。なんとしてもあのふたりを抹殺しなければ」

* * *

「列強国の軍部は利権が奪われると危機感を抱く。そのような軍部を知らず知らずのうちに洗脳してグレーデッドに従わせたのは俺の手柄だ。それを提督は横取りしようとしている」


 グレーデッドの前司令官ペンタは腹心の部下数名を連れて国連ビルを出て駐車場に向かう。


自動小銃を構えるグレーデッドの兵士がペンタの階級章を見て敬礼する。


「車を借りるぞ」


 そして腹心の部下に耳打ちすると、すでにグレーデッドの識別マークが施された二台の車に分乗して猛スピードで国連ビルをあとにする。


「解任命令が知れ渡らないうちにニューヨークを脱出する。いずれ、過酷な命令を受けて殺される。同じ死ぬなら提督に一泡吹かせてやる。現場を知りつくした俺の恐ろしさを思い知らせてやる」

 

* ニューヨーク*

「放送局を押さえられた」


「国連旗が降ろされる」


 チェンと鈴木が落胆しながら携帯電話を取り出すとスミスが制止する。


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「やめなさい」


「事務総長に連絡を取ります」


「まず状況を把握しましょう。グレーデッドが国連を占拠したのなら、ワシントンもモスクワも北京もロンドンもパリも押さえている可能性が高い。それに東京、ベルリン、ローマも」


「どうやって現状を掌握するのですか」


「待つしかありません。グレーデッドが先に情報を漏らします。過剰に反応する必要はありせんが、その中にグレーデッドのこれからの目的が秘められている可能性の高い情報があるはずです」


「ここは安全ですか」


 スミスは首を横に振って微笑む。


「ここを出てスミス博物館に向かいます」


「スミス博物館?」


「私のコレクションを展示している博物館です」


 顔がないのにスミスの明瞭な声がインターフォンに吸いこまれる。


「緊急事態発生。脱出車両のスタンバイ!」


 スミスがドアに向かう。


「こちらへ!」


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 廊下に出てエレベーターホールを通り過ぎると薄暗い一角を目指す。


「脱出用のエレベーターです」


 何の変哲もない壁の一部が開くと素速くその扉をくぐる。


「地下一〇〇メートルにある秘密の部屋に向かうエレベーターです」


 エレベーターは身体が浮き上がるような速度で降下すると、すぐにかかとが床について扉が開く。目の前には巨大な戦車がエンジンを全開させて三人を待っている。


「これで脱出します」


 チェンも鈴木も無言でスミスのあとを追う。巨大だといっても戦車の中は左程広くはない。


「注水しろ」


 すぐに部屋が水に満たされる。スミスが戦車長に命令する。


「ハドソン川に出ろ。全速力で上流に向かえ」


 完全に水没した戦車はハドソン川に通じるトンネルをゆっくりと進む。


「ハドソン川に出ました。このまま川底を上流に向かって前進して、スミス博物館に繋がる水路に入ります」


「この時間を利用して説明しましょう」


 チェンと鈴木が大きく頷く。


「スミス博物館に到着したら別館の最上階に行きます。そこに古い戦闘機があります。その戦


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闘機でアリゾナのシェルターに向かいます」


 鈴木がやっと声を出す。


「すべてお任せします。質問を放棄します。あなたは作戦に集中してください」


 チェンが鈴木を見つめたあとスミスに、そのスミスが鈴木を見つめて頷く。そして戦車長に確認する。


「スミス博物館に三人乗りの戦闘機があるはずだ」


「あります。旧日本海軍の『彗星』という単発の水上機のことですね」


「そうだ。その彗星を飛ばせるように準備させろ」

 

* 国連*

「戦闘機からハドソン川の底を黒い物体が上流に向かったという報告が入りました」


「もちろん、攻撃したんだろうな。その結果は」


「失念しておりました」


「不穏な動きに対してはすぐ攻撃しろといった命令はどうなっているんだ」


「申し訳あり……」


「すぐ始末しろ」


 提督の命令に慌ててニコノ司令官がマイクに向かって口角を飛ばす。


「破壊しろ!えっ見失った?」


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「お前も首にするぞ」


「ジェット戦闘機ですから、地上を確認するのは一瞬しかできません」


「言い訳するのか」


 ニコノ司令官が真っ青になって部下への命令を続ける。


「どこで消えた?分からなければその付近に原爆を落とせ」


「バカ!この近辺で原爆を落とせば俺たちもただではすまないぞ」


 カノン提督がニコノ司令官を睨む。


「今の命令は取り消す」


「前任のペンタ司令官を首にしたのは間違いだったか。アイツはどこにいる。呼びもどせ!」


 ニコノは「はい」と返事をするが、提督の気ままな命令を実行するつもりはなく、黙って部屋から出る。

 

* サブマリン八〇八*

「スミスからの緊急信号だ」


「スミス博物館からアリゾナ州へ移動するようです」


「国連が占拠されてニューヨークにおれなくなったんだ」


「それにしてもグレーデッドの行動は電光石火のようだ。ロシアの、そして中国の軍部もグレーデッドの支配下に置かれた」


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「イギリスとフランスはなんとかグレーデッドの潜入を防いだが、軍内部の規律がかなり乱れている」


「それでも、両国の空軍はニューヨークに向かいました」


「敵味方の区別がむずかしい複雑な戦闘になる」


「いくらグレーデッドといえども、今回は核兵器を使えないだろう」


「どうする。ノロ」


「俺は艦長じゃない」


「私の仕事はこの艦を安全に航行させることだ。目的地はノロが決めてくれ」


「じゃあ、五大湖に向かう。どうやらスミスはニューヨークを水上機で脱出して五大湖に向かったらしい」


「水上機だって」


「それで五大湖に迎えに来いというのか」


「スミスからは本艦は見えない。こちらから探すしかない」


「どんな水上機なんだ」


「『彗星』という名の旧日本軍の三人乗りの水上戦闘機だ」


「なんでまたそんな骨董品で脱出したんだ?」

* 空中戦*

 

[187]

 

 

「奇妙なプロペラ機がスミス博物館から北に向かったそうです」


「スミス博物館!スミスに違いない。撃墜しろ」


「分かりました」


 ニューヨーク空港からグレーデッドの支配下にあるアメリカ空軍の戦闘機が離陸する。しばらくして隊長機のパイロットに二番機から無線が入る。


「プロペラ機一機に一〇機も投入するなんてニコノ司令官は気でも狂ったのか」


「無駄口を叩くな。俺たちの制空権はニューヨークを中心とした半径五百キロメートル圏内だ。我々の支配下にないアメリカ空軍が威信にかけて向かって来るはずだ」


「右上空!そのアメリカ空軍機を発見!」


「全機上昇。全く同じ戦闘機で戦う。パイロットの実力勝負になる」


 壮烈な空中戦が繰り広げられる。アメリカ人のパイロット同士が死闘に突入する。その戦闘中にグレーデッド側の戦闘機が「彗星」を発見する。その戦闘機が空中戦から抜け出ると、最高速度五〇〇キロ程度の彗星にすぐ追いついてミサイルを発射する。同時に彗星の後部座席の七ミリレーザー機銃からレーザー光線が発射されるとジェット戦闘機の右翼に小さな穴が開く。


「鈴木。いい腕をしている。ミサイルを退避する。ショックに備えろ」


 彗星はがくんとスピードを落としてミサイルを回避する。


「プロペラ機には機銃で十分なのにミサイルを使ったことが失敗だ。ブースターを点火!」


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 今度はグンと加速する。そして追い越された直後のジェット戦闘機の後部に近づくとスミスは操縦桿の中央のボタンを押す。両翼の二〇ミリレーザー機関砲が火を噴くとジェット戦闘機は意外なほどあえなく爆発する。


「旧式のプロペラ機だと思っていたら、武器は最新鋭だ」


「一機撃墜したからといってはしゃいではいけません。次のが来ます。今度はやられるかもしれない。ブースターは一回しか使えない。いつでも脱出できるよう準備してください」


 スミスの言うとおり左上方の機影が瞬く間に彗星に近づく。彗星はガタガタと震動しながら急降下する。地表に達する直前に大きな唸り音をたてて急上昇する。震動は止まるがチェンと鈴木のヒザがガクガクと震えている。そのとき、爆発音がする。追いかけてきたジェット戦闘機が地面に激突したのだ。


「スミスさん!右翼から炎が」


 スミスが機敏に消火装置のスイッチを押す。


「まだまだ!しかし、覚悟はしてください」


 再び近くで轟音がする。


「二機いる」


「一対二では無理だ。脱出します」


 上空を見渡すチェンが叫ぶ。


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「空中戦が始まった!ユーロファイターだ」


「イギリス空軍だ!」


「前を見ろ!」


「安心しろ。ユーロファイター、フランス空軍だ」


「チェン。通信回路を開いてくれ」


 彗星は両翼を上下に振りながら速度を落とす。


「私はグレーデッドが支配するニューヨークから脱出したスミスです。救援を感謝する。このまま五大湖に向かう」

 

* ミシガン湖*

「燃料が切れた」

 

「あれは」


 照明弾が霧に包まれた五大湖で二番目に大きいミシガン湖を眩く照らす。彗星が湖面に糸を引いて着水する。すると突然霧の中からロープが現れる。器用に鈴木が彗星のフロートに降りるとロープを拾い上げてたぐり寄せる。


「スミスさん!大丈夫か?」


 飛行服に身を包んだスミスたち三人の目の前にサブマリン八〇八が忽然と姿を現す。


「榊、ノロ」


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 三人がサブマリン八〇八の真っ黒な甲板に立つ。


「まるでゴムの床だ」


「トリプル・テンを月で大量に手に入れました。全部艦体に貼り付けました」


「そうするとメキシコ湾でのトリプル・テン回収作戦は成功したのだな」


 スミスの見えない顔がノロから艦長に向かう。


「はい。ノロのお陰です」


「私の首がキリンのように見えないか」


 スミスの冗談にノロが応じる。


「本艦から発信した電波は外に出ることはありません。すべてトリプル・テンに吸収されてしまいます。逆に送られてきた電波もすべて吸収します。これは当然受信できます。そして光はすべて吸収されます。だから本艦は透明で外からは全く見えません」


「なるほど。そういうことでしたか」


「司令所へご案内します」


「今後の方針は」


「ありますが、特にこだわっていません」


「それなら、お願いしたいことがあるのだが」


「本艦はスミスさん、あなたの物です。何なりと」


[191]

 

 

「国連をグレーデッドから奪い返してください。そしてヤツラを葬って欲しいのです」


「もちろん。現状をすべて把握しています。任せてください」


 ノロは自信ありげに宣言すると艦長を見上げる。


「もう一度問う。今度はトリプル・テンのモード⑧のことだ」


「ワンやツーじゃないのか」


「今はエイトだ」


 艦長が頷いているはずのスミスを見つめながら帽子を取る。そして顔面を両手で押さえると仮面を取る。


「おー!」


 スミス、チェン、そして鈴木以外の者は全員大きな声をあげて驚く。艦長の顔がない。手には無表情な榊の顔を覆っていたマスクがある。それを棚に置くと艦長は服を脱ぎ始める。もう、声があがることはない。艦長の姿が消えた。しかし、声だけが残った。


「これがトリプル・テンのモード⑧だ」


「サブマリン八〇八と同じようにトリプル・テンを全身に貼り付けたのか」


「いや、そうじゃない」


「私から説明しよう。その前にトリプル・テンをどれぐらい確保したんだ」


「スミスさん、心配には及びません。大量にあります」


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