「関わり合いの度合い」の章でも述べたが、同じ関わり合いでもインターネットを通じた関わり合いは便利だが危険だ。
許認可の事業に鉄道事業がある。まず安全第一だ。事故でも起きれば大事(オペレーティングシステム)だ。
一方インターネット事業はどうか。
ネットサーフィンで水死したという話は聞いたことはない。しかし、トラブルの頻度は鉄道事業の比ではない。
インターネットというのは原子爆弾と同じで元々軍事目的で開発された。平和利用と称して原爆製造技術を原子力発電所に応用したが、その間原爆の数は増えるばかりだった。
同じく民生化されたインターネットは多くの人々に利便性を提供した。まさしく世界中が網の目のように張り巡らされたインターネットを共有して経済も発展した。しかし、ネットタックスと同じように対面接触ではないから数々の問題が起こった。
インターネットで莫大な利益を得た通信事業者を責めているのではない。むしろ高性能パソコンやウインドウズのような便利なオペレーティングシステム(OS)を提供してくれたことに感謝しなければならない。
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このハードとソフトはネット社会の両輪だが全く異なる。つまり製造者責任の問題だ。パソコンに欠陥があれば製造者が責任を持って回収修繕する義務がある。ところがOSにバグがあっても製造者責任はない。つまりソフトは自己責任で使わなければならない。
パソコンの性能が上がるとOSはより便利に使えるように改良される。そうするとパソコンは新しいOSをスムーズに使えるように性能を上げる。この相乗効果によっていつの間にかパソコンは小型化、高性能化され、かつ安くなる。しかし、インターネットはどちらかというとOSに頼っている。
通信とは意思の伝達手段だ。「盗み聞き」とか「壁に耳あり障子に目あり」というように情報は漏れるものだ。情報とは「情(なさけ)」に「報いる」ことだ。お世話になった人にいい話を提供する。つまり「いい話があるんです」だ。
この程度のニュアンスなら取り立てて問題にはならない。しかし、元々インターネットは「軍事情報の伝達を瞬時に行う」という発想の下、ある国家によって開発されたものだ。それが今や水や空気のように使える情報交換システムになった。しかし、すべて自己責任だ。
インターネットに限られたことではないが、情報の自己責任とは何か。情報には発信者と受信者がある。両者は本来平等だが現実はそうではない。さらにやっかいなのはウイルスソフトを使って悪いことをする輩(やから)がいる。この被害に遭うのは発信者も受信者も同じだ。
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なぜ犯罪とも言える行為を食い止めることができないばかりか、被害が増大するのか。
繰り返すが、インターネットは国家によって開発されたものだ。それを民間企業の驚異的とも言える努力で誰でも使えるようになった。そこに大きな問題がある。それはインターネットを再び軍事利用する国家が現れたからだ。
戦車を民生化したのがブルドーザーだ。前方の排土板で土を押し、削土・盛土・運搬・土をならしたり開墾・除雪の作業をこなすなど土木工事には欠かせない。しかし、ブルドーザーが何百台かかっても戦車に対抗することはできない。民生化されると便利になるが兵器にはかなわない。
インターネットは民生化されて脆弱になった。性善説を前提とした通信技術だからウイルス攻撃に弱い。対策ソフトもあるが、所詮は民間企業が開発したモノだ。国家が総力を挙げて攻撃すれば吹っ飛んでしまう。
一般化したインターネット通信に国家が介入することは表現の自由から許されるものではない。しかし、一部の国家や集団がこのインターネットを利用して様々な攻撃を仕掛ける。安価で性能がいいパソコンを使ってサイバー攻撃隊を組織するのは簡単だ。何しろ相手はずぶの素人だから。民生化されると便利さを追求するので誰でも使えるようになるが、攻撃から逃れる知識はない。やっかいなのはインターネットが普及している国家ほどその上層部がコンピュータ音痴になっているから、早期に対策を打つことができない。結局そんな国の国民や企業が被害に遭うことになる。しかも被害に遭っても自己責任だ。
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例のテレビの中で解説していた山本さんに大家さんが胸を張る。
「わしはパソコンを使わんから安全じゃ」
「使わないと言うより使えないんでしょ」
大家さんが田中さんを睨み付けると山本さんが微笑む。
「まあまあ。ところで大家さん。車の運転は?」
「この間免許の更新をしたが、警察官が驚いた」
「?」
「この年になると更新時に運転試験があるのじゃ」
「ボケてないと思うけど歳が歳だからなあ。ところで試験の結果は?」
「満点じゃった」
再び大家さんが胸を張ると田中さんが突っ込む。
「パソコンできなくても自動車は老人でも運転できる。でも最近アクセルとブレーキを間違って暴走することがありますが、大家さんなら安心ですね」
話題が逸れないように山本さんが介入する。
「気をつけていても事故に巻き込まれることがあります。そんな経験は?」
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「この間、信号待ちをしていたとき後ろから衝突されて、その衝撃で前の車にぶつかったことがあった」
ふたりの心配をよそに大家さんが興奮する。
「前の車の運転手が降りてきてわしに怒ったのじゃ。『悪いのは後ろの車じゃ。文句があるならその車の運転手に言ってくれ。わしも協力する』と反論したが、『俺の車に当たったのはあんただ』と言って譲らなかった」
「そう言われればそうだなあ。でも大家さんに過失はありませんよね」
「いえ。大きな過失があります」
山本さんが否定すると大家さんじゃなくて田中さんが驚く。
「ええっ!大家さんは信号待ちしていただけですよ」
「信号待ちで停車していても、前の車との車間距離を取る義務があります」
「走行中はそうじゃが……」
「車間距離は走行中であろうと停車中であろうと適度に取らなければなりません。さて追突事故が本題ではありませんので、話を戻します」
憤慨する田中さんを制して山本さんが続ける。
「パソコンでも同じようなことが起こります」
「同じようなこと?」
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「例えば感染したメールを他の人に転送すれば、転送した人が加害者になります。それをまた転送すればその人は被害者でもありますが加害者になります」
「おおもとは愉快犯的なハッカーの仕業でしょうが、でもウイルス対策ソフトをインストールして怪しげなメールを見ないようにしなければ、やはり使用者責任を問われるだろうな」
パソコンに詳しい田中さんが賛同する。
「田中さんの言うとおり一昔前まではそんな悪さをする人はパソコンに詳しくてインターネットを駆使する個人でした」
「最近のサイバー攻撃は強力ですね。もはや個人の悪戯ではないと思います」
「ピンポーン。犯人は国家が組織したサイバー攻撃軍です。このサイバー攻撃軍の正体は不明です。軍事パレードのようにあからさまにすることはありません。その性格上、空軍や陸軍や海軍のように目に見えるものでないからです。それに領空侵犯や領海侵犯という概念はありません。地球上のすべてが戦場です。大陸間弾道ミサイルは発射すれば、迎撃できるかは別として、どの国が発射したのかすぐわかります。しかし、サイバー攻撃軍の基地はまったく分かりませんし、その武器は民間企業が製造したパソコンとOSです。つまり誰でも利用できる道具なのです」
田中さんが追従する。
「そうか。規制がない国もあるけれど市民が銃を所持することはできないし、ましてや戦闘機や戦車やイージス艦を所有することはできない。
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でもパソコンやスマホは誰でも買える。守ってくれるものといえば修正プログラムやウイルス対策ソフトぐらい。これらを使うかどうかは自己責任」
「そうです。これらのソフトはすべて民間企業に依存します。だから政府が国民にインストールを強制しません。民間企業に頼ると言うことは国家はサイバー攻撃に対する防御を放棄していることになります。目に見える迎撃戦闘機や迎撃ミサイルなどには熱心ですが、それに比べればサイバー攻撃防衛システム構築の予算は微々たる金額です」
ところで言論の自由を保障する国家ではインターネットを遮断することができないので、何か問題が起こればソーシャルネットワークなどを通じて注意を喚起するだけだ。一方、情報管理を怠ると国家が転覆する可能性の高い国はインターネットそのものを管理している。そういう国であれば当然サイバー攻撃軍を組織しているはずだ。
一市民には核の傘のような雨具もない。国家権力でOSの欠陥を突いてくるサイバー攻撃は避けようがない。全員ずぶ濡れになるだけだ。
「インターネットを利用してサイバー攻撃を仕掛ける国家がある以上、安心してパソコンやスマホは使えないなあ」
心配する田中さんに山本さんが不安をあおる。
「市民も悪意ではなく、もちろん悪意なら許せませんが、悪意がないことも問題なのですが、フェイク情報、つまりデマを流すことがあります。
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誤った情報がもたらす影響は非常に危険です。昔はデマが伝播する時間は長かったけれど、それでも虐殺や戦争が起こったりしました。今や一瞬です。つまり加害者と被害者がどんどん生まれます」
「のんきにネットタックスを推奨する時代ではないぞ。ソロバンで計算して紙で申告するのが一番じゃ」
「でも税務署は一方的にネットタックス化しようとしていますよ」
「ソロバンで計算して紙に書けば、記憶に残る可能性が高いのじゃ」
「成程。確かにそうですね」
田中さんの意見に山本さんも賛同する。
「科学の力で便利なモノが発明されて、それを人間の英知だと自画自賛しますが、その便利なモノとの関わり合いが問題なのでしょう。その関わり合いを突いてサイバー攻撃が行われます」
「住みにくい世の中じゃ」
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