「最近役所の窓口が親切になったと言われていますが、本当なんですか」
「確かに田中さんの言うとおり対応はよくなった。以前が悪すぎたから、よく見えるのかも」
「あまり役所に行くことがないので昔と今の違いがよくわかりません。住民票を取りに行った友人が市役所でうろうろしていると『どういうご用件でしょうか』と職員に声をかけてもらい、簡単に住民票を取れたと驚いていました」
「昔は見て見ぬふりじゃった。わしは税務署との関わり合いが深いので、税務署を例にしよう」
「大家さんは税金を一杯払っているもんな」
「もちろん税務署の対応もよくなってはいるが、それは見せかけじゃ」
「見せかけ?」
さて税務署は本当にいい行政サービスをしているのだろうか?
***
税務署にはスムーズに申告してもらうためのサービスを提供するという使命がある。この使命を怠ると税金の徴収に支障をきたし財政が安定せず最終的には国民へのサービスが低下する。漏れなく公平に税金が徴収されて社会福祉や治安の維持などにキチンと使われれば国民は喜んで税金を納める。
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その入り口の任務を税務署が担っているのだ。ところがそんな根本原理に沿って国民に対処していないと大家さん指摘する。
税務署員は税金を集めるだけで使い道に口出しできない。果たしてそうだろうか。税務署を管轄するのは国税庁だ。田中さんや大家さんの世界の日本は、読者が住む日本とは少し違う。あえて言うならふたりが住む世界は「成程」という世界だ。その世界の日本では「財務省」とは言わずに「大蔵省」と言う。国税庁は大蔵省に属している。その大蔵省は各省庁が税金を何に使うか決定する権限がある。つまり国の財布を握っている。だから財布を握る嫁を大蔵省とやゆする。
さて最近の確定申告の窓口対応で一番納税者を苦しめたのが税務署の相談会場だ。
「自由企業のように客集めにこういうサービスをするという観点がまったく欠如しておる。相談に訪れた納税者の幾人かに『今日の納税相談はどうでしたか』という簡単なアンケートはするが、本来調査が得意なはずなのに具体的な詳しい聞き取りはしないのじゃ。いやそんな発想はないのじゃ」
税務署には管轄があって納税者はサービスの高い税務署を選ぶことはできない。つまりある地域に住む納税者は隣接する地域にいいサービスをする税務署があっても所轄の税務署に縛られる。
「ネット・タックス」(読者の日本では「e-Tax」と呼ばれている)を推進するが、わかりにくい税金の申告相談は税務署に足を運ぶしかない。
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もちろん国税庁のホームページで解決することもできるが、大家さんのようにパソコンを使えない人にはどうしようもない。所轄以外の税務署に赴いて相談する際住所を明らかにすると必ず「所轄の税務署で相談してください」と断れる。
「確定申告する税金は所得税と言って国の税金じゃ」
「それじゃどこの税務署で相談しようと申告書を出そうといいんじゃないですか」
「そうは行かないのじゃ」
「市役所では最寄りの出張所でも住民票は取れるのに」
「その『最寄り』が問題なのじゃ」
「どういうことですか?」
「『この顔にピンときたら最寄りの警察署か交番署に!』という警察の呼びかけを聞いたことはあるかな?」
「もちろん」
「年金はどうじゃ?」
「年金のことで分からないことがあれば最寄りの年金保険事務所へ!ですね。大家さんが言いたいことはこうですか。預金を引き出すのに通帳を作った銀行の支店へ行くとなると大変だ。最寄りのATMで降ろしますよね」
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「まあ、そんなところじゃ。もし通帳を作った支店でしかお金が降ろせなくなると、そんな銀行を利用しない」
田中さんは頷きながらもあることに気付く。
「でも振り込み詐欺があるから、最寄りのATMより通帳を作った支店の窓口からだけでしか振り込めないようにした方がいいかも」
「成程!でもわしはATMの使い方が分からんから振り込め詐欺に引っかかることはないのじゃ」
「逆です。ATM使えないから誘導されて振り込まされるのです。高齢者にとって使えないATMは必要ないんだ。ATMを廃止すれば振り込め詐欺はなくなる」
「要は窓口で銀行員と対面しながら振り込む方が安全なのは分かるが、これだけ普及すると……」
「僕なんかお金持ってないからATMがなくても構いません。給料も現金でもらう方が楽です」
「成程」
「それに還付金も税務署でしか受け取れないようにすればいい。そうすれば還付金詐欺もなくなる」
「成程」
成程を連発した大家さんの興奮が冷める。そして一枚の紙を取り出す。税務署から送られてきたパンフレットだ。田中さんが読み上げる。
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「納税や申告で分からないことがあれば国税庁のホームページを。もしくは税金相談テレホンサービスを。申告はインターネットで。納税もネットバンキングで。そこで確定申告書は送付しないことになりました」
「どう思う?」
「申告したことがないから、よく分かりません」
「そうじゃなくて……」
「分かりました。『最寄りの税務署で相談してください』とは書いてませんね」
「そうじゃ。商品を買って旨く使えなかったら、『購入した店舗か、弊社の最寄りのサービスステーションに相談してください』というのが世の中の常識だ。電話でもファックスでもメールでも手紙でも何でもいい。つまり企業はお客様第一に考えておる」
「そうですね。納税という義務を果たそうとする国民に税務署はもっと寄り添うすべきですね」
「売りっぱなしと言うが、税務署は取りっぱなしじゃ」
田中さんがパンフレットが入っていた封筒を見る。
「所在地と電話番号以外何も印刷されていませんね。ファックス番号やメールアドレスの記載がないなんて。最近は家庭でもファックスがあるのに。ところでネットショップで商品を買うとき、そのホームページに住所や電話番号はもちろんですがファックス番号やメールアドレスの記載がないショップは信用するなという鉄則があります。この封筒は詐欺の匂いがする」
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「そうじゃろ!」
「税務署には国民に対するサービス精神がありませんね」
「納税者に最も寄り添うべき税務署には『最寄り』という考え方がないのじゃ」
「成程なあ」
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