第三章 岩盤


 例のテレビには重装備の一群が隊列を作って岩山を登る光景が映っている。地図を見ながら測定器で足元を調べながら進む。


「何をしているのですか」


 田中さんがテレビの中の山本さんに尋ねる。


「金の鉱脈を探しているのです」


「日本で金が採取できるのですか?山じゃなく海なのでは?」


「その昔日本は「黄金の国」と言われるほど金が豊富な国だったのじゃ」


「本当ですが?」


「大家さんのおっしゃるとおりです。ここは『金沢』といって沢の水をすくうと砂金がよく取れたところです」


「ふーん。でもザルを持ってない。持っているのはドリルじゃないか」


 ここで大家さんが小膝を叩く。


「分かったぞ!岩山を掘って砂金の元になる金塊を探しているのじゃ!」


「待ってください。さっきも言いましたが、海底で金鉱脈を発見したと科学省が発表して世界中を驚かせたニュースを見ました」

 

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 ここで山本さんが暗い表情で隊列を指さしながら応える。


「この人たちは総務省から派遣された隊員です」


「えー!総務省?」


「シー。田中さん。声が大きいわ」


***


 この辺りは大昔砂金がよく取れたが今はほとんど取れない。科学省もこのようなところを開発しても金鉱を見つけることは不可能だと海底調査を優先している。すでに大規模な金脈を発見した。どうやって採取するかが問題だが。


「なのになぜ、こんなことをしているのですか」


「実はこの岩山の所有者が首相の友人なのです」


「何だって!」


「静かにと言ったでしょ。これは秘密なのです。ここより条件がよいところはいっぱいありますが……」


「首相の意向なのじゃな」


「そうです。とにかく岩盤に穴を開けること。これが第一目的です。他に開けなければいけない岩盤がいくつもあるのに」

 

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「でも海底より山の方が取り出すのは簡単だなあ」


「そう言う問題ではありません。今、なぜ金が必要なのかです」


「金がたくさん取れれば日本は金持ちになれる」


「アホか」


 大家さんが田中さんの頭を小突く。


「痛い!」


「大家さん、暴力はいけません」


「儲けるのは地主だけじゃ」


「成程」


***


 岩盤穴開け部隊の人数が増える。


「科学省の隊員が合流しました」


 早速両省の隊員の協議が始まる。テレビのスピーカーから会話が聞こえてくる。


「来年の三月までに金を採取する」


「なぜ三月なんだ」


「首相の意向だ」


「金鉱を発見するためだとは聞いているが、なぜ試掘しないのだ?」

 

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「時間がない。前提条件はクリアーしている。必ずここに金鉱がある」


「条件は科学省が決めることだ。内容を精査したが金脈はない」


 科学省の隊員がタブレットパソコンのデータを見せる。


「それじゃなぜここに来た?」


「念のために試掘するためだ。有望な金脈が存在する可能性の高い岩山と比較する」


「試掘など不要だ」


 タブレットパソコンを持った科学省の隊員が会話内容を入力する。


「何をしている?」


「記録を残すためだ」


「記録は不要!」


「それはルール違反だ」


 その内容も入力される。


「科学省のトップも了承している。記録するより一緒に穴を開けよう」


 そのとき国土安全省の隊員が到着する。


「やたらと穴を開けると防災上、問題だ」


「首相の意向だ。問題ない」


「この辺の地主は首相の親友だと聞く。なぜここの岩盤に穴を開けたいのか、気持ちは分かるが関係省庁の意見を集約しなければ……」

 

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 総務省の隊員が国土安全省の隊員と激論する間も科学省の隊員がタブレットにその内容を打ち込む。


「最高意思決定者の首相の意向が分かっているのなら協力しろ」


「まず『この地ありき』というのはおかしい」


「手伝う気がないのなら帰れ」


「待ってくれ。合理的な条件をクリアーすればこの岩盤に穴を開けることに反対しない」


 国土安全省隊員の発言に科学省隊員が賛同する。


「まず首相の親友の土地だというのが問題だ。だからこそ厳しい条件をクリアーしなければ科学省としてもOKを出せない。そうだろ?」


 国土安全省隊員が同調すると総務省隊員が会話内容の入力を継続する科学省隊員に詰め寄る。


「いい加減にしろ!」


***


 このようなやり取りの途中で科学省の事務方のトップ(事務次官)が退任した。大臣の首は首相の自由になるが事務次官の首を切るのはさすがに首相でも難しい。なんとか科学省の事務次官を辞職させたが、文書化したデータが行方不明になった。

 

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「学校法人への土地の払い下げのときもそうじゃったが、知り合いや友人に便宜を図るのはタブーじゃ。もしやるのだったら事前にキッチリと公表してから事を起こすべきじゃ」


「後ろめたさがあるから『始めから結果ありき』で、見つかったら開き直る。でも初動ミスしているから取り返せないのに無理して消火しようにも一向に火勢は衰えない」


「田中さん。うまいこと言うな」


 大家さんのおだてに乗る。


「初めから消防車を待機させるわけに行かないし」


「成程、成程じゃ」


「まず一国の政策がその最高責任者の友人に向けて実行されたのが問題ですね。『始めからありき』ではルール無視です。あるいはルールを後から作る後出しジャンケンでは話になりません」


 山本さんがボードを取り出す。


「①友人ゆえ、始めからありき」


「ルールさえしっかり公表してから行動すればよかったのにとにかく岩盤に穴を開けることに執着した。ルールを公表すると縦割りが基本の関係各省が反対するので首相の言うとおりに動く官邸をバックアップする総務省が暴走した」


「結局、他の省庁は協力しなかった。いいことではないが根回しせずに事を運んでしまった」

 

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 山本さんが次のように書かれた二枚目のボードを取り出す。


「②関係省庁が一致して政策に当たるべき」


「その省庁が言った言わないでもめている。記録したはずなのにどうなったのじゃ」


「そうでした。だから、『文書がない』じゃなくて『文書の存在が確認できない』と言ってましたね」


「どちらでも同じじゃ。要はいい加減じゃ!」


「いえ。田中さんの言葉の使い分けには深い意味があります」


「どういうことじゃ」


「タブレットパソコンに記録してましたよね」


「そうじゃ」


「パソコンに記録された文書は簡単には消せません。もちろんそのパソコンを破棄すれば別ですが」


「証拠隠滅のために国家の備品を破棄するのは犯罪じゃ。しかしじゃ、データを破棄するのは簡単なんじゃろ?」


「簡単です。でも痕跡が残ります。誰が、いつ、どの文書を削除したのかはログファイルを見れば分かります。そのログファイルも簡単に消去できますが、消したという事実は消せません」


「ログ?消去?わしにはさっぱり分からん」

 

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「科学省は今回の『岩盤事案報告書』を作成していました」


「確かに一所懸命入力していたな」


「不用意に消すとなぜ消去したのか、問い詰められます。パソコンのデータは意外に消せないのです。消しても復元ソフトがありますし」


「紙の方が簡単に消せるな。焼却すればいいのじゃ」


「そうですね。首相や総務省のトップはそう考えたのかも知れませんが、担当者はパソコン内の文書を消せば自分の責任になると分かっていますから、消去しません。だから『文書がない』とは言えずに『文書の存在が確認できない』と言い回しを変更したのです」


「その結果様々な文書が出てきました。急に確認できるようになったのです」


 山本さんが三枚目のボードを広げる。


「③文書報告と管理のルール不在」


 画面に続々と現れる文書に官房長官が答弁する姿が映る。


「誤解を与えるような発言を撤回しますとともに謝罪いたします」


 その言葉に田中さんが反応する。


「誤解?全然誤解していないけれど」


「そうじゃな。『調査したが確認できなかった』という答弁だったな。『隠していたという印象を与えた』のであって『誤解を与えたのではない』のじゃと勝手に誤解しているようじゃな」

 

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「誤解をしているのは官房長官の方ですね」


 山本さんがテレビの中から笑顔で応じる。


「成程」

 

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