「あんなに各国がグレーデッドの脅威や原子力発電所のリスクを議論したのに、日本の電力会社のあの態度は?」
例のテレビの前で田中が憤る。いつもは画面の縁が広いのにほんの数ミリ残しただけの全面モードになって映像を流している。場所は原子力発電所が立地するある県庁の知事室前で、その部屋から出てきた電力会社の社長にインタビューする山本を取り囲むように報道関係者が群がっている。社長を見つめる者のなかにはその電力会社の副社長や専務もいる。しかし、その表情に緊張感はない。田中がそのふたりの上に指を置くと副社長と専務の会話が聞こえてくる。
「昔はこういう場合大概副社長や専務が報道陣に囲まれてもみくちゃになったもんだが、今はトップが応じないと印象が悪くなるので、社長が矢面に立たなければならなくなった」
「そうですね。お陰で随分楽になった」
「俺は社長になりたくない。このままずーと副社長のままがいい」
副社長の言葉に専務の口元も緩む。
「同感です。社長のストレス解消の叱責を受ける方が楽ですね」
「でも、今の社長は可哀想だ」
急に副社長が神妙になる。
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「どうしてですか」
「社長は専務時代も副社長時代も常に会社の不祥事が起こったときに誤り役をやらされた」
「あっそうか。今度は副社長や専務にその役をさせようにも自分がしなければならなくなった」
「だから、社長にはなりたくない。ナンバーツーが一番居心地がいい」
「そうかな。社長のストレス解消は副社長に向かいますよ」
「今日は筆頭副社長が、ほかの諮問会議に出席しているから私はここにいるが、五人いる副社長のなかでもやはりナンバーツーが一番居心地がいいのだ」
「なるほど!私はナンバースリー副社長を目指して頑張ります」
苦笑しながらナンバーツー副社長が話題を変える。
「しかし、知事の言葉は辛辣だったな」
「知事はまったく分かっていませんね」
「原子力発電所の地元では再稼働に賛成する住民が多いのに」
「しかし、周辺の自治体の反発はわかりますが、原発から遠いほど住民の反発がすごいのには驚いた」
「選挙が近いから、知事が俺たちを利用して宣伝しているんだ」
「いずれにしても円安で高くなった原油や液体ガスに頼った火力発電所で発電すれば電気料金
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は値上げせざるを得ない」
「そうなれば住民はもちろんのこと企業も音をあげる」
「まあ、長期戦だ。それまでひたすら社長に頭を下げてもらうしかない」
聞くにたえない会話が続く。やっと解放された社長がそのふたりに近づく。ボディガード役の社員とともに副社長と専務が社長を取り囲む。
「待ってください。逃げるんですか!」
山本の声がする。
「電力料金の値上げで再稼動を容認する声が上がるのを見越して、再稼働申請をするなんて卑怯だわ」
「幾ら何でもその発言は無礼だ!」
社長が反論する。
「電力の安定供給という御旗を武器に国民を脅迫しているのを許すことはできないわ」
「脅迫しているのはどちらだ」
「私が社長にインタビューしている間に廊下の隅で副社長と専務が怪しげな会話をしていたのを私が知らないとでも言うの?」
「そんなこと、あるはずがない。我々は電力の安定供給だけを使命に努力するだけだ」
そのとき副社長と専務の会話がどこからともなく再現される。
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「いつの間に」
狼狽える副社長と専務をいきなり社長が殴る。副社長と専務の会話内容に驚きながらも報道関係者が慌てて社長を羽交い締めにする。
「暴力は止めてください」
大騒動に気付いたのか部屋から知事が出てくると目元を腫らす副社長と唇を切って血を流す専務に気付く。
「何が起こったんだ?」
すぐさま事情を察知した知事がまだ羽交い締めの社長に向かって大声をあげる。
「会社としての体裁をなしていない。今から上京して政府に電力会社を国有化するよう提案する」
*
「国連で決まったんでしょ。どの国も電力供給組織は全て国有化すると」
知事の言葉に環境大臣が首を横に振る。
「国連決議に拘束力はありません」
「!」
「無視するといっているのではありません。国連の提案には夢があります。太陽エネルギーを取り込む巨大ステーションを宇宙に建設してそのエネルギーを地球に送るという壮大な計画に
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興味はあります。でもそれまでどうするのかという現実を無視するわけにはいきません」
「それは重々承知しております。しかし、事故を起こした海辺の福島原発は今や海面降下で内陸部に位置してます。ほかの原発も同じです。もはや津波を受けることはない」
「直下型の地震にはどう対処するんですか。それに無責任な電力会社に電力供給を任せるのはいかがなものか」
「そんなことはない。彼らは電力を安定供給するプロ集団です」
「違う!電力会社は国民に対してではなく、自分たちの組織を安定状態に保とうとするいかがわしい集団です。電力会社の重役の暴言を大臣は報道やインターネットで確認していないのですか!」
「報告は受けている」
「何を言ってるんですか。国内だけではなく世界中の人が見てたんですよ」
大臣は知事の言葉に一瞬沈黙するが冷静に対応する。
「あとでビデオで確認しました。あまりにも脚色がひどい報道だと見るに堪えませんでした」
「私は目の前で目撃した。脚色など一切ない。私も映っていた。本当にビデオを見たのなら現場に居合わせた私にそんな発言はできないはずだ」
大臣がたじろぐとすぐさま知事が詰めよる。
「本当にあの映像を見たんですか。昨日の夕方の出来事ですよ」
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そのとき、大臣室のドアが開いて男がふたり、テレビを持って入ってくる。
「誰だ!誰の許可を得て……」
「これか。故障したテレビは。古いなあ」
ふたりは大臣室のテレビの裏の何本かのコードを手際よく取り外すと持ってきたテレビに接続する。
大臣は慌てて机の上のインターホンを押すが反応がない。部屋を出ようとする大臣の腕を男が取る。
「待って下さい。ちゃんと映るか確認して下さい」
男は笑っているが腕を握る力は強い。思わず大臣はその男の視線を外す。
「どうでしょうか」
テレビの画面に映像が流れる。その映像を見た知事が驚く。昨日の知事室まえで起こった映像が流れているのだ。
「大臣!見て下さい」
促されるまま大臣が映像を見つめる。
「この映像を見たとおっしゃるのなら、この次は」
「……」
「やっぱり見ていないのですね」
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「急なことに……」
必死に取り繕うとする大臣に向かって知事が怒鳴る。
「嘘つき大臣!」
大臣も怒鳴った知事もふたりの男がもういないことに気付かない。それどころかいつも間にか山本がカメラをふたりに向けて立っていることにも気付かない。テレビから視線を外した大臣が気を狂わさんばかりにわめく。
「誰がこいつらの入室を許可した!」
そのとき大臣秘書官が部屋に入ってくる。
「大臣が許可されたとおりにしました。いったい、どうされたのですか」
大臣がわなわなと床にへたり込む。
「大臣!」
山本がカメラをバッグにしまうと知事の手を引く。
「悲しい特ダネだわ」
「いや、未来につながるすばらしい特ダネだ」
知事が神妙に山本を見つめる。
「あの国連で全会一致の決議があったあと、議場に現れたスミス財団のスミス氏がたたえたノロという人物がこれから先の地球の運命を握っていると確信している。無理を承知で尋ねます。
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ノロという人物に直接会いたいのだが、この願い、かないますか?」
「その気持ちはわかります。でもノロではなくエネルギーウエーブが本当に可能なのか……」
知事が遮る。
「私がノロに会って聞きたいのはどのようにすればどれぐらいの期間にエネルギーウエーブで全人類を救えるのかだ」
「ノロに会えなくても私が答えることが出来ます」
「!」
山本が耳打ちをすると手を携えてふたりは大臣室から消える。
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