「さて、最近は領土問題や北朝鮮の話題が多いなあ」
「そんなことはないわ。ヨーロッパやイスラム国家の話題も痛烈よ」
「それに比べて日本の話題は質素だな」
「つまらん清掃を繰り返しておる」
「おっと。著者が誤字を!『政争』と書きたかったんでは」
「……」
「いや、真剣な『政争』なら意味があろうが、国民を無視した茶番劇をしておるから『清掃』、つまり政治をクリーンにしようと言いたいのかも知れんぞ」
「僕は連載が長くなったので疲れが出たのかと思った」
「領土問題も相手の領海侵犯や実効支配が起こってから大騒ぎする。それまでいったい何をしていたんじゃ」
立派な服の大家の立腹に質素な服の大家が賛同する。
「中国やイスラム国家に進出した日本企業の社員が人質になったり殺されてから、政府は『ああだ、こうだ』とわめくが、根本的な対策はこれっぽっちも出てこない。それにこのような想定された事件にいつもの『想定外』を繰り返すだけだ」
[55]
山本が首を振る。
「待って。鈴木一佐は違うわ」
「そうじゃ。今彼はどこにいるのじゃ」
「国連の実務総長です。紛争地域を飛び回っているそうです」
「グレーデッドの動向はどうだ」
田中が急に立ち上がるとテレビに近づく。
「山本さんが出てきてからは反応しませんね。やっぱりアパートの僕の部屋でないと電源が入りにくいのかなあ」
質素な服の大家が同調する。
「同感だ。アパートに戻ろう」
「やむを得ん。わしも行く」
立派な服の大家も同意する。
「じゃが、このテレビは?」
「ここに置いておきましょう。同じテレビが二台になったらややこしいですから」
*
「わあ!いきなり電源が入った」
田中の部屋に戻った白いテレビから逆田が姿を現す。
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「やはり、ここが落ちつきますね」
逆田がいったん微笑むが、すぐ厳しい表情をする。
「皆さんがこのテレビを見るのをさぼっている間に、様々な事件が起こりました」
「この前見てから二日しか経っていないのに」
「中国の高速鉄道の事件はどうなったんじゃ」
「収束しました。中国政府はシラを切りましたが、チェンの努力とこのテレビと同じオレンジ社のテレビが真実を次々と暴露するので人民を騙すことができなかったのです」
「中国政府がシラを切るというが、チェンは中国の総書記の懐刀じゃないか。その総書記は政府そのものじゃないか」
「中国の人口は今や十五億人とも言われています。中国政府ですら正確な人口を把握していません。それはさておき、総書記と言っても権力闘争でなんとかトップになっただけで権力基盤は決して盤石とは言えません。一党独裁の国家だから安定しているように見えますが、選挙を通じて大統領を選ぶアメリカや、間接的ですが、やはり選挙で選んだ政党から首相が選ばれる日本と同じようにトップの地位が安定的だとは言えません。そこが政治の難しいところです」
「結果としてこのテレビの映像が事態を収拾したのか」
田中が確信する。
「そうです。このテレビの映像に脚色はありません。ありのままを伝えます。カットもありま
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せん。むしろ、見えないところまで拡張、場合によっては拡大して伝えます。見るに堪えない映像もそのまま伝えます。作為的に造られたものなら、その作為的な意図も赤裸々に伝えます」
ここで田中の横にいた山本が画面に吸いこまれて逆田の横に現れる。立派な服の大家が仰天するが、田中や質素な服の大家は取り乱さない。
「この程度のことで驚いていたんではこのテレビを見る資格はないぞ」
質素な服の大家が久しぶりに優位に立つ。
「すべてをあからさまにする。このテレビは」
山本が質素な服の大家に微笑みかける。
「そうです。正直者にはこのテレビに抵抗感はないどころか、映像に快感を覚えるでしょう。ごまかそうとする権力者のそのよどんだ心理を映しだすからです」
「おかしい!」
立派な服の大家が待ったを掛ける。
「真実の映像を伝えることに異議はない。最近、マスコミはこの原則を忘れたかのような報道が多いのは大問題じゃ。話が逸れたが問題はどうやってそんな映像を誰が撮影しているのかじゃ。撮影者が邪悪な人間だったら撮影段階で事実が曲げられてしまうぞ。それをどうやって防いでいるのじゃ」
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立派な服の大家がツバをまゆ毛に塗って山本の返事を待つ。山本ではなく逆田が応える。
「半透過ミラーを搭載した撮影機を使います」
田中が疑問符を付けて算入する。
「半透過ミラー?」
逆田が一呼吸置いて応える。
「その前に『ミラーアリ一眼デジタルカメラ』の章を読んでください」
*
「なるほど」
「一眼レフカメラでミラーが重要な役目を果たしていること、分かって頂けましたか」
「被写体を人間の目と撮像素子のどちらに届けるのかを決めるのがミラーの役目です。四十五度の角度を持ったミラーは通常被写体を人間の目に届けます。そのままでは上下が逆転しているので五角形のガラス体、ペンタプリズムを介して正像を目に届けます。ミラーが跳ねあがると撮像素子に被写体そのものが到達して画像として保存されます」
ミラーの機能を田中が詳しく説明すると逆田が大げさに頷く。
「さて、そのミラーが、もし半透明ならどうなるのでしょうか」
「半透明?」
「そうです」
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「もし光の量が10だとするとレンズから入ってきた半分の5が撮像素子に進む。もう半分の5の光は反射して上に向かってペンタプリズムを通して目に届くことになる。こういうことですか」
「さすが田中さん」
「猛勉強したんです。貧乏な僕なんか高級カメラを買うことができない。まあ、どうでもいいか。でも光量が半分になったらその分暗くなるからピントが合わせにくくなるのでは?ちょうどレンズの絞りを絞ると暗くなってピントが合わせ辛くなる。だから今のカメラは解放状態、つまり絞らない一番明るい状態でピントを合わす。しかも人間が合わすんじゃなくてカメラが合わす」
「オートフォーカスですね。この機能のおかげで私でも簡単にきっちりピントが合った写真が撮れるわ」
「もっと深刻な問題がある」
逆田は口を挟まずに田中の話を黙って聞く。カメラに詳しい質素な服の大家もデジカメに詳しくないので黙って聞いている。
「昔で言うフィルム、つまりデジカメの撮像素子に半分の光量しか届かなければ、鮮明な画像が得られない。ということは極端な話、ぼやーとした写真しか撮れないのでは?」
「そんなことはない……と思う」
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質素な服の大家が遠慮を放棄するが強い発言ではなかった。
「そ、そうですね。レンズの絞りを極端に絞って撮った写真は鮮明ですね」
「何十分の一に光量が落ちても鮮明な写真は撮れるぞ。ただしシャッタースピードが落ちる」
「そのとおりです。シャッタースピードを落として受け入れる光量を増やすんです。でもぶれる可能性が高くなる」
「話が難しいわ。半透明のミラーを使うと何が問題になるの。あるいはそのメリットは何なの」
意外にも山本が結論を急かす。
「要は半透過のミラーをレンズに対して四十五の角度で固定しておけば撮像素子にもファインダーにも光が届く」
「そうすると撮影するとき、いちいちミラーを跳ねあげなくて済む。絶えず被写体のデータを撮像素子が収集できるし、撮影者も撮影される被写体そのものを絶えず見ることができる。つまり写そうとする被写体を確認できることになる」
「ミラーが跳ねあがった瞬間、真っ暗になって何が映ったのか背面のモニターで確認しなくて済むというメリットね。私はそこまで凝って写真を撮ることはないし、別に多少タイムラグがあっても気にしないわ」
「まあ、そうだ。僕もそこまで拘ることもないという意見に賛成です」
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ここで逆田が言葉を挟む。
「おっしゃるとおりです。しかし、キチッと撮影しなければならないときがあります。しかも連続的に。話を元に戻しましょう。さて半透明ミラーのメリットは分かっていただけたと思いますが、デメリットをまとめましょう」
すぐさま田中が応える。
「光が二分されて光量が半分に落ちる。つまり暗くなるということです。でも露光、要はシャッタースピードを落として光量を二倍取りこめばいい」
「シャッタースピードを落とすとぶれるぞ」
「ピンボケじゃ」
両大家が声を揃える。
「ぶれを補正すれか感度を上げればいい」
「そのとおりです」
逆田が田中に賛辞の声を向けると珍しく山本が苛立つ。
「いったい何を言いたいのか、早く教えてください」
「我々報道関係者は動画用のカメラを使いますよね」
山本が黙って頷く。
「実はあのカメラは人間が見たままの映像を撮影していません」
[62]
今度は叫ぶ。
「えー?どういうこと!」
「あっ、そうか」
田中ではなく意外と立派な服の大家が小ひざを叩く。
「一眼レフカメラのない時代ではカメラでも映像撮影機でも……そうそう昔は8ミリと言ってたな……つまり昔はフィルムの時代だったから、撮影してもちゃんと映っているか、フィルムを現像しなければ分からなかったのじゃ」
立派な服の大家に触発されて質素な服の大家が発言する。
「レンズキャップを取るのを忘れて一所懸命撮影したのに現像したら真っ黒だったことがあったな」
「それはアホじゃ」
「アホ?何がアホだ」
質素な服の大家が立派な服の大家に詰めよる。
「ケンカは止めてください」
田中が割りこむ。
「こちらの大家さんが言いたいのは見たままを撮るのはむずかしいと言おうとしたんです。一眼レフでなくても今のカメラは撮像素子が撮影中の被写体をモニターに表示しますから、レン
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ズキャップをつけたままならすぐ分かります」
そう言ってから田中が首を捻る。
「わざわざミラーで光の進行方向を分ける必要はない。撮像素子からの情報がモニターに映るんだから」
「そうです……」
逆田の言葉を遮断して田中が続ける。
「だからミラーレス一眼レフカメラが開発されたんだ。それなのにわざわざミラーをつけて、しかもそのミラーを半透明にしたカメラのことを議論している。なぜなんですか」
逆田が応える。
「それは撮像素子に映る被写体というのは人間が見た被写体と異なることがあるからです」
「もう、やめて」
ついに山本が悲鳴を上げる。田中はそんな山本を慰めながら逆田に解説を求める。
「それは撮像素子に致命的な欠点があるからです。人間が見たらこう見えるだろうという想像で撮像素子は記録します。その記録データをモニターにも流します。赤い花が黄色い花として記録されることもあるのです」
「そんな!」
田中の驚きに質素な服の大家がパチンと両手を打つ。
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「その昔、フジフィルムとサクラフィルムというメーカーがあった。晴天の日、フジフィルムで撮影すると青空がそれこそ青々と映る。ところがサクラフィルムで撮ると花曇りのような空になる。今度はサクラフィルムで子供を撮ると肌が透きとおったような淡いピンク色で生き生きとした写真が撮れる。フジフィルムで撮ると青白い元気のない子供の写真になる」
「どちらも人間の見た目とは違うのじゃ」
「おまえは黙っとれ!」
「アナログのフィルムでもデジタルの撮像素子でも見たまま記録できないんだ」
田中が納得すると山本が叫ぶ。
「逆田さん!結論を言って!私にはこんな話、さっぱり分からないわ」
「こう言えばどうですか。いずれにしてもカメラでは真実は撮れないと」
「えー!だったら私たち報道関係者はウソを撮影して報道してきたんですか」
「それは極端すぎますが、場合によってはそうだった」
「それは事実を撮影した画像や映像を切り取って編集したのが原因ではないのですか」
「もちろん、時の政府の圧力に屈してそのような映像を流した報道関係者もいた」
「否定しません。でも、今やこのテレビのように真実そのものを伝えることができるようになりました」
「でも、誰がどのような機器で撮影しているのか、山本さん、知ってますか」
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「それは……」
「結局は人間が撮るのです。誰でも構いません。責任感をもって報道のモラルを守る人なら。でも見たまま映す道具が必要です。軽量小型でこのテレビに直接転送できるカメラが必要なのです」
誰もが沈黙する。
「これを見てください」
テレビの中で逆田が直径数センチの黒い塊を手にする。
「トリプル・テンと呼ばれる世にも不思議な物質です。スミスさんから借りました」
金属のような光沢を放つ黒い物体だ。ゴムのようにも見える。しかし、逆田がいつの間にか取り出したナイフを突きさすとポキリと先っぽが折れる。そして床に落とすとタイルカーペットが割れるが、その物体はボールのように跳ねあがって逆田の手に戻る。逆田は重々しそうに何とか掌に納める。今度はその一部をつまむと硝子板に塗りつけるように広げる。ガラスは真っ黒になるが、そのガラスをカメラに向けると完全に透けて見える。しかし、すぐ黒くなる。そして透明になる。
「このトリプル・テンの比重は金の十倍です。つまり金の10倍重いのです。硬度、つまり硬さはダイヤモンドの10倍です。そして硬いのに流動性比重が一〇で水のような滑らかさを持っています。これらの特性を持ったトリプル・テンをミラーアリ一眼レフカメラのミラーに塗
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布すれば半透過ミラーになって理想のカメラができます。つまり減光することなく光を二分します」
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