27 鈴木一等海佐


「国連?」


「海上自衛隊の長距離輸送機でスミスと一緒に鈴木一等海佐が国連に向かいます。現在、日本政府は機能していません」


 逆田が息を弾ませてテレビの中で報告する。田中が視線をテレビから山本に向ける。


「総理大臣以下、全大臣が辞任したなんて情けない国になったもんだ」


 山本ではなく逆田が言葉を引き継ぐ。


「そのお陰というのか、下士官ですが、今や自衛隊を統率する地位に就いた鈴木の権限で皆さんもニューヨークまでスミスと同行できるようになりました。スミスが鈴木一佐に頼みこんでくれたのです」


「ありがたいわ。スミスさんとじっくり話が出来るし、これから何が起こるのか、楽しみだわ」


 山本が笑顔で逆田に頭を軽く下げる。一方、田中は少し不機嫌そうに逆田に尋ねる。


「高級官僚も次々と辞任するし、いったい日本はどうなっているんだ」


「メキシコ湾に吸いこまれた大量の海水に始まった地球規模の気象変動と陸地の進出と海の後退。既存の政府に対応する能力がないのです」

 

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「その非力さは東日本大震災の復旧の手際の悪さ、同時に起こった関東電力の原発のメルトダウンの対処の不味さで露呈していたわ」


 山本の職業意識に根ざした解説が今の日本の状態を的確に物語っていた。


「要は、スミスさんはただでアメリカに帰れるし、僕らもただで国連の見学が出来るし、もちろんスミスさんに独占取材ができる」


 スミスとともに田中たちが乗り込んだ飛行機は航空自衛隊の大型輸送機だった。


「甘かったな」


「輸送機であることを忘れていた」


「寒い。とても取材できる環境じゃないわ」


「これを着てください」


 離陸が終わってしばらくすると鈴木一佐自ら防寒服を持って現れる。全員、防寒服を着こむとスミスが窓から変わり果てた眼下の日本列島を見つめる。そのスミスに鈴木が尋ねる。


「大変なことになった」


「そんなことはない。暮らしやすい地球になるかもしれんぞ」


 スミスが窓から鈴木に顔を向ける。


「それならいいが」

 

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「鈴木一佐は暮らしにくい地球になるとでも」


「鈴木で結構です。どちらとも言いかねますが、大西洋の海水がなくなると太平洋も大きな影響を受けるでしょう」


「いいじゃないか。日本はアメリカや中国やカナダそれにロシアも追い抜いて世界一の国土を持つかもしれない」


「なるほど。そう考えれば気が楽になる」


 質素な服の大家がスミスの意見に感心する。しかし、鈴木は首を横に振る。


「非力な自衛隊では広大な国土を守りきれない」


「さすが軍人だ。見方が違う」


「そんなに悲観しなくてもいいのじゃ。日本は資源大国になるんじゃ」


「なるほど」


 立派な服の大家の言葉に全員納得顔をする。そんな中で山本は手をさすりながらメモを取る。


「パソコンを持ってくるのを忘れたから大変だわ」


「こんなに寒ければパソコンが起動するかどうか」


 田中の否定的な言葉にスミスが大きな声を出す。


「どんなに寒くても人間の脳は起動するし作動するぞ!」


 山本がスミスを見つめる。

 

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「やっぱり寒い。私は記者として失格だわ」


「そんなことはありませんよ」


「田中さんの言うとおり。ミスひろみは素晴らしい記者だ。それにいつの間にか非常に魅力ある女性に変身した」


 スミスはリングラングを知っているが、そのリングラングの身体を持つ山本に驚くどころか冗談さえ言う。


「いやだわ。スミスさんまでそんな目で見るなんて」


「スミスさん」


 田中が遠慮気味に割って入る。


「この輸送機はイースター島上空を通過するんでしょうか」


「それは鈴木一佐、いやミスター鈴木に尋ねるべき質問だ」


「残念ながら通過しません」


 鈴木が即答するとスミスがにこやかに言葉を続ける。


「残念ではない。私はある話をしようと思っていたが、すっかり忘れていた。イースター島の話が出て思い出した」


 スミスが鈴木、そして田中に軽くおじぎをしてから、フトコロから茶色の小瓶を出す。フタを二,三回まわすと口にする。

 

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「なんですか、それは」


 スミスが「ほっほっほっ」と笑う。これはスミスが上機嫌のときに出す笑い声だ。その笑い声の意味をよく知る山本がスミスから小瓶を受け取る。


「身体を温める薬ですね」


 山本が一口含むとゆっくりと喉に送る。


「ふー。身体が燃えてきたわ」


 山本が田中にその小瓶を渡そうとすると田中が首を横に振る。


「遠慮しておきます。多少この手の薬の飲み方を覚えましたが、このビンの薬は劇薬のような気がしますので」


 田中の丁重な断りのあと、鈴木が一言述べる。


「勤務中です」


 スミスの術中にはまった全員が寒さを忘れて打ち解ける。山本がそんなスミスにねだる。


「ところで、ある話とは?」

 

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