26 倒産


「スミスが日本に来ている」


「どこに?」


「防衛省の招待だと言っていたぞ」


「なぜ、防衛省が?」


「それ以上のことはわからん」


 ふたりの大家の会話に山本が割って入る。


「私に任せて」


 テレビに向かって山本が尋ねる。


「聞こえますか」


「その声は山本?違うな」


 テレビの向こう側から聞き覚えのある戸惑い気味の声がする。


「山本です。大幅に体型が変わりましたが。この体型については後ほど説明するとして……」


「そうか。それにしてもどこへ行っていたんだ」


 やっと画面にグレーのスーツ姿の逆田が現れる。


「逆田!」

 

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 全員、声を揃えて驚く。


「おまえこそ、どこへ行っていたんじゃ」


 立派な服の大家がツバを飛ばしながら追求する。その言葉に質素な服の大家が驚くが、テレビの中の逆田の動作に注目する。その逆田が胸のポケットからハンカチを出して顔を拭く。


「大家さん。ツバを飛ばさないでください。そんな大声を出さなくてもちゃんと聞こえますから」


「おまえこそツバを飛ばすな」


 逆田は大家の怒りを無視して山本に命令する。


「山本、こっちへ来い」


「私、首になったんじゃないの」


「もちろん、首だった」


「そしたら、なぜ?」


「全員、首になったんだ」


「全員?」


「会社が潰れた、と言うよりは放送免許を取り消された」


「えっ!」


「余りにも本当のことばかり報道するので、記者クラブから閉め出され……」

 

[282]

 

 

「それは私がいたときに起こった事件だわ」


「そのあと、政府はもちろん他の放送局からも非難を受けて……」


 逆田が涙ぐむ。


「それじゃ倒産したのと同然だわ。でもオーナーのスミスさんが今日本に来ている。私、そちらに行く前にスミスさんに頼んでみる」


 逆田は顔をあげると大家のツバを拭いたハンカチで目頭を押さえると、山本の言葉に反応することなく語り始める。

 

「苦難に満ちた我が社の歴史をご紹介します」


 画面は外壁がすべて崩れ落ちた関東電力の原子力発電所に変わる。


「ある意味、この事件がきっかけでした。この事件がすべての始まりでした」


 山本は首を傾げると取りあえず画面を見つめる。


「何を言いたいのかしら、逆田さんは」


 小さな部屋で全員がテレビの前に並ぶと液晶テレビを製造する工場が映しだされる。そこはタイの日系工場で、冠水した大量の白いテレビが映っている。


「このテレビと同じ型だ」


 田中が叫ぶとふたりの大家も首を縦に振る。

 

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「我が社はタイで特殊なテレビを製造していました。ご存知のとおりこのテレビはこれまでにない卓越した先進的な機能を持っています。一言で言えば、この世の中で起こった出来事をそのまま伝えることが出来るテレビでした。量産を目指しましたが、あと一歩のところで洪水に見舞われてすべて破棄しました」
「でも、ここにあるじゃないか」


「試作品です。社内の一部の者しかこのテレビの存在を知らなかった。しかも、その試作品が田中さんの部屋にあるなんて驚いたわ」


「山田電気にいた逆田さんから買ったんだ」


「田中さん、あなたは本当に田中さんですか」


 山本と同じく体型が大幅に変わった田中を逆田が見つめる。


「はい」


 山本は逆田と田中の会話を無視して思い出し笑いする。


「このテレビのお陰で大儲けさせて貰ったわ」


「競馬か」


「このテレビの特殊機能をチェックさせて貰うために競馬の放送を利用したの。もちろん、儲けたお金はすべて貧乏放送会社に……」


 逆田が山本の言葉を引き継ぐ。

 

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「このテレビの投資の失敗が我が社の財務内容を悪化させました。田中さんのところにあるテレビを利用して競馬で何回も大儲けして資金を稼ぐ訳にも行かないし……」


 質素な服の大家が口を挟む。


「そんなことをすぐにばれてしまうぞ」


「分かっています。だから質素倹約の経営に徹底したのです。しかし、『事実をありのままに報道する』という方針は変わることはなかった」


 関東電力の原発事故後の政府官邸での官房長官の記者会見のビデオが再生される。


 そこには鋭い質問を官房長官に浴びせる一人の記者がいる。逆田だった。官房長官は見当外れの答弁に終始する。


「まじめに応えてください」


 逆田が食いさがると周りの記者からヤジが飛ぶ。


「質問を独占するな」


「私の疑問は、今までの説明の情報源はどこかと言うことと、メルトダウンは起こっていないと言いきれるのかの二点です」


「何度も説明しているとおり情報源は原子力保安院です」


「保安院は現場には行っていない。保安院の情報は関東電力からの情報なんでしょ」


「そこまで把握してません」

 

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「そんないい加減なこと、許されるんですか」


「独占取材の方が許されない」


 再び同業者からのヤジの方が厳しい。しかし、逆田は無視する。


「メルトダウンは……」


 そのとき、隣にいた他社の記者が逆田からマイクを引ったくる。肉声になっても逆田は叫び続ける。


「私たちは報道機関だ。政府の広報機関ではない。なぜだ!なぜ、真実を問い質して国民に知らしめようとしないんだ」


 他社の記者が逆田を取り囲むと会見場から閉め出す。誰が撮影したのか一部始終が映されている。


「これを機に我が社は報道機関が主催するすべての記者クラブから排除されました」


 関東電力の水素爆発を起こした原子力発電所の内部の映像、その付近の状況、さらには沖合に浮上したグレーデッドの潜水艦の内部の様子等々、生々しい映像が次々と流れる。


「これらの貴重な映像も日本国内ではどこのテレビ放送局も無視しました。ところが海外のメディアは競うように我が社が取材した映像を放送してくれました。インターネットもそうです。


そうすると益々我が社に圧力が掛かりました。政府や関東電力はもちろんのこと、それより同業の報道機関からの圧力が一番強かった。当然、彼らは否定しますが」

 

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 逆田がまるで放送しているような口調で説明する。続けて報道中止にまで追いこまれたものの、残ったスタッフとともに細々と取材を続けてきた状況が説明される。いつの間にか山本が涙を流す。画面はグレーノイズを発するだけで何も映っていない。それでも逆田が報道口調で続ける。


「詳しいことは省きますが、その後、諸外国のマスコミ、それに一部の国民のカンパで何とか食いつなぎました。このピンチにアメリカのオレンジ社、そうjフォン・オレー、jタッパ・オレーを製品化して大ヒットさせたオレンジ社が私どもをバックアップしてくれました」


「クラウド・コンピューティングシステムが普及し始めたころに、ムーン・コンピューティングシステム、さらにもっと高度なサン・コンピューティングシステムを普及させたオレンジ社がですか?」


 田中が逆田に念を押す。


「そう!オレンジ社のjタッパ・オレーはこのテレビの製造技術を基礎に開発されました」


「へー!」


 田中が目を丸くする。一方ふたりの大家はキョトンとして同じセリフを重ねる。


「わしには何のことかさっぱり分からん」


「オレンジ社の社長スティーブ・ゲイツとスミスさんは親友です。スミスさんはオレンジ社が倒産しかけたとき、スティーブ・ゲイツの無茶苦茶な要求をすべて呑みこんで増資に応じたと

 

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いう話を聞いたことがあります」


「スミスか」


 またもや、ふたりの大家が声を揃える。


「スミスは私どもの放送局のオーナーです。しかし、外国人は日本の放送局に出資は出来ません。ましてや買収などもってのほかです」


「さっきの話ですが、このテレビの製造技術を流用したとか言ってた話、詳しく教えてくれませんか」

 

 田中が逆田にねだる。


「このテレビの基本設計は高千穂電子光学研究所という会社が……」


「えっ!あの高千穂電子光学!TDKのことでしょ!」


「そうです。もう何年も前の……」


 興奮した田中が再び逆田を遮る。


「僕はその高千穂電子光学に就職が内定していたのです。ところが財テクの失敗による損失隠しがばれて上場廃止になりました。当然、僕は内定を取り消されました。就職浪人になったとたん、今度は不況で生活すら出来なくなりました」


「そうでしたか。その後、TDKは有力会社の草刈場のようになって有能な技術者はうさんむさんとなりました。我が社は何とかTDKのタイ工場でこのテレビの製造にこぎ着けましたが、

 

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出荷間近に発生した洪水で、すべて水没しました。TDKも倒産しました」


 逆田の両肩が落ちると山本もうつむく。


「このテレビさえ完成していれば、世界中に素晴らしいニュースを配信できたのに」


 田中が山本の肩を叩く。


「ところで元々何の話をしていたんだっけ」


「スミスさんが防衛省にいる話だったわ」


「そうだ。なぜ防衛省にいるんだ?」


「海上自衛隊の鈴木一等海佐に会いに来たらしい」


「鈴木?」


 意外にも田中が説明する。


「若い海上自衛隊員のみならず航空、陸上自衛隊員にも人気がある幹部だ。潜水艦の艦長の経験もある」


「いったい何のために鈴木等海佐に会いに来たんだろう」


「わからないわ。日本に来ていること自体、ついさっき分かったことだわ」


「スミスに会いに行く手間が省けた。アポを取れんのか」


 質素な服の大家が山本に迫る。するとテレビの中から逆田が叫ぶ。


「私に任せてください」

 

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