22 公約と詐欺


「なるほど」


 田中が小膝を叩くと画面が消える。


「日本人の『和』を大切にする素直な心を逆手にとって、特殊法人が民間会社に除染作業を割り振っていくプロセスはすごかった。失業した地元の人を出来るだけ雇用するように指導して、積極的にこの指導に従う企業には広い地域を割り振る。一方、余り積極的ではない企業には狭くて作業しづらい地域を割り振る。それ自体はいい行政指導のように見えるのがミソですね。その割り振りがピンハネの隠れ蓑に過ぎず、その決定過程が問題だというのもよく分かりました。本当にうまく監督官庁の意向を組み入れているなあ」


 田中が一気に感想を披露する。


「でも、ここで最強の批判者が登場します。それは最近まで与党だった最大野党の民主自由党です。その民主自由党が与党だったころと同じ答弁で切り返すから、民主自由党は責めきれない。自分たちが与党の時代に様々な矛盾の種を蒔いてきたのだから当然と言えば当然なんですが、とにかく追求に迫力がないわ」


 田中が大きく頷く。


「ここで再び『和』の精神が登場するような気がする」

 

[239]

 

 

「与党と元与党の民主自由党が手を組んで、それぞれの党内で文句を言う党員はもちろんのこと、いつも絶対反対の少数野党の党員も含め、反対する議員の体力が消耗した時を見計らって与党議員が結束します。そして一気に多数決の論理で突破します。もちろん衰弱した反対意見に対しては『和』という言葉をもって息の根を止めます。もはや反対するなど出来ない雰囲気を作り上げるとマスコミにも有無を言わせません」


「誰もが批判できない『和』という言葉を使って、政策を批判する気力や雰囲気を取りあげるというやり方か」


「なにも今回の特殊法人のピンハネに限ったことではないと思いますが、だからといって振り込め詐欺を許容しているのでもありません。国家の詐欺に国民は抵抗のしようがないという現実を知って欲しいのです。手口は非常に巧妙なので自ら選んだ地元議員に騙されるということでもありません。選出した地元議員なら利益誘導が期待できます。でもそれはその議員一人だけです。でも大臣になった議員はその議員に投票した地元の人を除くと、全国民から見て詐欺師以外の何ものでもありません。具体的な事例で説明しましょう。あまりにも長期に渡る政策、その代表格は年金制度です。『和を以て』という大義でごまかしやすい制度です。しかし、散々騙され続けていたので、総理大臣や厚生担当大臣が制度を変えようと一歩前に踏みだしても騙されまいと国民が抵抗しますから、一歩進むどころか足を上げることすら出来ません。すでに国家が国民を欺く組織だと見透かされているからです。それこそ大家さんが言ってたように

 

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日本人は戦争を契機に政府を信用しなくなった。これが根本的な原因では」


「よく気が付いてくれた。負ければ当然懺悔しなければならない。これは戦争がもたらす必然的な結果だ。それは国民ではなく責任者の義務じゃ。しかし、その責任者は謝るどころか開き直る。その結果、国民は戦後の厳しい状況の中、無意識のうちに卑屈感を背負ったのじゃ」


 理路整然と説明する山本と大家に田中がクレームを付ける。


「テンポが速過ぎる。もう少しかみ砕いて欲しいな」


 大家は「何が」という表情をするが、山本は田中の気持ちを受けとめる。


「ごめんなさい。自分の結論に振り回されて少し独善的になってしまったわね。うーん」


 山本は一呼吸置くが田中はそれまでの山本の話を整理しながら次の言葉を待つ。やっと山本が口を開く。


「私の説明、テンポが速いというよりは、映像で理解して貰っているという思い込みが強かったんだわ」


「そんなことはありません。飲み込みが遅いだけなんです」


 田中がすぐさま否定する。しかし、山本は田中に少し頭を下げてから続ける。


「でも結論を急ぐわ。一言で言えば騙され続けた国民が騙されまいと知恵を絞った結果、今の政治体制ができあがった。つまり衆議院と参議院の第一党を別の党になるように投票して、矛盾を見えやすくしたのよ」

 

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「やむを得ない選択だと言うことは分かるけど、結局はその二党が結束してしまうんだろ」


「そうです。古い与党は自分たちの過去の失政を表面化させたくないし、新たに政権についた元野党である与党はいいかっこをしたいけれど、現実は厳しく自分たちの思うように政策を実行できない。そのうち行き詰まって批判していた旧与党の政策とあまり変わらなくなってしまう。結局、国民は昔と同じようにアクセルとブレーキの両方を取りあげられて動けなくなってしまう。ましてや大災害が起こって被害を受けても救済されない最悪の状況に甘んじなければならなくなった」


「与党も元与党の野党も元々ひとつだったのに、いつの間にか分裂した。根は同じなのに」


「そのとおりだわ。立派に見えるビルから、全室を借り切っていたテナントを追い出して入居したけれど、中はボロボロでどうしようもないから、修繕しながら経営しているようなもの。結局は同じような使い方しかできない」


「なるほど!」


 今度は山本が納得する。驚きながらも田中が自問自答する。


「僕が勤務していた会社のことを言っただけです。でもこれは日本だけの問題なのか。そんなことはないか。どこの国でも多かれ少なかれそうなんだろうな」


「田中さんの今の言葉は政府や政治家がよく使う理屈です。『世界的にはこうです。だからこうしなければ』とか『先進国では云々で決して悪い水準ではありません』とか都合のいい統計

 

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を並べ立てて、しかも改ざんさえして、本物の詐欺師あるいは手品師顔負けの手口で国民を騙します」

 

「山本さん。ちょっと待って」


「テンポが速いの」


「なんとか、ついて行ってます」


 田中は先ほどから気になっていたことを言葉にする。


「山本さん。今日はというより……、時間が奇妙な動きになってその間に事故を起こした原子力発電所の取材、グレーデッドとの関わり、サブマリン八〇八との遭遇……。とにかく、以前の山本さんとは違う」


 やっと大家が口を開く。


「田中さんの言うとおりだ」


 我が意を得たりと田中が続ける。


「時間に翻弄されている大家さんや僕より、山本さんの方が落ち着きがないように見える」


 大家が大きく頷く。


「私は、私は何を言おうとしていたのかしら」


「変な政策を実行させないように衆議院と参議院の第一党を別々の党にするまでは、国民の知恵が勝っていたが、この両党が結託すれば、国民は再び騙されてしまうと……」

 

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「そうだったわ。それを何とかしなければと、私がいた放送局は政府や関係機関に食いこみ報道しましたが、国民の支持を集めるほどの成果はなかった」


「それどころか、つぶれてしまったんだろ」


「『ペンは武器よりも強し』、つまり本来マスコミは銃で撃たれる覚悟で庶民に事実を伝えるのが使命です」


「政治家は?選挙演説を聴いているとマスコミ以上に選挙民に矛盾やなすべきことを公明正大に伝え、命を賭けて実行していくと大声で訴えている」


「当選したら、その公約自体、詐欺みたいなものね」


「そのとおりだ。まさしく公約違反は詐欺と同じ。だから選挙演説は当選した暁には詐欺師になりますよという予告編みたいなもの」


「そうなら、誰も投票しない」


「予告編すら見ずに棄権します。投票率が低いのはそのためです」


「しかし、詐欺をしそうな人に投票せずに他の人に投票しなければ詐欺師の思うままじゃないか」


「もしも立候補者全員が詐欺師だったら、田中さん、あなたならどうしますか」


「!」


 自分のペースを失った田中はその質問に応えず口をとがらす。応じたのは大家だった。

 

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「わしの長い経験から言うと、言い訳などせずに公約どおりに行動して国民から『なるほど』と絶賛された政治家など皆無だ」


「当たり前のことに頷いて自然に発する『なるほど』という言葉が絶賛を意味するなんて、おかしい。立候補者全員が詐欺師になる予告編ばかり吹聴するのなら、選挙には行かない」


 田中が大家の考えに抵抗すると大家が大声をあげて反論する。


「なんだ!さっき、選挙に行くと言っていたのに。政党という巨大組織による詐欺にいかんともしがたいという気持ちは分かるが、抵抗を試みるべきだ。そうだろう?田中さん」


「まるで大地震の後の大津波に立ち向かうようなものですね。来るべき津波の高さやエネルギーの規模も知ることなく、素手で立ち向かう。負けることが目に見えていても、それで死ぬことになろうとも、そして死なずに生き残ったとしても、どちらの道も……」


 山本が肯定するのでもなく否定するのでもなく田中を制して抑揚のない声を出す。


「その道の先に国民が選挙で選んだ詐欺師が立ちふさがっているとしたら」


「それは絶望です」

 

 即座に反応したあと田中の目に涙がたまる。


「すぐ、被災地に行けばよかった。友達もいた」


 感情的な田中に山本の言葉が冷たく迫る。


「なぜ、震災からの、復興ではなく、未だ復旧ができないのか、田中さん、分かりますか」

 

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「分かりません!教えてください!」


 田中の質問に山本が首を横に振って応える。


「私にもよく分からない。相手は巨大な詐欺師です。いえ、今やブラックホールです。吸いこまれたら外に出ることは出来ません。地震から六年近く経ちました。そして経済的には失われた十年の第三ステージも終わり、第四ステージに突入しようとしています。その間に名だたる企業、そして資産家も海外に逃げる。地震が多く津波が押しよせる。火山が噴火する。豪雨で山が崩れ家は押し潰されて洪水で水浸しになる。冬になれば大雪が降る。これだけは確実に言えるでしょう。いずれ詐欺師もこの国から脱出すると」


「要はこの国から逃げるのが一番だという対策しかしなかった。でももう少し明るい展望は?。貧乏人か騙された者しか日本にいなくなるなんて」

 

 フーッと山本が息を吐きだす。そしてうなだれる。感情的になっていた田中の熱が山本に感染する。


「私、間違っていたわ」


 急変した山本に田中は驚きながらも目をそらさない。山本はその視線にムチに打たれたように身体を激しく震わせる。

 

「そうだわ。田中さん!」


 逆に熱を帯びていた田中は山本に熱を奪われたかのように冷静に山本を見つめる。大家は興

 

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味深くふたりを見つめるだけで意見は挟まない。先ほどまでの冷静さがウソのように山本がはばかることなく涙を流しながら、しかし、明瞭に言葉をつないでいく。


「私、これまで厳しく真実を追究することばかり考えて行動してきました。そこに照明を当ててきたつもりでした。でも思い返せばそれは冷たい照明でした。『写真』とは真実を写すことですが、その写真に魂が込められなければ見る人に感動を与えることはできないとある偉大な写真家が言っていたのに、冷たい照明を当てて撮影するだけでした。だから、私たちの報道は視聴者の興味を誘っても共感を得ることはできなかったし、気持ちの共有もできなかった」


 背の低い大家が山本の手を握ると見上げる。


「山本さん。よく気が付いた。確かにマスコミは国民の興味をいかに引きだすかだけの報道ばかりしてきた。起こってしまった事件ばかりを追いかけるだけで、未然に起こっては困る事柄を見つけて対策を提案することはほとんどなかった。そのうち政治家や高級官僚はマスコミの欠点を熟知して逃げるコツを覚えた。結局、脇の甘い政治家や官僚だけがマスコミの餌食になるだけで、知恵の長けた政治家や高級官僚はうまくマスコミの攻撃を避けた。いわゆる知恵比べだ。それも悪知恵だ」


 素直に山本も田中も大家の話に聞き入る。


「政治家だけが悪いのではなく、マスコミも悪いのかもしれん。だが、そうではない。国民が悪いのか。そうでもない。永きにわたって、社会の安定が続けばどうしても誰もが保守的にな

 

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ってしまうものだ。もちろん不断の努力で革新的な行動をする人は数えきれないほどいる。しかし安定した時代が永く続けば相対的にそのような人が少なくなり、利害関係はもつれた糸のようになり、誰もが既得権を拡大させることに奔走し、それを脅かす者を排除しようとする。前向きな競争は減って屁理屈の論争で身動きできなくなって、お互いの足が絡まって共倒れになる。このような閉塞感に満たされた底なし沼から這い出さなければならん。溺れかける者を助けなければならんが、その状況をつぶさにかつ正確に見つめ知らしめることが必要だ。それなのにマスコミはいつの間にかその役割を放棄して自らの既得権を傘にして乾いた歩きやすい道しか歩かなくなってしまった。特にテレビはどうだ。まともな番組があるか。この国のことを真剣に考えた番組は数えるほどしかない。しかも日々のニュースなんか独自の切り口などないコピー番組だ」


 大家の蕩々とした正論の一言一言に山本が大きく頷きながら聞き入る。


「わしはこのテレビが好きだ。田中さんの部屋に入り浸りになるぐらいこのテレビの映像に興味をもった」


「このテレビを通じて放送するテレビ局にですね」


 いつの間にか柔和な表情をたたえた田中が頷く。


「そうだ。逆田さんはどうした。それに放送が極端に少なくなっている」


「分かりません。でも放送会社は完全には潰れていません」

 

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「そもそも、山本さんや逆田さんが勤務していた会社はどこにあるんだ?」


 田中の疑問に山本が沈黙する。


「報道の自由、だが報道者の身元というのか、責任者の所在は明らかにすべきだ。放送源の秘密を担保するには報道者自身が潔白でなければならんぞ」


 大家の鋭い眼光が山本を貫く。狼狽えることもなく山本は観念したように白状する。


「ごもっともです。私の所属するテレビ放送会社の本社はアメリカのニューヨークにあります。スポンサーはスミス財団です」


「外国籍の組織は日本の放送会社を勝手に支配できないはずだ」


「大家さん、よくご存知ですね」


「いや、憲法上の言論の自由は日本国民に与えられたものだ。諸外国のマスコミが日本で勝手に放送することはできないと思っただけだ」


「そのとおりです」


「それじゃ、どうして放送出来るんだ?」


「専用のテレビを使います」


「専用のテレビ!」


「このテレビです。逆田はテレビのセールスマンもしていました」


 田中が驚いて山本を見すえると、山本が「田中さん」と静かに応える。田中は催眠術に掛か

 

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ったように頷いて発言を止める。ふたりの雰囲気から何かを感じとった大家が山本に提案する。


「もうひとりのわしがなぜニューヨークにいるのか調べる必要があるのう」


 山本はすでに覚悟を決めたらしく大きく頷いてから視線を田中に向ける。


「田中さん。あなたのお祖父さんに会えるかもしれないわ」


 平常心を保って山本の頷く反応に満足していた大家はもちろん、田中が絶句する。


「僕の秘密を知っているのか」


 大家が田中と山本を交互に見つめる。よくよく考えもせずにあのテレビを手に入れた田中を、様々な事件とは関わりがないごくありふれた若者だと、まったく考慮外としていた。逆に少し考えれば、なぜ田中があのような不思議なテレビを購入できたのかという検証をしたことはなかった。田中自身も三人の会話の中でなぜかしら自分の秘密に感づいたことに驚いて首を横に振る。


「なぜ、自分の秘密に気付いたんだろう」


 田中は声に出して自問する。山本が田中の手を取って大家を見つめる。


「行きましょうか」

 

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