一見立派に見えるが継ぎ接ぎだらけの大型旅客船が沈没する画像が消えるとメールアドレス、ファックス番号が現れる。
「視聴者の皆様。ただ今放送した健康保険や年金制度に関して、メール、ファクシミリなどでご意見をお寄せください」
山本の声が流れたあと逆田の叫び声が聞こえる。
「あっ!」
「逆田さん、どうしたのですか」
「この間、税金のことで税金テレホンサービスに問い合わせたことがあったんです」
「それで」
「相談が進んで、ある書類の記載が問題になったのですが、ファックスしますというと、ファックスは受けられないと言われたんです」
「なぜですか」
「分かりません。それだったらメールの添付ファイルで送りますから、メールアドレスを教えてくださいとお願いしたんです」
「……」
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「それもだめですと」
「でもE・TAX、パソコンで申告を!なんて言っているじゃありませんか」
「『これからは電子申告です!』と大々的に宣伝していますが、パソコンを使えない人もいますし、逆に家庭用ファックスは普及しています。そのファックスで相談を受けることはもちろん、書いた申告書をファックスで流すこともできません。あれだけ『パソコン、パソコン』というのなら、申告は無理でも相談はメールやファクシミリでもいいのではないかと思いますが、拒否されました」
逆田のこの言葉にテレビを熱心に見続けていた大家がにわかに興奮する。
「税務調査するという電話に、仕事の都合があるので後で連絡すると返事してから、次の日朝一番、税務署に電話すると『ただ今、大変電話が混雑しております。このままお待ちいただくか、しばらくしてお掛け直しください』というテープの声が流れるだけ。待てど暮らせど繋がらないので、しばらくして掛けなおすとやはり同じテープの声。すぐに連絡しないと印象が悪くなると思って税務署から送られてきた書類を探した」
「その気持ち分かります。それで書類は見つかったのですか」
田中が大家の身振り手振りの説明に臨場感を共有する。
「封筒を捨てずに置いていたのだ。でもその封筒には電話番号は書いてあるけれどファックス番号は印刷されていない。もちろんメールアドレスもない。あるのは国税庁のホームページの
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アドレスだけ」
「ひどいな。民間ならファックス番号も、それに苦情受け付けメールアドレスまで書いてあるのに。非常識じゃないですか。そんな表示がない企業の商品なんか誰が買いますか!」
「次の日なんとか繋がったが、今度は担当者が休みでいない。一応、都合のいい日を伝えてから、その次の日は一日中留守するのでファックスを流してくれるように頼んだ。ところがだ!ファックスは流せないとぬかす」
「えー!どういうことですか」
「ファックスがないというのだ」
「今どき、ファックスがないなんて!ウソでしょ」
「仕方ないのでメールでとお願いすると、これもダメ」
「大家さんでも使っているメールがダメなんて。本当に税務署からの連絡だったんですか?ニセの税務職員じゃなかったんですか。ファックスもメールもダメなんておかしいですよ。新たな振り込め詐欺の手口かもしれない。大家さん、用心した方がいいですよ」
「ちゃんと調査を受けた」
「いつの話ですか」
「つい、最近の話だ」
「本当に税務署にファックスがないのですか。連絡にメールもダメなんて、取りあげた税金を
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いったい何に使っているんだろう。自分たちの福利厚生費ばかりに使って、ファックスやパソコンを買う予算がないのかも知れない」
「調査に来た税務署の職員に尋ねたら、メールを送受信できるパソコンはなくて、ファックスは国税局との連絡用で一般職員は使用禁止だと言って苦笑いしていた」
「納税者のことを全く考えていませんね。連絡用のFAXもメールアドレスもないて、そんな体勢というか、考え方では、調査も庶民感覚を無視した非常識な対応になるんじゃないでしょうか。あらゆる通信手段で手続きできるようにすべきで、税務署の都合でこれはOK、これはダメなんて言っておきながら、しれっと『絶えず納税者の立場になっております』なんてよく言えるな」
「田中さん、なかなかいいこというじゃないか。この間の調査では所得のごまかしがない正確な申告ですと褒められたが、アパートの修繕の契約書に二百円の印紙を貼っていないと言って千円の罰金を取られた。今後気をつけるからまけてくれといったら、不正は不正ですと言って許してくれなかった。仕方ないので払おうとしたら、追って通知しますだと。ワケがわからん」
「庶民感覚がまったくないですね。だから嫌われ者になるんだ。警察だって軽い駐車違反なら、『今後は気をつけてください』って許してくれるのに。そのほうが気をつけようと気持ちよく受けいれられるのに」
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「お互い、人間だからな。多少融通があってもいいと思うな。そのほうが気持ちがいいし、よりきっちりした申告をしようという気になる」
「要は、ただでは帰らんと言うことか。ノルマか」
「年金で騙され、税金はたとえ二百円、いや、なぜ千円になるのか知らないが取られる。大企業や金持ちへの対応はどうかしらないが、もう何十年も庶民を騙し続けてきたから、今さら信用できるわけがない」
「もっとひどいことを聞きました。首相が、ときの首相がですよ!毎月一千万以上のお金を母親から貰っていたのに、何税というのですか……」
「贈与税だ」
「何年も申告していなかったんでしょ」
「二百円どころの話じゃない。首相は公務員の最高責任者だ。だから調査しないというのでは公正も公平もあったもんじゃない」
「あのとき、このテレビの放送局はその事件を報道したんだろうか」
メールアドレスやファックス番号の画面が消えると、逆田と山本が深々と頭を下げる。
「誠に申し訳ありません。国税庁はまったく取材に応じていただけませんでした。国税局もです。税理士会もです。何人かの税理士が匿名で取材に応じてくれて批判的な意見を頂戴しましたが、その期待に応える取材はやはり出来ませんでした。残念でなりません」
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