振り込め詐欺のこの一年間の発生状況と検挙率がグラフで示される。
「振り込め詐欺が後を絶ちませんね」
「大震災以降、義援金詐欺が目立ちます」
「人の善意を踏みにじる、絶対に許せない行為です」
「騙した金額の多い少ないにかかわらず捕まえたら極刑にすべきです」
「人を騙して手に入れたお金なんて、あぶく銭です。被災者の方に届いたらどんなに喜ぶかもしれないお金がつまらないことに消えてしまうなんて残念で仕方がありません」
田中が声だけの山本を睨み付ける。
「競馬で大金を手に入れたはずなのに、よくもこんなきれい事が言えるな」
大家も同調する。
「わしも聞きたいものだ」
逆田の声が田中と大家の会話に割って入る。
「山本さん、年金は国家の詐欺だという意見を説明してください」
「逆田さんは就職して始めて給料をいただいたときのことを覚えていますか?」
「忘れもしません。うれしかったですね。両親に『今まで育ててくれたお礼にお小遣いを』な
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んて言って一万円あげました。それまで随分小遣いを貰っていたのに、始めて親に小遣いを渡せることに感動しました」
「さぞかしご両親は喜ばれたでしょう。でも私が伺いたいのは違います」
「と言いますと」
「始めて給料をいただいたとき、給与明細を見ましたか」
「もちろん。今では見ることはありませんが、何回もなめるように明細書を眺めたのを思い出しました」
「どういう感じでしたか」
「色々な名目で差し引かれて、思っていたより受取額がかなり少ないという印象でした」
「源泉所得税や社会保険料、それに組合費等々でしょ」
「そうです」
「そのとき、あるいは入社したときに給料から差し引かれるそういう項目について説明を受けましたか?」
「受けたかどうか、忘れました。多分受けたのでしょう」
「その中で社会保険料について次のような説明があったはずです。まず、健康保険料。これを掛けておけば病気になったりケガをしたとき、支払う治療費が三割でいいと」
「わしが若かったころは一割負担だった。それが二割負担になって、今や三割負担だ」
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大家がテレビに向かって異議を申し立てる。
「一割でよかったんですか」
田中が驚くが、ふたりの怒りや驚きを無視してテレビの音声が続く。
「健康に自信があったら払う必要はないとは思いませんでしたか」
「うーん。四割負担だったらどうかな。恐らく断れるものなら断っていたかもしれません」
「国民を代表した貴重な感想、ありがとうございました」
山本が逆田を茶化すが、逆田は気に止めることもなく促す。
「次は年金ですね」
「そうです。これについてはどのような説明を受けましたか」
「多分、こうだったかと思います。年を取って会社を退職したら働けないから、今から国にお金を預けて老後の生活費にするものだと。それに健康保険料もそうですが、納めることによって税金の優遇があると。だいたいこんな感じですかね」
「そのときは老後と言われてもぴーんとこない年齢ですから、そんな感覚でしょう。今でも同じ感覚でしょ?」
「そうですね。退職までまだまだですから、老後の生活と言われても実感はありません。でも親の生活を見ると不安になります」
「すでに説明しましたが、年金を受け取るには様々な制限があります。その金額も満足できる
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ものではありません。それでも年金保険料を納めないわけにはいかない」
「なんだかんだといっても制度がおかしい。旧社会保険庁がいい加減なことをしていたといっても、庶民は年金保険料を掛け続けなければやはり不安でしょう」
「ところで、逆田さん。今六十歳になったとして年金を受け取るにはどうすればいいか、知っていますか」
「ぜんぜん。でも通知が来るんでしょ」
「いいえ」
「そんな」
「少し前はそうだったんですよ」
「いまは?」
「来ます」
「よかった!」
逆田は思わず小躍りする。
「一昔前は、自分から『六十歳になったから年金をください』と言わなければ、くれませんでした。場合によっては『請求がなかったので年金受給の権利は時効で消滅しました』なんて言われて年金を受け取れなくなったこともあったんです」
「ひどいじゃないですか。でも年金保険料を滞納したら取り立てが厳しいんでしょ」
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「当然、滞納者には何度も督促状が送られてきます」
「だったら、ちゃんと年金保険料を納めていた人には当然、そう、極端な話ですが大金持ちになったから年金は要らないと言っても、強制的に受け取らせるべきじゃないですか」
「そんなに甘い制度ではありません。暴論すればこうです。若いときは『老後に備えて』と囁いて、歳をとれば冷たくあしらう。つまり、年金保険料を掛けて置けば、国がちゃんと管理運用しておきますからと誘いこむ。国が管理運用するのだから安心だと任せてしまう。さて歳をとって年金のことを思い出すが、一向に連絡はない。手続きしようにも惚けてくるし身体の調子も悪い。なんとか手続きをしようとしたとき、すでに時効で年金を貰えなくなってしまう。文句を言うと年金受給権を放棄したと言われる。わずかな預金で食いつないでいくうちにますます惚けて年金のことを忘れてしまう。あるいは社会保険庁が転職した人の古い年金掛金の記録を紛失して本来支給すべき年金の一部しか受け取れない場合もある。もっと貰えるはずだと反論しても、年金保険料を支払った証拠を持ってこいと言われる。国が管理運用しているから安心してくださいなどという約束などまったく反故にされてしまう。相手は年寄りだから、それ以上抵抗することはない。どうですか?長期間に渡る国の態度はまさしく準備周到で計画的な詐欺だと思いませんか」
「なるほど!これが年金制度の現実ですか。長い年月を掛けて国民を騙す詐欺と言われても仕方がないですね。最近、目に余る旧社会保険庁の度重なる不祥事でやっと国は反省して『年金
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宅急便』でお茶を濁しているということか」
「それで済めばいいのですが、結局、国が集めた年金を使い込んでいるから、たとえば、国民にくつろいでくださいなどといって全国にくだらない宿泊設備を作って赤字経営したり、自分たちの福利厚生費に流用したりと無駄遣いして、国民が掛けた年金保険料を食い物にしていました。その結果、約束した時期に年金を払えなくなったので、受給時期を遅らせたり、年金額を減らしたりと制度そのものの改悪を行う。そして足らない分は税金を投入して支払う。極論ですが騙された者が自ら賠償しなければならなくなってしまう。ツケは国民に回って、そのような管理運用をしていた政府は責任を負うことはありません。詐欺をすればそれなりの罰を受けますが、騙された方が罰を受ける。しかも旧社会保険庁の職員はキチンと仕事をしていないのにキチンと給料を貰っているのです。これが現実です」
「民間の生命保険会社の個人年金保険というのがありますが、その保険に加入していた人からクレームがあったり、その保険会社に不祥事があると政府は厳しくその保険会社を責めますし、追いつめて社長を首にしたりもしますが。自分たちがもっとひどいことをしても、自ら責任者を処罰することはありません」
「むなしいな。だから若い人を中心に保険料を滞納するんだ。結局、騙されて貰えるかどうか分からない年金の掛金を支払うはずがない。きちんと届けられない商品を買う人なんていない。そんな制度は破綻するだけじゃないですか。現に民間の保険会社の半数以上が倒産したり合併
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したりして消滅した」
「まさしく破綻しています。逆田さんの言うとおりです」
「沈没する船に誰がお金を払って乗るんですか。金を受け取った船長はさっさとボートに乗って悠々と脱出する。沈没船に乗った人々は気が付けば文句を言いたい船長を失った船の上でオロオロするだけ。そして沈んでしまう」
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