第百二十六章 正多面立方体移動装置


【次元】三次元
【空】 ノロの家
【人】 ノロ イリ ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 リンメイ
    フォルダー ファイル 最長


* * *


 ノロの家で話し合いが始まる。


「造ったのは正六面立方体の時空間移動装置だけじゃない」


「何と! 」


 いつしか住職、リンメイ、ホーリー一家、さらに最長までもノロの家に集まる。先にノロから聞いていたフォルダーが口火を切る。


「正六面立方体の他に正四面立方体、正八面立方体、正十二面立方体、正二十面立方体の時空間移動装置を制作したようだ」


「いつの間に? 」


「イリは知らなかったの? 」


 サーチがイリに尋ねる。


「ノロとイリは一心同体なんだろ? 」

 

[308]

 

 

 そう言うホーリーにサーチの視線が向かう。


「ちょっとでも目を離すと男は何をするか分からない動物よ」


「放し飼いにした方が悪いのよ」


 イリが自嘲気味に反省するとフォルダーがかばう。


「別に悪いことをしているわけじゃない。すごい性能を持った時空間移動装置を造っただけじゃないか」


 黙っているノロにイリが問いかける。


「どうして一気に五種類も造ったの? 」


「ついに発言の許可が下りた。いいんだな? しゃべっても」


 イリが青ざめる。他の誰もがそれ以上に青ざめる。


「ふふふ、ふっふっふっ」


「待て! 俺が説明する」


 フォルダーが胸のポケットから折りたたんだ紙を出す。


* * *


 フォルダーの説明は以下のとおり。


 時空間移動装置の形状は球体でなければならない。球体という形状はこの宇宙の根源的な形だ。

 

[309]

 

 

しかし、この宇宙には様々な次元が存在する。高次元の世界であっても二次元の世界( 平面)を土台にしている。二次元には美しい形が無限に存在するがその中でも正三角形、正方形、正五角形は別格だ。これらは三次元の世界の正多面体の構成要素だが、その正多面体はたったの五つしか存在しない。つまり正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体だ。


 まず正四面体。四面が正三角形で構成される。つまり三辺からなる正三角形( 素数系) が四面( 非素数系) 集まって正四面体を形作る。ドッシリとしているので転がすのに苦労する。それは頂点と頂点を結ぶ回転軸を持たないからで正四面体だけが持つ特徴だ。


 正六面体。六枚( 非素数系) の正四角形( 非素数系) から成り立っている。構成要素ふたつが非素数系という非常に特殊な正多面体だ。回転軸を持っているため正八面体や正十二面体や正二十面体には及ばないが転がりやすく、かつ止まりやすい。このバランスからサイコロが生まれた。我々にとって馴染みのある正多面体だ。


 正八面体。これは正四面体を二個くっつけたものだ。部品は正三角形( 素数系) だが面の数は八( 非素数系)。敢えて言うなら正四面体の兄貴のような存在だ。


 正十二面体。十二枚( 非素数系) の正五角形( 素数系) から構成される。サッカーボールではない。サッカーボールはおおざっぱに言うと正五角形と正六角形を組み合わせて球形状にしたものだ。球体ではないので1 から1 2 の番号を付けて転がすとサイコロより面白いかもしれないが、サイコロに比べて転がりやすいので、不利な目が出たとき息を吹きかけて目を変えることができる。これではまともな勝負ができない。

 

[310]

 

 

 さて最後の正二十面体。素数系の正三角形が二十面( 非素数系) 集まったものだ。球体に近いが、それは外側を囲む球と比べた場合で、実は内接する球体との比較では正十二面体の方が球体に近い。これは我々の感覚を裏切る結果だ。だからといってサッカーボールがよく転がるという説明にはならない。


 正多面体を構成する平面は正三角形と正四角形と正五角形だが、そのうち正四面体と正八面体と正二十面体の構成平面は正三角形だ。正六面体の構成平面は正四角形で、正十二面体のそれは正五角形だ。そして素数系でない平面体は正四角形だけだ。


 ここで平面体の正三角形、正四角形、正五角形を三次元化してみる。つまりX 軸Y 軸上のこれらの平面をZ 軸方向に移動させる。そうすると正三角柱、正四角柱、正五角柱となる。そして元の平面の辺の長さで輪切りにする。すると唯一正四角柱だけが正六面体となる。正六面体が、つまりサイコロが特殊なことが分かる。


 次に二次元の世界を観察してみる。三次元の世界で美しいとされる立体は五種類しかないが、二次元の世界で美しいとされる平面、これを正平面と呼ぶことにするが、それは何と無限に存在する。まず正三角形そして正四角形。次に正五角形、正六角形、正七角形… … 。一次元の世界ではどうだろう。線だけの世界にはそのようなものはない。このことからすべての次元にその美しい形が必ず存在するわけではない。

 

[311]

 

 

 次に四次元の世界に美しい正多面立方体というものが存在するかを考えてみる。とは言ってもここからは想像の世界になるので説明は省略して結論だけを披露する。


 四次元の世界には美しい形を持つものは正六面立方体( サイコロの親分) しか存在しない。つまり正六面体が四次元化したものしか存在しない。それほど正六面体は特殊で四次元の世界でも正六面立方体として存在できる形なのだ。


 しかし、その正六面立方体も五次元の世界では存在できない。どうやら五次元以上の世界には美しい形は存在しないようだ。


 ノロはこの法則を理解していたようだ。二次元の世界には美しい形はいくらでもあるが、この次元では生命体は存在しない。その数は激減するが三次元の世界では五つも存在する。四次元の世界ではひとつだけでそれ以上の世界では整然とした美しい形というものは存在しない。


 もちろん例外がある。それは二次元の世界での円で、三次元の世界での球だ。これは次元が高くなっても何らかの形を取って存在し続けるのだ。これが、球体というものがこの宇宙で最も単純で美しいと言われる所以だ。


 さらにフォルダーが正多面立方体移動装置のすごさの説明を続けようとしたとき、ノロが大きなあくびをする。


* * *

 

[312]

 

 

「よくパンダを建造できたな」


 イリがフォルダーの頭の痛くなる話から逃げようとノロに同調する。


「それにパンダがなければマグロを密輸できないわ」


「でもどうやってパンダを造ったんだ? 」


 ホーリーが得意げに説明する。


「旧ノロの惑星… … ノロの家の本棚にあった設計図を元に中央コンピュータの指示に従って建造した」


「えっ! 本棚? あれは試作段階の未完成な設計図だ」


 ノロが驚く以上にホーリーが驚く。


「ひょっとしたら俺はいつ空中分解… … じゃない宇宙分解するかもしれない未完成宇宙海賊船に乗っていたのか? 」


「まあ、そんなところだ」


「知らぬが仏じゃ」


 住職も頭から冷や汗を流しながら驚くとミリンが冷静に尋ねる。


「仏を知らない方がいいっていうことなの? 」


 住職が即答する。


「ミリンにぴったりの言葉じゃ」

 

[313]

 

 

 ケンタを除く周りの者がクスクス笑う。


「なぜ笑うの! 」


 するとサーチがぷくっと膨らませたミリンの頬を突く。


「まあ、いいじゃないの。生きているんだから」


 するとホーリーがサーチを茶化す。


「サーチもミリンの仲間だな」


「そうかもね」


* * *


「よくよく見ればこの星は旧ノロの惑星とそっくりね」


 難しい正多面体の話の後、ビックリするようなパンダの話があったわりには、サーチやホーリーに余裕が生まれる。


「ここで、これからのことを話し合うとまた卒倒するかもしれない。でも大量の免疫のお陰で驚かずに済みそうだ」


「そのとおり。五次元や七次元軍との戦いなんか大したことではない」


 ノロが平然と応える。


「わしは仏門に身を置いておる。じゃがノロのような悟りの境地になかなか辿り着けんのう」

 

[314]

 

 

「住職のC ・O S ・M ・O S 理論に感服したし、今もこの理論を信奉している」


「恐れ多い」


 お構いなしにノロが続ける。


「C ・O S ・M ・O S というのは、元はと言えば… … 六次元の世界のアンドロイドの呪文だった。彼らの強力な増殖機能の基本理念であり生命体の本質を突いた詩( うた) だ」


「住職よりノロの話の方がやっぱり分かりやすいわ」


「だったらミリンはフォルダーの正多面立方体移動装置の話を理解できたのか」


 ミリンがニコッと笑う。


「ぜんぜん。でもすごいんでしょ。正多面… … 何だっけ? 」


 ホーリーはがっかりするが、ノロがミリンに向かって大きな口を開く。


「すごいと理解したところがすごい」


 ホーリーが苦笑いすると質問する。


「ところで正多面立方体移動装置をどれだけ製造したんだ」


「正確に言うと正多面規律次元体移動装置という。略して正規移動装置と言うんだが、量産はこれからだ」


「この星で? 」


「ここでは無理だ」

 

[315]

 

 

「じゃあ? 」


「首星で」


「その首星がブラックホールの攻撃を受けつつある」


「知恵を借りに来たの? 」


 最長がより詳細な説明を始める。


* * *


「五次元の生命体が絡んでいるのか! 」


 ホーリーが憤る。


「懲りない奴らだ」


「ホーリーは五次元の生命体の攻撃を防いだんでしょ? 」


 イリの言葉にホーリーが胸を張る。


「そうだ! 凄い戦いに勝ったのだ! 」


 すかさずサーチが口を挟む。


「なんとかでしょ! 四貫目のお陰だったわ」


「今度は七次元の生命体とタッグを組んで挟み撃ちのように攻めているじゃないか。俺たちの経験が役に立たないかも」

 

[316]

 

 

「今度は控えめね」


 ここでフォルダーが茶々を入れる。


「大げさに撃退方法を披露するのかと思った。先のことなど考えずにがむしゃらに突進するのがホーリーの性格だ。非常に分かりやすいから親友になった」


「お前に言われたくないな」


 ここでミリンがサーチを指さしながら追従する。


「お母さんはよくお父さんのことを野蛮だと言っていたわね。だから私は無口で優しいケンタと結婚したのよ」


「ミリン! 」
 ホーリーとサーチが同時に叫ぶとミリンが喜ぶ。


「よかった。仲がいいのが分かって」


 住職が高笑いする。


「一本取られたのう」


 しかし、サーチは真顔でノロと最長を交互に見つめながら尋ねる。


「正多面立方体… … いえ正規移動装置を量産する目処は立っているの? 」


 終始冷静だった最長が正座するとノロに頭を下げる。


「首星で試作機を製造しましたが、七次元と五次元の連合軍の侵攻で中止しました」

 

[317]

 

 

 ノロが最長に近づくと肩を叩く。


「何だって? あれだけ製造を急ぐように指示したのに」


 最長は頭を上げることなく応える。


「六次元の世界はノロなくして存在できません。巨大土偶の件で大変お世話になったのに、再び助けを請うのはわがままなことですが… … 」


「なあ、最長」


 そしてニーッと笑う。


「オレは知っているぞ。最長や広大が地球で五次元の生命体の攻撃を防ぐためにホーリーたちに協力したことを」


 最長が顔を上げる。


「あれは最小限の手助け。とても自慢できる対応ではなかった」


「この宇宙を守るために、ここは助け合わなければならないなあ」


* * *


「そうそう。正規移動装置はどんなにすごいの? 」


 ミリンが話を戻す。ノロのあくびでフォルダーの説明が中断されたことを思い出すとホーリーも追従する。

 

[318]

 

 

「回転を考えると球体が一番理想型だと思うんだが」


「もちろん、そうだ」


「えー? 」


「まあ、そのうち分かるさ」


「ノロはいつでも、はぐらかしてばかり」


 イリがクレームを付ける。


「だって説明したって理解してくれないじゃないか」


「バカにして」


「バカは死ななきゃ直らない」


 次の瞬間イリの鉄拳が飛ぶ。


「暴力は… … 」


 メガネが吹き飛びノロが倒れる。ミリンが素早くノロの頭を抱える。もう慣れているのかミリンの反応は素早いし、ホーリーやサーチたちに緊張感はない。


「私たちと反対ね」


 サーチがホーリーにすり寄る。


「あなたには殴られたりボディブローを食らったこともあったわ」


「そんなこと、あったけ」

 

[319]

 

 

「殴った方は忘れるかもしれないけれど、殴られた方はずーっと覚えているものよ」


「それなら、あんなに殴られているのに、なぜノロはすぐ忘れるんだ? 」


「忘れたわけじゃないでしょうが、いつも無防備ね」


「イリも全く遠慮しないな」


「殴られるのが好きなのかしら」


 そのときノロがミリンの腕の中であえぐ。


「うーん」


 サーチが吹っ飛んだメガネを拾ってミリンに手渡す。


「大丈夫? 」


 ノロが立ち上がるとイリが平然とノロに近づく。


「手加減したから痛くなかったでしょ」


「そんなことはない。痛くない殴り方などこの宇宙に存在しない! 」


「まあまあ」


 サーチが仲裁に入る。


「ノロなんか大嫌い」


 イリがプイと横を向くが、ノロは意に介さない。


「気絶しながらホーリーとサーチの会話を聞いたが、五次元の生命体は三次元の生命体に敗北したことを忘れることはない」

 

[320]

 

 

「それじゃ六次元じゃなくて三次元の世界を攻撃するんじゃないの」


「だから言ったじゃないか」


「何を? 」


「何を聞いていたんだ。だからバカは… … 」


 ホーリーがノロの大きな口を両手で塞ぐ。


「モガモガ… … 」


 すかさずサーチがフォルダーに助言する。


「隔離して。近くにいるとすぐ爆発するわ」


 ファイルがイリの手を取って部屋の隅に連れて行くと囁きかける。


「本当にノロと一体化したの? 」


「ええ。それが? 」


「一体化したら喧嘩ばかりするの。今のところフォルダーとは喧嘩したことはないわ」


 少し離れた所からフォルダーの声がする。


「イリが疑問に思うのは当然だ。なぜ五次元の生命体は三次元の生命体にリベンジを… … 」


 最長がフォルダーの言葉に反応する。


「そうか! 」

 

[321]

 

 

 フォルダーに変わって最長が応じる。


「我々六次元の生命体はノロに大変世話になった。だがそのノロの三次元の世界が五次元の生命体の攻撃を受けたとき、余り露骨に三次元の世界に味方すると五次元の生命体の視線が六次元の世界に向くかもしれないと総括大臣が心配していた」


「何ということを言うのじゃ! 」


 住職が思わず意見する。


「住職は次元の高い我々がなぜ五次元ごときの生命体を恐れるのか… … こう思われているのでしょうか」


 最長が確認する。


「まあ、そんなところじゃ。次元の高低が生命体の軍事力の強弱を決するものではない。現にノロは六次元のアンドロイドの巨大土偶を手なずけた」


 住職が数珠の玉を回し始める。


「ただ三次元の生命体の誰もができることではないのじゃ」


「ホーリーたちは… … 多少の手助けを受けたが、五次元の生命体の攻撃を防いだ」


「それは四貫目の大活躍があったからじゃ」


「確かに」


 議論が空回りし始める。住職が数珠から指を放す。

 

[322]

 

 

「話の腰を折ってしもうたわい。続けてくれ」


「総括大臣は五次元の生命体の恨みまで買うことを避けた。もちろん恩義を忘れることはない。そこで私や広大に手助けは最小限に留めるようにと釘を刺した」


「理不尽じゃ」


 会話が途切れるとそれまで大きな口を横に広げ放しのノロが言葉を発する。


「次元の高低より平和を求める気概が… … 残念なことに三次元の生命体には欠けている。これが最大の問題だ」


「何を言い出すの! 五次元の生命体の方が遙かに好戦的だわ! 」


 部屋の隅でイリが反論する。


「そうじゃない」


 ノロの凄みのある言葉にイリが黙るとフォルダーが割って入る。


「今一度説明してくれ」


「歴史を紐解くまでもなく三次元の生命体は戦争ばかりしていた」


 否定する者はいない。やっとイリが発言する。


「五次元の生命体はどうなの? 」


「オレ達よりは平和主義者だ」


「そんなことないわ。五次元軍が七次元軍と組んで六次元の生命体を攻撃しているのに」

 

[323]

 

 

「オレ達三次元の生命体を引きずり出すのが目的だ。だから首星総括大臣は躊躇した」


 フォルダーが声高に発言する。


「今や三次元の世界の高度な生命体は我々だけだ。もう戦争などするわけがない」


「でもアンドロイドがいるわ。しかも生殖機能を持っている。五次元の生命体から見れば脅威じゃない? そのアンドロイドはノロが造ったのよ」


「イリ! そのとおりだ! バカじゃなかったんだ! 」


 ノロが感嘆符を連発するが、イリは首を傾げる。


「やっぱり気付いていないのか… … なら、はっきり言おう。アイツらの目的はこのオレだ」


「えっ! 」


 イリが叫ぶが最長は目を閉じてから天を仰ぐ。


「そうかもしれない。ノロは好戦的ではないけれど、この宇宙のどの次元の世界の生命体より神に近い」


「オレが神に近い? それじゃサイコロを振れないじゃないか」


* * *


 フォルダーがノロに確かめる。


「この宇宙で一番好戦的な生命体は三次元の生命体だと言ったな? 」

 

[324]

 

 

「そうだ」


 ホーリーが突っ込む。


「何故断定できるんだ」


 ノロが口を真一文字にして笑う。


「胸に手を当ててよく考えろ」


 すぐフォルダーが応じる。


「俺たちは宇宙海賊だ。容赦はない… … と言うことか」


 するとサーチが残念そうにホーリーを見つめる。


「女と男の戦いも容赦はなかったわ」


「そして人間は絶滅した」


「オレはブラックシャークの試運転中に、人類が誕生してからの行動を丹念に調べた。戦争ばかりしているんだ。大昔『大河ドラマ』という視聴率の高い番組があったが、その本質は『戦争ドラマ』だ。それほど人間は戦争が好きだった」


 イリがやりきれない表情をしながらノロに近づく。


「他の次元の生命体はどうなの。ちゃんと調べたの? 少なくとも現に五次元と七次元の生命体も好戦的に見えるわ」


「鋭い質問だ! 」

 

[325]

 

 

「たまには褒めてくれるのね」


「だってイリはこの宇宙で一番攻撃的な… … 」


 フォルダーが慌ててノロの口に右手を当てる。


「無駄口を叩くな! 」


 そして左手でイリを制する。


「モガモガ… … 調べたさ。でも詳しく調べたのは六次元の生命体だけ」


「それじゃ片手落ちだわ。それに人類が滅亡したのは巨大土偶の攻撃や五次元の生命体の攻撃だわ。これは事実でしょ! 」


「でも限界城の当主の戦術は果たしてプロのそれだったろうか」


 最前線で戦ったホーリーとサーチがハッとする。


「そう言えば実にエラーが多かった」


「そこだ! 」


 ノロが叫ぶ。


「この宇宙で一番戦争がうまいのは三次元の生命体だ」


「ちょっと待ってくれ」


 ホーリーが反論する。


「限界城は難攻不落の城だったし、五次元のアンドロイドも強者ばかりだった」

 

[326]

 

 

「でも四貫目の巧みな忍術に翻弄されたわ」


 味方だと思っていたサーチにホーリーが驚く。


「他にも… … そうだ! 巨大土偶の攻撃なんかすごかったじゃないか! 」


「でも撃退したわ。多次元エコーで」


 ホーリーは必死で次の言葉を探すが、再びサーチに先回りされる。


「五次元の宇宙戦艦や武器はすごかったわ。でも四貫目の戦い振りは次元を超えていたわ」


「念のために断っておくが、オレは武器なんか製造したことはない」


「えー! 」


 ノロ以外の者は一旦驚いた後、すぐさま納得顔に戻すとノロが悲しそうに発言する。


「結果として強力な防衛力になっただけなんだ」


 イリがノロの手を握る。


「原子力発電所を造ってから生成されたプルトリウムで原子爆弾を造ったんじゃないわ」


「わしもイリの意見に賛成じゃ。我々の祖先は先に原子爆弾を造ってその後平和利用だとぬかして原子力発電所を建設した。その原子力発電所がどれだけの利便性を人類に与えた? 事故ばかり起こして滅亡の縁に立たされたこと、よもや忘れてはいないじゃろな」


 ここでノロが涙を流す。


「住職。ありがとう。でもオレは過ちを犯したようだ」

 

[327]

 

 

 住職が不思議そうにノロを見上げる… … いや背の低いノロを見下げる。


「多次元エコー。生命体に影響を与えることなく無機質の物体を解体して惑星改造に使う目的で造ったが、威力が強すぎた」


「でも巨大コンピュータとの戦いでは必要な武器… … いいえ装置だったわ」( 第三編第五十一章「多次元エコー」参照)


 サーチがかばうとイリも頷く。だがノロの涙が洪水化する。誰もが発言を自重する雰囲気になるとフォルダーが低い声を漏らす。


「諸刃の刃か… … でもノロは武器として様々な物を発明したり製造したりはしなかった。結果的に強力な武器になっただけだ」


「結果がすべてだ」


 ノロが自嘲気味に応える。いつの間にか涙は消えて薄気味悪い笑みを浮かべる。


「兵器を全く造らなかったと言えばウソになる」


「ブラックシャークのことね」


 イリに続いてフォルダーがノロから視線を外して応じる。


「ブラックシャークは必要だった。理不尽な戦争ばかりしていた人間どもにお灸をすえなければならなかった」


「そう、目には目を歯には歯だ… … と駆け出しのころはそう思った」

 

[328]

 

 

 ノロの視線が遠くに向かう。


「この宇宙で最強の宇宙戦艦を造る。それが俺の夢だった。そのためには何でもした」


 ノロは目を閉じて何かを思い出すように夢の世界に突入する。


* * *


 ブラックシャークが完成してノロはひとりで試運転に出かけた。( 以下第三編第五十四、第六十から六十一章参照)


 ブラックシャークで恐竜の世界に時空間移動したノロはいきなり巨大土偶に遭遇した。しかし、多次元エコーを発射して難を逃れる。そして少しずつ巻物を見るように地球の歴史を観察することにした。そこで見たものは生命体というものは子孫を残そうと絶えず殺し合いをするという事実だった。やがて知性を持った人類が現れるが、知性は平和の追求に向かうことなく戦争の歴史を造るために働いた。


 ノロはがっかりするが、六次元の生命体の瞬示と真美、そして巨大土偶に遭遇すると、戦争のことなど忘れて他次元の世界に興味を向けた。


 一方、ブラックシャークの船長フォルダーは思う存分暴れ回る。その腕前は宇宙海賊にふさわしく強力だった。しかも搭載された多次元エコーを含む武器は他次元の世界のそれを圧倒するほど強力だった。それ故に六次元の生命体がノロに頼ったのはごく自然なことだった。それほどノロの知識は卓越していた。

 

[329]

 

 

 このことは他次元の生命体から見ると脅威だった。「ノロとは? 」。他次元の生命体はやがてノロのことを悪い意味で伝説化した。そうするとますますノロの実像はおろか存在がぼやけることになった。五次元の生命体の攻撃がピントハズレになったのもそのためだ。やがてボケていたピントも合焦すると六次元の生命体を攻撃することでノロを表舞台に引きずり出そうとした。


 五次元や七次元の世界の生命体は思ったほど好戦的ではない。この宇宙の安定をかき乱す生命体は排除しなければならない。ノロの多次元エコーや二次元エコー、そして正規移動装置を開発したことが仇になる。


 当然ノロは気付いているが、相変わらずボケたことを言ったりしてイリやフォルダー、そしてホーリーたちをけむに巻く、それはしたたかな作戦かもしれない。


* * *


 五次元の世界の大総統と七次元軍の司令官セブンヘブンが作戦を練り直す。


「意外と六次元の生命体の防御は堅い」


「だが脅威と言うほどではない」


「五次元の生命体の得意技は油断か? 」

 

[330]

 

 

 セブンヘブンが釘を刺す。


「肝に銘じる」


「とにかく六次元軍が実戦を通じて戦闘慣れすると脅威だ」


 セブンヘブンの意見に同調しながら大総統が議論の内容を変更する。


「ところでノロのことだが… … 」


「次元が低い生命体だが、これまでの情報によればこの宇宙で一番危険な生命体だ」


「しかも、ノロの三次元の世界と六次元の世界は融和性が高く、両次元の生命体は親密だ」


「次元が三階級も違うのに不思議なことだ」


「ところで最終目的を再確認したい」


「ノロを捕まえて彼の頭脳を徹底分析する。確か、こうだったな」


「この拘束作戦を中止して抹殺作戦に変更する」


「なぜだ! 彼の知能はこの宇宙始まって以来、最強の知能だ。拘束して脳だけを取り出せば? 」


「三次元の世界での戦いで得たことは彼の武器が次元を超えて最強だということ」


「だからそのノウハウを吸収するのだ」


「吸収したあとどうするのだ? 」


「この宇宙を安定化させる」


「安定化とは? 」

 

[331]

 

 

「我々がこの宇宙を支配して永久の平和を手に入れるのだ」


「それは宇宙の征服だ。そのあと我々五次元の生命体も従わせるのだろう? 」


 大総統がセブンヘブンに迫る。


「違う」


「平和も征服も同じことだ! 」


 大総統の迫力にひるむが、すぐセブンヘブンが反論する。


「三次元の生命体との戦闘に敗れたくせに偉そうなことを言うな! 」


 この恫喝に今度は大総統が狼狽える。それは七次元の生命体の本性を見せつけられたことによるものではない。


 大総統は敗戦の原因を探るために三次元の戦士中の戦士である忍者を模したアンドロイドの五右衛門を大量に複製して密かに地球を調べさせた。それはリベンジするためではなく、この宇宙で最も好戦的な三次元の生命体の過去から現在までの歴史を調べるためだった。


* * *


「好戦的な三次元の生命体なのにノロは一風変わっている」


 セブンヘブンが説明を求めるまでもなく大総統が続ける。


「我々の世界でも多少、権力闘争をすることはある」

 

[332]

 

 

「七次元の世界でも些細だが、権力闘争の存在を否定できない」


「繰り返しになるが三次元の生命体は権力闘争に執着してありとあらゆる手段を用いて最高位に就こうと戦争を繰り返す愚かな存在だ。もちろん愚かだと自覚しているが、回避するための努力はしない。しかし、ノロにはそんな野望はないように見えるところが不思議だ」


 一呼吸置いて大総統が説明の方向を少しずらす。


「意外と知られていないが、四次元の生命体も戦いを好んだ。しかし、ノロほどの傑出した逸材がいなかった。だから抹殺した。この宇宙はすべての次元が破滅することなく共存しなければ成り立たない。自らの次元世界を滅亡させるような最終兵器を開発したのでやむを得ない処置だった」


「四次元の世界に知的生命体が存在しないのはそういうことだったのか」


「しかし、残った下等生命体が進化してやがて知性を持つ可能性は否定できない。だから四次元の世界を植民地化した」


「だが、三次元の世界の植民地化には失敗したんだろ? 」


「言い訳はしない。問題はノロの存在だ。だから協力を求めた」


 ここで会話の主導権がセブンヘブンに移る。


「六次元の世界を攻撃することによって友好関係を持つノロを引きずり出そうとする作戦はすでに承知している。しかし、ブラックホールを使った攻撃に六次元の生命体が追い込まれているのに一向にノロは現れないじゃないか」

 

[333]

 

 

「今のところはな」

 

「これほどの強力な攻撃に反応しないはずがない。どういうことだ」


「着々と準備をしているはずだ」


「のんきなことを」


「時間軸の数が三次元の世界と我々の世界では違いすぎる。のんきなのはこちらの方だ」


 大総統が会話の主導権を取り戻す。


「我々は時間軸に翻弄される。三次元の生命体の方が機敏に動けることを忘れてはいけない。それを忘れたから我々は敗北した。要するに次元間の戦いではなく時間軸との闘いだ。一言で言えば神経戦だ」


* * *


「三次元の世界を狙っていると言うよりはノロを狙っていると言うことか」


 ホーリーがため息をつくとイリが首を横に振りながらノロを見つめる。


「人間以外に知性を持った三次元の生命体はいなかったわ」


「その人間も滅亡したぞ」


 住職にホーリーが反論する。

 

[334]

 

 

「アンドロイドがいるし、少ないながらも俺たち人間もいる」


「しかしじゃ。わしらはもはや通常の人間ではない」


「でも七次元軍と結託して六次元の世界を巻き込んでいる。余りにも大げさだわ」


 サーチの疑問を否定せずにフォルダーが受け継ぐ。


「それほどノロが製造した様々な装置を警戒している」


「でもノロは武器として使うつもりはないわ。そうでしょ? 」


 イリがノロに発言を求める。


「オレには関係のないことだ。もちろん関係しても逃げるだけだ」


「逃げる? 六次元の生命体を人質に取られたらどうするの? 」


「そのときはそのとき」


「のんきなことばかり言って」


「心配しても仕方ない」


「現に着々とブラックホールで首星を追い詰めているわ」


「なんとかするだろう」


「彼らが人質になる前に手を打つべきよ」


「大丈夫だ。異次元の生命体がにわかに同盟関係を結んでも大したことはできっこない」


「でも彼らの作戦が成功したら、厳しい戦いになるわ」

 

[335]

 

 

「それはそうだろう」


「もう! じれったいわ」


「そこなんだ。すごいことになる。神経をすり減らす持久戦になるなあ」


「だったら先手を打つべきだわ」


「だからオレ達は好戦的だと言われるんだ」


「こちらから仕掛けた戦いじゃないわ」


「戦いはふたつの当事者が必要なんだ。戦わなければこちらは何も気を遣う必要はない」


 ここで住職が大きく手を打つ。


「戦闘に突入すればノロの言うとおり神経戦になるのう。しかし、そうなればノロの勝ちだ」


 全員が小首を傾げるが、しばらくするとイリが笑い出す。


「住職の言うとおりだわ」


 余りにも笑いすぎて涙を流す。つられて住職も笑い出す。そしてノロまでもが口を大きく開いたかと思うと毎一文字にしてヨダレが外に出ないように笑う。ついにホーリーが怪訝そうに問いかける。


「何がおかしいんだ」


 サーチも続く。


「神経戦になればノロの勝ちっていう意味は? 」

 

[336]

 

 

 イリが笑い転げんばかりにお腹を押さえる。


「だってノロには神経がないもの」


「そうか! 」


 全員そろって笑う。


「勝ったも同然じゃ」


 住職がダメを押すとノロの表情が急変する。しかし、誰も気付かない。


「オレって無神経脊椎動物なのか。全く気付かなかった」


* * *


「オレ、この作戦に参加しない」


「どうして? 勝ち戦なのに」


「戦いはやってみなければ分からない。それに何か雰囲気が悪い」


 笑いすぎてベトベトになったハンカチを絞りながらイリが説得する。


「あなたはこの戦いに勝って英雄になるのよ」


「英雄? オレはそんなものにはなりたくない! 」


「なぜ? 名誉なことだわ」


「英雄と暴君は同じ穴のムジナだ」

 

[337]

 

 

「確かにそうじゃな」


 しかし、住職の介入が少し遅かった。


「英雄になりたいのならイリが戦えばいい。イリには暴君の素質がある」


「私に暴君の… … ! 」


 イリの鉄拳が飛ぶ瞬間フォルダーが割って入るとイリの腕を掴む。


「大事なときに仲間割れしてどうするんだ! 」


「とにかくオレはいやだ」


「だが彼らは容赦しないぞ」


 ノロがニタッと笑う。


「逃げまくってやる」


「卑怯者になるわ」


「どうでもいい」


 ノロは背を向けて部屋から出ようとする。フォルダーに腕を取られて身動きできないイリが全身をバタバタさせるがどうにもならない。


「確かにノロは神経戦に強いのう」


 住職がノロの背中を見つめながら改めて感心する。

 

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