【次元】三次元
【空】 オルカ
【人】 ノロ イリ ホーリー サーチ ミリン 住職 リンメイ フォルダー ファイル
R v 2 6
* * *
「永遠の命を持った人間が地球を支配したが滅亡した」
ホーリーがうなだれる。
「いいえ。永遠の命を持たなくても同じだわ」
サーチが否定する。
「どちらでも結果は同じだわ」
ミリンが結論する。
「人間は憐れみの心を持たない身勝手な動物じゃ」
住職が情けなそうにリンメイに同意を求めるが、反応したのはイリだった。
「こうしてはいけないと思ってもやらかしてしまうもんね」
イリがノロに頬にキスをする。
「こんな身勝手は非常にいいことだ」
[182]
ノロが大きな口を広げてイリにキスを返そうとする。
「やめて。恥ずかしいわ」
「やっぱり身勝手だなあ」
ふたりを見つめながらリンメイが真剣な表情で誰にとはなく尋ねる。
「アンドロイドは身勝手なことをしないわね。どうしてなのかしら」
返事がないことを見越したわけではないが、リンメイの視線がノロに向かう。
「それは俺が造ったプログラムが完璧だからだ」
即、イリが否定する。
「そんなことあり得ないわ」
ノロがムッとして上目遣いでイリを睨む。
「だってノロはいい加減だもの」
「身勝手よりマシだ」
「私が身勝手だとでも? 」
「自覚していないのか? 」
イリの右手があがる。住職が慌ててふたりの間に入る。
「住職! イリに説教してくれ」
「はて? 」
[183]
「『身勝手』と『いい加減』が対決すればどうなるかだ」
「はあ? そんな対決聞いたことないわい」
「分かったわ。身勝手だと言うことは認めるわ。でもいい加減な人間がいい加減に製造したアンドロイドがなぜ人間よりまともに行動するの? 不思議だわ」
「オレは完全に怒ったぞ」
ノロが両手両足をバタバタさせてイリのスカートに潜り込もうとする。
「痴漢! 」
「何を言う! オレ達一心同体なんだぞ! 」
「ちょっと待って」
ヒョイと二, 三歩後退する。
「六次元の世界で一心同体化したなんて言ってるけど、騙されたのかも? 」
ここでフォルダーが気付く。
「そう言えば瞬示や真美、それに最長や広大がいつの間にかいなくなっている」
「なんでこんな喧嘩してるんだ。オレ達」
「『身勝手』って言ったからよ」
「違う。『いい加減』だと言ったからだ」
「冷静になるのじゃ」
[184]
住職が仲裁に入る。
「その前にこういう話があったのじゃ」
リンメイが引き継ぐ。
「アンドロイドは人間と違って身勝手なことはしない。それはアンドロイドのプログラムが完璧だから? 」
住職が口を開こうとするイリを牽制する。リンメイが身を引きながら続ける。
「人間が造ったプログラムには欠点があるはず。つまりバグがある。でもバグがないプログラムを造ることができるのなら、そのプログラムは人間が造ったものなのかしら」
住職がリンメイに注文する。
「回りくどいのう。単刀直入に言うのじゃ」
住職に背中を強く押されたリンメイが結論する。
「要するにアンドロイド用に造られたプログラムにノロは何を仕組んだの? 」
ノロがおもむろに大きな口をパクパクさせる。しゃべるための準備運動をしているのだ。
「いいかな? 」
イリが住職の制止を振り切ってノロの頭に言葉を浴びせる。
「分かったわ。話を聞く。でもやさしくね」
ノロが口元を引き締めるが、すぐに大きく開ける。
[185]
「リンメイの言うとおりオレが造ってもプログラムにはバグが生じる。オレは天才だがその前に人間でもある」
住職がノロにもイエローカードを突きつける。
「リンメイと同じじゃ。回りくどい」
「だってイリが分かりやすくって言うんだもん」
「そうじゃった」
「でも単刀直入の方がいいよな」
イリが身構えると住職も覚悟する。
「バグを自動的に修正するプログラムをサブルーティンに組み込んだ」
「サブルーティン? 」
「補助プログラムと言えば分かるかな」
「バグを潰すプログラム? 」
イリの質問にノロが少し驚く。
「なんだ? やさしく説明しなくても理解しているじゃないか」
「これぐらいのことは分かるわ。それよりその補助プログラムにバグがあったらどうなるの! 」
「それは… … 」
「それは? 」
[186]
「バグがないことを祈るだけ… … 」
「結局、いい加減なのね」
* * *
ノロはバグを自動修正するプログラムを中央コンピュータはもちろんのことアンドロイドにも埋め込んだ。幸いなことにそのプログラムにバグはなかった。
「とにかくアンドロイドは進化したのだ」
ノロが胸を張る。
「バグを自動修正するたびに意識が芽生えるのだ」
「ふーん」
「『ふーん』じゃない。これは大変重要なことだ」
「人間にもそんなプログラムを埋め込めば、過ちを犯さなくなるんじゃがな」
住職が残念そうにリンメイを見つめる。
「そうね。でも人間のバグとは? 」
住職が即答する。
「欲じゃ」
「典型的なものは物欲… … 金欲といった方がいいかも。それに名誉欲のことね」
[187]
「食欲や性欲は? 」
ミリンが質問する。
「人間だけではなく、動物は両方、持っておる」
「ちょっと待って! 」
ノロが先回りする。
「アンドロイドに欲はない」
「あるわ! 」
イリがムキになって反論する。
「性欲を持っているわ」
「子供を造るからと言って通常の生命体のような性欲があるとは限らない」
「ええっ? 」
言葉を失ったイリに変わってリンメイが冷静にノロに問いかける。
「大概の生命体には性欲があるわ。子孫を残すためにあらゆる手段を講じて努力するわ」
ノロも冷静に対応する。
「どうやらリンメイは性欲と子孫製造欲を混同しているようだ」
リンメイが冷静さを失って興奮する。
「どうして! 子供を残そうとするから性欲があるし、愛情もあるわ! 」
[188]
「言わんとすることは分かる。植物を除いて動物をイメージするから性欲の概念を捕らえきれなくなるんだ。もちろん細菌やウイルスも生物、つまり生命体というイメージで考え直してみればアンドロイドに欲がないことを理解できるはずだ」
イリ、リンメイ、サーチ、ミリン、ファイルたち女のほとんどが首を傾げる。一方住職やフォルダー、ホーリーたち男はなんとなくノロの言うことを理解したようだ。
「ノロの説明は次元を一段上げているのじゃ」
イリが住職を睨み付ける。
「次元を上げている? 私の考えは次元が低いの! 」
「そうではないのじゃ。人間の性欲は人間以外の生物が持つ子孫製造欲と同じなようで同じでない」
ミリンが頬をぷくっとさせる。
「よく分からないわ」
「子孫を造らずに敢えて独身を選択できる特殊な生物が人間じゃ」
「要するにアンドロイドには性欲はなくて子孫製造欲があると言うことなの? 」
「ちょっと違うんだな。イリ」
「いつも私の意見を否定するのね」
「そんなことはない」
[189]
「今だってそうじゃない」
「うーん。そう言われればそうなんかなあ」
意外なノロの素直な反応にイリの攻撃力が弱まる。
「違いを教えて。人間とアンドロイドの性欲の」
「一言で言えば義務的に命を繋ぐか否かだ」
消化不良から抜け出そうとミリンが介入する。
「独身を通すと言うことは命を繋ぐ義務を守らないと言うよりは権利を放棄したことにならないの? 」
このミリンの言葉にノロが驚く。
本来知性を持った生命体は命を繋ぐことによって、いずれこの宇宙の謎を明らかにできる唯一の存在だ。これは四次元以上の知的生命体にも当てはまることだ。また三次元はアンドロイドの世界になっているし、五次元の世界も三太夫を模倣したアンドロイドが勢力を広げるかも知れない。六次元の世界では巨大土偶というアンドロイドの活動が沈静化したとはいえ五次元と七次元の生命体に攻撃されて存続の危機にある。
つまり知的生命体は戦争や侵略に明け暮れているが、意外とアンドロイドには命を繋ぐ、つまり子孫を増やす方向を目指すという現実がある。
やっとノロが返事する。
[190]
「確かに権利を放棄したな。しかも義務と勘違いしていた」
「永遠の命、欲しさにね。代わりにアンドロイドが半永久的な命を放棄して繋いでいる」
「やがて子孫製造欲が性欲に変化して人間と同じ道をたどるかも知れない。よく考えてみると人類の歴史で平和な時代は皆無に近い」
「戦争の歴史ならいくらでも語れるけれど、平和な歴史は探してもなかなか見つからないわ」
「発達した脳は知的な思考を重視せずに絶えず欲望に引っ張られる」
リンメイが割り込む。
「でも欲望が脳を進化させたわ」
「結論が出たようじゃ。悲しいことじゃが」
「人間の脳にはバグがあるのに自動修正プログラムが組み込まれずに進化した。むしろバグを助長するプログラムが組み込まれてしまったのかしら」
「うむ」
住職がため息を漏らすと大きく息を吸い込む。
「バグを修正する役を担うのは宗教じゃが、ほとんど機能しなかったし、それどころか戦争を助長さえした。聖職者だと威張っているが、自己を捨てるまで修行してバグに対抗することができなかった。反省もしない。情けないことじゃ」
「住職ほどの人間でもそうなら俺たちはなすすべもない」
[191]
いつもポジティブなホーリーも落胆する。
「やりきれないわ」
サーチはホーリーの手を取って涙を流すとフォルダーがポツンと言う。
「バグか… … 」
* * *
「なぜ人間の脳にバグがあるのか。もう少し考えてみよう」
ノロが提案するとイリが頷く。
「そうね」
「すっかり忘れていた… … と言いたいが、よく分からないな」
ホーリーが放棄する。他の者も同じだ。
「じゃあ、説明する」
ノロが目尻を下げながらニーッと笑う。すぐにイリが釘を刺す。
「分かりやすくね」
「リンメイが言ったように進化が深く関係している」
「進化が関係しているのなら人間以外の動物にもバグが… … 」
ホーリーをノロが制する。
[192]
「判断ミスは脳のプログラムのバグではない」
素直にホーリーが納得する。
「まず進化と突然変異と混同してはいけない。このふたつは全く違うものだ」
ノロは確認するために周りを見渡すと続ける。
「バグが生じるのはあらゆる生命体に組み込まれたプログラムだ。人間特有のものではない」
「えー? ウイルスなんか脳を持っていないのにバグが生じるの? 」
「脳を持つ、持たないは関係ない。生命体である限り自らのプログラムに基づいて行動している。その限りにおいて生命体は絶えずバグの危険性を内蔵している」
「分かったことにするわ」
イリが投げやり的にノロを促す。
「ウイルスのような単純な生命体や多少複雑でも構わないが、乱暴な言い方をすれば人間以外の生命体に組み込まれたプログラムにバグが生じることは無視していい」
「そうでしょ。何となくそう思っていたの」
イリの鼻が少し高くなる。
「問題は単細胞から進化して人間は何兆個もの細胞を持つまでになった課程で他の生物より遙かに発達した脳を持ったことだ」
「脳の進化の過程でバグあるプログラムを作ってしまったんだわ」
[193]
イリの鋭い反応にノロ以外の誰もが驚く。
「さっきは敢えて無視したが、下地としては単細胞からの進化を脈々と受け継いだ生命体としての因果は無視できない」
少し得意げになったイリの表情が曇る。
「なぜバグが発生したのか! 」
イリは黙ってノロを見つめる。
「何兆個もの細胞を持ち複雑な脳を持つまでに進化した人間の土台はすべて単細胞のパーツで組み立てられている」
イリが白旗を揚げる。これまでじっと耳を傾けていたフォルダーが口を開く。
「単細胞の一部が反乱を起こした。がん細胞だ」
ノロが大きく口を開いてニタッと笑ったあと自分の胸を指さしてからフォルダーを指さす。
「まるでオレ達のように」
「宇宙海賊のことだな」
ノロとフォルダーが高笑いする。
「私たち、宇宙のがん細胞なの? いやだわ」
イリが不満そうに頬を膨らませる。
「いや、オレ達はまともだ。この宇宙はゼロ次元、一次元、二次元のパーツから成り立っている」
[194]
「人間で言えば細胞ね」
「そのパーツががん細胞、じゃない。癌パーツになったらこの宇宙はどうなると思う? 」
「そんなこと想像もできないわ」
* * *
「新しいノロの惑星を造って再び人間を登場させる。長い時間が必要だが、うまく進化して人間が生まれたら、同じ過ちを犯さないように進化の過程にほどよく介入して戦争を起こさない人間に成長させる」
イリが叫ぶ。
「夢だわ。人間が利己主義的な欲望から逃れることは不可能だわ」
「それでもいい。何回も何回も繰り返すんだ。数億回繰り返せばひょっとしたら理想の惑星が理想の人間を誕生させるかもしれない」
「あなたは永遠に生きて、そうはならない現実を目にするだけだわ。私はイヤ」
イリが涙を流す。
「それは極論だ」
「『何億回も』って言うからよ。極論を言っているのはノロだわ」
[195]
「何億回も繰り返さずに打開する方法はある」
「? 」
「単細胞から進化して意識や知能を持つ人間じゃなくて、そういう過程を経ずに意識を持って
生命体にまで昇華したアンドロイドの知恵を借りるんだ」
「だからアンドロイドにバグを自動修正するプログラムを組み込んだの? 」
「うまく行けば人間にもバグを自動修正できるプログラムを開発してインストールできるかもしれない」
「でも人間は滅亡したわ… … 」
言葉を途中で切ったイリが叫ぶ。
「まさか私たちがその実験台になるの! 」
「そうじゃない。オレ達は自力で修正プログラムを手に入れた。何度も言ったようにノロの惑星を造って再び人間を育てるんだ」
「やっぱりついて行けないわ」
「壮大な計画だ。わくわくしないか? 」
「全然しないわ」
イリは強く否定した以上の強さでノロを抱き締めるが、意外にもフォルダーがノロの計画に賛同する。
[196]
「やってみる価値はある」
ファイルがフォルダーの手を強く握る。
「やるしかないわね」
しかし、ホーリーとサーチ、住職とリンメイ、ミリンとケンタが戸惑う。他の人間の海賊たちも意見が分かれる。最後にR v 2 6 が呟く。
「ワタシたちアンドロイドが役に立つのなら… … 」
[197]
[198]