第百三十三章 フォルダー


【次元】三次元 六次元
【空】限界城 首星
【人】フォルダー ファイル ノロ イリ ホーリー サーチ 四貫目
   瞬示 真美 広大 最長 セブンヘブン


* * *


 それでも限界城は城として存在する。炎上したせいかブラウンバイオレット色に見える。


「三太夫と連絡が取れぬ」


 四貫目が落胆する。


「あの竜のようなものはいったい何だったんだ」


 ホーリーの現状分析の疑問にノロが応じる。


「巻物だ。主を失って巻物が長い紙に戻った」


「あっ! 限界城の色が変わるわ」


 サーチが叫ぶ。ブラウンバイオレット色から透明感を持った七色に変わる。


「まずい! 七次元軍が限界城の分裂を食い止めている! 」


 五次元の科学者が叫ぶ。


「と言うことはダイヤモンド流動弾の発射準備にかかったに違いない」

 

[514]

 

 

 ノロがため息をつくとイリが大声を上げる。


「諦めるのは早いわ! 」


 しかし、ノロは消沈したままだ。


「そうでしょ! ノロ! 何とかなるわ」


 それでもノロは反応しない。イリから涙が溢れる。


「ダイヤモンド流動弾が発射されました」


 ノロが浮遊透過スクリーンを見つめる。


「考える時間さえも奪われた」


* * *


「一発で仕留める! 」


  限界城で七次元軍最高司令官セブンヘブンが命令を発する。


「初めから指揮を執ればよかった」


動きが取れないブラックシャークマークⅡ にダイヤモンド流動弾が向かう。


* * *


 ブラックシャークマークⅡ が小刻みに震える。ノロたちは浮遊透過スクリーンに映る真っ黒な影を見つめる。

 

[515]

 

 

「何だ? あれは」


 そばを高速で通り抜けていく何かが映っているのだ。限界城に向かってその速度を上げる後ろ姿を見て誰もが驚く。


* * *


「誘導時間軸を絞れ。ダイヤモンド流動弾を加速させろ」


 そのときブラックシャークマークⅡ の付近から黒い物体が限界城に向かってくる報告が入る。七次元スコープに目を転じるとセブンヘブンが中枢コンピュータに分析を命じる。


「ブラックシャークという三次元の宇宙戦艦です。多次元エコーという強力な武器を装備しています」


「多次元エコー? 」

 

「原子レベルにまで破壊する強力な武器です。我々のブラックホール砲と互角かそれ以上です」


 セブンヘブンが鼻で笑う。


「ふん。それならダイヤモンド流動弾に対抗できないはず」


* * *

 

[516]

 

 

{ フォルダー! }


 すぐさまノロが無言通信で呼びかけるが返事はない。ホーリーも送信するが結果は同じだった。


「ダイヤモンド流動弾が接近します」


 ノロはフォルダーとのコンタクトを諦めて防御に専念する。


「弾数は? 」


「ひとつです」


 中央コンピュータを遮って五次元の科学者である次元ソナー探索手が割り込む。


「強力な誘導波を補足! 本船はロックされました」


 ノロは狼狽えるが何とか声を振り絞る。


「誘導波を攪乱できないか」


「できません。七次元波です」


「対抗策がないと言うことか」


 ノロがうつむくと限界城に向かうブラックシャークの船影を見つめる。


「フォルダー… … なぜ返事をしてくれないんだ? 」


 そのとき先ほどの次元ソナー探索手が立ち上がると持ち場を離れる。


「私たちがヒトデ型戦闘艦を構成してダイヤモンド流動弾を何とか食い止めます。許可を! 」

 

[517]

 

 

 驚いてノロは探索手を見つめる。


「なぜそこまで… … 」


「私たちは一旦死にました。でもノロや三太夫に助けられた。それに敵は七次元の生命体。遠慮する相手ではありません」


 五次元の生命体が集まると口々に同じ言葉を発する。


 ノロが全員を見上げる。涙が出るが顔を上げているのでこぼれない。


「オレに命令する権限はない」


 ノロは拘わる。


「この船の船長は今限界城に向うブラックシャークのフォルダーだ」


「ブラックシャークがどのような船か存じませんが、それならフォルダーとともに戦います」


 ノロは拘わりの半分以上を捨て去る。


「分かった。頼む。もしフォルダーとコンタクトが取れたらブラックシャークマークⅡ の船長として凱旋するよう伝えてくれ」


 ノロは泡を吹いて倒れる。


* * *


「フォルダー、どうして? 」

 

[518]

 

 

「分かっていたのか」


 フォルダーが声だけをファイルに向ける。


「イリからの無言通信で… … 」


 フォルダーは無視する。


「仲直りしたら」


「黙ってろ! 」


 フォルダーは浮遊透過スクリーンから測敵手に視線を移す。


「どうだ? 」


「まっすぐブラックシャークマークⅡ に向かっています。強力な誘導波でコントロールされています」


「そうか! 運が向いてきた! 船首側の全主砲発射準備! モードはパター乱数に設定。全員シートベルトの確認! 」


「パターモードではレーザー光線の威力が半減します」


「構わん。きっちりとダイヤモンド流動弾に到達するように連続発射しろ」


 ブラックシャークからは本来の破壊光線ではなく弱々しい、と言ってもまともに見つめると失明するが、特殊な光線が断続的に発射される。


 砲撃手の腕がいいのは確かだが、ダイヤモンド流動弾の軌道が単調なので確実に命中する。

 

[519]

 

 

命中すると言うよりはダイヤモンド流動弾に到達すると消滅する。まるでゴルフのパターのようにダイヤモンド流動弾というホールに連続して沈み込む。


 浮遊透過スクリーンに映るダイヤモンド流動弾が拡大される。


「内部でレーザー光線が無限に反射を繰り返している! 」


 測敵手の測定技術と砲撃手の照準技術が見事に合致した。


「果たせるかな」


 ダイヤモンドより何十倍も硬く七色に輝いているとは言え、ほぼ透明なダイヤモンド流動弾を破壊できるのか。フォルダーが固唾を呑んでスクリーンを見つめる。次の瞬間スクリーンが真っ白になる。全員目を閉じるがそれでも眩しいので手で覆う。


「限界城に時空間移動する! 」


 目を閉じたままのフォルダーが命令すると全員が作業に復帰する。


「限界城の座標をロック。今度はこちらの番だ」


「時空間移動! 」


* * *


「ダイヤモンド流動弾が破壊されました! 」


 そのとき限界城が大きく揺れる。本丸にブラックシャークの船首が突き刺さったのだ。すでに限界城を構成する五次元の戦闘員の士気は最低レベルまで落ち込んでいたから簡単にブラックシャークの侵入を許してしまった。

 

[520]

 

 

「てっ、撤退する」


 七色の次元移動装置が次々と限界城を後にする。その状況報告を受けたフォルダーが悟る。


― ― セブンヘブンがここで指揮を執っていたとしたら七次元軍本隊は手薄のはず


「首星に次元移動する」


「えっ! 」


 海賊たちが驚いたときフォルダーの目の前に広大が現れる。


「今の命令、本意か? 」


「そうだ。今がチャンス」


「フォルダー… … 感謝する。しかし、ブラックシャークマークⅡ は? 」


「任せる」


 次いで瞬示・真美が現れる。


「ノロが会いたがっている」


 この言葉を無視してフォルダーが助言する。


「無血開城した。ここで修理するのだ。そのために戦ったんだろ? 」

 

「でもマークⅡ は動けない」

 

[521]

 

 

「今なら時間島を使える」


「あっ、そうか」


「何をぐずぐずしている。それとも一緒に首星へ行って七次元軍と戦うか? 」


 瞬示・真美が反発する。


「ノロに不義理できない」


「だったら早く実行しろ」


 ここで広大が瞬示・真美を見つめながらフォルダーに近づく。


「瞬示・真美。フォルダーの指示どおりに」


 ふたりが消えたことを確認すると物静かに声を出す。


「フォルダー。ノロに会ってから首星へ向かうことにしては」


 ファイルがフォルダーを黙って見つめる。


「安心してマークⅡ の修理をしろと伝えてくれ」


 そして広大の視線を無視すると命令を下す。


「次元移動する。行き先は首星」


「最長が回復したらすぐに首星に戻る。それまで首星のことをくれぐれも頼む」


 広大の姿が消える。同時に限界城からブラックシャークが消える。

 

[522]

 

 

* * *


 フォルダーの攻撃でダイヤモンド流動弾を破壊されたことにショックを受けたセブンヘブンは七次元の世界に戻った。一方、限界城の構成員のチーフがブラックシャークマークⅡ の修理に協力を申し出る。


 瞬示・真美が時間島で限界城に移動させたブラックシャークマークⅡ の艦橋でノロがそのチーフに告げる。


「マークⅡ が完成したら首星に向かうが、ある意味六次元の時間はいい加減だ。慌てることはない。修理より負傷者の治療を優先する」


「感謝します。でも医師を除いた健康な者はマークⅡ の修理に邁進します」


 この言葉どおりブラックシャークマークⅡ の修理を兼ねた完成への速度が加速する。


 チーフが艦橋を出るとホーリーが広大に尋ねる。


「六次元の科学者や技術者に作業させた方がいいのでは」


「申し訳ないが我らに余裕はない」


 広大が恐縮するがサーチが意見する。


「セブンヘブンが七次元の世界に戻った今、すぐ攻撃してこないのでは」


 ここでノロが割り込む。


「確かに。でも逆に命令系統が乱れたブラックホール攻撃隊の方が脅威だ」

 

[523]

 

 

「そうか。首星をいくつかのブラックホールが囲んでいることを忘れていた」


 ホーリーとサーチは自分たちの稚拙な意見を恥じるより、自信をなくしていたノロに判断力が戻ったことを喜ぶ。しかもその言葉には活力がみなぎっている。そして誰よりも最も喜んだのはイリだった。


「フォルダーが首星に向かったわ」


 ここでフォルダーのことを口に出すのをはばかっていた広大と分離した瞬示や真美が話題を変えようとする。


「修理に関しては六次元の技術者たちより五次元の技術者たちの方が熱意がある」


「そうだわ」


 真美が瞬示やホーリーに同意を求める。その風向きを敏感に感じ取ったのはサーチだった。


「余り働いて過労死しないように、三次元の医者として五次元の医者たちに忠告する必要があるわ。ねえ、イリ」


「私は医者のなりそこないだわ。でもサーチの言うとおりね」


 ふたりの会話にホーリーが頷きながらノロの肩を叩く。


「現場に行こう」


「そうだ! 現場に行って五次元の技術者たちに声をかけよう! 」


 逆にノロがホーリーの腕を取って走り出す。

 

[524]

 

 

* * *


「すごいな」


 五次元の生命体がノロの助言と実演に驚く。


「我々の上層部とは全く違う」


「滅多に現場を視察することはないが、来たときは手を止めさせてトンチンカンな質問ばかりしていたな」


「黙ってりゃいいものを『緊張感とスピード感をもって効率よく働け』と言って回る」


 ノロが五次元の生命体の会話を聞いて笑う。


「そのセリフ、聞いたことがあるなあ。確か大昔三次元の世界のある国の総理大臣が同じようなことをよく言ってた」


「えっ! 次元が違っても? どんなセリフなんですか」


 ノロは頷くと披露する。


「緊張感とスピード感をもって諸般の事情を総合的に判断して前向きに対処せよ」


 ノロの周りに大きな笑いの渦ができる。


「我々が同じことを言ったら叱り飛ばされるのに」


「そのとおり。失敗なんかしたら叱責されて倍ほど働かされた」

 

[525]

 

 

「製造担当ならそれで済むが戦闘員は死刑だ」


 この言葉で笑いの温度が下がるがノロは真顔で工具を握る。


「ここんとこは、こういう風にした方がいいんじゃないかなあ」


 一瞬沈黙が、そしてため息が。


「確かにそうだ。やってみる」


「そうだ。そうそう。力を抜くんだ」


 五次元の生命体の視線が集中する。


「なるほど! 」


「よし! 頑張るぞ」


 するとノロがいさめる。


「緊張感やスピード感はいい。疲れたら休め」


「それは出きません」


「これは命令だ! 疲れたら何をやってもうまくいかない。言っておくが過労で倒れたら死刑だ。分かったか。がっはっは」


 そう言ってからノロが倒れる。ホーリーがノロを担ぐと笑いながら大きな声を上げる。


「この働き過ぎの者を死刑に処する。さあ、休憩だ。みんな、一息入れろ」


 なんとも言えない風がこの現場を包む。

 

[526]

 

 

* * *


 しかし、ノロの命令など聞く者は皆無だった。五次元の生命体は修理と言うより大改造にかかる。しかも驚くべきスピードでブラックシャークマークⅡ を完成させた。


「すごいわね」


 イリが感激すると修理の指揮を執っていたチーフにノロが深々と頭を下げる。


「早速実戦訓練を」


 イリから試運転が固く禁止されているノロを気遣ってチーフが進言する。


「この限界城を敵に見立てて攻撃してください」


「えー? 」


「限界城は骨組みを残すのみで、ご存じのとおりすべての構成員は離脱しています」


「それはそうだが… … 」


 珍しくノロが言葉を濁す。


「張りぼてで仮想の敵としては物足りませんが、主砲の発射訓練にはもってこいです」


「でもみんなはどうするんだ。マークⅡ に収容するわけにも行かないし… … 」


「心配は無用です。我々は限界城の構成員に戻るつもりはありません」


「ヒトデ型戦闘艦を構成するのか」

 

[527]

 

 

「そうです。そしてマークⅡ の護衛の任務に当たります」


 ノロが驚く。そばでイリが涙を流す。ホーリー以下誰もが感激したり興奮したり涙を浮かべたりと様々な表情でチーフを見つめる。


「五次元の世界に戻ったところで死刑が待っているだけです」


「そうだな」


 ホーリーは涙が落ちないように上を向く。しかし、ノロは周りの雰囲気を破壊するような発言をする。


「ありがたい話だが、五次元の世界に戻って平和な次元国家を造るべきだ。このままでは五次元の生命体は滅亡する。場合によっては五次元の世界が消滅するかも知れない」


 この言葉にチーフが驚く。


「何と! 目が覚めました! 我々に甘えがあるようです。ノロと一緒なら楽しい。今、自分たちの世界から逃避しようとしていたことに気付きました。何という恥ずかしいことだ! 」


 ノロのなんとも言えない魅力に酔っていたことを反省するとチーフが仲間に問いかける。


「みんな、どう思う? 」


 にわかに賛同する者は少数だったが、やがて五次元特有の拍手が巻き起こる。ノロの考えが支持されたのだ。ホーリーたちも負けじと大きな拍手を送る。


 拍手が鳴り止み静寂が訪れたときチーフがやんわりとノロに注文する。

 

[528]

 

 

「我々は今からヒトデ型戦闘艦を構成します。その後模擬戦闘を開始します」


「そんな危険なことはしなくてもいい」


 ノロが拒否するがチーフは引き下がらない。


「五次元の世界に戻る前に、本当にマークⅡ を完成させたのか、確認したいのです」


「保証書を発行してくれるのか? 」


 チーフが笑うとノロも笑う。


「ホーリー。模擬戦闘のやり方をチーフと詰めてくれ」


「えー! 俺が? 」


 ホーリーはこの場にフォルダーがいないことを恨む。


* * *


 廃墟同然の限界城に向かって主砲が火を噴くと巨大な限界城が粉々になる。


「全主砲を発射することもなかったな」


 ノロが驚くとチーフから通信が入る。


「お見事! 」


「すごい破壊力だ」


「もぬけの殻とは言え限界城は強固です。それでは格闘戦に入ります。打ち合わせどおりに間違っても我々に主砲を発射しないでください」

 

[529]

 

 

 すぐさま五次元の生命体が構成した数十隻のヒトデ型戦闘艦が隊列を整えて縦横無尽にマークⅡ に向い始める。一応急襲されたというシナリオで戦闘が始まる。


「すごい攻撃だ」


 粘着光線がマークⅡ に向かう。それを器用に避けてヒトデ型戦闘艦の隊列の懐にマークⅡ が侵入する。次々と粘着光線が命中するが、トリプル・テンの装甲がいともたやすく跳ね返す。


「本気で攻撃してるんだろうな」


 ホーリーがチーフに念を押す。


「もちろんです。わあ、やめてください」


 驚くのも無理はない。マークⅡ の主砲の一本一本がヒトデ型戦闘艦に標準を合わせたのだ。


「発射はしない。安心しろ」


「ふー」


 安堵の通信が入るとノロがチーフを呼び出す。


「よくぞこんな立派な船を造ってくれたものだ。感謝する」


「ありがとうございます」


「それじゃ、ノロの惑星に戻ってマークⅡ 完成の祝いをしよう」


「滅相もない」

 

[530]

 

 

「五次元の世界にも酒はあるのか」


「もちろんあります。でも今はありません」


「どういうことだ? 」


「限界城に多少の酒がありましたが、今の攻撃ですべて蒸発しました」


「なんだ。先に言ってくれれば酒を運び出してから攻撃したのに」


「残念です」


 ここでチーフの通信が途切れる。


「中央コンピュータ。通信回線は? 」


「繋がったままです」


「どうした? 」


 ノロがチーフに呼びかける。


「返事が遅れて申し訳ありません」


「何かあったのか」


「ええ。重大なことが」


 チーフはすっかりノロと打ち解け合うまでに親近感を持って返答する。


「実は不届き者がおりましてかなりの酒を限界城から盗んでいたようです」


 マークⅡ の艦橋が大きな笑いの渦に包まれる。その笑いが収まったときホーリーが大きな声を上げる。

 

[531]

 

 

「最長を呼び出そう」


「祝宴場所は居酒屋だな? 」


 すぐさまノロが同調するとイリが反対する。


「今首星は大変な状態になっているはずよ。それに最長は負傷しているわ」


「そうだった。でも最長でないと雰囲気が… … 」


 ホーリーが結論する。


「無理に最長を呼ぶ必要はない。中央コンピュータ! ノロの惑星の居酒屋へ」


 そのとき瞬示と真美が少しやつれた最長を連れてノロの目の前に現れる。


「大丈夫か? 最長! 」


* * *


 居酒屋で祝宴が開かれる。マスターはもちろん最長だ。機嫌良く働いている。全員が狭い居酒屋に入ることはできないが、溢れた者はすでにその周りで大宴会を催している。そのほとんどが五次元の生命体だが、海賊たちがホスト役に回ってこれまでの苦労をねぎらう。


 乾杯の準備が整うとノロとチーフが唱和する。


「乾杯! 」

 

[532]

 

 

「カンパ~ イ! 」


 次元が違ってもやることは同じだ。まずチーフがノロに詫びる。


「護衛するなどと偉そうなことを言いましたが、ご一緒すれば我々は足手まといですね」


「そんなことはない。でも五次元の世界を立て直す必要がある」


「おっしゃるとおりです。何とか早急に平和な五次元の世界を構築して六次元の世界の手助けをしたいと思っていますが、見通しが立ちません」


「もう大総統はいない。なんとかなるさ」


 最長が酒のアテを出す。


「パートなので不手際がありますが… … 」


 いきなりマグロの造りが出てくる。すぐさまわさびをたっぷりと付けてホーリーがむさぼる。


「うまい! 」


「この新しいノロの惑星の海にはマグロが一杯です。確実に地球のような星になるはずです」


 声は明るいが最長の表情は暗い。


「乾杯は済んだ。今度はマスター、いや最長をねぎらいたい。それにしても五次元の酒はうまいな」


 ノロはそう言いながら最長にグラスを手渡して五次元の世界の酒を注ぐ。最長はノロに、そしてチーフに一礼して飲み干す。

 

[533]

 

 

「確かにうまい」


「パートだからマスターとしての仕事はこれまで。首星の状況を説明してくれ」


 居酒屋の外は盛り上がっているが、中は意外と静かだ。最長の報告が始まる。


* * *


 最長とノロたち、そしてチーフとの間で様々な議論が繰り返された後、居酒屋から出る。


「! ? 」


 最長以外の者が驚く。


「誰もいない! 」


「前後不覚になるほど飲んでいないぞ」


 確かに祝宴だと言っても誰も深酒はしていない。アテもマグロと乾き物程度で、むしろ最長の話に集中していた。ノロが周りを見渡すと血相を変えて最長に詰め寄る。


「ここはオレの惑星じゃない! 何をした? 」


「ばれましたか。ここは首星の三次元村です。時間島で生命体のみを瞬間移動させました」


 瞬示と真美が最長の横でいたずらっぽく笑う。


「やっぱり。オレが入院していた病院がある三次元村か」


 ノロはそう言うと黙り込む。それは最長の真意を理解したからだ。しかし、イリやホーリーたちが納得しない。と言うより理解できない。当然最長が説明を始める。

 

[534]

 

 

「ここはノロの惑星の一部を模倣した三次元村、というよりノロ村です」


 最長の説明が終わるとホーリーが質問する。


「ところでブラックシャークマークⅡ は? 」


 最長が背中を向けるとある地点を指さす。そこにはドックがあってマークⅡ が鎮座している。


その横にはヒトデ型戦闘艦隊も見える。


「ここはまるでノロの惑星そのものじゃないか」


 サーチが他の方向を見て絶叫する。


「ノロの家もあるわ! 」


 最長の説明どおりここはノロの惑星の一部を寸分違わずに模倣した空間だった。しかし、ノロの表情が暗くなる。後ろには最長が立っている。ノロと最長はある一点を見つめる。遠く離れているが、そこからは黒い竜巻のような柱が何本も見える。


「あれは… … 」


 最長の説明を待たずにノロが応える。


「ブラックホール」


「首都は壊滅しました。今しがた広大から連絡が入りました」


「広大は? 」

 

[535]

 

 

「すぐ現れます」


 いつの間にかイリがノロの腕を握っている。横にいる最長の前に広大が現れると合体してからホーリーたちに指示する。


「六次元化してください」


「待ってくれ。確かブラックシャークが首星に向かったと言っていたな! 」


「なんとかしてくれましたが… … 」


「フォルダーは! ブラックシャークは! 」


 ノロが叫び終わるとイリと合体する。


* * *


 酔いが覚めたノロ・イリたちはブラックシャークマークⅡ の艦橋から破壊され尽くした首都を見つめる。


「首星総括大臣や提督や軍師は? 」


「総括大臣は無事です」


「と言うことは? 」


 六次元化したノロ・イリには広大・最長が首を横に振る仕草が見える。


「総括大臣はどこにいる? 」

 

[536]

 

 

 広大・最長が応えようとしたときヒトデ型戦闘艦のチーフから通信が入る。


「首星に五次元の生命体の生体反応がありません」


 ノロ・イリに新たな疑問が生じる。


「居酒屋での報告とは随分違うな」


「あそこで英気を養っている間に劇的な攻撃を受けました」


 六次元の生命体に復帰した広大・最長がうなだれる。広大・最長の妻ロー・レライも戦死したらしい。


「三次元の身体に分離していたのが過ちでした」


「気を落とすな。時間軸が多いから仕方がない」


「どういう意味ですか」


「あのときどうすればよかったなんて思うのは三次元の世界の特権だ」


 広大・最長がハッとする。しかし、ノロはそれ以上応えずにヒトデ型戦闘艦のチーフに連絡を取る。


「中断して悪かった。続きの報告を」


「我々の仲間も全滅しました」


「? 」


「七次元軍が無差別攻撃を行いました」

 

[537]

 

 

「なぜだ! 五次元と七次元の軍隊は連合していたじゃないか」


「今から思えばそれは上辺のこと」


「大総統が甘い連合体勢に同意するわけがない」


「肝心の大総統はマークⅡ の修理を妨害するためにこの首星攻撃を監督せずにノロの惑星、つまり三次元の世界の限界城にいました」


「そうだった! それで七次元軍は五次元軍を無視して首星に総攻撃を仕掛けたのか」


 瞬時にノロ・イリが理解する。七次元軍から見ればマークⅡ の修理はあまり重要ではなかった。ひとつ下の六次元の本拠地を叩くことだけが目的だった。とすれば連合を組んでいた五次元の戦闘員などどうでもよかった。


「この理不尽な戦いの中、一部の五次元の戦闘員が総括大臣を匿ったようです」


 ここでノロ・イリが広大・最長に確認する。


「首星、副首星以外にコロニーはあるのか」


「約六千ありましたが、ほとんどが七次元のブラックホール攻撃で消滅しました。わずかとは言えコロニーが残っています。そのうちのひとつにフォルダーが総括大臣を移動させました」


「フォルダー! 」


 ノロが詰め寄る。


「どのコロニーだ? 」

 

[538]

 

 

「何も聞かされていません。それに移動先のコロニーの時空間座標が分かるような逃亡では意味がありません」


「さすがフォルダーだ」


 広大・最長が残念そうにノロ・イリを見つめる。


「大丈夫だ。マークⅡ なら総括大臣の逃亡先を探し出せるはずだ。それにしても提督や軍師を失ったのは痛手だ」


 ノロはフォルダーと二度と会えないことを肝に銘ずる。

 

[539]

 

 

[540]