第百四章 カブトワリ


【時】永久0297年6月

【空】宇宙戦艦ノロの惑星地球

【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ Rv26 カーン・ツー ノロタン

   当主 五右衛門 ライトハンド

 

***

 

「四貫目は?」

「分かりません」

 Rv26とカーン・ツーを救出したものの四貫目との無言通信は途絶えたままだ。時空間移動装置室から艦橋に移動したお松が首を横に振る。Rv26と包帯姿のカーン・ツーはすこぶる元気だ。

 

「四貫目を残して地球を離れるのは忍びないが、一旦ノロの惑星に行って態勢を立て直そう」

 

 Rv26の発言にサーチが驚く。

 

「なぜ!」

 

 サーチがRv26に近づく。

 

[520]

 

 

「理由は単純だ。やつら五次元の生命体、それに戦闘用アンドロイドの目的は俺を捕虜にすること。そして地球連邦軍が保有する唯一の宇宙戦艦である本艦を破壊することだ。あれを見ろ!」

 

 浮遊透過スクリーンにおびただしいオニヒトデ戦艦が投影されるとノロタンが叫ぶ。

 

「ビートルタンクに帰還命令を!それにオニヒトデ戦艦だけじゃない。その後方に注目!」

 

「限界城!」

 

 サーチは艦長席に戻りながら緊迫した事態に対応すべく命令を下す。

 

「ビートルタンク!限界城を包囲せよ!」

 

 ノロタンが驚いてサーチを見上げる。

 

「主砲はオニヒトデ戦艦を攻撃!」

 

「待て!」

 

 Rv26もサーチを見上げて叫ぶ。

 

「艦長!間に合わない。体勢を立て直す余裕がない。ヤツラは万全の準備をしている。とにかくノロの惑星へ」

 

「そのとおり!」

 

 Rv26の指示にノロタンも同意する。サーチはすぐさま反応する。

 

「クワガタ戦闘機の編隊長にビートルタンクを護衛して帰還するよう指示しなさい!」

 

[521]

 

 

 ノロタンが大声を出す。

 

「無言通信を使え!」

 

「ビートルタンクのホーリーに無言通信で今後の作戦を伝えるんだ」

 

「ミリン!ホーリーに無言通信を」

 

「了解!」

 

 すぐさまミリンはホーリーに無言通信を送ると、こっそりとケンタにも送る。

 

「ホーリーは了承したか」

 

 Rv26がミリンに鋭い視線を向けるとサーチがミリンをいさめる。

 

「命令を完了したらすぐ報告しなさい!」

 

「了解の無言通信を受けました!」

 

 ミリンがサーチに大声で報告する。

 

「ビートルタンク回収後、ノロの惑星に時空間移動!」

 

 そのときオニヒトデ戦艦から無数の紫色の光線が宇宙戦艦に向かう。

 

 たまらずRv26がMY28を押しのけて操縦席によじ登る。

 

「まどろっこしい」

 

 操縦桿を握ると手前に引きながら目の前のマイクに向かって叫ぶ。

 

「ホーリー!ビートルタンクを集合させろ!集合予定空間座標を知らせろ!」

 

[522]

 

 

「情報が漏れるわ。ミリン!無言通信で今の指示を……」

 

「そんな余裕はない。ショックに備えろ!」

 

 目の前を無数の光線が流れる。

 

 Rv26が今度は操縦桿を押し倒す。次の光線が向かってくる。

 

「間に合うか?」

 

 宇宙戦艦がフーッと消えるとその場所に第二波の光線が通過する。

 

***

 

「急げ!俺たちの通信は筒抜けだ。すぐオニヒトデ戦艦が追ってくるぞ」

 

「大気圏を脱出するだけでも大変なんだ。ましてや宇宙空間では思うように動けない」

 

「泣き言を言うな!早く集まれ!」

 

 Rv26がホーリーを激励したあとクワガタ戦闘機隊の隊長に指示する。

 

「クワガタ戦闘機!ビートルタンクを咥えてでもいいから本艦に曳航しろ」

 

「了解!」

 

 的確な指示命令にサーチが落ちこむ。ビートルタンクは宇宙空間では行動できないのに限界城攻撃命令を出したことを悔やんでいる。MY28もRv26の操船技術に脱帽する。

 

「くるぞ!主砲発射準備」

 

[523]

 

 

「準備完了」

 

「二時の方向に照準を合わせろ」

 

「オニヒトデ戦艦はまだ現れていません」

 

「現れてからでは遅い!発射しろ!」

 

「あっ!二時の方向にオニヒトデ戦艦多数出現」

 

 攻撃態勢を取る間も与えない攻撃にさすがのオニヒトデ戦艦もなすすべがない。

 

「左右に少しだけずらして撃ちまくれ!」

 

 Rv26の予想どおりオニヒトデ戦艦は先ほどの位置の両側に広がる。

 

「地球連邦防衛隊!返事をしろ!こちらは大統領のRv26だ」

 

 Rv26は操縦桿を握りながら次々と指示する。通信情報が漏れていようといまいと関係ない。ノロタンはRv26が故意に情報を漏らして逆手に取っていることに気付くとまったく口を挟まない。

 

「こちら地球防衛隊。大統領!どこにいるのですか」

 

「月のエネルギーウエーブ供給基地から本艦にエネルギーを送ってくれ」

 

「空間座標は?」

 

 Rv26に代わってMY28が地球防衛隊との交信を引き継ぐ。この間にも宇宙戦艦の主砲は砲身が溶けんばかりにレーザー光線を撃ち続けている。落ちこんでいたサーチはたった一隻の宇宙戦艦で数百隻のオニヒトデ戦艦と互角に戦うRv26の姿に感動する。

 

[524]

 

 

――地球をまとめる大統領だから当然と言えば当然だけど、あまりにも眩しすぎるわ

 

「ノロの惑星へ時空間移動!」

 

***

 

「これがノロの惑星なの?」

 

 ミリンが驚くのも無理はない。ノロの惑星が赤茶けた星に変わっている。まるで火星のようだ。サーチがため息で自分自身を慰める。

 

「紫色よりマシだわ」

 

「造船所へ」

 

 Rv26の冷静な声がサーチを感傷から現実に引き戻す。造船所には無残な姿をさらけ出したホワイトシャークが横たわっている。Rv26がノロタンに尋ねる。

 

「ホワイトシャークの戦闘能力は?」

 

「極めて低い」

 

「使用可能な主砲は?」

 

「数本は使えるはずだ」

 

 そのときかすかな衝撃のあと中央コンピュータの声がする。

 

[525]

 

 

「造船所に到着」

 

 ノロタンがすぐさま反応する。

 

「Rv26の意図を完全に理解した。私は造船所に戻って一本でも使える主砲があれば、本艦を追ってくるオニヒトデ戦艦を攻撃する」

 

 そう言い残すと艦橋から出ていく。

 

「ノロタンの下船確認次第、地球に時空間移動だ」

 

「待って!私には理解できない。どういうことなの?」

 

「サーチ。申し訳ないが、しばらく私が艦長として指揮を執る」

 

 サーチは艦長席を立ち上がって素直に譲る。

 

「副艦長のホーリーがいなければ私はデクノボウね。艦長をお願いします」

 

「そうじゃない。とにかく任せてくれ!」

 

 艦橋のスピーカーからノロタンの声がする。

 

「ホワイトシャークに到着した」

 

「頼むぞ。でも負けそうになったら逃げろ」

 

「心配するな。Rv26。ノロの惑星の底力を見せてやる」

 

「どういうことだ」

 

「ノロの惑星を太陽に向けて移動させる」

 

[526]

 

 

 Rv26がスピーカーを見上げる。

 

「この作戦には深い意味があるが今は話せない。盗聴されているかもしれないからだ」

 

 ノロタンが一方的に通信を切る。

 

「発進!」

 

 Rv26の声が響くと宇宙戦艦が空高く舞い上がる。天井のスピーカーからはノロタンに代わって中央コンピュータの警告が流れる。

 

「多数の未確認物体がノロの惑星に時空間移動してきます!」

 

「予想どおりだ」

 

 Rv26が艦長席で立ち上がると右腕を高くあげる。

 

「地球に時空間移動!移動後ビートルタンクに無言通信を」

 

 Rv26がサーチとミリンを見つめる。そのあとグレーノイズの浮遊透過スクリーンに視線を移す。しばらくするとそのスクリーンに海辺の大統領府が現れる。すぐさまサーチとミリンが無言通信を送る。

 

{ホーリー!}

{ケンタ!宇宙戦艦に戻って!}

{了解!安心してくれ。みんな無事だ}

 

「ビートルタンクを回収します」

 

[527]

 

 

***

 

 ライトハンドが率いる数えきれないオニヒトデ戦艦がノロの惑星上空に時空間移動してくる。そのとき宇宙戦艦の残像がかすかに見えたがすぐ消える。

 

「何かがここから時空間移動しました!」

 

「痕跡を捕捉しろ」

 

――三次元の宇宙戦艦の時空間移動先など簡単に解析できる

 

 そのとき意外な報告が入る。

 

「ライトハンド!ここはノロの惑星です」

 

 なんと自信とは裏腹なことにライトハンドは自分たちの移動先を知らなかった。

 

「なんだと?五角形主砲の全砲門を開け!」

 

 すでに手遅れだった。ホワイトシャークからの攻撃を受ける。

 

「二八番艦、四四番艦、九四番艦。被弾!大破!」

 

「攻撃元の空間座標は?」

 

「……」

 

「どうした!」

 

「おかしい……空間座標が安定していません」

 

[528]

 

 

 バリアーを張ることも忘れてライトハンドが狼狽える。

 

――五次元の生命体とは組めない。俺たちの反応も機敏ではないが、五次元の生命体の反射神経は鈍すぎる

 

「この星は軌道を守っていません」

 

「?」

 

「震動するように位置を変えて太陽に近づいています」

 

「そんなバカな!」

 

「この星は惑星ではありません。太陽の引力を無視して自由に移動できる星です」

 

「あり得ない」

 

 ライトハンドの先入観が五次元の生命体の報告を頭から否定する。

 

「そんなことはどうでもいい!。早く敵の攻撃元を特定しろ!」

 

「了解」

 

 紫色の五次元モニターにホワイトシャークが映しだされる。

 

「まさか!」

 

 ライトハンドが驚くのも無理はない。腐乱した巨大な鮫がだらしなく口を開いて横たわっている。

 

「あんな腐った鮫から攻撃を受けるなんて。間違いないか?」

 

[529]

 

 

 その疑問に答えるようにホワイトシャークからライトハンドのオニヒトデ型戦闘旗艦に向けて主砲が発射される。ノロタンの射撃は極めて正確だった。

 

「わああ」

 

 旗艦が破壊されるとオニヒトデ戦艦の各艦長は狼狽える。その中で二番艦の艦長がなんとか冷静さを取り戻して号令する。

 

「私は二番艦の艦長だ。狼狽えるな」

 

 しかし、旗艦を失った混乱は収まるどころか広がる。次元が高いほど混乱した意思を統率するのが難しいようだ。

 

「敵は三次元の下等生命体だ。落ち着け!」

 

 そのときホワイトシャークから複数のレーザー光線が何隻かのオニヒトデ戦艦に向かう。バリアーを張ることすら忘れてしまったオニヒトデ戦艦はいとも簡単に破壊される。

 

「退避します」

 

 二番艦の艦長が操縦士の意見を制する。

 

「このままの位置を確保。全艦バリアーを張れ」

 

 しかし、この命令がなかなか全艦に伝わらない。その間もホワイトシャークからの攻撃でオニヒトデ戦艦が次々と爆発して地上に墜落する。ここで一部の戦艦がノロの惑星から離脱する。

 

「留まれ!我々の目的は大統領を乗せた宇宙戦艦を捕獲することだ。いったいどこへ消えた?」

 

[530]

 

 

「この惑星に到着したとたん、すぐ時空間移動したようです。このことをライトハンドは承知していました」

 

 副艦長が進言する。

 

「そうだった。しかし、どこへ時空間移動したんだ」

 

「一旦移動先時空間座標を捕捉したようですが、そのデータは旗艦がやられたので……」

 

「再捕捉は可能か?」

 

「惑星自体が振動しながらこの太陽系中心に移動していて宇宙戦艦の移動前の痕跡を捉えるのはかなり困難な作業になります。それにバリアーを張ったままではその痕跡を把握できません」

 

「分かった。まず、あの死に損ないの鮫を破壊しろ!」

 

 この言葉がノロタンに届いたのではないが、ホワイトシャークからの攻撃が止まる。エネルギーが尽きたのではなく、どうやら連続発射に耐えきれなくなったのが原因だ。ホワイトシャークの使用可能なわずかな主砲は熱で溶け始めていた。これ以上発射を続けると自爆するかもしれない。すでにノロタンは潔くホワイトシャークを下船して地下深いのシェルターに避難していた。

 

「主砲が溶けている!バリアー解除。例の宇宙戦艦の痕跡を探れ」

 

[531]

 

 

 オニヒトデ戦艦の数は半減している。

 

「判明しました」

 

「どこへ逃げた?」

 

「具体的な場所は不明ですが、時空間座標軸は……」

 

 艦橋の五次元浮遊透過スクリーンに複雑な数式が流れる。

 

「全艦にこのデータを共有させろ。共有確認次第、すぐ時空間移動しろ」

 

 しかし、Rv26がサーチに代わって艦長となった宇宙戦艦は再び地球に戻ったが、ノロの惑星の捨て身の不整脈震動で正確に時空間移動先を相手に悟られないようにしたので、オニヒトデ戦艦の艦隊はとんでもない時空を目指すことになった。つまり完全に追っ手を振り切った。

 

***

 

{ホーリー}

 

 サーチの無言通信を受けたホーリーが明るく返信する。

 

{こちらビートルタンクのホーリー}

{地球の状況は?}

{今、地球に存在する五次元の生命体は限界城以外には存在しない。いや限界城そのものが五次元の生命体の集合体だ。サーチたちはどこにいるんだ}

 

[532]

 

 

{地球から見ると太陽の向う側の火星の軌道上にいます}

{そうか。すぐそこにいる感じだな}

{Rv26の指示で五次元の生命体に悟られないように距離を保っているの}

{こちらも今の段階では地上に戻ったことを悟られていないようだ}

 

 くつろいだ無言通信で事態が良い方向に向かっているのを感じとったサーチが確認する。

 

{四貫目は?}

{連絡は途絶えたままだ}

{えー……}

 

 サーチが落胆しながらRv26に報告するとお松がうつむく。

 

 一方、ケンタと無言通信していたミリンもRv26に報告する。

 

{各主要都市の火災は鎮火しました}

 

 ここでRv26が次の作戦を告げる。

 

「四貫目を探しだして救出しなければ。しかし、限界城の存在が不気味だ」

 

「やっぱり復活したのかしら」

 

 体力を取り戻したカーン・ツーがRv26に頷く。

 

「でもビートルタンクは無敵だわ」

 

 サーチがRv26とカーン・ツーに反論する。

 

[533]

 

 

「確かにビートルタンクの二次元エコーはある意味、多次元エコーより強力な兵器だ」

 

「問題は攻撃にどれだけ耐えうるかだ」

 

「ノロの惑星でオニヒトデ戦艦の鉛色の槍のような奇妙な攻撃を受けたけれど、すべて跳ね返したわ」

 

「そのデータはノロタンから受け取った。だから用心しなければならないのだ」

 

「どういうこと?」

 

 そのとき艦橋の浮遊透過スクリーンにビートルタンクを上から見た画像、つまり背中が大写しされる。

 

「頭の少し下に線が見えるが、分かるかな」

 

 Rv26がサーチの応答を待つ。

 

「はい。その下に昆虫でいう羽があるのね」

 

「ビートルタンクも同じで超光波を発する強力な羽を持っている。その羽は左右に分かれて背中に収納されている」

 

 画像上にT字型の白い線が現れる。すなわち頭部と羽を分ける横の直線がT字の横線で左右の羽を分ける線がT字の縦線部分を示している。

 

「この横線と縦線の交わる部分にたとえば強力な……レーザー光線でなく、レーザー光線ならビートルタンクは吸収しながら反射するので……」

 

[534]

 

 

 Rv26がここで言葉を止める。それはノロの完璧に近い物造りの能力に改めて気付いたからだ。

 

「……ただ、このT字型の、横棒と縦棒の接点に……どんな武器か想像できないが、たとえば五次元の超重力波が撃ちこまれたら、ビートルタンクは破壊される可能性が極めて高い」

 

「分かりました」

 

 取りあえずRv26の説明を理解したサーチが発言する。

 

「この弱点をホーリーに伝えます。そのうえで四貫目の救出に全力を挙げるように指示します」

 

***

 

{ホーリー}

 

 サーチの無言通信に応えようとしたとき、ビートルタンクに激しい震動が走る。まるでRv26の心配を盗み聞きしていたように限界城からの先端が尖った五角錐の鉛色のつぶてがビートルタンクを襲う。そのうちの一発が命中したのだ。

 

 直感的にホーリーがケンタに無言通信を送る。

 

{羽ばたけ!コンピュータを使わずに有視界航法で移動しながらできるだけうっそうとした森に隠れろ!すぐリンゴにも伝えろ!}

 

[535]

 

 

 ホーリーはビートルタンクのジョージにも同じ無言通信を送る。

 

{ホーリー!}

 

 再び強力なサーチの無言通信が届く。

 

{なんだ!}

{地球に到着したわ。空間座標を送信して!}

{ダメだ。こちらの正確な空間座標が限界城に漏れてしまう}

{あっ!そうか。それじゃ無言通信で位置座標を送って!}

{できない。有視界航法で移動している。レーザー探索位置情報システムを使うとこちらの位置情報が敵に知られてしまう}

{どうすればいいの?}

{なんとかする}

 

 ホーリーは一方的に無言通信を切る。それは目の前に見たことのある森林が広がっていたからだ。

 

「あれは確か阿寒湖畔の原始林だ。間違いない!」

 

 そのとき、ビートルタンクのジョージから悲痛な無言通信が入る。

 

{集中攻撃を受けています}

{有視界航法に切りかえたか}

 

[536]

 

 

{切りかえていません}

{切りかえろ!}

{切りかえました}

{今どこにいる?}

{ホーリーのすぐ右斜め後ろです}

 

 ホーリーがモニター画面を手動で後方に移動させる。上空から五角錐の鉛色のつぶてがジョージめがけて落下する。

 

{墜落してもいい。羽ばたきを停止しろ。何かに掴まれ!}

 

ジョージは羽を格納して真っ逆さまに落下する。

 

{安心しろ!ビートルタンクにいる限りどんな衝撃を受けようとも死ぬことはない!}

 

***

 

「仕留めたか」

 

 限界城の当主が五右衛門に尋ねる。

 

「まだ分からない」

 

「お前の説明では四台のビートルタンクの一台でも欠ければ二次元エコーは使用不能になる」

 

「このカブトワリ攻撃でビートルタンクを破壊する」

 

[537]

 

 

「急所に命中すればの話じゃないか」

 

「必ず命中させる。彼らの位置情報を完全に把握している」

 

「今度こそ、結果を出せ。五右衛門の要求どおりに武器を開発したのだからな」

 

「あの固い背中を真っぷたつに割ってみせる」

 

「カブトワリとは言い得て妙な名前の武器だな」

 

 当主も期待を寄せるカブトワリ作戦が継続する。

 

「羽ばたきを止めても関係ない。むしろ動かなくなった方が狙いやすい」

 

 五右衛門がニタリと笑う。

 

***

 

 ホーリーは無言通信を止めて無線に切りかえる。無言通信は一対一の通信になるので一気にに命令を徹底できない欠点がある。

 

「羽ばたきを再開しろ!」

 

「了解!」

 

 辛うじて地上に衝突する直前にビートルタンクは上昇に転じる。五角錐の鉛色のつぶて、つまりカブトワリがビートルタンクをかすめて地上に激突すると大きな穴をあける。

 

「ふー」

 

[538]

 

 

 一息つくとホーリーがマイクを握り直す。

 

「反転して背中を下に上昇するんだ」

 

「えっ!」

 

「ヘリコプターに宙返り飛行しろというのと同じだ!」

 

 ホーリー自身が乗っている操縦士が絶叫する。

 

「なんとかしろ!宇宙海賊だろ!」

 

「きついな」

 

 操縦士は操縦桿とペダルを器用に扱いながらビートルタンクを操る。シートベルトで固定されているとはいえ、前後左右上下に姿勢を変えるビートルタンクの中では固定されていない様々なものが乱れ飛ぶ。

 

「気をつけろ!」

 

 やっと姿勢が落ち着く。ホーリーが他のビートルタンクに確認する。

 

「どうだ!状況を知らせろ」

 

「何とか!」

 

「取りあえず逆さま姿勢になりました」

 

「さすがだな。その姿勢のまま上昇!」

 

「無茶苦茶だ」

 

[539]

 

 

「宇宙海賊のくせして弱音を吐くな!」

 

「分かった」

 

「やってやろうじゃないか」

 

***

 

「腹を見せたぞ。バカなヤツラだ」

 

 当主が大声で笑いながら続ける。

 

「この地球にワニという凶暴な動物がいる。背中は硬い鎧に覆われているが、腹はなんの防御もなく柔らかい」

 

 しかし、五右衛門の表情は固まったままだ。

 

「その腹が問題なのだ」

 

 五右衛門が当主の言葉を阻む。当主の言葉が切れる。

 

「戦車という兵器は上部の装甲はもちろん固い。しかし、車体の下側はもっと頑丈だ」

 

 五右衛門は肩を落としながら続ける。

 

「地雷に耐えうるだけの装甲が戦車の床に仕組まれている」

 

 五右衛門が部屋を出る。

 

「どこへ行く?」

 

[540]

 

 

「限界城はもう終わりだ」

 

「何!」

 

「カブトワリ作戦はもう無意味だ。限界城はたった四台の戦車に紙切れにされるだろう」

 

「!」

 

 

[541]

 

 

[542]