【時】永久0297年5月
【空】地球
【人】キャミ ミト ホーリー サーチ Rv26 ミリン ケンタ 住職 リンメイ
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***
「えー!」
ホーリーの発言に驚きの反応が艦橋に充満する。その中でRv26だけがキョトンとしてホーリーを見つめ続ける。船長席のサーチがそんなRv26に追い打ちをかける。
「私もRv26がふさわしいと思うわ。次期大統領に誰かを指名して辞めるべきだわ。そして選挙をする……」
キャミがサーチに首を横に振る。
「今の状況では選挙は無理だわ」
サーチがきっぱりと言い切る。
「選挙は絶対に必要よ」
[198]
ミトがキャミの気持ちを汲んで発言する。
「選挙妨害で投票ができなかったり、投票箱が盗まれたりすれば?」
サーチ、ホーリー、キャミ、ミトのやり取りが一段落するとRv26が手を上げるが、誰も気付かない。
「ゴホン」
そのRv26に助け船を出すような咳払いが天井からする。
「みんな勝手なことばかり言っていますが、本人の意見を聞くべきではないでしょうか」
やっと全員の視線がRv26に集中する。でも発言を求めるのではない。サーチがRv26に近づいて微笑む。
「本当にノロそっくりね」
「ブラックシャークのチューちゃんといい、ホワイトシャークのチューちゃんといい、ノロそっくりだ」
「ここにノロがいたら四つ子だわ!まるで四つ身分身の術みたい」
「ノロ得意のジョークか」
先ほどまでのやりとりとは変わってサーチ、ホーリー、キャミ、ミトが和やかに言葉を交わす。
「ノロは自分が男前だと思っていたから、何でもかんでも自分をモデルにしたのかなあ」
[199]
ホーリーが冗談とも本気ともとれる感想を述べる。
「Rv26が『実は私はノロです』と言ったら、絶対みんな信用するわ」
「船長、副船長。Rv26の意見を聞こうじゃないか」
住職がたしなめると控えめなリンメイが住職の脇腹を小突く。
「まあ、いいじゃないの。息苦しい雰囲気の中で軽い話も必要だわ」
「そうじゃな。わしもずいぶんリラックスできた。しかし、じゃ……」
この間隙をぬってRv26が声を出す。
「少しもリラックスできません」
サーチがRv26の前でヒザを着いて同じ高さの目線を確保する。
「Rv26……」
Rv26は少し緊張した面持ちでサーチを見つめる。同じようにキャミもRv26の横でひざまずく。
「ちょっと待ってください。ワタシは単なる選択肢のひとつなのにまるで大統領に決まったような話じゃありませんか」
キャミがRv26の手を握る。
「改めて正式に推挙させていただきます。戦闘用アンドロイドの出方次第によりますが選挙ができないかもしれません。それでも地球連邦政府の大統領に就任してください」
[200]
「ワタシでいいのですか?」
Rv26だけではなく、艦橋にいる全員がRv26、キャミ、サーチをじっと見つめる。
「そうです。Rv26は一番信頼できるアンドロイドです」
「それに人間の信頼も厚い」
ホーリーが真剣な眼差しを向ける。
「待ってください。それは昔の話。今のワタシではありません」
「確かに。今のRv26が『ワタシはRv26です』と自己紹介してもアンドロイドは誰も信じないだろうな」
「その身体になった経緯をキチンと説明すればいいわ」
サーチが笑みを浮かべながら続ける。
「ノロは相手に警戒心を抱かせることはなかった。風貌が……どう言えばいいの?ノロそっくりのRv26を見ればアンドロイドだけではなく人間も安心感を持つと思うわ」
「同感だわ」
同調するキャミの言葉にすぐさまホーリーが反論する。
「確かにノロの容姿はほのぼのとして相手に安心感を与えるかもしれない。でも、ほとんどの地球の人間はノロのことを知らないし、アンドロイドもそうだろう。当てにならない第一印象がいいからと言って大統領に推挙するのは無責任だ」
[201]
「だったら、なぜRv26を推薦したの!」
「それは……そのー。俺はなぜ推薦したんだろ。でも……」
サーチの強力な異議にホーリーが狼狽えて黙るとRv26がホーリーに近寄る。
「今のワタシは以前の姿と比べれば、絶対相手に威圧感を与えることはないでしょう。かといって、ホーリーの言うとおり、それだけの理由で……」
我が意を得たりとホーリーが割り込む。
「そうだろ!もう一度よく考えよう!」
Rv26がホーリーを見上げるとノロがよくする「ふんふん」という表情を見せる。それを見たサーチがキーの高い声を出す。
「ノロそのもだわ」
ミリンも負けてはいない。
「ノロだと白状して!」
すぐさま「そうだ、そうだ」という声が連鎖する。キャミが、そしてミトも大きく頷く。急に雰囲気が変わったことに驚いたホーリーが両腕を広げて興奮した声を押し戻そうと大声をあげる。
「分かった!でも、ノロに似ているからと言う理由で大統領に推挙するのは間違っている!」
サーチがRv26からホーリーに近づく。
[202]
「でも、姿は変わったけれど、Rv26はアンドロイドの信頼が厚いことに変わりないはずよ。このことに異論はないでしょ」
「今の方が安心感を与えるのよね」
風鈴が鳴るようなさわやかなミリンの言葉が決定打となる。否定する者がいないばかりか、賛同する声が充満する。その雰囲気にRv26は覚悟を決めたのか、背伸びをしてから周りを見渡す。
「ワタシは偉大なノロではありません」
まず、釘を刺すす。緩んだ風の温度が下がる。
「この光栄な推挙に異議はありません。やっと正式に発言の機会が与えられたようですね。要は容姿や雰囲気の問題ではなく、戦闘用アンドロイドからキャミを守り、その上で今の地球の混乱を収拾するための指導者として、果たしてワタシでいいのか。もっと適任者がいるのでは?そこのところをよく考えていただきたい。その上での指名であればワタシは推挙を受けます。そして人間のために、アンドロイドのために最善の努力をするつもりです」
このRv26の言葉を聞いた全員が大きく首を縦に振る。
「やっぱり私は次期大統領にRv26を推挙します」
キャミがRv26を抱きしめる。胸のなかでRv26がもがきながら頷くとキャミは明瞭な母音を基本とした言葉を続ける。
[203]
「でもサーチが言っていたように選挙をせずに推挙で次期大統領を決めるという考え方には反対します」
この急変した言葉にサーチが驚く。
「確かに大統領が言っていたように現状を見れば選挙はとてもじゃないけれど……」
「サーチ!あなたは絶対、選挙すべきだと言っていたわ」
「現状を見て考えが変わったのです。大統領こそ……」
これまで朝令暮改のように議論が右往左往するが、ここでRv26が終止符を打つために再確認を求める。
「状況は最悪です。今は休戦してますが、いつ再発するかもしれない。まともな選挙ができる可能性は極めて低い。元はと言えば戦闘用アンドロイドのキャミ拉致をどのように防ぐかがスタートで、その解決策の柱としてワタシを大統領に仕立て上げるというのが今回の議論のはず」
議論のスタートとゴール地点を明確にしたRv26の発言に雰囲気が一気に引き締まる。キャミが髪の毛を掻き上げながらRv26に頭を下げる。
「ごめんなさい。私のことを心配してくれているのに、バカなこと言って。長い間、将軍や大統領をしていたから上から目線の見方しかできなくなってしまった。もう大統領の資格はないわ」
[204]
「そんなことはありません」
サーチがキャミを見つめる。そして今まで一言しか口を挟まなかったミトがキャミに近づくと抱きしめる。キャミの目から涙がしたたり落ちるとミトはキャミから身を退く。
「こんないい引き際はない。Rv26がチャンスを与えてくれたんだ」
ミトがRv26に向かって身体をひねる。
「確かにRv26の言うとおり、戦闘用アンドロイドが大統領を拉致する可能性は高い。しかし、気力が失せた大統領を拉致したところでいったい何になるんだ」
ある意味、妻であるキャミをこき下ろすような発言にまずサーチやホーリー、住職やリンメイが驚く。一方、当のキャミは素直に頷くとミトが続ける。
「言葉は悪いがなんとかRv26を大統領に仕立てて、この困難な事態を収拾して信任を得てから選挙をすればいいのでは?」
「まったくそのとおりじゃ」
ミトの意見に住職が感極まって頭を叩きながらミトとキャミに歩み寄る。
「議論を進めよう。これから言うことは、Rv26に無理をお願いするためには非常に大事なことじゃ」
住職がいつものように周りを見渡すが、異議を申し立てようとする視線はない。
「それではキャミに尋ねる。これまでのあなたのポジションを教えてくだされ」
[205]
「ポジション?」
Rv26がしっかりと住職とキャミを見つめる。しばらく沈黙が続く。こんなとき必ず口火を切るのはホーリーだ。
「住職が言いたいのは、アンドロイドに子供を産ませてもいいのかどうか、キャミはどちらの考えに立って今まで治世してきたのか、ということだ」
頷く住職に気付くことなく、落着きを取り戻したキャミがよどみなく応える。
「初めは反対でした。アンドロイドが子供を造っても……このことを話しだすと際限がないわ」
「省略していただいて結構です」
サーチが促す。
「根本的にはノロが実行しようとしたアンドロイドに子供を産ますことには反対でした。そして人間は私の考えに賛成するものだと思っていましたが、思いも寄らない結果になったのです。人間の意見が真っぷたつに割れました。そしてアンドロイドたちの考え方も真っぷたつに分かれました」
「そして悲しい複雑な戦争が始まった」
うなだれるキャミを見つめながらサーチが続ける。
「要するにキャミは反対派だった。でも今は?」
[206]
「改めて明確な表明はしていません。今の立場はと言われれば、それは秩序優先です」
「よく分かりました。でも、争点をぼかす訳には行かないわ」
サーチが強く主張すると住職がMA60の膨らんだお腹を見つめながら割り込む。
「そのとおりじゃ。選挙をするのならRv26はアンドロイドに子供を産ませることに賛成か反対かを明確にして立候補しなければならん」
ホーリーが続く。
「まずRv26が人間からもアンドロイドからも信頼されなければならない。どちらのポジションに立つのかということも大事なことだが、一番大事なことはアンドロイドから人間の傀儡政権ではないかと疑われないようにすることだ」
「ホーリーの意見も重要じゃ。まず、しっかりと環境と整えることが先決じゃ。時間はないが、それまではキャミに踏ん張ってもらわねばならんのう」
サーチが結論する。
「住職やホーリーの意見が正論だわ。最終的には推挙になるかもしれない。でも、なんとか選挙ができる施策を考えましょう」
***
一応収束した結論に酔ったような雰囲気が漂う艦橋でキャミがふと漏らす。
[207]
「少し感情的になっていたかもしれない。意味のない空想や悲観的な展望に左右されて困難な現実に背を向けて独裁者のように振る舞ってしまった。でも今は違う」
そんなキャミにミリンがきっぱりと言葉を放つ。
「そんなことないわ。でも前提条件をしっかりと検証しなかったことが原因だわ」
この言葉にキャミはおろかミトも驚いてミリンを見つめる。サーチが眩しそうにミリンを見てから、同じように見つめるホーリーに囁く。
「みんなでRv26を次期大統領に推薦したけれど、ミリンにも素質があるような気がするわ。念のために言っておくけれど、我が娘というえこひいきじゃないのよ」
ホーリーが静かに頷く。
「住職も言っていたな。いつの間にかしっかりしてきた。でもミリンも生命永遠保持手術を受けている」
住職は微笑むだけで今はリンメイと共に傍観者の立場をとる。そしてミリンとキャミの会話に注目する。
「ミリン、遠慮なしに私の今までの施政を批判してください」
「はい。でも言いたいことはひとつだけです」
「ひとつしかないのですか」
キャミはほっとしたような表情を見せるが、それでいて首を傾げるという反対の態度をとる。
[208]
「教えてください」
キャミの言葉は丁重で謙虚な印象をミリンに与える。ミリンは緊張することなく堂々と意見を述べる。サーチもホーリーも身を乗り出してミリンを見つめる。
「本当にアンドロイドが子供を造ることができるのかということです」
何とも言えない異常な沈黙が誰もの心の中に居座る。地球の人間たちはノロの誇大妄想にも思える発想を知っているはずがない。仮に知っていても風評でそうかもしれないというレベルだろう。一方、アンドロイドは必ず子供を造ることが可能だと思っていただけだった。そうだとすれば誰もがアンドロイドの生殖機能を確かめることなく、バカげた議論をしていたことになる。
「MY28とMA60は特殊なアンドロイドです。ノロの惑星のアンドロイドを含め、アンドロイドに子供を造る能力が本当にあるのでしょうか?」
念を押すミリンの言葉に半ばぼう然としていたキャミが我に返る。しかし、応えたのはMA60だった。
「可能性は高いはずです。ノロは私たち夫婦に子供ができることを前提に警告を出しました」
そしてMY28の方からMA60に身を寄せて妻を弁護する。
「ワタシも妻と一緒に聞きました。『アンドロイドは半永久的に生きながらえるので、子供ができれば、その子供が親を解体処分しなければアンドロイドの人口が増え続けることになる』と言われて、大きなショックを受けました」
[209]
MA60が涙ぐむ。人間と同じようにごく自然に違和感なくポロポロと涙を流す。元医者のキャミ、サーチ、リンメイが同じことを考える。そのひとつ目はこうだ。
――感情表現が人間と同じ。そこまでアンドロイドを人間化したノロの力量は神業に近い。でもノロは神ではない。巨大コンピュータのようにすぐに自分が神だという主張をしたのとはまったく違う。ノロのような人間がこの宇宙に存在しているのはなぜ?
そしてその疑問符が現実に向かっての感想は次のとおり。
――不可能だわ。でもノロなら可能にする術を持っているはず。だから躊躇しながらもMA60やMY28にあえて忠告したんだわ
無意識のうちに、キャミ、サーチ、リンメイが同時に合唱するように声をあげる。
「ノロに確認しなければ!」
しかし、そのノロはこの世界にはいない。たまらずサーチが三人の想いを天井に向かってぶつける。この想いはこの艦橋にいる者すべての想いだ。
「チューちゃん、ブラックシャークと連絡を取る方法はまったくないの?」
不意を突かれた中央コンピュータは意外にも即答する。
「ホワイトシャークはブラックシャークの兄弟船です。いえ、双子船です。いえ、夫婦船です。いえ、一心同体船です」
[210]
サーチがイライラしながら声を張りあげようとしたとき、ホーリーが怒鳴りつける。
「取れるのか、取れないのか!」
「可能です。たとえ、お互いの存在空間の次元が異なろうとも」
驚きのあまりホーリーだけではなく全員言葉を失う。しかし、すぐさまサーチが天井に向かって追求する。
「こんな大事なことをなぜ今の今まで言わなかったの!さっさと連絡を取りなさい」
「分かりました」
素直な返事に全員、口をあんぐりと開けて天井のクリスタルスピーカーを見上げる。しばらくするとクリスタルスピーカーが虹色に輝いて中央コンピュータの声がする。
「ブラックシャークの中央コンピュータと繋がりました」
「まさか!」
今度はクリスタルスピーカーがグリーンに輝く。視線が緊張感を維持したまま集中する。
「ゴホン。ワタシはブラックシャークの中央コンピュータ。今、六次元の世界におります」
疑いを抱く余裕などない。すぐさまサーチが哀願する。
「サーチです。ノロに代わってください」
「ノロはいません」
「イリは?」
[211]
「イリもいません」
「連絡を取ってください」
「取れません」
「ノロはどこにいるのですか」
「わからん」
「その声はフォルダー!」
ホーリーが見境もなく興奮する。
「ホーリー、聞こえるか?瞬示と真美がイリを連れてブラックシャークの船外に出てノロ探索に向かった」
フォルダーの言葉に声をあげる者はいないが、さすがにホーリーは通信相手が旧友のフォルダーだけに興奮しながらも冷静に言葉を出す。
「情報を送ってくれ。こちらも送る」
親友同士の圧縮された会話が始まる。
「今、次元通信でデータを送信した」
天井から中央コンピュータの声がする。
「受信中です」
「受信確認した。そちらの状況を詳しく教えてくれ」
[212]
「どんな状況でもブラックシャークは対処可能だ」
「なんとかなるんだな」
ホーリーが張りあげた声をマイクに向ける。
「なんとかするさ……」
フォルダーの返事が雑音で遮られる。
「おい、次はどこで飲むんだ!」
「あの居酒屋……」
フォルダーの声がノイズの中で溺れてしまう。同じようにホーリーの声も深い次元の海に埋もれてフォルダーに到達することはなかった。しかし、ワンチャンスのデータ交換は確実に共有された。少なくともデータを傍聴していたRv26にはその内容がそのまま記憶装置に深く刻まれた。それまで息を止めていた全員の何とも言えない呼吸が聞こえてくる。
「中央コンピュータ!フォルダーから送られてきたデータの分析結果を教えてください」
サーチのていねいな命令に中央コンピュータが即答する。
「あとで詳しく説明しますが、ブラックシャークとの通信は以後不可能かもしれません。なぜならブラックシャークはもう元のブラックシャークではなく六次元の宇宙戦艦に変態したようです」
「どういうこと!」
[213]
サーチの檄が飛ぶ。
「皆さんに理解しやすい言葉を探します」
沈黙が流れる。少し時間を置いてから咳払いがすると低い音声が流れる。
「うーん、難しいな。もうブラックシャークは単なる宇宙海賊船ではありません。次元を自由航行できる多次元海賊船に変身しました。無敵の海賊船です」
[214]