【時】永久0297年5月
【空】地球ノロの星(居酒屋)
【人】カーン・ツー ホーリー サーチ ミリン ケンタ キャミ ミト
Rv26 MY28 MA60 マスター
***
Rv26はアンドロイドに子孫を造ることの是非についての問題が、なぜこんがらがってしまったかについて改めてテレビ放送で伝える。
「現時点でアンドロイドの赤ちゃんが生まれたという報告はない」
説明が進むにつれ、人間もアンドロイドもある事件を思い出す。それは住職が管守だった空澄寺で最長が「アンドロイドが子を持つ是非について」布教していたことだった(第三編第七十章「誘惑の布教」)。そのことに触れると画面に空澄寺の全景が現れる。
「余りにも最長の説法がうまかったから、アンドロイドが子供を造られるんじゃないかと思うようになったなあ」
一通り説明したあとだったので、Rv26の言葉がくつろいだ雰囲気になる。画面では空澄寺の正門で説法する最長を取り囲むアンドロイドの群衆が映っている。大統領補佐官のカーン・ツーがマイクが置かれた演台に頬杖をついてリラックスするRv26に囁く。
[248]
「大統領。いくら何でも少し気を抜きすぎていませんか」
「そんなことはない」
「しばらく、空澄寺のビデオを流しておきますから、その間に調子を整えてください」
「この身体になってから、どうもテンポがおかしいんだ」
「どういう風に?」
「うーん。敢えて言えば『まっ、いいかー』って言うような感じ」
カーン・ツーが飛びあがって驚くと放送スタッフのチーフに囁く。
「マイクを切れ。このままビデオを流し続けろ」
その指示にチーフがスタッフに目線で合図すると提案する。
「もう三時間以上もしゃべり詰めです。休憩をしてもらいましょう」
「そうしよう」
チーフがスタッフと段取りをする。それを横目で見ながらカーン・ツーがRv26に近づくと手を差しだす。
「お疲れさまでした。少し休憩しましょう」
Rv26がカーン・ツーの手を握ると台からトンと降りる。
[249]
「先ほどの話ですが『まあ、いいか』というのはどんな感じなんですか」
「『まあ、いいか』じゃなくて『まっ、いいかー』だ」
カーン・ツーがまじまじとRv26を見つめる。
「なぜ、俺、俺じゃない、ワタシの顔を不思議そうに見るんだ?」
「Rv26、いえ、大統領!あなたがノロそのものに思えます!」
Rv26は格別表情を変えることもなくカーン・ツーに穏やかに応える。
「やっぱり、そうなんだ。前々から思ってたんだ。どうも『ノロ化』しているようだ」
「ノロ化!」
カーン・ツーがいつまでも手を握り続けるRv26から離れる。
「俺、やっぱり元に戻りたい。そうだ!俺は大統領だ。MA60に元の身体に戻すように命令すればいいんだ」
「ちょっと待ってください」
「もちろん、この演説が終わってからにするが」
「いえ。そうじゃありません」
「あなたは地球連邦政府の大統領です」
「そうだが」
Rv26が首を縦に振る。
[250]
「MA60はノロの惑星の住民です」
「MA60は今どこにいる?」
「ノロの惑星に帰りました」
「そうか。ノロの惑星で手術してもらうのがベストだな」
「なぜなんですか」
「だって、演説するたびにあんな箱の上に載らなければならないなんて、もう、いやだ」
すでにしゃべり方がノロそのものになっている。カーン・ツーが思案する。
――どうすればいいんだ
取りあえずサーチに無言通信を送る。
***
{ハーイ、サーチです}
軽いノリのサーチの返信がカーン・ツーに届く。
{船長!Rv26の様子がおかしいのです}
{どういう風に?}
{しゃべり方がノロそっくりなのです}
{それはPC9821のチップセットのせいだわ}
[251]
{それは分かっています}
{それじゃ、何が問題なの}
カーン・ツーはいい加減な人間だったが、今やノロに洗脳されて真面目になった。当然ホワイトシャークの船長のサーチを頂点とするノロの惑星の独立的な体制も理解している。しかし、サーチの応対がかなりいい加減なことに気付く。仕方がないのでホーリーを呼び出す。
{ホーリー}
{元気かあ?カーン・ツー}
カーン・ツーはホーリーに対する無言通信を遮断する。かといってサーチとの無言通信を再開する気にもなれない。
――ひょっとしてノロの惑星の居酒屋で羽を伸ばしているのかもしれない
カーン・ツーは別にサーチやホーリーを責める気はなく、どのようにしてRv26の異常を報告して善後策をどうするのかを考え直す。
――チップセット……マザーボードだっけ?いずれにしてもPC9821が原因だろうが、Rv26の異変はいい方向に向かうのか、そうじゃないのか
「補佐官!」
放送スタッフのチーフの呼び声で我に返ったカーン・ツーは目の前にRv26がいないことに気付く。
[252]
「補佐官。いいのですか」
「何が」
「大統領が時空間移動装置に入って内側からロックしています」
「どこだ!」
カーン・ツーがスタジオの出入口に向かう。
***
「みんないい加減だな」
居酒屋に現れたRv26がサーチ以下グデングデンに酔いつぶれたホワイトシャークの海賊に落胆する。さすがに身ごもったMA60と控えめに飲んでいたミリンは正常だった。すぐさまMA60がRv26に気付く。その視線に気付いたミリンが叫ぶ。
「ノロ!」
「ノロじゃないわ。Rv26よ」
MA60が否定するとRv26がミリンに顔を向ける。
「そうです。俺は、いや、ワタシはRv26です」
ミリンはゆっくりと立ち上がるとRv26の両手を握る。
「ごめんなさい。少し酔ってます。でも、『地球で何があったの』と言う程度の質問はできます」
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「問題はどちらかというと・・・という状況」
「悪くはなっていないのね」
ミリンは疑問符を付けずに応える。
「カーン・ツーの無言通信が入ったときはまだ正気だったから、あなたのこと、一応議題にはなったわ」
「それは議題ではなく話題だ」
「いいえ。まともに議論したのよ」
「議論したのなら結論があるはずだ」
「もちろん、結論は出たわ」
「どんな?」
「メガネを掛けること」
「メガネ?」
「そうよ」
Rv26が短い首を傾げる。
「見た目はノロそっくりだけれど、唯一違うのはメガネを掛けていないこと」
「俺の視力は五十だ」
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「五十!人間じゃないわ!」
「当たり前じゃないか!」
ミリンが驚くがRv26も驚く。
「私、近眼だから0・2しかないわ。視力五十ってどんな感じなのかしら」
「なんだって見えちゃう。コートを着ていたってミリンの裸まで見えてしまう」
Rv26が口を広げて「ニー」と笑う。そんなRv26の表情を目の当たりにしたミリンが真顔でRv26を引きよせて確認する。
「本当はノロでしょ?こんな冗談を言えるのはノロしかいないわ!いつ戻ってきたの」
「俺はRv26。ノロじゃない」
「ウソよ!その笑い方、しゃべり方、寒い冗談、すべてノロそのものだわ」
「ノロの視力は0・0001。俺の視力は50。だからメガネは不要だ」
「でも!」
ミリンは少し離れたところでお腹をさするMA60に同調を求める。
「ねえ!ノロでしょ!」
Rv26がMA60に近づこうとするが、ミリンが手を離さない。
「MA60。俺を元の身体に戻してくれ」
MA60はRv26を見つめるだけで返事はしない。一方ミリンの手がRv26の頬に延びる。
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「この感触覚えているわ」
ミリンの言葉に狼狽えるRv26にやっとMA60が声を出す。
「ノロがどこまで考えていたのかは分かりません。ところでこんな話が出たわ」
「やっぱり話題だったんだ!」
Rv26を無視してMA60がミリンを見つめながら続ける。
「元の身体に戻すとすれば、それは戦闘用アンドロイドとの戦いで勝利したときです」
「なぜだ!」
「それはあなたを改造したときの雰囲気を思い出したからです。フォルダーが一番あなたのことを気にしていました。今思えばあなたをノロそのものに改造しようとしていたのかもしれないし、そうでないかもしれない。でもあなたに最大限の期待を抱いていたことだけは確かです」
Rv26はMA60を見上げたまま固まる。ミリンがいつの間に用意したのか丸いメガネを差しだす。
「これを掛けて」
Rv26は無視して絶叫する。
「どういうことだ!俺は元の身体に帰りたい!」
[256]
思わずミリンがひるむとうなだれる。MA60が立ち上がってミリンからメガネを取りあげる。
「大声上げて悪かった」
「掛けて」
MA60がメガネを手渡すと躊躇しながらメガネを掛ける。ミリンが顔をあげるとうるんだ目元を緩めてうれしそうにRv26に近づく。
「似合うわ」
「本当に?」
「ええ」
Rv26がミリンの手を握る。そして思い出したように周りを見渡す。みんな、すべてのストレスを完全に解消したのかカウンターに頭を着けて眠っている。ホーリーなんか大イビキをかいてる。その前でマスターが黙ってコップを拭いている。
***
大統領府の庭に時空間移動装置が現れる。キャミがミトと共に大統領の事務引き継ぎのために新大統領のRv26に会いに来たのだ。執務室では落胆したRv26が座っている。その姿を見たキャミとミトが驚く。
[257]
「ノロ……」
「ノロではありません。大統領のRv26です」
カーン・ツーの言葉にミトが反論する。
「Rv26はメガネを掛けていなかったぞ」
「ミリンの提案でメガネを掛けるようになりました」
「どうして?」
Rv26が低い声で応える。
「俺を完全にノロ化するためだ」
「ノロ化?どういう意味だ?」
ミトが厳しく切り込む。
「どうやら近く発生するはずの戦闘用アンドロイドとの戦いに備えるためらしい」
「!?」
たぐいまれな戦略家のミトにも理解できない。ましてやキャミには想像を超える言葉だった。しかもミリンの提案だという。
「メガネを掛ければ戦争に勝てるの?」
Rv26は返事をせずに拳を握る。
「いったい何のためにフォルダーは俺にPC9821のチップセットを埋め込んだんだ!」
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しゃべり方までノロそっくりのRv26にミトは驚くとともにそれまでの経緯を反すうする。そして蒼白の顔面に血の気が戻る。
「なんとなく『ノロ化』という言葉の意味が分かった」
ミトの顔をキャミが覗き込む。
「教えて」
「確信した訳じゃない。今はたとえキャミにでも言えない」
「分かったわ」
キャミが意外にあっさり引くと、ミトにRv26が席を立って近づく。
「多分ミトが思ったとおりなんだろうが、俺って、いったい、何なんだ?」
ミトは応えずに笑う。そして拳を上げてから開くとキャミの手を取る。
「いい方向に向かっているのね」
キャミがミトの手を握り返すと心の中で繰り返す。
――アンドロイドの社会にもノロというアンドロイドが必要なのかもしれない
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