【時】永久0297年4月6日
【空】ホワイトシャーク(アンドロイド製造工場)
【人】サーチ ホーリー ミリン ケンタ Rv26 MY28 MA60 (ノロ) (長官)
***
「戦闘用アンドロイドの詳しい資料はないの?」
サーチの疑問に中央コンピュータが応える。
「ノロの惑星の中央ライブラリーを調べてみます」
副船長席のホーリーが期待する。
「戦闘用アンドロイドの資料があれば、なんらかの対抗措置が取れるかもしれない」
サーチが目を閉じて頷く。ホーリーは視線を目の前のモニターに戻す。しばらくすると天井から声がする。
「おかしい」
サーチがうっすらと目を開ける。
[156]
「これは……?」
「どうしたの?チューちゃん」
「あっ!これはノロの家の地下室にあるファイルサーバーのデータだ」
「地下室のファイルサーバー?」
「そんなものがあの地下室にあったのか」
「戦闘用アンドロイドの製造データと言うよりは物語か脚本に近い」
「物語?」
***
ここはあるコロニーのアンドロイド製造工場の設計室で、先ほどからノロとこのコロニーの最高責任者である長官が言い争っている。
「いやだ!そんなもの造っても敵や味方の区別はつかない」
「男女の区別がつかないと言いたいのだな」
「当たり前だ。アンドロイドには目の前の人間が男か女か判断できない」
「ノロ、お前ならできる」
「当たり前だ。俺は女が好きで男が嫌いだからな」
「最近、男みたいな女が増えてきたぞ」
[157]
「長官も騙されたことがあるんだな」
「一度ひどい目に……。そんな話をしているんじゃない!」
「だって長官も騙されるぐらい男と女を見分けるのが難しいということじゃないか」
「違う!お前なら男女を見分けるアンドロイドを製造できるはずだと言いたいのだ」
「それは不可能だ。俺が女装したら長官といえども女だと勘違いするはずだ」
「アホか。それは絶対にない!」
「長官が女装したって俺も絶対に騙されないなあ」
「そうだろ」
意見が合致して握手するが、すぐ睨み合う。
「女の軍隊を皆殺しにする戦闘用アンドロイドを量産せよ」
「だから、無理だと言っているじゃないか。分からんのか?石頭長官!」
「何!石頭だと」
「俺はアンドロイド製造の第一人者だ。その俺が言っているんだ。できんことはできん」
ノロが食い下がると、長官も食い下がる。
「様々なものを発明したお前なら不可能ではないはずだ」
「とにかくいやだ。時空間移動装置にしたって宇宙を旅するために造ったのに、戦争の道具になった。兵器を造るのは大嫌いだ」
[158]
「ノロ、よく考えろ。早期の戦争終結が重要だ」
長官が数冊のノートを出す。
「それは俺の研究ノートだ。いつの間に……」
「汚い文字を読むのにずいぶん苦労した。お前はアンドロイドを男と女に分けて生殖機能を持たせようと考えておるな」
「返せ!」
長官からノートをひったくろうとするが部下たちがノロを羽交い締めにする。
「女だけを殺す戦闘用アンドロイドの製造を命ずる」
「何度命令されても拒否する!」
なんとかノロがすり抜けると短い脚をフル回転させて工場から出ようとする。
「分からんヤツだな。少し痛い目にあわせろ」
逃げられないと悟ったノロが立ち止まる。
「待ってくれ」
「引き受けるんだな」
「違う!」
振り向いて長官を睨んだままノロが続ける。
「長官の希望どおり、女を殺す戦闘用アンドロイドを開発したとしよう。そのアンドロイドが誤って男の軍隊を攻撃しても俺は知らんぞ」
[159]
「それは確率的に低いはずだ。仮にそういう状態になってもやむ得ん。戦争に犠牲は付きものだ」
ノロがうつむく。
「そうか。兵士は所詮、駒なのか。同じ人間なのに」
「平和は犠牲の上に成り立つものだ」
ノロの目に涙があふれる。
「やっぱりイヤだ!」
そのときノロの顔面に強烈なパンチが撃ち込まれてメガネが吹っ飛ぶ。鼻から血を流して床に倒れる。長官がノロの胸をグリグリ踏みつけるとゼイゼイと苦しそうに息を吐く。
「ちょー、長官」
「引き受けるか」
「いやだ」
長官がノロの胸から足を外すと誰かがゆっくりとノロを抱き起こす。ノロはもう一発パンチを食らうと思ったのか手足をバタバタさせる。
しかし、何も起こらない。メガネを掛けさせられて強制的にある女の写真を見せられる。
「イリ……」
[160]
「姉の命は保証しよう」
「卑怯な!」
***
「男と女の戦争が起こる前からノロは戦闘用アンドロイドの製造には反対していた。しかし、時空間移動装置はもちろんアンドロイドの製造にかけては誰の追従も許さなかったが、軍の幹部から見ると思想的に問題があった。本当はただ気まぐれなだけだった。ところで姉ではないのに、長官のウソを見抜けなかったのか、イリが人質に取られたと思ってノロは仕方なく戦闘用アンドロイドの製造責任者になったようだ」
「そうだったのか」
ホーリーが天井を見つめる。
「初めはイヤイヤ作業をしていが、ある時期を境に積極的に戦闘用アンドロイドの製造に深く関わるようになった」
「人質問題はともかくとして、アンドロイドに生殖機能を持たせようと考えたからか……」
ホーリーを制してサーチが繋ぐ。
「ノロは男と女を区別して人間を殺すという課題からいかにしてアンドロイドを進化させるかというアイデアを得たのかも。そう、そうに違いないわ!戦闘用アンドロイドを製造する傍ら、アンドロイドを男と女に分けて出産能力を、そして寿命を設定する研究に没頭したんだわ。こ
う考えればノロの行動のすべてが理解できるわ」
[161]
ホーリーが感心してサーチを見つめる。
「そうだ!だから製造された戦闘用アンドロイドはできが悪く、女の兵士だけではなく男も殺すという事故が多発した。ノロは興味があることに没頭するが、気が進まない作業は手を抜く」
ホーリーとサーチは顔を見合わせて笑顔で頷き合うと天井から大きな声が響く。
「そのとおりです。ノロは戦闘用アンドロイドの製造という作業を適当にこなして、せっせとアンドロイドの性の研究に邁進したようです」
「でも、サボリは必ずばれる」
***
「お前を死刑に処す」
「えっ!」
「前線の戦闘用アンドロイドが男の兵士まで殺害しておる」
「だから言ったじゃないか。うまくいくはずないって」
「適当に戦闘用アンドロイドを製造していた罪により死刑だ」
[162]
「必死になって頑張ったのに死刑だなんて、ひどい!」
「それに怪しげな作業をしていることも分かっている。人間の女性そっくりのアンドロイドを造って夜な夜な奇妙なことをしているという報告もある」
「それは戦闘用アンドロイドに女を認識させるために製造したんだ。女の写真を見せて『これが女だ』と教えたってアンドロイドには分からない」
「ふーん」
長官はこれまでの居丈高な口調からトーンを落とす。
「それに男の人間に似たアンドロイドも造った。『この種の人間は殺してはならん』と教えるためだ。そうしないと戦闘用アンドロイドは長官を殺そうとするかもしれない」
「なるほど」
完全にノロのペースになる。
「もし、戦闘用アンドロイドの調子が悪いので修理しなければならなくなったとする。そのアンドロイドが脱走して長官を襲ったら、それこそ俺は死刑になる」
「そうか。そこまで考えてのことだったのか」
「俺のやり方に文句があるなら、この仕事から降りる。イリも納得するはずだ」
「まあ、待て」
慌てて長官が死刑執行書を破り捨てる。
[163]
「どうすればいい」
「戦闘用アンドロイドの前線派遣を一旦中止してくれ。急製造したから、男女識別プログラムのレベルが追いついていない。それにプログラムにバグがあるかもしれない」
「分かった。一週間猶予する」
「何を?」
「死刑をだ」
「そんな!たった一週間だけ?それじゃ時計を見るたびに手が震えてまともな作業ができる訳がない」
「グズグズ言うな。さっさと優秀な戦闘用アンドロイドを製造しろ」
***
艦橋で浮遊透過スクリーンを見ていたサーチたちは中央コンピュータの映像解説に納得する。
「確かに戦闘用アンドロイドはひどかったな」
「女の軍隊は対抗上、戦死した戦闘用アンドロイドを分解して同じような戦闘用アンドロイドを急きょ製造したけれど、結局中止したわ」
「それは賢明な判断だった」
サーチとホーリーの会話が途切れたとき、ミリンが声を出す。
[164]
「チューちゃんが苦労して探しだしたデータに鮮明な映像まであるなんて少し違和感を覚えるわ」
「そう言えばそうだわ」
サーチの発言にホーリーが無言で肯定する。
「答えて!チューちゃん」
「えー。それは、そのー、ワタシにもよく分かりません」
「何か、隠し事でも」
ミリンの追求に中央コンピュータが即答する。
「それはありません。ただし、ワタシのデータを上手に加工する者がこのホワイトシャークにいることは確かです」
にわかに操縦席にいたMY28が立ち上がる。
「ワタシが加工しました。中央コンピュータと同期を取ったとき、このデータの内容に驚きました」
「!」
意外なMY28の言葉に艦橋にいるすべての者が驚く。
「男の人間にそっくりなアンドロイドとはワタシのことです」
「えー!!」
[165]
驚くと言うよりも仰天する。その中でサーチがなんとか言葉を発する。
「ということは、女の人間にそっくりなアンドロイドは……」
「ワタシです」
MY28の側でお腹がせり出したMA60が応える。そしてMY28がMA60の腰に手を回す。
***
ノロが工場内で一番人間に近い姿をしたアンドロイドに近づくと声をかける。
「なあ、MY28」
「ハイ」
「最強の戦闘用アンドロイドを製造する」
「ハイ」
「残された時間は二十四時間だ」
「ハイ」
「俺がお前にインストールした戦闘用アンドロイド製造プログラムを駆使して製造してくれ」
「ワカリマシタ」
「俺は密かに製造した超小型量子コンピュータでこのコロニーの中央コンピュータに侵入して時空間移動船を略奪する。その船でこのコロニーから脱出する」
[166]
アンドロイド全員がノロに向かって大きく首を縦に振る。
「実行!」
アンドロイドたちは整然とノロから、それぞれがなすべき場所に向かって歩き出す。
「イリ……」
ここでノロは長官に騙されていたことに気付く。
「でもイリはどこにいるんだ」
両手をぐっと握り締める。
***
「ノロ。約束の期限だ」
武装した兵士数十名を連れて長官がノロの前に現れる。ノロは背中を向けたまま応えようとしない。
「答えろ!」
ノロの背中が揺れるが振り返ることはない。
「ノロ!」
そのとき工場内にサイレンが鳴り響くと照明が消える。護衛の兵士が慌てて携帯照明灯で周りを照らした瞬間、その兵士たちにレーザー光線が向かう。
[167]
声を出す間もなくほとんどの兵士が倒れる。
「ノロ!」
携帯照明灯を持っていない長官は床に貼り付くと大声をあげる。その声めがけてレーザー光線が向かう。
「反逆者は死刑だ」
「死刑される身になって見ろ」
ノロの声が響く。その声を頼りに長官がノロに向かって突進する。ノロは簡単に倒れるが、それは案山子のノロだった。
「おのれ!」
「工場閉鎖」
「シェルターを開放」
「何!シェルターを開放するだと!」
シェルターが開放されると中の空気はすべて宇宙に放出されてしまう。
「長官。さようなら」
どこからかノロの声が聞こえてくる。長官が苦し紛れに叫ぶ。
「待て!姉のイリの命は保証しないぞ」
[168]
「どこにいるんだ」
「イリはこのコロニーにはいない」
「えっ?照明を点けろ!」
工場内が眩しいほどの明るさを取り戻す。倒れたノロの人形が長官に近づくが、長官の視力はまだ戻っていない。
「イリはどこにいる?」
「さあ」
長官は目を閉じて惚ける。その間、生き残った兵士が通信機でコロニーの中央コンピュータにアクセスしようとする。そのとき背中に「MY28」と書かれたアンドロイドが通信機を奪うと握りつぶす。
「長官、時間がない。イリはどこだ」
「先に解放しろ」
そのとき大きな轟音とともに時空間移動船が工場横に着陸すべく高度を徐々に下げる。
「まだ、空気は残っているが、時空間移動船が着陸すればこのシェルターは粉々になって宇宙と一体化する。どうする?長官」
キチガイだとバカにしていたノロに長官は言葉を失う。ガラガラとシェルターが崩れる音がする。
[169]
「ノロ!待て!」
ノロからの返事はない。
「イリの居場所は知らない。お前に戦闘用アンドロイドを製造させるための方便だった。正直に告白したから助けてくれ」
「お前は人間じゃない。アンドロイドの方がよっぽど人間味がある」
再び人形のノロが床に倒れると工場の入口の方からノロの声がする。
「MY28。行くぞ。全員時空間移動船に乗船しろ」
「了解!」
***
「そういうことだったのか」
まずホーリーが感動しながら納得する。
「あの工場での出来事は今でも鮮明に覚えています」
MY28が感慨深く息を吐き出す。そしてMA60の腰に当てた手を離すと抱きしめる。
「アンドロイドじゃない。このふたりは人間と同じだわ。しかも強い愛情で結ばれている!」
サーチが羨ましそうにMY28とMA60を見つめる。そして改めてノロの偉大さに驚く。
ノロのひょうきんな態度からまったく想像できないが、彼が残した軌跡に驚くというよりは、何とも言えない暖かさを感じる。
[170]
それは感激の余り涙を流すというものではなく、なぜかクスクスという笑いから始まって気が付けば誰もが大笑いして耐えきれなくなって涙を流すというようなシーンを想像させる。
「今頃、ノロは何をしているのかしら」
ホワイトシャークの艦橋に和やかな空気が流れる。ホーリーがポツンと漏らす。
「ノロならこの混乱した人間とアンドロイドの微妙な関係をどう調整するんだろう」
「大昔、小さな島の領有権を巡って大騒ぎしていたのが後々バカらしい出来事に変わったように、こんな混乱なんて大したこと、ないのかも」
そう言うとミリンがうれしそうにケンタに抱きつく。
「さっきの映像でアンドロイドに対するノロの考え方がよく分かったわ。ねえ、ケンタ」
それを見たサーチがたまりかねて船長席を立ってホーリーに近づく。そしてホーリーの背中から抱きつく。ホーリーが驚いて振り返ると目の前にサーチの唇が待ち受けている。
「俺がケンタのように『無口で静かな男だったらいいなー』と思っているんだろ」
「あなたこそ、『私がしとやかで従順な女だったら』と……」
ホーリーの唇がサーチの言葉を奪う。
(ここで次の章に進むのが著者の流儀なのだが、今回はRv26の異議を挿入する。だからここまでRv26を登場させなかった)
[171]
「ゴホン」(これはRv26の咳払い)
「ゴホン」(これは中央コンピュータの咳払い)
まずMY28とMA60が離れる。そしてホーリーとサーチも離れる。サーチはミリンの様子を伺おうと視線を変える。
「あれ、ミリンは?」
ミリンもケンタも艦橋にはいなかった。中央コンピュータから確認メッセージが入る。
「四貫目、お松とともに御陵時代の伊賀の里へ時空間移動しました」
「えっ!」
「アンドロイドの三太夫の正体を解明するのが理由です」
「船長の許可なしに?」
「ワタシが許可しました」
Rv26がサーチの前に進み出て応える。
「なぜ」
「皆さん抱き合っていましたから」
「そうじゃないの。なぜ伊賀に行かせたのかを知りたいの」
「三太夫がいつどのようにして戦闘用アンドロイドと入れ替わったのか、早急に調査する必要があると考えたからです。これは四貫目の強い希望でもありました」
[172]
「みんなが浮かれているときに次にすべきことを実行したということね」
そのとき浮遊メイン透過スクリーンに、表面が無数のグレーの突起を持つ歪な五角形の限界城が映しだされると中央コンピュータの緊張した声が流れる。
「この時空間に留まることは危険です」
「!」
Rv26はノロがよくした口を真一文字からニーッと笑う仕草を狼狽えるサーチに向ける。
「危険は了承済みだ。大丈夫」
「あなたはRv26なの?本当はノロじゃないの?」
「ワタシはRv26です」
「これが物語だとしたら、最後に『実は俺はノロだ』なんてことはないだろうな!」
サーチの横でホーリーが興奮する。
「なぜ、四貫目にミリンが付いていったの」
サーチは船長として軽率な質問をRv26に向けてしまう。
「だから、始めに言ったでしょ。皆さん抱き合ってラブラブだった」
「ミリンもケンタもでしょ」
「いえ、いち早くふたりは離れたし、四貫目とお松は抱き合っていませんでした」
「サーチ」
[173]
ホーリーは「船長」と呼ばずに敢えてサーチと呼ぶ。
「落ち着け。もう子供じゃない。ホワイトシャークの立派な海賊だ」
「そのとおり!」
Rv26が両手を挙げると艦橋にいる海賊全員が大歓声を上げる。
[174]