第八十七章 選挙


【時】永久0297年5月

【空】地球

【人】ホーリー サーチ Rv26 ミリン ケンタ 住職 リンメイ

 

***

 

 激しかった戦闘も一旦収まるといつの間にか人間もアンドロイドも延長戦を戦う気力が消滅したかのように静かになった。ミリンが言ったように理屈だけが先行して、興奮したままバカげた戦闘を始めた自分たちに嫌気がさしたのかもしれない。あるいは誰が味方で敵かの区別ができない戦闘を通じて疑心暗鬼に陥った結果、再び結束することができなかったのかもしれない。そして妊娠したアンドロイドの女性を探すが、MA60以外ひとりも見つからなかった。

 

 一方、恐れていた戦闘用アンドロイドの妨害は今のところない。

 

「戦闘用アンドロイドの目的をもう一度精査する必要があるわ」

 

「ひょっとして彼らはノロを恨んでいるのでは?」

 

「そうかしら。戦闘用アンドロイドを戦争に投入した男の軍隊や女の軍隊、いや人間そのものを恨んでいるのかも」

 

[216]

 

 

「そうすると全人類の抹殺が目的?」

 

「アンドロイドだけの世界を目指そうと考えているのかも」

 

 誰もが巨大土偶を思い出す。サーチとホーリーの会話が続く。

 

「最長や広大は六次元の世界のアンドロイド、つまり巨大土偶を非常に恐れていたわ」

 

「ネズミ算的に子孫を増やす巨大土偶に手を焼いていた」

 

「そのうち他の次元でも同じような悩みを持っていないか調べているうちに三次元の私たちの世界に注目したのね」

 

「そして瞬示と真美を地球に派遣した」

 

「やがてアンドロイドが子孫を残そうとするかもしれないと考えてのうえね」

 

 ホーリーは頷くと賛同して首を縦に振る人数を確認する。

 

「最長は瞬示と真美の情報からアンドロイドの生みの親であるノロの存在を知ってその知恵を借りようとした」

 

「ノロはアンドロイドも人間と同じように子孫を残していずれ独自の文明を持つという前提でアンドロイドを製造したから最長の判断は正しかったわ」

 

「同感だ!」

 

 周りの者がすぐに同調する。ここで議論をまとめるのを自分の使命だと信じて疑わない住職が一歩前に出る。

 

[217]

 

 

「一言で言えば、ノロの知恵を下敷きに巨大土偶の寿命を制限して生命体と同じように子孫を通じて別の文明を持たせようと考えたのじゃ。初めからこう考えて巨大土偶を製造すればよかったのに何も考えずに乱造したからにっちもさっちも行かなくなってしもうた。大昔、原子力発電所をドンドン建設して事故が起きてから大慌てしたわしらの祖先と同じ過ちを犯したのじゃ」

 

「俺たちの世界と同じように六次元の生命体も男女に分かれて戦争をしていて、相手を抹殺するために巨大土偶を製造したのかも」

 

「そうかしら。まあ、どちらでもいいけれど」

 

 サーチがフーッと息を吐いてから横道に逸れかかった議論を元に戻す。

 

「とにかく高度な文明を持った六次元の生命体が、ただ自己増殖するだけの巨大土偶を誕生させてしまった。繰り替えすが、三次元の世界ではノロが増殖の暴走を回避する手立てを考えてアンドロイドを製造した」

 

「でも戦闘用アンドロイドを製造して混乱が起きているわ」

 

「だから戦闘用アンドロイドが何を考えているのか、精査しなければならない。そう提案したのは船長じゃないか」

 

 ホーリーがサーチに不満そうに見つめる。

 

「そうだったわね」

 

[218]

 

 

 サーチはホーリーでなく全員に頭を下げる。

 

「今やアンドロイドは高度な感情を持っているわ」

 

 そんなことは百も承知だとまだ不満顔のホーリーが感情を抑えて議論を進める。

 

「しかも戦闘用アンドロイドはどうやら五次元の空間を、と言ったらいいのか、四貫目の報告によると五次元の世界と関わりを持った」

 

「限界城のことね。でも限界城とは?」

 

「限界城がどういうものか、まずこれを調べなければ」

 

「なぜ五次元なのかしら」

 

「所詮三次元の俺たちにとって四次元も五次元も六次元も認識できない。高次元であることが問題なんだ。それに時間軸を複数以上持つ世界にいる生命体は三次元の世界の時間を制御できる。これはノロの教えから明らかだ」

 

「しかし、三次元の人間が、つまり四貫目は五次元の世界と関わりを持った戦闘用アンドロイドに打ち勝ったわ」

 

「知恵というものは次元に左右されない。現にノロは六次元の世界に招待されたじゃないか」

 

「ノロなればこその次元を越えた知恵じゃ」

 

「限界城に関する資料はないのか」

 

 そのときふつふつとRv26の身体に力があふれる。まるでノロが乗り移ったように。サーチやホーリーたちがその姿に驚くが、Rv26がきっぱりと言い放つ。

 

[219]

 

 

「なぜ、フォルダーがワタシにPC9821のマザーボードを埋め込むように指示したのか。今、ワタシは……」

 

 急に語尾に勢いがなくなると苦悩の表情をしたためてRv26が目を閉じる。まるでバッテリーが切れたあとスイッチを切ってわずかに残った電気をかき集めているように見える。Rv26は静寂に包まれた艦橋の緊張感をよそに次の単語を模索する。そして再起動するかのように目を開ける。

 

「PC9821のマザーボードをなぜ埋め込まれたのか、なんとか理解できた」

 

 ホーリーがRv26をしげしげと見つめながら尋ねる。

 

「なんとか?」

 

「現段階では、なんとかです」

 

「どういう意味?」

 

 サーチが追従する。

 

「それは、まだPC9821の性能を百パーセント使いこなしていないからです」

 

 ノロの姿をしているが、アンドロイドの中のアンドロイドで歴戦の勇士であるRv26に新たなイメージが加わる。まずサーチがイメージする。

 

――Rv26はアンドロイドのノロになるのかもしれない

 

[220]

 

 

 ホーリーもイメージする。

 

――ノロはRv26に何を託したのか

 

 晴々とした表情に変わったRv26が短い背筋を伸ばす。

 

「選挙運動に没頭します」

 

「具体的には?」

 

 サーチが気の抜けた言葉を吐く。

 

「生命永遠保持手術に始まって過去の長い男と女の戦争、そして巨大土偶の出現と巨大コンピュータとの戦い。そして六次元の生命体の瞬示や真美の存在とノロの活躍。あっ!もうひとつ忘れていました。パラレルワールドの一太郎と花子が発明した無言通信。公約にはなりませんが、これだけの物語を伝えれば票を集めるのには十分でしょう」

 

 Rv26が胸を張って見上げる。すぐさまキャミが声を上げる。

 

「ほかに立候補者がいないからいいようなものの、過去の事実を伝えるだけで、未来に対してビジョンを示さない演説で選挙ができますか?」

 

 今度は住職がキャミに反論する。

 

「過去のことに口を閉ざして、実現できるかどうか分からない未来のことを演説したって、それは限りなく詐欺に近い行為じゃ」

 

[221]

 

 

***

 

 結局立候補者はRv26ひとりだった。

 

「無投票当選か。Rv26が訴えようとした選挙演説はできないな」

 

「構いません」

 

「?」

 

「前に言った物語を就任演説に変更します」

 

「えー!あんな長い物語を?選挙演説なら何回かに分割して話ができるが、丸一日ぶっ通しでするなんて聞いたことがないわ」

 

「映像を使うこともできます。もちろん編集はしますが、ごまかしはしません」

 

「宣伝と思われるかもしれない」

 

「そうでしょう」

 

 Rv26の素直な返答にサーチ以下全員が驚く。

 

「ワタシがしゃべる過去の出来事を見てワタシが大統領にふさわしくないとしたら、すぐさまリコールできる臨時的な制度を造ります」

 

「なぜ、臨時的な制度にするんだ」

 

「安定性に欠ける制度は臨時的に使うのがコツだと考えました」

 

 この言葉にサーチ以下人間だけが驚く。Rv26の考えがまともなのは当然として、住職は人間というものが感情に揺れがあること。

 

[222]

 

 

大きく揺れてもすぐ忘れること。このふたつの短所から墓穴を掘るというクセをRv26が見抜いたことに気が付く。つまり、卓越したアンドロイドが人間の本質を見抜いていた。

 

――Rv26の思考はノロと同じでは

 

「それではワタシは所信表明演説と遊説の旅に出ます」

 

「待て!」

 

 ホーリーがRv26の前に立ちはだかる。

 

「昔のお前なら護衛は要らなかったが、今のお前、失礼、大統領にはそれなりの護衛が必要だ」

 

「戦闘用アンドロイドの妨害のことなら心配は要りません」

 

「?」

 

「無言通信のようにはいきませんが、アンドロイド同士の通信は単純です。だから、なんとかなるでしょう」

 

「なんとかなる?お前、いや、大統領はいつからそんなにいい加減な考え方を持ったんだ。それじゃ、まるで……」

 

「『ノロのようだ』と言いたいのでは?」

 

 この言葉にホーリーが驚く。住職が頷きながらそんなホーリーの肩を叩く。しかし、声を出したのは住職でもホーリーでもなくサーチだった。

 

[223]

 

 

「あなたは本当にRv26なの!」

 

 ミリンがすぐさま反応する。

 

「そうじゃない!ノロの分身だわ!ノロが分身の術を使ったんだわ」

 

 突然Rv26が大きな声をあげて笑う。

 

「そうか!分身の術か」

 

 天井からも笑い声が聞こえる。

 

「そうだったのか。わっはっはー」

 

 しかし、サーチもホーリーも住職もリンメイも……ミリンを除いて笑う者はいないし、艦橋にいる海賊さえ真っ青になる。

 

「それでは大統領就任式に行きます」

 

 Rv26は短い脚をしっかりと前進させると艦橋から消える。

 

「ケンタ!行くわよ」

 

 ミリンがケンタを引きずるようにしてRv26の跡を追う。

 

[224]