第九十八章 二次元エコー


【時】永久0297年5月
【空】ノロの惑星地球
【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 リンメイ Rv26 ノロタン
   四貫目 お松 カーン・ツー 当主五右衛門 ライトハンド


***


「すべてのオニヒトデが空中に舞い上がりました」


 辛うじて造船所に残った一台のカメラからの映像を地下室でホーリーたちが固唾を飲んで見つめる。オニヒトデ型の戦艦がいなくなって地表が現れるが赤茶けた砂漠に見える。そして腐乱した巨大な魚のようなものが見える。その口からはわずかに歯が覗いている。


「ホワイトシャーク……」


 ホーリーの消沈した気持ちに追い打ちをかけるようにオニヒトデが一斉に回転する。その中央から鉛色の大粒の雨のようなものが落ちる。すぐさまノロタンが反応する。


「雨じゃない。鉛?鉛そのものじゃないか」


 地面にブスブスと穴が開く。しばらくすると天井から「カンカン」という音が聞こえてくる。

 

[414]

 

 

「まずい!全員ビートルタンクに」


 ノロタンが床の隅に行くと木箱をずらす。鉄製の輪っかが現れて引っぱるがびくともしない。すぐさまホーリーとケンタがノロタンを押しのけて引っぱる。「ギー」という音をたてて扉が開く。


「下の階でビートルタンクが待機しているはずだ」


 しかし、真下を覗くが真っ暗で何も見えない。まずノロタンがハシゴを数段降りて天井をまさぐる。なんとかスイッチを探りあてて押すと、頼りない明かりが広がる。眼下には黄色に輝くふたつ一組の光源が全部で四つ見える。


「ついてこい」


 ノロタンに促されて次々とハシゴを降りて床にたどり着く。目が慣れてきたのか周りに黒光りしたビートルタンクの輪郭が見える。


「手はずどおり四組に分かれて乗り込むんだ」


 ノロタンとホーリー、サーチが「ジョン」と名付けられたビートルタンクに乗り込む。そのときケンタの叫び声がする。


「わあ!」


 直径数センチ、長さ五十センチほどの鉛でできた槍のようなものがケンタの太ももを貫通したのだ。

 

[415]

 

 

「ケンタ!」


 ミリンが叫ぶと四貫目がケンタに肩を貸して「ポール」に押しこむ。


「ミリン!急いで!」


 ミリンを気遣う四貫目のすぐ前を鉛の槍が落下する。


「頭に受けたら即死だ!」


 ミリンがチューちゃんと一緒にポールに乗り込んだのを確認すると四貫目はお松と共に「ジョージ」に、そして住職、リンメイは「リンゴ」に乗り込む。もちろん海賊も分乗する。


 すぐに「カンカン」という不気味な音が響く。鉛の槍がビートルタンクに当たっているのだ。しかし厚くて固い装甲がいとも簡単にはねつける。海賊の操縦士がハンドルを器用に操って前進させる。


「地上へ!」


 ノロタンが命令するとビートルタンクが大きな音をたてて激しく揺れる。


「シートベルト!」


 ここでサーチがミリンに無言通信を送る。


{回復剤をケンタに}

{今、チューちゃんに探してもらっている}


 どうやらチューちゃんが回復剤を手に入れたようだ。

 

[416]

 

 

{今から飲ませるわ}
{よかった}


 サーチが大きな息を吐く。


「間もなく地上に出ます」


「舞い上がれ!ノロの惑星の大気が切れるところまで上昇しろ」


 震動が消えてタンク内が静かになる。しかし高速エレベータに乗ったように床に押さえつけられるような重力感を誰もが持つ。小さな浮遊モニターが操縦士の頭の上に現れる。


「梅雨空に見える」


 すぐに直径百メートルもある多数のオニヒトデ戦艦が上昇するビートルタンクに向けて中心の口からねっとりとした灰色のペンキのような物質を発射する。命中するが黒光りした表面に付着することはない。上昇を続けるビートルタンクに追い超すと地上を攻撃した先ほどと同じ鉛色の鋭い槍を発射するが、ビートルタンクの表面に穴を開けるどころか、スリップして落下する。落下した槍は回転しながら遅れて上昇するオニヒトデ戦艦に次々と突きささる。刺さったところから灰色に限りなく近い紫のヤニが噴き出す。そして回転が止まると落下する。


 オニヒトデ戦艦がビートルタンクに攻撃をすればするほどその数が減る。しかし、元々無数に近いオニヒトデ戦艦にとってその被害は大したことはない。むしろビートルタンクが無事に厚い雲を突破して超高々度まで上昇したことに意味があった。

 

[417]

 

 

「全速力で距離をとれ!」


 ノロタンが力強く命令を続ける。


「お互い千キロメートルの間隔を保った正方形の態勢を保て」


 しばらくすると態勢が整ったらしく各操縦士からノロタンに報告が入る。


「完了!次の作戦は?」


「反撃する!力一杯羽ばたけ!」


 ビートルタンクはカブト虫のように黒くて薄い羽を広げると目にも見えない速さで羽ばたく。その羽ばたきから発生した数ある波動のうちの一部が四台のビートルタンクが造った正方形の内側で振動の波を造ると正方形の波紋が平面的に拡張した後そのまま上下に拡大して立方体に変化する。またたく間にノロの惑星の一部がグレーの立方体に囲まれる。


 地上から見るとグレーの空に方眼紙が広がっているように見える。実際はそれぞれが立方体だが正方形に見える、その正方形が膨らんだり縮んだり息をするように見える。


 ビートルタンクのモニターには大きくなったり小さくなったりする無数のグレーの立方体が徐々に白っぽくなるとはっきりとその中に数えきれないほどのオニヒトデ戦艦が見える。その戦艦も膨らんだり縮んだりする。やがて立方体が次々とパチンとはじけて平面化する。ミリンがその変化の過程を的確に表現する。


「サイコロが折り紙になったわ」

 

[418]

 

 

 次々と立方体は単なる正方形に次元落ちする。閉じ込まれていたオニヒトデ戦艦は星型の平面に変わる。まるで折り紙をハサミで星形に切り取ったような感じがする。


「五次元の生命体が二次元の世界に封印された」


「まさか」


 ホーリーがノロタンの横顔を覗く。


「これが二次元エコーの攻撃結果だ」


「まるで紙だ」


「次元が下がって二次元の世界に身を置くと異常乾燥注意報に注意しなければならない」


「火を放てば紙のような二次元の世界は大火災を起こして消滅するのか」


 ノロタンがニーと口を広げるがホーリーは噴き出す汗を拭うのに忙しい。地表に展開していた立方体もすべて次元落ちして正方形に変わる。徐々にノロの惑星からグレーの色彩が消滅して火星のような赤い星に変化する。


「あんなに美しいコバルトブルーの星だったのに」


 ミリンが涙ぐむ。


「あれは何だ!」


「槍では?」


「槍じゃない。人のように見える」

 

[419]

 

 

「雨のように人が地上に落ちていく」


 次元落ちして二次元化したオニヒトデ戦艦から戦闘用アンドロイドがはみ出して落下しているのだ。


***


「全滅した」


 限界城の中で五右衛門がうなだれる。


「何という兵器だ」


 限界城の当主が狼狽える。


「たった四台の戦車に何億ものオニヒトデ戦艦がまさしく紙切れになった」


「これを『次元落ち』というのか」


「次元落ち?」


「よく分からん」


「五次元の生命体が次元落ちして二次元の生命体になったことだけは確かだ」


「そうか。だから三次元の戦闘用アンドロイドがあふれて落下した」


「限界城で戦えば、どうだ」


「限界城では戦えない。その名のとおり敵からの攻撃を防ぐのが城の役目だ」

 

[420]

 

 

「これからどうする?」


「次元落ちしたら限界城といえどもどうしようもない。ここはひとまず五次元の世界に戻って対策を考えるのが肝要だ」


「恐るべきはノロか。俺たちを造ったノロ。そのノロの惑星を征服しようとしたのは間違いだったのか」


 五右衛門がうつむくと警報が響く。


「例の四台の戦車がこちらに向かってきます」


「次元移動する。準備にかかれ」


 当主が命令するが、悲痛な声が響く。


「間に合いません」


 濡れたようなグレーの壁に真っ黒なビートルタンクが映る。正方形の編隊を組んで限界城に近づいてくる。


「粘着レーザー発射体勢をとれ!」


 キャンパスにねっとりとしたペンキを太い刷毛で何重にも塗りたくっただけの形をした限界城の形が五稜郭を超立体化したような形に変化する。それぞれの尖った先端がプックリと膨らんで球形に近い形になる。その球体はやがて輝く紫色となってそこから猛スピードで離れる。そんな球体が十数個合体すると大きな球体を形成して更にスピードを増してビートルタンクに向かう。

 

[421]

 

 

「羽ばたき中止。敵の攻撃を避けろ」


 操縦士が返事をしながらハンドルを大きく回転させて難なく攻撃を避ける。それを確認したノロタンが腕組みをする。


「羽ばたいて二次元エコーで攻撃を仕掛けたかったが、開いた羽にあの得体のしれないものが当たるのだけは回避すべきだ」


「戦艦と違って限界城の攻撃は規模が違うということか」

 

「そうだ」


 そのとき、カーン・ツーが引きつれた四隻の宇宙戦艦が現れる。


「こちら地球連邦軍の地球連合艦隊の司令官カーン・ツーだ。ホーリーはいるか」


「タイミングがよすぎる」


 ノロタンが叫ぶとホーリーがマイクを握る。


「カーン・ツー司令官!無言通信だ」


{了解}


 この無言通信の返事でホーリーは安心するが念を押す。


{うんとこどっこいしょ}


 カーン・ツーが応じる。

 

[422]

 

 

{えんやーとっと}


 ホーリーがノロタンに報告する。


「暗号を確認した。しかも無言通信で。本物のカーン・ツーに間違いない」


 ノロタンが頷くとホーリーがカーン・ツーとの無言通信を続行する。


{我々はビートルタンクという特殊な戦車にいる。数は四台でそれぞれの愛称は『ジョン』


『ポール』『ジョージ』『リンゴ』だ}


{どこかで聞いたような名前だな。よし覚えた}
{戦車と宇宙戦艦との通信はすべて人間同士の無言通信で行う}
{無言通信だと一対一の通信しかできない。不便だ}
{盗聴を防ぐためだ}
{分かった。各宇宙戦艦に伝える。少し待ってくれ}


***


{うんとこどっこいしょ}
{えんやーとっと}
{味方だ}

 

[423]

 

 

{この巨大なグレーの星形の物体は何だ}
{限界城だ。攻撃を開始する。オレがノロタンの作戦を無言通信で伝える}
{ノロタン?}
{ノロの惑星の中央コンピュータの端末だ}
{分かった}
{四隻の宇宙戦艦の艦長はすべて人間か?}
{二番艦以下すべてアンドロイドが艦長だ。人間の艦長は私だけ。この一番艦の副艦長はアンドロイドだ}


 カーン・ツーの説明にホーリーが確認する。


{すると他の宇宙戦艦の副艦長は?}
{人間だ}
{無言通信で作戦を展開することを各副艦長に徹底してくれ}
{了解}


 しばらくするとカーン・ツーから準備が整った旨の無言通信が入る。


{ところでRv26は?}
{二番艦の艦長だ}
{大統領自ら艦長に就任したのか}

 

[424]

 

 

{最強の艦長だ。それに大統領にとってノロの惑星は第二の故郷だ}
{そうだった。無言通信で連絡が取れないのが残念だ}


 ホーリーがRv26のことを全員に伝えると歓声が上がる。ホーリーも笑顔を見せるが、すぐに表情を引き締めると無言通信を続ける。


{アンドロイド同士の通信は禁止する}
{心得ている。戦闘用アンドロイドに筒抜けだからな}
{さて、どうやって限界城を攻めるかだ。ヤツラも悩んでいるはずだ}
{悩む?}
{二次元エコーの恐ろしさを目の当たりにしたからだ。ヤツラのオニヒトデ戦艦隊は全滅した}

{大統領から聞いたが、ビートルタンクはすごい戦車らしい}
{しかし二次元エコーを発射するときビートルタンクは羽を広げて激しく羽ばたかなければならない}


 カーン・ツーは黙ってホーリーの説明を聞く。


{羽をたたんでいるときは限界城からの粘り気のある奇妙な光線を受けても、ビートルタンクの表面で滑って被害を受けることはない。しかし、羽ばたいているときに攻撃を受けると羽が動かなくなってしまうのだ}

 

[425]

 

 

{ホーリーこそ何を悩んでいるのだ}
{どういう意味だ}
{二次元エコーは生命体に影響するが、つまり有機物に作用するが、無機物には無害だと大統領から聞いた}
{そのとおりだ}
{粘り気のある奇妙な光線とは、ひょっとして有機物じゃないのか}
{待ってくれ!ノロタンに確認する}


***


「素晴らしい発想だ」


 珍しくノロタンが感動する。


「カーン・ツーと直接話ができるのなら質問したいことが一杯あるが、今はできない」


「粘り気のある光線のことをどう思う」


「カーン・ツーの言うとおり、五次元生命体の集合体である限界城から発射される光線は生命体の一部だ」


「やはり!」


 ホーリーが叫ぶとサーチが首をひねる。

 

[426]

 

 

「限界城が生命体だからと言って発射される光線も生命体だなんて理解できないわ」


 ノロタンが首を大きく左右に振る。


「よく考えると限界城やオニヒトデ戦艦が生命体だということ自体、不思議なことだ」


 ホーリーもサーチも頷く。そのほかの者は自分で考えることを放棄してやり取りを見つめる。


「確かに。考える暇もなく攻撃に次ぐ攻撃を受けたから疑問すら感じなかったが、俺たちが手を組んでいくら集まったとしても宇宙戦艦になることはない」


「五次元の世界ではそうなんだろう。次元が違うと生命体の姿や形もまったく違うのだ」


 ホーリーが得心する。


「六次元の世界のアンドロイドは、あくまでも三次元の俺たちに見える姿だが、遮光器土偶に見える。初めて見たときあれがアンドロイドだなんて誰が想像した?」


「彼らは救いを求めて三次元の世界に来たが、できるだけ人間を驚かせないように六次元部分の一部を三次元の世界に露出させるという配慮をしていた」


「瞬示と真美は人間そのものだったわ」


 ノロタンがサーチの言葉を軽く否定する。


「しかし、五次元の生命体は違う。次元が異なるとその次元での進化も他の次元の生命体から見るとまったく異なる」


「五次元の生命体は自ら戦艦や城になったりできるのか」

 

[427]

 

 

「そう考えることが理解への早道だ」


「次元が異なると俺たちの常識など通用しない」


 ホーリーが言い切る。


「カーン・ツーの発想は次元を越えた常識的な発想だ」


***


 しばらくしてからカーン・ツーからホーリーに無言通信が届く。


{この巨大なグレーの星形の物体、限界城を叩く作戦は?}
{ビートルタンクの二次元エコーで攻撃する。限界城を二次元化したあと宇宙戦艦の主砲で叩く}

{待ってくれ。二次元エコーは我々の宇宙戦艦に影響はないのか}


 ホーリーはカーン・ツーが的確に応答するのに驚く。もうあのカーン・ツーではない。父親のカーンを彷彿させる判断力を持っている。かつてカーン・ツーはホーリーやRv26に父親が殺されたと恨んでいたが、今やホーリーに親近感すら持っている。


{心配ない。多次元エコーとは逆に無機質の物体に影響がないのだ}
{Rv26が言ってたとおりだ。二次元エコーは有機質の物体、つまり生命体に有効な兵器なんだな?!}

 

[428]

 

 

{そのとおり!}
{ノロの造るものは不思議なものばかりだ}
{ただひとつだけ心配なことがある}
{待て!ホーリー。いくら無言通信だと言ってもそれはしゃべるな}
{確かに}


 ホーリーはここで完全にカーン・ツーを信頼する。


{今、我々がすべきことは?}
{エネルギーウエーブをビートルタンクに照射してくれ}
{分かった。受け入れ準備は?}


 四台のビートルタンクが羽を広げたままの体勢をとる。すぐさま宇宙戦艦の主砲がエネルギーウエーブを発射するとビートルタンクにエネルギーが充填される。


{満腹だ}


 エネルギーウエーブの照射が止まる。ビートルタンクは正方形の体制を維持したまま高速で離れる。


{カーン・ツー!ついてこい!遅れるな!}


「駆けっこか?負けんぞ」


「その調子だ!」

 

[429]

 

 

***


「対抗策は?このままではビートルタンクが造った正方形の平面上で二次元エコーの攻撃を受けて次元落ちするぞ!」


 五右衛門が限界城の中で叫ぶ。


「心配するな。見苦しいぞ」


 当主の低い声が震動すると五次元モニターからビートルタンクを示す黒い点が消えてべっとりとしたグレーに変わる。


「猛スピードで膨張してすべての三次元空間を限界城そのもので埋め尽くす。そうすれば二次元エコーの攻撃を受けても次元落ちしない」


 さすがの五右衛門も真っ青になる。


「まさか!それなら地球はどうなる」


「ちっぽけなことを言うな。少なくとも『この銀河はどうなるのか』というような質問しろ」


 五右衛門が絶句する。


「高次元の世界は低次元の世界を征服するのはたやすいことだ」


「待て!」


 辛うじて五右衛門が声を上げる。

 

[430]

 

 

「ちっぽけな話ではない。何のために限界城をこの三次元の世界に構築してワレラ戦闘用アンドロイドを味方に引き入れたのだ」


「それは……」


「六次元の生命体ですらこの三次元の世界を勝手な都合で破壊することはなかった。むしろ瞬示と真美という親善大使を使ってノロの知恵を借りようとした」


 五右衛門は地球連邦政府の中央コンピュータから引き出したデータを駆使して必死に訴える。


「多次元エコーといい、二次元エコーといい、なぜ低次元の三次元の世界の生命体のノロがそんな兵器を造ったのか……」


「それだけか!」


 当主からの返事が途切れる。


「次元を越えて生命体とはいったい何なのか。それを解くためにこの次元に来たのでは!」


 当主は黙ったままだ。一方五右衛門自身、自分の言葉に驚く。そして心のようなものがCPUの中に生まれたことを自覚して呟く。


「ワレラは単なる機械だった。それがいつの間にか戦闘を通じて人間の『性』」というものを知った。理解しがたかったが、もう一方でノロが造ったアンドロイドの『性』は進化して子供まで造れるようになった。あのMY28とMA60の子供はどうなった?」


 やっと当主が沈黙を破る。

 

[431]

 

 

「あることを思い出した」


「何を」


「限界城を三太夫に授けた理由を」


 五右衛門が当主に迫る。


「今一度尋ねる。限界城を三太夫に授けた理由は?」


「三太夫の頭脳を詳しく調べるためだ」


「なぜ三太夫なのか」


「それはある重要人物の祖先が三太夫だったから」


「その訳は?」


「三太夫一族の中で一番、その三太夫自身の脳が異常だった」


 五右衛門が頷く。確かに三太夫の頭は二段になっていた。突出した前頭部の後ろで段差があってゴリラのような尖った後頭部があった。


「そしてワレラは三太夫に変装するのに一番苦労したのが頭部だった」


 そう言った後、五右衛門が急に首を横に振る。


「今も三太夫は存在しているのか」


 目の前に立体投影画面に全裸の三太夫が現れると五右衛門が叫ぶ。


「生きているのか!」

 

[432]

 

 

「昏睡している」


「脳の分析をしているのか」


「そのとおりだ」


「どこまで分析した」


「あれだけの統率力と忍術を心得ている人間なのに……」


 なぜか当主の言葉が途切れる。五右衛門は当主の言葉を反すうしてから尋ねる。


「忍術とは?」


 意外にもすぐに答えが返ってくる。


「人間でありながら、人間の能力を遙かに超えた摩訶不思議な能力のことだ」


「答えになっていない」


 しかし、当主は五右衛門を無視して続ける。


「高度な運動能力に裏打ちされた体力で繰り出される忍術は通常の人間の何千倍、何万倍の攻撃能力がある」


 五右衛門が目を閉じる。そして三太夫に変装した部下が四貫目に破壊されたことを思い出す。


「四貫目という忍者を知っているか」


「もちろんだ。三太夫に比べれば子供のような者だ」


 五右衛門が絶句を繰り返す。沈黙の中、当主が思わずため息を漏らす。

 

[433]

 

 

「おまえが手に入れた地球連邦政府の中央コンピュータから盗んだデータをくまなく検索して三太夫の子孫を割り出した」


 五右衛門は口を閉じたまま両目を耳のようにして聞き入る。


「三太夫の子孫にノロがいた」


 五右衛門が両目を閉じて口を大きく開く。


「本当か!」


***


 五右衛門は数隻のオニヒトデ戦艦を従えて限界城を跡にする。それは限界城が拡大する前に離れて次元移動しなければ自分たちも消滅するからだった。もちろん当主も了承していた。しかし一向に限界城は拡大しない。


「どうした?」


 緊張感が緩んだのか五右衛門はライトアームとレフトアームに自問自答のような言葉をかける。


「ノロが三太夫の子孫だと知っていながら、なぜ当主は暴走に近い行動を起こすのか」


 ライトアームもレフトアームも答えを持ちあわせていない。しかし、五次元モニターを見て驚く。

 

[434]

 

 

「五右衛門!」


 五右衛門も叫ぶ。拡大するどころか限界城が急速に縮小している。


「当主!」


 当主の冷静な返事がする。


「この戦いはあの黒い虫の勝ちだ。次元のプライドは傷ついたが、ここは逃げるが勝ちだ」


「バカな。縮小すればやられるぞ」


「高次元の生命体は二次元エコーという低次元の攻撃に弱いことが判明した」


「撤退の仕方が問題だ」


「この次元に露出させた三次元分の身体をある程度の大きさまで縮小しなければ完全に脱出できない」


「今、後戻りするのは危険だ。負けてもいい。戦え!」


 そのときビートルタンクが造った広大な二次元平面が限界城を囲む。同時に五右衛門が命令を下す。


「退避!この枠内から脱出しろ。急げ!やられるぞ!」


 オニヒトデ戦艦には乗務員はいない。戦艦そのものが五次元の生命体で完全に自律している。五右衛門の言葉にすぐさま回転を早めるとあっという間に二次元平面の外に逃れる。そのとたん何とも言えない震動に包まれる。

 

[435]

 

 

「脱出できたんだろうな」


「なんか」


 戦艦そのものが応える。


「だが震動している。二次元エコーの影響を受けているのでは」


 再び戦艦が応じる。


「これは二次元エコーの震動ではありません。次元落ちするときに発生する震動です」


「!」


 声を出さない五右衛門に変わってライトアームが叫ぶ。


「限界城が次元落ちしている……」


 モニターに映った限界城を見て言葉を止める。五右衛門たちは自分たちが艦内のどこにいるのか分からないが、モニターだけを頼りに戦艦との対話を続ける。


「まるで函館にあった五稜郭を紙の上に描いてハサミで切り取ったような……まさか、これが限界城だと言うのではないだろうな」


「限界城です」


「限界城は五次元の生命体だ。なぜ紙切れになってしまうのだ」


 レフトアームが言葉を引き継ぐ。


「しかも、この三次元空間に五次元のうち三次元部分を露出させているだけだ。五次元空間に本体がある。露出部分が三次元の兵器でどんな攻撃を受けようと関係ないのでは」

 

[436]

 

 

「そうではないようだ」


 ライトアームが首を横に振るとレフトアームが確かめる。


「限界城の当主と通信はできないのか」


 今度は五右衛門が首を左右に振ると結論じみた言葉を発する。


「二次元エコーは所属する次元に存在する本体を三次元の空間に引きずりこんで次元落ちさせて二次元化するようだ」


 すぐさまライトアームが追従する。


「その分析は正しい」


「そうか。そうするとノロには次元など関係ないのか」


 五右衛門の言葉にライトアームが反応する。


「表現は適切ではないが、人間が酒を飲んでこの状況を解説すればこのような感じではないかと」


「どんな説明でも構わん。いずれ人間の思考を徹底的に研究するときが来るはずだ」


「いえ、もうその時期は始まっています」


「そうだな」


 五右衛門が納得したのを確認してからライトアームが先ほどの感覚を言葉にする。

 

[437]

 

 

「ノロはまるで女風呂を覗くために一所懸命努力する男だ」


 五右衛門は一瞬笑うがすぐ真顔に戻す。


「性を持つ者の宿命だ。いや生命体の宿命だ。彼は高次元の世界をいかにして見るかに奔走したのだろう」


「そして高次元を見ることができるメガネの開発を放棄して、透明人間にスプレーをかけて肉眼で見られるように高次元の物質の次元を落とすことを考えたのだろう」


「ワレラも性を持てば、発想力で人間や動物はもちろんのこと性を持ったアンドロイドよりワレラの方が優位に立つかもしれない」


「ワレラも性を持つべきだと」


「そうだが、その方法を知っているのはノロだ」


「そうするとノロの惑星を攻撃したのは間違いだったのでは」


「だからこういう結果になった」


 オニヒトデ戦艦の中での議論が停止する。モニターにはとてつもなく大きな星形の紙切れがヒラヒラと漂う。限界城は次元落ちして広がりしか持たない二次元の城になった。

 

[438]