【時】永久0297年5月
【空】宇宙戦艦
【人】ホーリー サーチ 住職 ミリン ケンタ カーン・ツー 最長 ノロタン
(ノロ) (イリ) (広大) (瞬示) (真美)
***
熾烈な戦闘を終えるとサーチたちは宇宙戦艦でノロの惑星近くまで時空間移動した。しかし、ノロの惑星に上陸することはない。上陸したところでくつろげる場所はないし、まだオニヒトデがうようよといる。
「意外と簡単に勝利できた」
「それほど二次元エコーが強力だったのじゃ」
カーン・ツーの宇宙戦艦の艦橋に集合したホーリーたちが戦闘を振り返る。
「なぜかしら」
ミリンがホーリーと住職の会話に割って入る。
「どうした?」
[440]
「ノロは丸腰で六次元の世界に旅立ったんでしょ?……」
ミリンの言葉に艦橋が一瞬目映い光に包まれる。思わず全員が目を閉じて恐る恐る目を開けるといつの間にか最長がミリンの横にいる。ミリンは飛び跳ねてケンタにしがみつく。
「すまない。驚かすつもりはなかった」
ミリンは最長を睨むが、下げた頭を上げながら最長が続ける。
「ノロはなぜビートルタンクで六次元の世界に向かわなかったのかと言いたいのだろ」
ミリンが大きく頷くとケンタから離れる。ホーリーたち全員が最長に視線を向ける。
「ビートルタンクは四台一組でないと二次元エコーを使うことはできない」
最長が頷くノロタンを横目で確認する。
「ブラックシャークなら四台どころか何十台でもビートルタンクを積むことができるわ」
「そのとおりだが、わしはノロを誘拐するように六次元の世界に連れて行った」
「違うの!なぜフォルダーはブラックシャークにビートルタンクを積んで六次元の世界に向かわなかったのか、不思議だと思いませんか?」
「ミリン」
最長がなだめる。
「強引だったが、ノロは喜んで六次元の世界に同行してくれた。フォルダーはその状況を分析してビートルタンクの必要性を感じなかったのだろう」
[441]
「四台なら、積んでいけばいいものを」
ミリンは引かない。しかし、残念そうにノロタンが応える。
「ビートルタンクは四台しかないんだ」
「えー!」
ミリンが叫ぶと最長が目を閉じる。
***
ある空間にノロがいつもの大の字型の仰向け姿勢でポツンと浮かんでいる。しかし、思考がなかなかフル回転しない。
「やっぱり床の上でないと落ち着かないなあ」
仰向けと言ってもどちらが上で下とかいう空間ではない。
「六次元の世界には床がないのか?」
ノロ自身は自覚していないが目に見えないあらゆる特殊な信号がノロに集中している。それは三次元の生命体の体力を維持するためのエネルギーウエーブだったり、ノロに見えるように六次元の世界を可視化する映像信号だったりする。
再びノロが口を開く。
「提督。横に流れる時間を制御しろ。奥行きは維持しろ。ずらすな」
[442]
【分かりました】
返事は次元通信で帰ってくる。
「次元空間の一部が振動しても無視しろ。六次元空間には素数がみっつ(2、3、5)あるが素数じゃない4と6は巨大土偶の自由にさせても大丈夫だ」
【要するに四次元軸と六次元軸は放棄しろとおっしゃるのですね】
「このふたつの次元軸は半減すると二次元軸と三次元軸になる。それに四つの時間軸が絡むと制御できない」
【それは分かっています。しかし、六次元の世界は三次元の世界(三次元の空間はすべて素数で構成されている。つまり2と3。一方六次元の世界は素数でない以外の4と6が含まれている)のように空間が安定していません。素数以外の空間次元を相手の自由にさせると……】
「巨大土偶も自分たちの生命連鎖を維持したいのだ。それにすでにこの六次元の世界は大きく揺れ動いていつ消滅するか分からない状態じゃないか」
ここで広大の次元通信がノロに届く。
【わしは広大】
「最長の兄貴だな」
【このたびの最長の強引な振る舞い、お許しいただきたい】
「そんなことはどうでもいい。この作戦の責任者は質問が多すぎる」
[443]
【提督のことだな】
「そうだ。逆に尋ねたいことが山ほどあるのに無視して提督ばかり質問してくる」
【申し訳ない】
「この世界では俺の五感がまったく機能しないことが分かっているはずだ。俺の五感の代わりになって的確に報告してもらわなければ俺は指示できない」
【やはり、そうでしたか】
「六次元の世界が悠長、つまり鈍臭いのは承知しているが、余りにもスローすぎる」
【すまない】
「広大も広大だ。弟は機敏だったぞ。最長はどこにいる?」
【三次元の世界にいます】
「呼びもどせ!」
ここで提督が広大に苦言を申し立てる。当然、ノロにもその声が届く。
【最長がノロのことをアンドロイド(巨大土偶)の征服から救う救世主だと言うから、我慢して付き合っているが、何を言っているのかよく分からない】
「何!親切でこの世界に来たのに。もう我慢できない。俺は帰る!」
【ノロ、我慢してくれ。指揮命令系統を……】
そのとき警報が流れる。もちろん次元が違うからノロは気が付かないが、会話はすべて傍受することができる。
[444]
【緊急事態発生!あの裏切り者が戻ってきた!】
すぐさまノロが反応する。
「迎えが来たんだ」
【なぜ分かる!】
すぐ広大が反応する。
「その反応が大事なんだ。だから巨大土偶に征服されそうになったんだ」
【誰が迎えに来たのか分かるのか」
「この世界の裏切り者といえば瞬示と真美だ。もちろん彼ら自身はまだ六次元の生命体だと完全に自覚していない。お前たちが勝手に裏切り者に仕立てただけだ」
【次元が高いということは負担も重いということか】
急に暗くなった広大の言葉にノロは哀れみを感じる。
「やっと気が付いたか。だから俺はここに来た。生命を繋ぐという作業は難しい。なぜなら、三次元の惑星、地球でいえば高度な人類ほどその作業は難しい。その人間の捕獲対象になったかなりの動物は絶滅した。更に環境の激変ですべての生命体が絶滅の危機に瀕している」
ノロは「ノロの方舟」で地球の生物をノロの惑星に移動させたことを思い出す。その想いはすべて六次元モニターに映しだされて広大以下六次元の生命体が見つめる。
[445]
「あれからどれくらいの時間が流れたんだ?」
【おっしゃる時間は六次元の世界では四つあります。どの時間軸のことなのですか】
広大が確認する。
「三次元の世界の時間の尺度だ」
【換算は可能ですが、時空間変数の影響を受けますので絶対表示はできません】
そのときノロにとって人生最高の声が届く。
「ノロ!」
「イリ!」
続いて六次元の世界の裏切り者の瞬示と真美の信号が届く。
【ノロ】
***
【なぜ丸腰で最長の誘いを受けたんだ?】
瞬示が尋ねる。
「丸腰じゃない」
ノロがポケットから黒い袋を取り出す。
【それは?】
[446]
「今は秘密」
【秘密?】
「それよりイリがこの世界に来ているのか?」
【もちろん!ブラックシャークもだ】
「フォルダーもか?」
【フォルダーは船長よ】
真美が応える。
「イリに会いたい」
【わしに任せてくれ】
広大の声がしたあとイリがノロのすぐ横に現れる。
「ノロ!」
イリがノロを抱きしめる。
「き、きつい。死ぬ。死ぬ」
それほどイリは強烈にノロを抱きしめる。
「よかった、よかった」
イリの目に涙があふれて腕の力が緩む。ノロはスーッとイリから離れると先ほどの黒い袋を確認してフーッと息を吐く。
[447]
「よかった。無事だ」
このノロの言葉にイリが再び力を込めて抱きしめようとすると、するりとノロはイリから離れて黒い袋を高くあげる。
「何なの。その袋」
「無事なのはこの袋なんだ」
「えー!私じゃないの!」
「うん。いや、イリの方が大事だ」
イリの喜びの涙が悲しみの涙に変わる。
「よくここまで来たな」
「フォルダーのお陰よ」
「ブラックシャークはどこにいる?」
イリには分からない。瞬示が代わりに応える。
【ここから少し離れたところにいる】
「と言ってもここは六次元の世界だ。俺やイリに何かあったらすぐ来られるところにいるのか?」
【うーん。難しい質問だ】
「分かった」
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いつの間にかイリはノロが手にする黒い袋を開けて中を覗く。
「何、これ」
「やめろ!」
黒い塊が数個、勢いよく飛び出る。
「わあ!」
***
最長の報告がここで切れる。
「この情報は広大からのものか?」
ホーリーの質問に最長が力弱く頷く。
「最長。貴重な情報ありがとう」
サーチが頭を下げる。
「いずれにしてもノロもイリも、それにフォルダーも無事なのはなによりだわ。それに心強い瞬示と真美もノロをサポートしている」
「俺たちも頑張らなければ」
「そうよ。五次元の生命体は全滅した訳ではないし、戦闘用アンドロイドも健在なようだわ。次の攻撃に備えなければ。さあ、体勢を立て直しましょう」
[449]
サーチの言葉に全員頷く。
「しかし、俺たちには宇宙戦艦もないし、武器らしい武器もない。しかもノロの惑星の造船所も壊滅的なダメージを受けた」
「ホーリーらしくないわね。地球には宇宙戦艦の造船所や月には時空間移動装置の製造工場があるわ!」
ホーリーが首を横に振りながらサーチを見つめる。
「地球を戦闘に巻き込むことはできない」
「でも敵は地球にいるわ」
「それはノロの惑星を攻撃するための布石に過ぎない。目的はノロの惑星だ」
「大統領のRv26に相談する必要があるわ」
「Rv26は必ず協力してくれるが、地球はアンドロイドが子供を造っていいのかどうかで混乱している」
「取りあえず、地球に戻りましょう」
「ノロタンやチューちゃんはどう思う」
「もちろん賛成です。Rv26を呼び出します」
「パスワードの確認を怠るな!」
[450]