第七十五章 百地三太夫(承前)


【時・空】永久0297年3月30日大統領府
     永久紀元前400年頃伊賀の三太夫の屋敷
【人】キャミ ミト 四貫目 お松 三太夫 Rv26


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 第三編第七十二章「次元移動」の冒頭部分の承前。すなわちRv26がミリン、ケンタ、四貫目、お松とともに地球からノロの惑星へ時空間移動装置で脱出する直前の大統領府での激戦の場面。


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「ここはワタシがなんとか食い止めます。大統領とミトは時空間移動装置で安全なところに避難してください」


 Rv26が再三再四、注進する。


「分かった」


 ミトの返答にキャミが異議を唱えようとしたとき四貫目がひれ伏す。


「今は命を永らえるとき。我らがお守りします」

 

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 ミトがキャミを無視して四貫目に顔をあげるよう促す。


「今の地球に安全な場所はない」


「承知しております」


 Rv26が介入する。


「急いで!」


 両脇にライフルレーザーを抱えたRv26が大統領執務室の窓際で孤軍奮闘する。至近距離で爆発音がすると頑丈なはずの大統領府が震える。


「逃亡先は我が故郷、伊賀の里でござる。もちろんこの時空の伊賀ではない」


「四貫目、任せます」


 返答したのはキャミだった。


「早く!」


 Rv26がライフルレーザーのエネルギーカートリッジを交換しながら叫ぶ。そのとき、お松が大統領執務室に入ってくる。


「時空間移動装置を確保しました」


「いくぞ!」


 お松に先導されてキャミとミトが部屋から出る。ミトの声がRv26に届く。


「すまない。Rv26」

 

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「ワタシは大丈夫!」


 再びライフルレーザーを両脇に抱えるとRv26は窓際に戻って乱射する。一呼吸置いて振り返るが、すでにミトたちの姿はなかった。


永久紀元前400年頃


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 混乱の永久0297年から時空間移動したキャミはモニターに映るのどかな田園風景に緊張感をすべて解放する。操縦席のお松がそんなキャミに説明を始める。


「この時空は戦国時代と呼ばれたころ」


 ミトもモニターを見つめながらお松に確認する。


「永久紀元前400年頃の世界だな」


「私は歴史が苦手です。でもイメージとして諸大名が覇権のために熾烈な戦争をしていた時代だということぐらいは知っています」


「我らは諸大名の要請を受けて諜報活動をするのが仕事でした」


「忍者の任務のことですね」


「この時代の有力者は織田信長、明智光秀、豊臣秀吉です」


「それで」

 

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「甲賀の忍者もそうですが、我らは伊賀忍者の頭領百地三太夫の命令で、ある者は信長に、ある者は光秀に、ある者は秀吉に仕えました」


 キャミが驚きの表情を隠さずに四貫目に問いただす。


「なんと理不尽な」


「ごもっとも。しかし、最終的には一番強い者に仕えますが、これは我らが生きながらえる便法」


 ミトがうなり声を上げて四貫目を見上げる。


「ひとりで何十人、いや何百人分の優れた能力を持つ忍者を育て上げるのは至難の業だ。伊賀の里の繁栄と存続を維持するにはそれ以外の方法はない。いわばリスク分散だな」


「さすが。ミト殿の深い読みにはいつもながら感服致します」


「話を続けてくれ」


「話は逸れますが、このころ、伊賀者でもない、甲賀者でもない、摩訶不思議な忍者が現れました」


「どういうこと」


 すぐさまキャミが反応する。しかし、四貫目は不思議な忍者とは異なる話をする。


「信長が一番優勢だったので、三太夫は忍者を信長に集中しつつありましたが、部下の明智光秀の奇襲で信長が暗殺されたとき、甲賀の忍者が光秀の元に集まり加勢しました」

 

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「それまで、伊賀も甲賀も分散して模様眺めしていた状況が一変したのか」


「そうです……しかも光秀は伊賀者を切って甲賀者だけを採用しました。三太夫は慌てました」


 ミトが唸る。キャミは言葉を発することなく四貫目を促す。


「仕方なく、我らは秀吉に仕えることになりました。秀吉は過去に拘りません。そんな状況になったとき、皆さんもご存知のあの御陵に不思議なことが起こったのです」


 珍しく四貫目が興奮を抑えることなく言葉を続ける。


「何が起こったのですか」


 キャミが身を乗り出す。


「不思議な声が聞こえてきました」


「どんな」


「男と女の声で頭の中に直接飛びこんできました」


「まさか例の黙示的な言葉……『子供が生まれる前に死んでいく』『何万、何億、何兆と死んでいく』『永遠に生きるために死んでいく』『子供のいない永遠の世界』『男女のいない永遠の世界』では?」


「そのとおり、瞬示と真美の声でした。さて、それでは百地三太夫の屋敷に空間移動します。


そして三太夫に匿ってくれるように交渉します」

 

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 ミトが両手を広げる。


「四貫目」


 コントロールパネルに手を延ばしていたお松の手が止まる。


「すまないがもう一基、時空間移動装置をこの近辺に用立てしてくれないか」


「時空間移動装置を手に入れるのは非常に困難です」


「なんとかならないか」


「分かりました」


 四貫目は目を閉じて大きく頷きながら念を押す。


「ただし、我らがここに時空間移動したことは誰にも漏らさないように」


 キャミが四貫目を直視する。お松がコントロールパネルに触れるとその横のモニターに「すべてのデータ消去」という文字が現れる。そして懐から巻物を取り出すとコントロールパネルにかざす。


「それは何だ」


 ミトが巻物を指差す。


「メモリーのようなものですが、私しか内部のデータを取り出せません。私が死ねばデータも消滅します」


「そうか」

 

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 ここでキャミが四貫目に頭を下げる。


「四貫目。苦労ばかり掛けてごめんなさい」


「何をおっしゃる。キャミ殿は我らの命の恩人。常に命を捨てる覚悟でおりまする。お松!全消去」


「了解」


 お松が四貫目に目線で頷いてから操縦レバーを引く。


***


 真っ黒な時空間移動装置が百地三太夫の屋敷の庭に現れる。すぐさま黒装束の忍者が時空間移動装置を取りまく。その回転が停止したとき大柄な百地三太夫が外廊下に音もなく姿を見せる。そして驚くこともなく無言で忍者に鋭い眼光を向ける。忍者は背中の忍剣に手をかけたまま時空間移動装置から離れて中腰になってからヒザを突く。時空間移動装置のドアが跳ね上がると四貫目が現れる。三太夫は髪の毛がない段差のある頭を四貫目に向ける。


「頭領!訳あってこの方々を連れてきた。預かってはもらえぬか」


「いきなり何を言う!まず大坂城から大凧で舞い上がってきんとん雲に消えた後の永きに渡ってのお主の行動のすべてを報告せよ」


「承知しておりまする」

 

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 四貫目は落ち着いて三太夫の視線を追う。その先は四貫目の後ろにいるキャミとミトだった。


「頭領はこの黒い大玉やこの方々に驚かれぬようだが、なぜでござる」


「むろん。関ヶ原での四貫目の戦いぶりの報告を受けておる」


 すぐに合点した四貫目が一方的に頭領を促す。


「まずはこの方々に部屋を」


 三太夫は返事もせずに四貫目に近づく。そして威厳だけを頼りに頷く。この時点で四貫目は三太夫より有利なポジションを手に入れた。キャミとミトが名前を告げて礼をすると丁重に屋敷内に案内される。四貫目と三太夫は玄関横の板の間に入ると腰を落とす。


「頭領、大坂城以来ですな」


 この感慨ひとしおの一言で三太夫は四貫目に一目置く。そのとき、音もなく入ってきた「くノ一」がお茶を置いていく。先に口を付けたのは三太夫だった。


「明智の大凧作戦に加わったあと、お前は何をしていた」


 四貫目がしたりと視線を下げてから三太夫を見上げる。


「月に降り立ちました」


「月に?」


「あの月にも人がおりまする」


「気でも狂ったか!」

 

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「この四貫目を信ずるか否かは頭領のお気持ち次第」


 報告で聞いてはいたが、時空間移動装置を目の当たりにした頭領の気迫は弱い。しかし、四貫目は強引に攻めようとはしない。あくまでも四貫目は三太夫を頭領として崇める。


「我らの時代より遙か七百年も先の時代の話。頭領ほどの者でもにわかに信じがたい事実でございまする」


 さすがの三太夫の呼吸が乱れ始める。


「あの黒くて丸い物。人はこの中に入るとこの伊賀から京へ、あるいは大坂へ、そして過去の世界はおろか先の世界へも自由に移動できまする」


 大声で否定しようという気持ちを辛うじて抑えてから三太夫とは思えないか細い声を上げる。


「それはどのような忍法だ?」


 四貫目は三太夫に敬意を払うことを忘れない。なぜなら立場が逆だったら自分はとっくの昔に平常心を失っていただろうと思ったからだ。


「科学という忍法です」


「カガク?」


「その時代では忍者はおりませぬ。すべての人が科学という忍法を体得しておりまする」


 三太夫の質問を待つことなく四貫目は自らの体験を披露する。もちろん実体験に基づいているからその口調は滑らかだ。さすがの三太夫も話の内容はともかくとして四貫目に猜疑心を持つことはなかった。

 

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しかし、四貫目は永遠の生命を獲得できる生命永遠保持手術のことは一切口にしなかった。四貫目の茶はすでに冷え切っていた。


「そうならば、あの方々は要人じゃ。しかし、あの大きな女は毛唐か?」


「もっと遠方の人間です。我らが命の恩人と慕う方です」


「お前とお松だけが生き残ったのか。他の者たちもこの伊賀では屈指の使い手だった」


「面目ない」


「電磁忍剣とやらを見せてはくれまいか」


「ここでは危のうございまする」


 四貫目が傍らの忍剣を手にして立ち上がると揃って庭に出る。


「あの木を切ってもよろしまするか」


 三太夫がその大木を見て驚くと、ただ頷く。四貫目が腰に忍剣を差すとすぐさま引き抜き一振りする。一瞬強烈な光が流れると同時に大木の根本付近が斜めにずれて大きな音をたてて倒れる。すぐさま屋敷から忍者が飛び出してくる。


「狼狽えるな」


 そういう三太夫が一番取り乱していた。しかし、木の葉が乱舞する中で四貫目は忍剣を鞘に収めてひれ伏す。


「お騒がせ致した」

 

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 少し遅れてキャミとミトも屋敷から飛び出してきて倒れた大木と四貫目そして三太夫を順番に見つめる。


「心配には及びませぬ」


 四貫目が片ヒザを突いた身体を少しだけキャミに向けて短く告げたあと三太夫を正面に見すえる。


「この方々を丁重にお預かりしてくだりますよう、お願い申しあげまする。すぐ戻ります。それではご免!」


 四貫目は立ち上がるとお松が待つ時空間移動装置に駆けこむ。ドアが閉まると回転が始まり黒からグレーにそして目映い白に変わると消滅する。


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 しかし、永久0297年の地球に戻って事態が落ち着いたところでキャミとミトを伊賀から連れ戻そうと考えていた四貫目に意外な事件が降りかかる。それは激しい戦闘でRv26が負傷し、ミリンやケンタに危機が迫ったことだった。四貫目は伊賀には戻らずRv26、お松、ミリン、ケンタ、と共にノロの惑星に時空間移動装置で地球を脱出した。

 

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