第七十七章 サーチ船長(承前)


【時】永久0297年4月1日
【空】地球上空(ホワイトシャーク)
【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職
   リンメイ 四貫目 お松 MY28


***


 第三編第七二章「次元移動」の承前。フォルダーがホーリーをホワイトシャークの船長に任命した。そしてサーチ、住職、四貫目、ミリンたちがノロの惑星から混乱の地球に向かった直後の出来事。


***


 月の近くにホワイトシャークが現れる。


「ケンタとミリンの報告どおり内戦状態になっているすれば、厄介なことだ。どちらの肩を持つ訳にもいかない」


 ホーリーの言葉にサーチが重ねる。

 

[40]

 

 

「人間を応援する訳にもいかないし、かといってアンドロイドを応援する訳にもいかないわね」


「それに本船にはブラックシャークのような中央コンピュータが搭載されていない」


 そう言ってからホーリーが少し間を置く。そして珍しく力のない声を発する。


「サーチ」


「どうしたの」


 サーチが心配そうにホーリーを見つめる。


「俺は……俺は副船長や副司令官なら力を発揮できるが、トップになるとダメなんだ」


「こんな重大な局面で何てことを言うの!」


 いきなりサーチの平手がホーリーの顔面を捉える。


「お母さん!」


 ミリンが割って入る。ハッとしてホーリーは頬に手を当てながらミリンを見つめるとサーチも掌を引いてミリンを見つめる。


「ごめんなさい」


 頭を下げることなく弱々しく謝るサーチをホーリーが引きよせる。


「サーチ」


 ホーリーは真剣な表情でサーチを力一杯抱きしめて耳元で囁く。

 

[41]

 

 

「サーチこそが船長にふさわしい」


「何を企んでいるの」


「よく聞いてくれ」


 ホーリーはサーチから身体を離すと一気にしゃべる。


「月の生命永遠保持機構でリンメイの遮光器土偶に関する研究データを追跡したときのこと覚えているか(第一編第二十一章「無言の胎児」)」


「ええ」


「俺は助手に徹することでずいぶん役に立っただろ?」


「確かにそうだったわ」


「カーンと宇宙戦艦で巨大コンピュータと戦ったときもそうだった(第二編第四十四章「突破」)」


「艦長カーンを全面的に支えて作戦を成功させたわね」


 サーチは目を閉じてホーリーの言葉を反すうすると抱き返す。囁くのではなくはっきりとした声を出す。


「あなたって本当は優しい人なのね!」


 ホーリーはサーチの意外な言葉に驚く。そのときケンタの制止を無視して再びミリンが割り込む。

 

[42]

 

 

「お母さんはお父さんのことを、独りよがりで勝手なことばかりする男だと言ってたのに、おかしいわ」


 サーチが驚いてホーリーから離れるとミリンに視線を移すが、苦笑するホーリーに視線を戻す。


――この男は本当に優しい


 サーチは今までなぜ気が付かなかったのかと虚ろになる。男と女の休戦中に初めてホーリーと出会ってテントの中で一緒にコーヒーを飲んだこと(第一編第三章「休戦」)を鮮明に思い出す。

 

「サーチ」


 ホーリーの呼び声で、サーチは心地のいい夢から覚めたように手の甲で目頭を拭う。


「私に……」


 サーチは強制的に自分自身を現実に引き戻す。


「私に……船長を?」


 同じ言葉を繰り返す。そのときホーリーがMY28に命令する。


「月の北極に移動しろ」


「了解!」


 MY28の返事が艦橋に響く。

 

[43]

 

 

「今から、サーチがホワイトシャークの船長だ」


 MY28や周りの海賊やアンドロイドが頷くが、天井から異議を唱える声がする。


「フォルダーの許可を得なければなりません」


 驚いてホーリーが顔をあげる。


「堅いことを言うな。サーチは俺の妻だ」


「妻という階級はワタシにはインプットされていません。柔軟に思考しろと言われても、それはワタシの思考能力を超えています」


「船長の俺がこの船の最高責任者なんだろ?」


「もちろんです」


「それじゃ、命令を聞け」


「それは……」


 中央コンピュータが沈黙する。


「お父さん」


 たまりかねてミリンがサーチを横目で見つめながらホーリーに近づく。当のサーチはすでに自分が船長になることに戸惑いを感じていない。なぜなら、これから起こる困難に対して自分が立ち向かうには夫であるホーリーが最も頼りになるということ以上に、ことがアンドロイドの出産の是非で地球上の人間とアンドロイドが混じり合って戦争している現状に対するホーリーの考え方が当を得ていると確信したからだ。

 

[44]

 

 

「ミリン、これからのこと、俺の考えにかかっているんだ」


 そしてホーリーはミリンからサーチに視線を移す。


「そうだろ?サーチ」


 ホーリーの半ば強制的な言葉にサーチがにこやかに応える。


「あなたの考えていること、十分理解したわ。でも月へ行って生命永遠保持手術を行った施設に行く暇はないわ。中央コンピュータ!船長命令です。すぐ地球に向かいなさい」


 ミリンがひっくり返るように驚く。


「やっと分かってくれたか」


 ホーリーにサーチが頷いたとき、艦橋に背の低い男が入ってくる。誰もがその姿を見て驚く。すぐミリンが反応する。


「ノロ!」


 その男は立ち止まって丸いメガネの縁に手を当てながら大きな口を横真一文字に広げる。ミリンがその男に向かって走り出すとその男を強く抱きしめる。


「わあ!やめてください」


「ノロ!」


「ワタシはノロではありせん」

 

[45]

 

 

「ミリン!それはノロじゃないわ」


 その男の弁解に応じたのはサーチだった。


「『それ』って?」


「人間でもアンドロイドでもない。中央コンピュータの端末よ」


 ミリンが驚いて腕の力を抜く。やっとミリンから解放されたノロそっくりの端末機が胸を張って自己紹介を始める。


「サーチ、いえ船長の指摘どおりワタシはホワイトシャークの中央コンピュータの端末機です。勘違いしてもらって困るのはワタシがノロに似ているのではなく、ノロがワタシに似ているのです」


「えー!」


 ホーリー以外の全員が驚く。


「ワタシはブラックシャークの中央コンピュータの端末機と違って下戸です」


 今度はホーリーも一緒になって誰もがあ然として声も出せない。しかし、ホーリーはブラックシャークの中央コンピュータ、正確に言えば端末機と酒を酌み交わした経験から、今後に備えて心の準備が必要だと考えてノロそっくりのホワイトシャークの端末機の行動を読みとる。


――ホワイトシャークの中央コンピュータもその端末機もただ者じゃないな

 

 そのホーリーの気持ちが通じたのか、サーチが問いかける。

 

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「チューちゃん、ホワイトシャークの中央コンピュータも量子コンピュータなの?」


「もちろん!」


 ミリンがチューちゃんに尋ねる。


「チューちゃんはどんな仕事をしているの?」


「その前に『チューちゃん』と呼ぶのはやめてください」


「どうして?」


「その名前はブラックシャークの中央コンピュータの、正確に言うとイリが付けた中央コンピュータのあだ名です」


「だったら名乗りなさい」


 ミリンの言葉にチューちゃんがためらいの表情を見せる。


「名前はありません。でもワタシには型番があります」


「型番?」


「えーと、なんだっけ。……思い出しました。確か……です」


「えっ、何て言ったの?もう一度言って。ゆっくりと」


 ミリンが胸のポケットから電子メモを取り出すと録音する体勢をとる。


「『CHUCHAN2GOU』です」


「チューちゃん2号?」

 

[47]

 

 

「いえ、違います。『C、H、U、C、H、A、N、2、G、O、U』です」


「やっぱり、チューちゃん2号だわ」


「そのように読まれると屈辱を感じます」


「そうかなあ。名誉なことじゃないか」


 ホーリーが慰めるでもなく真顔でチューちゃんを見つめる。


「チューちゃんなんて軽すぎます」


「いいじゃないの。愛称よ。それに……」


 ミリンが電子メモを見ながら言葉を繋ぐ。


「……名前を呼ぶときにいちいち『CHUCHAN2GOU』なんて言えないわ」

 

 大きな笑い声が艦橋に広がる。


「チューちゃんでいいじゃないか」


 ホーリーがなだめるとサーチが立ち上がって宣言する。


「皆さん、ミリンやホーリーの言うように『チューちゃん』でいいじゃないの。どう?」


 誰もが声を合わせて合唱する。


「賛成!」


「そんな。これは多数決の横暴です」


「船長命令よ」

 

[48]

 

 

 サーチの言葉にホーリーも立ち上がると大声をあげる。


「決まり!」


***


 月から地球に進路を変更したホワイトシャークの艦橋でサーチが次の行動を模索するため、船長席で目を閉じて思案する。まぶたの中で地球を想像しながらホーリーが海賊やアンドロイドたちに尋ねる。


「ブラックシャークとの違いは中央コンピュータ以外にほかには?」


 操縦席にいるMY28が応える。


「多次元エコーが装備されていません」


「そうだった。人間とアンドロイドの戦争なら多次元エコーでアンドロイドだけを攻撃できるんだが」


 サーチが目を開ける。


「それは、人間に大義があって、アンドロイドに大義がない場合だわ」


「そうするとホワイトシャークに多次元エコーがあってもなくても、どうでもいいことになる」


ホーリーの言葉を受けてサーチが立ち上がると号令する。

 

[49]

 

 

「キャミとミトを探します。捜索の準備に取りかかりなさい」


 ホワイトシャークの中央コンピュータが地球上のすべての電波を補足する。同じくケンタとミリンが手分けして無言通信でキャミとミトを呼び続ける。しかし、反応はない。


「地球からの攻撃は?」


「ありません」


「高感度センサーで大統領府の様子を調べてみては?」


 副船長のホーリーが船長サーチに進言する。


「すぐ実行しなさい」


 メイン浮遊透過スクリーンに大統領府の無残な姿が映しだされる。サーチもホーリーも誰もが息を止める。大統領府が激しい戦闘に巻き込まれたのは明かだ。しかし今は静寂の世界に包まれている。


「ほかの主要施設の現状も把握しておいた方がいいのでは」


 ホーリーの言葉が終わらないうちに、大統領府の周りの施設が次々とメイン浮遊透過スクリーンに映しだされる。数多くの死体が全員の視線に閉鎖を求める。


「激しい戦闘があったんだわ。でも今は静かだわ」


 ただひとりミリンがメイン浮遊透過スクリーンを直視して明るい声を出す。


「和解したのなら、大歓迎だわ」

 

[50]

 

 

 サーチはミリンの前向きな言葉で残酷な画面に悲しみを消すためのピリオドを打ちこむと次にすべきことを考える。


「しかし、人間もアンドロイドもどこにいるんだ?」


 ホーリーの疑問を無視してサーチの命令が飛ぶ。


「命令を忘れたの!キャミを探しなさい」


「でも、うーん、そうだ!壮大寺上空に移動しよう」


 サーチはホーリーの判断に感謝しながら艦橋全体の反応を待つ。


「了解!」


***


 ホワイトシャークが壮大寺の遙か上空に到達する。


「生体反応は?」


「ありません」

 

「壮大寺をメイン浮遊透過スクリーンに投影しろ」


 ホーリーがサーチの代わりに命令する。メイン浮遊透過スクリーンを見て住職が悲痛な声をあげる。


「何!」

 

[51]

 

 

 住職の全身がガクガクと震える。リンメイはメイン浮遊透過スクリーンから顔を背ける。サーチもホーリーもミリンもケンタも五郎も……誰も言葉を発することができない。


 メイン浮遊透過スクリーンには焼け焦げた数えきれない多数の柱が映っている。そしてあちらこちらから灰色の煙が立ち込め、むなしい白い煙が空に向かって伸びている。


「ミリン、あれからどれくらいの時間が経ったの?」


「あれから?」


「Rv26と一緒に地球を脱出してから、どれくらいの時間が……」


 サーチが尋ね直す。


「えーと」


 ミリンが腕時計を見ながら必死で思い出そうとする。ミリンに代わってケンタが答える。


「一日も経っていない」


「チューちゃん、壮大寺が火災を起こしてからどれくらいの時間が経ったのか調べて」


 ホーリーはサーチの機敏な対応に感心する。


「十時間前と言うのが正しいなら、その半日前ぐらいに火災が発生したから、ほぼ一日前になるわ。そうすると二十二時間前だわ」


 サーチが頼もしそうにミリンを見つめる。


「壮大寺の出火は約二十二時間前です。消火活動の痕跡がまったくありません」

 

[52]

 

 

「壮大寺は木造だから、一瞬のうちに火が回ったのか。焼死者は?」


 ホーリーがメイン浮遊透過スクリーンを注意深く見つめる。


「いません」


 サーチがフーッと息を吐き出してから命令する。


「壮大寺の周辺を投影しなさい」


 壮大寺から下る参道の映像に変わる。急な坂道の参道の両側には数えきれないほどの土産物屋があるが、延焼を免れて無事だ。しかし、人影はまったくない。


「わずか一日足らずの間に何が起こったのかしら」


 ミリンが首を傾げるとケンタも同調する。


「生体反応はないし、キャミやミトからの無言通信の返信もない」


 ホーリーがあきらめたような言葉をサーチに投げる。しかし、サーチはホーリーの言葉をがっちりと止める。


「いつから弱虫になったの!」


 ホーリーが驚いてサーチを見つめる。サーチは言葉の勢いとはまったく正反対の落胆の表情を浮かべるとうつむく。


「どうした?」


 サーチの目から涙がこぼれる。

 

[53]

 

 

「母さん!」


 ミリンもサーチをじっと見つめる。サーチはすぐさま首を振って顔をあげる。


「至急、人間を捜すのよ!中央コンピュータ!人間を捜しなさい」


「生体反応の精度を上げるのでしたら高度を下げる必要があります」


「任せます。あらゆる手段を使って人間を探しなさい」


「サーチ」


 ホーリーがサーチに詰めよる。


「副船長」


 サーチはあえてホーリーを「副船長」と呼ぶ。


「人間は人間を殺します」


 サーチは涙を流しながらも冷静に言葉を続ける。


「でも、アンドロイドはアンドロイドを殺さない」


 ホーリーは一瞬たじろくがすぐさま反論する。


「Rv26はアンドロイドに攻撃されてひどい傷を負ったぞ」


「でも殺されなかったわ」


「手加減したとでも」


「そこまでは分からない。でも、人間が人間を数えきれないほど殺したことは紛れもない事実だけれど、本来アンドロイドがアンドロイドを殺すということはないはず」

 

[54]

 


「サーチ。いや船長!何を言いたい?」


「アンドロイドは人間も動物も殺さなかった。でも、人間が殺すことを教えてしまった」


 ホーリーが目を閉じて思い出したように言葉を発する。


「確かに!とにかくキャミとミトを探そう」


「そうだわ。でもどこにいるのかしら。誰か心当たりは?」


 ここで初めて四貫目が表情を引き締めて低い声で発言する。


「これだけ探しても見つからないのであれば、まだ伊賀にいるのかもしれません」


 お松が驚いて四貫目を見つめる。しかし、口を開いたのはサーチだった。


「伊賀?四貫目!どういうこと!説明しなさい」


 続くホーリーの言葉もサーチと似たり寄ったりだ。


「船長!落ち着いてください。四貫目!説明しろ」


 ホーリーより先に興奮を押さえることに成功したサーチがなんとか一言発する。


「ひょっとして伊賀は四貫目のふるさと?」


 サーチは急に存在感が増した四貫目をじっと見つめる。


「この困難な事件が起こって大統領府付近で起きた激しい戦闘に巻き込まれたとき、我らはキャミとミトとともに伊賀の里に時空間移動しました」

 

[55]

 

 

 応えたのはお松だった。


「時空間移動!ということは?」


 ホーリーがお松に詰めよるとサーチが促す。


「その伊賀の里の時空間座標は?」


「あれを」


 四貫目がお松を促すと、お松が懐から巻物を取り出す。四貫目がその巻物を口に咥えて両手を合わせるとすべての指を絡ませてから目を閉じる。そして絡んだ指を解きほごすと左手人差し指で空中に「忍」の字を切る。すぐさまメイン浮遊透過スクリーンに複雑な数字が現れる。


「これは!これは時空間座標です」


 MY28が解説すると中央コンピュータが肯定する。


「これは永久紀元前400年頃の伊賀の里と呼ばれる時空間座標を示しています」


「MY28、この時空間へ移動しなさい」


「待ってください」


 お松が大きな声をあげるとサーチがけげんそうに見つめる。


「我らは確かにキャミ様をお連れしましたが、我らの元頭領百地三太夫が果たして約束を守っているのか、心配です」


「こんな重大なことを、なぜもっと早く報告しなかったの!」

 

[56]

 

 

 サーチが再び興奮する。


「船長!冷静に!」


 ホーリーがサーチを制する。


「何か事情があってのことに違いない」


「四貫目、お松、説明しなさい」


 サーチが厳しい視線を四貫目とお松に向ける。


「それはミトから完全な口封じを依頼されたため」


「四貫目!俺たちは仲間じゃないか!」


 ホーリーにサーチが追従する。


「しかもあらゆる苦楽を共にした戦友だわ」


「まこと、そのとおりでござる。しかし、情報は意外なところで漏れるもの」


 四貫目とお松がひれ伏すと天井から声がする。


「機密は気密性が高いほど機密性が高まります」


全員、首を傾げながら「ハー?」という声を上げる。

 

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