第六十八章 手術の現場


【時・空】永久0246年・月
     永久0289年・空澄寺
【人】ノロ フォルダー イリ ホーリー サーチ 住職 リンメイ Rv26


永久0246年


***


 ホーリーが時空間移動装置の操縦桿を握るとその感触を言葉に表す。


「ノロの設計した時空間移動装置はかなり性能がいいし、操縦もしやすい」


 サーチが計器やモニターをチェックしながらホーリーの意見に賛成する。


「そう言えば、『俺は時空間移動に失敗しないように時空間移動装置を設計した。万が一誤作動しても、緊急停止してとりあえず乗員を外に脱出させるようにしてある』って自慢していたわね」


「しかし、脱出したところが地獄のような場所だったら意味がない。おそらくノロが言いたいのは、時空間移動装置を粗製乱造するなということなんだろう」


 サーチが点検を終えてホーリーの横の座席に腰を沈める。


「確かに故障した時空間移動装置が謎を解く鍵を持っているようね」

 

[416]

 

 

「よし、時空間移動するぞ」


 サーチがシートベルトで身体を固定してホーリーの肩を軽くたたく。


 ブラックシャークの時空間移動装置格納室でホーリーとサーチを乗せた黒い時空間移動装置が回転を始めると、あまり大きな音もたてずにすぐ消える。残響も格納室内の吸音装置に吸収されてすぐに静けさが戻る。そのとき、消えた黒い時空間移動装置横にあった摩周湖で回収した緑色の時空間移動装置一基が回転することなく忽然と格納室から消える。ふたりを見送っていたイリがあわてて肩のマイクに向かってフォルダーに報告する。


「緊急事態発生!こちら時空間移動装置格納室のイリ。例の時空間移動装置が一基消えました!」


 イリの報告が終わるか終わらないうちに最大級の警報が響きわたる。


永久0289年


***


「大統領府は破壊されたままだ」


ホーリーがモニターで外の様子をうかがう。


{リンメイ}
{住職}

 

[417]

 

 

 サーチが無言通信でふたりの名前を順番に呼ぶ。


{サーチか}


 住職から無言通信が返ってくる。


{住職!リンメイは?}

{いっしょにおる}


 サーチが肺にたまっていた空気をすべて吐きだす。


{よかったわ}


 サーチのうれしそうな無言通信を受けた住職が気持ちよさそうにリンメイに伝える。


{サーチ、元気?ホーリーは}
{もちろん、いっしょよ。リンメイはどこにいるの}
{空澄寺にいます}


 サーチがリンメイとの無言通信の内容をホーリーに伝える。ホーリーがサーチに代わってリンメイに無言通信を送る。


{今、大統領府上空に時空間移動装置で待機している。そちらの空間座標を教えてくれ}
{わかったわ}


 空澄寺の境内に黒光りした時空間移動装置が現れる。ドアが跳ねあがるとホーリーとサーチは桜の根が張った地面に降りる。目の前には若々しい住職とリンメイが笑顔で立っている。

 

[418]

 

 

「きれい!」


 満開の桜もホーリーとサーチを迎える。


「住職はずーと前、この寺の大僧正だったのよ」


 リンメイが明るく説明する。


「立派な寺だわ」


 サーチがお世辞抜きで感激しながらホーリーと腕を組んで満開の桜の花を見つめる。


「いや、以前いたころと比べれば、今は荒れ寺同然じゃ」


 住職が謙遜すると、サーチがホーリーの腕をふりほどく。


「地球の現状を聞きたいけれど、時間がないの」


 ホーリーとサーチは交互にブラックシャークが直面する問題を簡潔に伝える。


「私が生体内生命永遠保持手術をしていた時代の月の近辺にいるなんて」


 リンメイは見える可能性が低いのに月を探すように、春霞の青い空をまぶしそうに見つめる。


「生体内生命永遠保持手術に関するデータは確かに地球連邦政府の中央コンピュータのデータライブラリーにあるはずだわ」


「アクセスはできるか?」


「直接アクセスはできないわ。中央コンピュータはアンドロイドが管理しているの」


「Rv26に頼むことになろう」

 

[419]

 

 

「よかったわ」


 サーチが胸をなでおろす。


「Rv26に連絡を取るわ」


 リンメイが指輪のメモリー電話でRv26と連絡を取るとすぐに用件を告げる。


「データを手に入れてから、こちらに来ると言っているわ」


「Rv26にはいつも世話になりっぱなしだな」


 ホーリーがサーチに目配せする。サーチがうなずくとリンメイを刺激しないように少しトーンを落とす。


「ノロがあなたにどうしても教えて欲しいことがあると言っているの」


 リンメイは一歩下がると信じられないといった表情をする。


「あの大天才のノロが?」


「ええ」


「生体内生命永遠保持手術のこと?」


「そうなの。どうかしら」


 サーチはリンメイの表情が暗くなるのを見逃さない。ほかのことなら快諾するとしても生体内生命永遠保持手術については苦い思い出しか残っていない。


「わかった。行くわ。私で役に立つのなら。どうすればいいの、サーチ」

 

[420]

 

 

「よかった!ノロが大喜びするわ。私たちといっしょに永久0246年の月の近くに待機しているブラックシャークまで同行して欲しいの」


 リンメイは涼しい目元を丸坊主の凛々しい住職に向ける。


「ノロの頼みだ。行きなさい」


「あなたは?」


「ここで待っておる」


「今回だけはいっしょに来てくださらないかしら」


「そうじゃな。今までわしはわがままばかり言ってきた。今回はリンメイの願いどおりにしよう」


「うれしいわ。ありがとう」


 リンメイは感極まって住職に抱きつくと、磨き抜かれた坊主頭にキスする。


「やめてくれ!仏に仕える身じゃ。ましてや人前じゃ!」


 ホーリーとサーチが腹を抱えて笑い転げる。急にホーリーが満開の桜を見てミリンのことを思い出す。


「意外と桜の花びらは風に強いんだな」


 サーチも笑うのをやめてホーリーに強い視線を向ける。サーチもミリンのことが気になって住職とリンメイに視線を移す。そのとき桜の花びらが急にひときわ派手に舞いはじめる。青い

 

[421]

 

 

時空間移動装置が現れてドアが跳ねあがると、Rv26が桜吹雪の中に降りる。


「Rv26!」


 ホーリーがRv26にかけよるが、ボロボロの半袖の衣服と傷だらけで金属の骨格がむきだした腕を見て立ち止まる。いったん舞いあがった桜の花びらがRv26の身体のあちらこちらに貼りつく。


「依頼されたデータです」


 Rv26は桜の花びらほどの小さなマイクロペーパーをホーリーに差しだす。


「その傷はどうしたんだ」


 ホーリーはマイクロペーパーをRv26からていねいに受けとる。


「大方の人間は一太郎のプログラムで理性を取りもどしました。しかし、無頼の人間も多少存在します」


「人間に襲われたのか」


「人間だけではありません」


「というとアンドロイドか」


「原因はわかっています」


「?」


 ホーリーもサーチも意味がわからず困惑するとリンメイがRv26に近づく。

 

[422]

 

 

「少し留守にしますが、あなたや今の地球のことフォルダーに報告します」


「フォルダーに会われるのですか」


 Rv26が器用に驚いた表情を見せる。ホーリーもサーチもミリンのことを心の隅に置くとRv26に頭を下げる。


***


「一太郎の造った新しいプログラムが無言通信システムだけではなく、いつの間にかアンドロイドの言語プログラムに追加されてしまったの」


 リンメイが暗い表情でサーチに話しかけたとき、ホーリーが乾いた声を出す。


「時空間移動体制に入る」


 すでに黒い時空間移動装置は空間移動して月の上空にいる。地上で時空間移動体制に入ると爆発するような音を発するかもしれないと用心したからだ。しかし、ノロの設計した黒い時空間移動装置はサイレントモードでほとんど音もたてずに時空間移動できることをホーリーは忘れていた。リンメイがモニターに映った月を感慨深げに見つめる。


「シートベルト確認」


「オーケー」


 ホーリーとサーチのきびきびとした声が狭い空間に響く。


「話の続きは永久0246年の月に時空間移動してから」

 

[423]

 

 

 サーチが半身でリンメイに笑顔を送る。まだモニターを見つめるリンメイがうなずくのを確認すると、サーチがホーリーの背中を軽くたたく。

 

「時空間移動開始」

 

 リンメイが目を閉じると一筋の涙がほほを伝わる。モニターは白い画面になってスピーカーから雑音が流れる。

 

永久0246年

 

***

 

 警報が鳴りひびくなか、イリからの報告を受けたフォルダーとノロがサブ浮遊透過スクリーンに映った時空間移動装置格納室を見つめる。

 

「確かに一基、消えている」

 

「なんだ、あれは?」

 

 海賊のひとりが艦橋のすぐ前を黄色い光線が通り過ぎるのを目撃する。その光線はメイン浮遊透過スクリーン上でも確認できる。まっすぐ生命永遠保持機構本部の建物に向かうと消滅する。

 

「なんだ?今の光線は」

 

 フォルダーが天井に向かって怒鳴ると同時に警報が止まる。

 

[424]

 

 

「多分、他次元の物体と推測されます」

 

 中央コンピュータが応える。

 

「物体?光じゃないのか」

 

「俺が代わりに説明しよう。あれは六次元の物体の一部だ」

 

 ノロが確信を持って答える。

 

「どういうことなんだ?消えた時空間移動装置と関係あるのか」

 

「大ありだ。しかし、説明がむずかしい。そのためにリンメイを迎えに行かせたんだ」

 

 艦橋に戻ってきたイリがノロにたずねる。

 

「何があったの」

 

「おもしろくなってきたぞ、イリ」

 

 ノロがイリからフォルダーに顔を向ける。

 

「時空間移動装置格納室の監視を怠らないようにしてくれ。あの時空間移動に失敗した時空間移動装置が重要な鍵を持っている」

 

「わかった」

 

「これから一基ずつ順番に消えてゆくはずだ」

 

「まさか!ノロはすべてお見通しなのか」

 

 ノロはフォルダーに口を大きく開けて笑うと、メイン浮遊透過スクリーンの生命永遠保持機構本部の建物を見つめる。

 

[425]

 

 

 

「早く、サーチがリンメイを連れてこないかなあ」

 

***

 

「やっぱり、完全に一致している」

 

 ノロのうれしそうな言葉に全員が注目する。

 

「Rv26のデータによると、リンメイが二回目の生体内生命永遠保持手術をした時間と、先ほどの黄色い光線が生命永遠保持機構の本部、その詳細な位置はここだが、本部に向かってこの光線が消えた時間とが完全に一致する」

 

 ノロはメイン浮遊透過スクリーンに映された生命永遠保持機構本部の立体投影図上で、ある部屋をレーザーポインターで指し示す。

 

「そこは手術室だわ」

 

 サーチとリンメイが声を合わせて驚く。そしてリンメイが追加する。

 

「ズームアップして!」

 

 リンメイの記憶が鮮明によみがえる。

 

「そこで私は生体内生命永遠保持手術をしたわ。二体目はその右横よ」

 

 ノロはすべてを理解したような満足げな表情をする。

 

 

「ノロ、説明してください」

 

[426]

 

 

 リンメイがこみ上げる興奮をなんとか抑えてたずねる。

 

「摩周湖に沈んでいた時空間移動に失敗した七基の時空間移動装置のこと、知っているか?」

 

「ええ。瞬示と真美から聞いたことがあるわ」

 

 リンメイが冷静に相づちを打つ。

 

「俺たちはその七基の時空間移動装置を確保した」

 

「信じられない!」

 

 ノロがリンメイを直視する。

 

「その時空間移動装置に六次元の物体が……いや、はっきり言おう」

 

 リンメイはもちろんのこと、誰もが生唾をのみこむ。

 

「俺たちには遮光器土偶に見える六次元の生命体に近い物体が、原因はわからないが、落とし穴に落ちるように例の時空間移動装置から俺たちの三次元の世界に迷いこんできて、リンメイが生体内生命永遠保持手術をしている胎児の身体に侵入した」

 

 誰もがただ驚く。

 

「これから手術室に次々と侵入する様子を目の当たりにするはずだ」

 

 しばらく沈黙が続いたあと、やっとリンメイが声にする。

 

「そんなこと、信じられないし、胎児の身体にどうやって侵入するの」

 

 

「俺にもよくわからない。でも、実際にその過程を目の当たりにしたのはリンメイじゃないか」

 

[427]

 

 

 リンメイはただうなずくだけで言葉を捨てる。

 

「ゆっくりと観察することにしよう」

 

 ノロが黙りこんだリンメイに声をかける。

 

***

 

「データによると、今まさにリンメイはこの時空間の生命永遠保持機構本部の手術室で三体目の生体内生命永遠保持手術をしています」

 

 中央コンピュータの声が艦橋に響きわたる。

 

 ノロは生命永遠保持機構本部の建物の立体投影図が映っているメイン浮遊透過スクリーンの横に、サブ浮遊透過スクリーンを呼びだして実際の生命永遠保持機構本部の建物を映す。そのとき、時空間移動装置の格納室から激しい報告が入る。

 

「例の時空間移動装置が一基、消えました!」

 

 メイン浮遊透過スクリーンの生命永遠保持機構本部の建物に向かう黄色い光線が全員の視線に飛びこむ。リンメイが先ほど指摘していたあたりに黄色い光線がたどり着くと消滅する。

 

「あー」

 

 なんとも言いようのない悲鳴が聞こえる。リンメイはまるで昨日のことのように手術の現場を鮮明に思い出す。

 

[428]

 

 

「手術しているとき被験者のお腹のあたりから出てくる黄色い光を浴びて、気を失っては何度も同じ夢を見たわ。そのときの光がこれだったのかしら」

 

 リンメイは遮光器土偶の姿を思い浮かべる。

 

「カラクリはよくわからない。六次元の生命体ではないが、限りなくそれに近い物体が意志を持って生体内生命永遠保持手術で生まれた胎児に侵入した」

 

 リンメイは素直にノロの言葉を受けいれる。

 

「私の手術方法に間違いはなかった。でも、何者か知らないけれど、ことごとく私の手術を妨害したんだわ」

 

「次元が異なる世界はお互い干渉することはない。いや、本来できないはずだ。もし干渉することができたり混ざりあったりすると、どちらの世界も無事に存続することはできないはずだ。それなのに六次元の生命体や物質が俺たちの世界にその一部をさらけ出している」

 

 誰も一言も声を出さずにノロの言葉に全神経を傾ける。

 

「リンメイ、教えて欲しいことがある」

 

 ノロがリンメイの前に立って見上げる。リンメイは意識することなくごく自然にノロの視線に合わせるように腰をかがめる。

 

「遮光器土偶がいつ俺たちの世界に現れたのかを教えて欲しい」

 

 

「ノロの言う意味での遮光器土偶が出現したのは、まさにあのとき、いえ今だわ」

 

[429]

 

 

 リンメイはまばたきもしないでノロを見つめる。

 

「リンメイは手術中に六次元の生命体?生命体かどうかはこの際どっちでもいい。平たく言うと遮光器土偶の出現の前ぶれを、そして手術後に遮光器土偶そのものをまさしく目の当たりにしたわけだ」

 

 リンメイはノロの言葉を理解すると納得してじーっとノロを見たまま、首を激しく横に振って乾ききった目をこする。

 

「ごめんなさい、ノロ」

 

 リンメイがひざまづくとうなだれてノロに謝る。ノロは自分の視線より低くなったリンメイを見つめてポカンと口を開けてとまどう。

 

「あなたが遮光器土偶に見える」

 

 ノロ以外はリンメイの言葉を否定するどころか、まばらだがうなずく。イリがフォルダーの言葉を思い出してノロの横に立つ。

 

「確かにあなたは遮光器土偶に似ている……」

 

 イリの言葉とまわりの雰囲気にノロは敏感に反応する。

 

「俺が……」

 

 ノロは艦橋で一番低い窓まで行くと鏡面の窓に映った自分の姿をまじまじと見つめる。イリは「しまった」という表情をしてうしろに立つ。ノロは口を横に広げたり鼻の穴に指を突っこんだりする。

 

[430]

 

 

笑ったり、怒ったり、泣いたりと様々な表情をして自分の顔を観察する。

 

「ノロ、感じが似ているというだけで顔や姿が似ているという意味じゃないのよ」

 

「イリ!」

 

 いつの間にかそばにいるフォルダーが叫ぶと、イリの手を力まかせに引いて耳元でささやく。

 

「おまえの言葉は逆効果だ」

 

 イリは『似ている』と言った本家のフォルダーの言葉にあ然とする。フォルダーはイリの視線を無視してノロを見守る。

 

 フォルダーだけではなく、誰もがノロが怒りだすのではないかと想像する。ノロがゆっくりと振り返る。意外にもノロは笑っている。

 

「遮光器土偶って男前なんだ」

 

 誰もがひっくり返るような驚きを用心深くノロにぶつける。再び、イリがノロにしゃべりかける。フォルダーがイリの口に手を当てようとするが、イリの言葉が先に飛んでしまう。

 

「遮光器土偶は女よ!」

 

 フォルダーの手を払いのけたイリがはっとする。ノロとフォルダーがつまらないことでよくケンカするのに、フォルダーの配慮にふしぎな違和感を覚える。このふたりが完全な友情で結ばれていることにイリは改めて気付く

 

「俺は女に生まれていれば超美人だということになるのか」

 

[431]

 

 

 ノロのこの言葉に誰もが呆気にとられるが笑う者はいない。ノロは自分の美的感覚をみんなが納得していると勝手に思いこんでホーリーに近づくと、ホーリーの方からノロに声をかける。

 

「ノロ、質問していいか」

 

 ホーリーは機嫌がいいうちにたずねておこうと、ノロがうなずくのを確認してから言葉を続ける。

 

「あの時空間移動装置が時空間移動に失敗したのは摩周湖の偵察のために永久0255年の俺たちの世界から、西暦2048年の世界へ時空間移動したときだった。もちろんその時空間移動は自主的に行ったのではなくて埴輪の鳥によって強制的にさせられたのだが」

 

「知ってるよ。ホーリーは、永久0255年に時空間移動に失敗した時空間移動装置が、それより前の時間座標である永久0246年、つまり、9年も前(255-246)の月の生命永遠保持機構の本部で行われている生体内生命永遠保持手術を受けている胎児に、なぜ影響を及ぼしたのかということを聞きたいんだろ?」

 

「そのとおりだ!」

 

 ホーリーだけではない。サーチもリンメイも住職も同じ疑問を共有する。

 

「解釈はひとつだけ。つまり六次元の世界の時間は俺たちの時間とはまったく同期していないと言うことだ」

 

「六次元の、世界の、時間って、どういうものなの?」

 

[432]

 

 

 サーチが言葉をひとつひとつ区切ってたずねる。ノロはうなずくとサーチに答えると言うよりは全員に説明を始める。

 

「三次元の世界にはひとつの時間がプラスされている。四次元の世界ではふたつの時間がプラスされる。五次元の世界ではみっつの時間がプラスされる。そうすると六次元の世界ではよっつの時間がプラスされる。三次元の世界の時間は前にしか進まないが、四次元の世界の時間は前後に、五次元の世界の時間は前後左右に、六次元の世界の時間は前後左右上下に進んだり後退できる。つまり六次元の世界の時間は常に前後左右上下に流れているはずだ」

 

 ノロの解説にサーチは質問しなければよかったと後悔するが、ノロの言葉は止まらない。

 

「俺の感覚では、俺たち三次元の世界で物体が前後左右上下に自由に動くように、六次元の世界の時間の流れはあらゆる方向に流れては戻るものだと考えるしかないんだ」

 

「六次元の時間は因果を無視できると言うのじゃな」

 

 住職が鋭く切りこむ。

 

「六次元の世界でも因果は存在していると思うけれど、俺たちの世界の因果という物差しがまったく当てはまらない超特別な因果と言った方が正確だと思う」

 

 ノロ以外の者は驚いたあと、理解できないとため息をもらす。

 

「俺たちは未来に移動できない制約はあるものの、擬似的に四次元の世界を模倣して時間をさかのぼる方法を発明した。つまり時空間移動装置を大量生産して節操もなく時空間移動を繰り返して、確率は低いというものの、かなりの数の時空間移動に失敗した時空間移動装置を宇宙に放置してきた。今回は七基だが、時空間移動装置が存在しないパラレルワールドの西暦の世界にも放置してしまった」

 

[433]

 

 

 はっとしてノロは言葉を止める。今の言葉をしっかりと記憶に刻みこむと話の内容を変える。

 

「大昔、戦争で地雷をバンバン埋めたあと、やがて平和が訪れたときのことを覚えているか。

 

戦争が終わったのに地雷を踏んで多くの人が死んでいったことだ」

 

 誰もがうなずくのを見てノロが話を元に戻す。

 

「それに似たようなことが今起こっている。時空間移動装置を駆使して男と女が壮烈な戦争をしたが、戦争中はもちろんのこと戦争が終わっても時空間移動に失敗した時空間移動装置がいたるところで放置した。時空間移動に失敗した時空間移動装置の中がどのようになっているのか誰も知ることはできない。ちょうど地雷をどこに埋めたのか探すように、やっと時空間移動装置の内側の世界のことが少しわかりかけてきた」

 

「時空間移動に失敗した時空間移動装置の内側が別の時空間の世界になっているという瞬示の指摘をノロはどう思う?」

 

 ホーリーがノロの話をさえぎってたずねる。

 

「実際に時空間移動装置の中に入ったのだから、俺には何も言えない」

 

 ノロは先ほど記憶に刻みこんだ言葉を呼びもどして困惑する。ホーリーが黙ってそんなノロの顔を真剣に見つめる。

 

[434]

 

 

「時空間移動に失敗した時空間移動装置の中の世界は別の時空間ではなく、すべてだと言えないが、俺たちの次元とは別の次元を持つ世界だということはすでに説明したとおりだ」

 

 ノロはリンメイに視線を移すと一気に結論を披露する。

 

「時空間移動に失敗した時空間移動装置の内側の世界が六次元の世界に通じているとしたら、六次元の生命体はまるで落とし穴に落ちるようにその姿の一部を、その時空間移動装置を通じて三次元の世界にさらけ出して、俺たちの世界に奇妙な現象を発生させたんじゃないかと……俺はそう考えている」

 

 かろうじてホーリーが発言する。

 

「その六次元の生命体の一部の姿が遮光器土偶だったり、その遮光器土偶が成長した巨大土偶であったり、埴輪の鳥に見えたりするとでも」

 

 ホーリーがなんとか自分なりに理解した言葉を口にするが、なめらかなしゃべり方ができない。ホーリーの横にいたサーチが半歩前に出る。

 

「何度も言ったけれど、土偶や埴輪はともかく、それに時間島の形の不規則性はそれが六次元の何かの一部だと言われればそうかと納得できるわ。でも、瞬示や真美の姿が六次元の生命体の一部だなんて絶対納得できないわ!なぜ、あのふたりは遮光器土偶の格好をしていないの」

 

 サーチがしどろもどろに叫ぶとリンメイも住職も大きくうなずく。

 

[435]

 

 

「人間の視覚というものは、見たままのものを脳で再現しているのではない。岩ばかりの世界に行っても、ある岩が人の顔に見えたり、動物や植物に見えたりもする」

 

 ノロは自説を曲げるのを拒否するという雰囲気ではなく、口を大きく広げて説明を続ける。

 

「それに俺が遮光器土偶に見えるんだろ」

 

 ノロの丸いメガネが遮光器土偶の目を強烈に連想させる。

 

「そうだとすればじゃ、六次元の生命体のしっぽが瞬示や真美に見えることだってあるかもしれない」

 

 住職の言葉が終わったとき、ふしぎとノロが遮光器土偶そのものに見えてきたのをホーリーは苦笑しながらうなずく。

 

「今までの概念を捨てて、まったく新しい観点を持たなければならないと言うことか」

 

 ノロがホーリーにうなずいてみせたとき、サーチがノロに念を押す。

 

「でも、瞬示と真美は自分たちのことを人間だと思っているわ」

 

 ノロがサーチにというよりは全員に念を押す。

 

「それでも、俺は遮光器土偶に似て男前だと思う」

 

「どちらも真実じゃ」

 

 住職があ然とするみんなをぐるっと見渡すと目を閉じる。

 

[436]