第六十五章 わがままな人質作戦


第六十章から前章(第六十四章)までのあらすじ

 

 ブラックシャークの試運転で恐竜時代にやって来たノロは次元移動してきた巨大土偶の攻撃で恐竜が絶滅する事件に遭遇する。人類の進化の過程を見ながら関ヶ原に時空間移動したとき西暦の世界に横滑りして瞬示と真美の誕生を目の当たりにする。そして駅前の古本屋の店主から店を譲り受ける。その地下室では小学生の瞬示と真美がある本を熱心に読んでいた。御陵に向かうためにノロは店を出るが忘れ物に気付いて戻るとふたりは青年になっていた。再び外へ出るとまわりが一変していた。ふたりと巨大土偶の壮烈な戦闘が始まると御陵上空にブラックシャークが現れる。ノロはフォルダーが差し向けた時空間移動装置に乗りこんで赤い穴へ突こむと摩周クレーターに到着する。そこで巨大土偶と瞬示と真美を発見するがすぐに消える。そのあとに残ったヒモのような時間島で前線第四コロニーとすべての完成コロニーが集まった空間に時空間移動する。ノロはそこに瞬示と真美がいることを知ると中央コンピュータ室に呼びだして住職のC・OS・M・OSという話を盗み聞きする。

 

 腹が減ったノロが恐竜時代で恐竜のステーキを食べているとブラックシャークが現れる。イリの怒りが爆発したあと地球の現状を聞かされたノロは人間がアンドロイドに亡ぼされるかもしれないと覚悟する。

 

[308]

 

 

【時】永久0289年

【空】地球、ノロの惑星

【人】キャミ ミト ホーリー サーチ 住職 リンメイ 五郎 ミリン ケンタ

   一太郎 花子 ノロ フォルダー イリ 四貫目 お松

   カーン・ツー Rv26 FA51

 

***

 

 地球で生きていくためには人間は自立しなければならない。しかし、今の人間には大自然に立ち向かって生き抜くだけの気力はない。施設が破壊されたわけでもなく、大統領府以外の重要な施設は無傷だ。エネルギーも月から太陽エネルギーをマイクロウエーブに変換して滞りなく供給されている。エネルギー関連の設備や装置はメンテナンスフリーで手間はかからない。

 

 これほど恵まれた環境のなかで何が不満なのか、一向に人間の意識は変わらない。まるで赤ん坊のように自らの生活を維持することができない。しかし赤ん坊のような希望は持ち合わせていない。

 

 一年前アンドロイドと一戦を交えたのはアンドロイドにわがままをねだった行動に過ぎなかった。そんな人間がこの地球でこの先どのように生きていけばいいのか、キャミとミトは奔走するが事態はますます悪くなる。

 

[309]

 

 

***

 

「極秘情報によると、宇宙海賊の隠れコロニーのブラックシャークが留守らしい」

 

 地球連邦政府の大統領執務室でカーン・ツー大統領がRv26に告げる。Rv26は驚くが素っ気なく応える。

 

「そうですか」

 

 Rv26は直立不動のままカーン・ツーの机の前で冷静に次の言葉を待つ。

 

「ホーリー、サーチ、リンメイ、住職を宇宙海賊の隠れコロニーに呼んでブラックシャークで時空間移動したらしい」

 

「どこへ行ったのですか」

 

「それ以上の情報をおまえに伝える必要はない」

 

 しかし、カーン・ツーはそれ以上の情報を持っていない。Rv26はカーン・ツーの悪意に満ちたでまかせの言葉を真に受けてその情報源を探ろうとする。

 

「大統領、ワタシをお呼びになったのは?」

 

「おまえには人間を守るという義務がある。わかっているな」

 

「はい」

 

「キャミとミトを逮捕しろ」

 

「急に何をおっしゃるのですか?」

 

[310]

 

 

 

 カーン・ツーがさらに命令を追加する。

 

「それに忍者の四貫目とお松もだ」

 

 Rv26は何も応えずに背を向ける。無視されたカーン・ツーが屈辱感をそのまま声にする。

 

「命令を復唱しろ!」

 

「あなたが大統領でも、実行できる命令とできない命令があります」

 

 Rv26がそのまま部屋を出ようとする。

 

「これを見ろ!」

 

 天井に浮遊透過スクリーンが現れて一太郎と花子が映しだされるとRv26の足が止まる。

 

すぐにRv26は一太郎と花子がノイズ室にいることを理解する。カーン・ツーのやり方がワン・パターンであることは誰でもたやすくわかる。ふたりを責めたててフォルダーやブラックシャークの情報を手に入れたのだろう。しかし、西暦の世界の一太郎と花子は詳細な情報を持ち合わせていない。したがって、カーン・ツーの情報は薄っぺらい。そこでキャミやミトが持っている情報を手に入れようとRv26を呼びつけたのだ。

 

「おまえがなぜ地球にいるのか、すべてわかっている。キャミとミトをそそのかしてアンドロイドに都合のいい世界にしようと企んでいるのだろう」

 

 Rv26は無言のまま用心深く再びカーン・ツーの前に立つ。いつの間にかカーン・ツーがRv26にレーザー銃を向けている。

 

[311]

 

 

「おまえが拒否すれば、おまえの部下に同じ命令を下すまでだ」

 

「なぜ、そんなことをするのですか」

 

 Rv26の耳が赤く輝きだすとレーザー銃が二度、火を噴いてRv26の両耳を吹っとばす。

 

「通信は許さん」

 

 Rv26は耳をかばうこともせずにカーン・ツーをにらむ。

 

「キャミ元大統領がこの地球をなんとかしようと努力しているのに、なぜなんですか」

 

「現実を見ろ。人間は働く動物ではないのだ。知的な作業しかできない」

 

「銃をしまってください」

 

「黙れ!キャミは俺の親父を見殺しにした」

 

「それは誤解です」

 

「キャミは親父を無謀な作戦の指揮者に任命した。そして親父は戦死した」

 

「あなたのお父さんは人類を救うために自ら進んで前線第四コロニーの巨大コンピュータに戦いを挑んだのです。ワタシもいっしょに戦いました」

 

「なに!おまえもか!なぜ親父を守らなかったんだ」

 

 カーン・ツーがレーザー銃を握りしめる。

 

「今度はおまえに死ぬほど過酷な任務を与えてやる」

 

 そのとき、カーン・ツーに無言通信が入る。と同時に浮遊透過スクリーンにキャミ、ミト、四貫目、お松の姿が映る。

 

[312]

 

 

「全員、逮捕した。甘いヤツラだ」

 

 カーン・ツーが一太郎と花子を人質にしてキャミたちの拘束に成功したのだ。

 

「ワタシは大統領の命令を実行しなくてもよくなりました」

 

「先ほどの命令は余興だ。今から下す命令をよく聞け」

 

 カーン・ツーは声を出さずに薄い唇で笑う。

 

「すべての宇宙戦艦を動員して海賊のコロニーを占領しろ。おまえなら、あの海賊のアジトの時空間座標を手に入れることができるはずだ」

 

 Rv26は何も応えずに再び背中を向ける。

 

「あの六人の命はおまえ次第だ」

 

 Rv26はそのまま執務室を出る。

 

「宇宙海賊の根城を略奪してやる」

 

 カーン・ツーが高笑いする。

 

***

 

 空澄寺の本堂で座禅を組む五郎にケンタから無言通信が入る。

 

{お父さん!四貫目とお松が連行された}

{なに!まさか}

 

[313]

 

 

――四貫目ほどの使い手がやすやすと連行されるはずがない

 

 五郎が少し間をおいてケンタに無言通信を返す。

 

{四貫目は抵抗しなかったのか}

{そのようです}

 

――やはり

 

 五郎が直感的に事態を把握する。すぐさま立ちあがって無言通信を続ける。

 

{誰かを人質に取られているんだ。ケンタ、どこにいる?}

 

 五郎は空澄寺の本堂から山すそにある大きな踊り舞台の建物に向かう。

 

{ミリンと考古学研究所にいます。誰が人質に?キャミ?それとも……}

 

 五郎がケンタの無言通信をさえぎって返信する。

 

{リンメイの研究室前の広場に急げ。すべての無言通信に反応するな。父さんからの無言通信にもだ。ミリンにも今言ったことをくれぐれも守るように伝えてくれ}

 

 五郎が全力疾走する。

 

{五郎}

 

 五郎はほかのことを考えて無言通信を無視する。そして踊り舞台の床下にもぐりこむと太い柱に囲まれた空間に時空間移動装置が見えてくる。

 

{地球連邦政府情報部の者だ。五郎、どこにいる。キャミ、ミト、四貫目、お松、一太郎、花子を拘束した。今すぐケンタ、ミリンを連れて投降しろ}

 

[314]

 

 

 一方的に無言通信が送られてくる。五郎が時空間移動装置のドア横の溝に手をかけると指紋認証されてドアが跳ねあがる。乗りこむと操縦席に座ってすぐさまメインスイッチを押してスタンバイする。

 

 目の前のモニターに「起動中」という赤い文字が表れる。

 

――早く起動してくれ

 

{投降しなければ……}

 

 しつような無言通信が五郎に届く。五郎は無心を保ってコントロールパネルでリンメイの研究室の空間座標を検索する。やっとモニターに「準備完了」という緑の文字が表れると力をこめてレバーを引く。時空間移動装置が回転を始めると踊り舞台の床下から消える。

 

***

 

 五郎はリンメイの研究室前の広場でケンタとミリンを時空間移動装置に乗せるとノロの惑星に空間移動する。

 

 警報が鳴りひびくなかブラックシャークの船首前に現れた時空間移動装置に驚いたMY28に替わって造船所長代理を務めるFA51が警戒態勢を取る。時空間移動装置のまわりにライフルレーザーを手にしたアンドロイドが集結する。時空間移動装置から五郎、ケンタ、ミリンが降りてくるとほっとしてFA51が警報を解除して出迎える。

 

[315]

 

 

「どうしたのですか。驚かさないでください」

 

 五郎のきびしい表情を見てFA51が近くのアンドロイドに命令する。

 

「警戒態勢を持続せよ」

 

「想像だが、ここが攻撃されるかもしれない」

 

「詳しく説明してください」

 

「おそらくカーン・ツーはノロの惑星にブラックシャークがいないことを知って……」

 

 五郎の説明の途中でまたしても無言通信が入る。

 

{どこにいる。返事をしなくてもいい。ケンタとミリンを拘束した}

 

 五郎は全神経を集中して無言通信を拒絶する。ケンタとミリンにも別々に無言通信が送られてくる。

 

「ケンタ!ミリン!」

 

 五郎がふたりに強く叫ぶが、ミリンが上目づかいで五郎を見つめる。

 

「お義父さん、誰か知らないけれど……」

 

「応答するな!無視するんだ!」

 

 五郎が怒鳴るとミリンがうなだれる。

 

「私、『うそつき』と返事してしまったわ」

 

「しまった!」

 

[316]

 

 

 おそらく「五郎を拘束した。投降しろ」といった内容の無言通信がケンタとミリンに流されたのだろう。五郎はFA51に向かって大声を出す。

 

「ブラックシャークは今どこに?フォルダーに連絡は取れないのか」

 

「うしろを見てください」

 

 FA51が五郎の後方を指さす。

 

「おお!ブラックシャーク!戻ってきている……」

 

 五郎はへなへなとその場に座りこむと、今度は大声を出して気が狂ったように笑いだす。

 

「いつ戻ってきたんだ?カーン・ツーが腰を抜かして驚くぞ!」

 

「二時間三七分前に戻ってきました」

 

 FA51の言葉を無視して五郎が叫ぶ。

 

「ホーリーは?フォルダーは?」

 

「戻ってきたとたん、居酒屋へ直行しました。フォルダーはもちろん、あなたたちの仲間もいっしょです。ただし、正常な状態ではないかもしれません」

 

 FA51がそばにいるアンドロイドに命令する。

 

「エアカーを用意しろ」

 

「居酒屋に連れていってくれるんだな」

 

「そうです」

 

[317]

 

 

 すぐにエアカーがFA51の前に横付けされる。

 

「警戒態勢をくずすな」

 

 五郎、ケンタ、ミリンがエアカーに乗りこむとFA51が運転手のアンドロイドに指示する

 

「居酒屋へ!」

 

***

 

「ご覧のとおりじゃ」

 

 フォルダー、ホーリー、ノロがぐでんぐでんに酔いつぶれている。イリやサーチまでが見苦しい姿でカウンターに頭を横にして眠っている。居酒屋の入口で立ちつくすFA51をMY28とMA60が赤い顔で見つめる。酒を飲まない住職とリンメイは正常だ。

 

「マスター、勘定は?」

 

「ツケで結構ですよ」

 

 FA51がマスターに会釈すると肩のマイクに向かって指示を出す。

 

「FA51だ。大型エアカーを居酒屋まで手配しろ」

 

「住職」

 

 五郎が住職に近づく。

 

「大変なことになった。どうやら、キャミやミト、いや一太郎や四貫目までがカーン・ツーに拘束された。それに我々も拘束しようとした」

 

[318]

 

 

「なんじゃと!」

 

「ブラックシャークがこの星にいないとカーン・ツーが思いこんでいたとしたら……」

 

 五郎が想像を言葉に変換する。住職が五郎の想像をそのまま受け継ぐ。

 

「ということはじゃ、人質を盾にこのノロの惑星を攻撃するかもしれん」

 

「そうだと思います。そうでなければ、キャミたちを人質に取る必要がありません」

 

「私、カーン・ツーが大嫌いだわ。しつこいもの」

 

 ミリンの言葉にケンタが同意する。

 

「臆病なくせに執念深い。でもカーン・ツー自らが攻撃してくるのだろうか。アンドロイドに攻撃をさせるのは無理だし……」

 

 ケンタの言葉が途切れるとミリンの顔がひきつる。

 

「Rv26よ!Rv26に攻撃させるのよ」

 

「あっ、そうか!」

 

 ケンタが、そして五郎が残念そうにうなずく。

 

「キャミに近い者を拘束して、Rv26にこの星を攻撃させて占領する」

 

「カーン・ツーにしては見事な作戦じゃ」

 

 居酒屋の前に大型のエアカーが到着する。FA51、五郎、ケンタが手分けして酔いつぶれたフォルダーたちをエアカーに乗せる。

 

[319]

 

 

「ブラックシャークへ」

 

***

 

 ブラックシャークの艦橋でフォルダー、ノロ、イリ、ホーリー、サーチがアルコール分解水をがぶがぶ飲みながら、真剣に五郎の話を聞く。

 

「ノロの探索で地球のこと、フォルダーに報告するのをすっかり忘れていたわ。」

 

 サーチが二杯目のアルコール分解水を飲みほすと申し訳なさそうにフォルダーに頭を下げる。

 

「そうだ。あまり良い方に向かっていなかったんだ。地球は」

 

 ホーリーの言葉に住職が短く応える。

 

「そのとおりじゃ」

 

 ホーリーが続ける。

 

「それより、五郎。もっと詳しく説明してくれ」

 

「説明になるのか、どうか。とにかく事実関係を完全に把握しているわけではないが、こういうことじゃないかと……」

 

 五郎が簡潔にわかりやすく報告を始める。その報告が終わるとホーリーが下半身をもじもじさせながら五郎にたずねる。

 

「無言通信が通じないということは、ノイズ室に閉じこめられているのか」

 

 ホーリーは五郎の返事を待たずに我慢しきれなくなって用を足しに艦橋を出る。

 

[320]

 

 

「義父の言うとおりです。無言通信ができないから間違いありません。キャミやミト、四貫目やお松、一太郎や花子に無言通信を何度も試みましたが、返事はありませんでした。今もそうです」

 

 ミリンがマニキュアをしていない健康そうな指先を頭に当てる。

 

「無言通信?」

 

 やっと二日酔いから抜けだしたノロが首をひねりながらミリンに近づく。

 

「地球の現状を教えてくれ」

 

 ノロを初めて見たミリンが素直な感想を述べてしまう。

 

「遮光器土偶にそっくり」

 

「ミリン!」

 

 サーチがミリンに近づいてたしなめる。ノロはまったく気にするどころかサーチとミリンを交互に見てたずねる。

 

「サーチとミリンは姉妹か」

 

「親子です」

 

「双子のように見える。ふたりとも美人だなあ」

 

 サーチが照れながらミリンの腕を取ってはにかむ。

 

「ひょっとしてホーリーがミリンの親父なのか?」

 

[321]

 

 

「ひょっとしなくても、そうだわ」

 

 ノロはホーリーの人なつこい特技を上まわるほどの明るい表情をミリンに向ける。

 

「ミリンはホーリーに似ずに良かったなあ」

 

 いつの間にか艦橋に戻ってきたホーリーがあ然とする。

 

「ノロ、ちょっと失礼じゃないか」

 

 そしてミリンに近づく。

 

「ノロに今の地球のことを詳しく説明してやってくれ」

 

 そしてサーチを連れて船長席でだらしなく座っているフォルダーに近づく。

 

「どうする、フォルダー」

 

「しょうがないな。カーン・ツーはまるで子供だ」

 

 そのとき、MY28が叫ぶ。

 

「宇宙戦艦が数隻、空間移動してきました」

 

 続けて中央コンピュータの声がする。

 

「回線を開くように要求しています」

 

「わかった。開け!」

 

「ワタシは地球連邦艦隊の隊長Rv26です」

 

「フォルダーだ」

 

[322]

 

 

「えっ!フォルダーはノロの惑星を留守にしているとカーン・ツーが言っていました」

 

「ははーん。カーン・ツーのヤツ、やっぱり俺の留守を狙って攻撃するつもりだったんだ」

 

 フォルダーが回線を造船所のFA51につなぐよう指示する。

 

「FA51。宇宙戦艦が数隻こちらに向かっている。ホワイトシャークで迎撃しろ」

 

「待ってくれ」

 

 ホーリーがフォルダーの横に立つ。

 

「おそらくRv26はキャミたちが人質に取られているから、仕方なくカーン・ツーの命令に従っているだけだ」

 

 ホーリーの声がそのままRv26に届く。

 

「ワタシの艦隊は全滅しても構いません。そうなればキャミたちを拘束する意味がなくなります」

 

「もちろん、そのつもりだ」

 

「待って!」

 

 今度はサーチがフォルダーの前に立つ。

 

「なぜ、みんなそんなにやさしいんだ」

 

 座りなおしてフォルダーがふしぎそうにホーリーとサーチを見つめる。

 

「それはじゃ……」

 

[323]

 

 

 フォルダーが住職の発言をさえぎる。

 

「今度こそ俺の恐ろしさを見せつけてやる。カーン・ツーには死んでもらう」

 

「わしの話を聞くのじゃ!」

 

 住職がフォルダーを見上げてにらむ。

 

「確かにカーン・ツーはおろかじゃ。しかし、今の人類は誰がリーダーになっても同じじゃ。地球にいる人間そのものが救いようもないほど堕落した動物になってしまったのじゃ」

 

「だから、破滅しても仕方ない」

 

「フォルダー!同じ人間だぞ。地球の人間が亡びれば、ノロの惑星に残ったわずかな人間しかいなくなるのじゃ。しかも全員が永遠の命を持っている。地球にいる人間をなんとかしなければ人類は滅亡するのじゃ」

 

 イリが座ったまま背中でフォルダーを呼ぶが返事はない。イリが席を立つと振り返ってフォルダーを見つめる。

 

「住職の言うとおりだわ。ノロも住職と同じことを言うんじゃないのかしら」

 

 そんなノロはミリンと気が合うのか、艦橋の隅で談笑していたが、急にフォルダーに近づく。一瞬、静寂が艦橋を包む。フォルダーを見上げながらノロが進言する。

 

「フォルダー、人間をなんとかしなければ」

 

 ノロの一言でフォルダーが立ちあがる。

 

[324]

 

 

「Rv26!FA51!聞こえるか」

 

 Rv26とFA51から同時に「はい」という返事がする。

 

「上空でにらめっこでもしていろ」

 

 今度はやけくそ気味にMY28に命令する。

 

「ブラックシャーク発進!全エネルギーを使って地球へワープしろ!」

 

「全エネルギーを消費しろだって」

 

 MY28が叫ぶ。

 

「命令だ!」

 

 ホーリーとサーチが喜んだ顔を一気に困惑の表情に変える。イリはノロにニヤッと笑いかけて大きな声をあげる。

 

「おもしろくなってきたわ」

 

 イリにノロが大きな口を開けてニーッと笑う。

 

「ここはフォルダーに任せておけばいい。俺は自分の家で一仕事する」

 

「うーん、私はおもしろそうな方を選ぶわ」

 

***

 

 ブラックシャークがエネルギーをたれ流すようなワープを繰り返して地球と月の中間地点に現れる。

 

[325]

 

 

「地球の全エネルギーを盗む。準備にかかれ」

 

 フォルダーがイリに指示する。

 

「そうだと思ってたの。この位置は最高のポジションね」

 

 イリがはしゃぐ。どうもイリは根本的に盗みが好きなようだ。

 

「月から地球に送られている全マイクロウエーブを横取りしろ」

 

 ブラックシャークが大きく揺れてマイクロウエーブをすべて吸収する。しばらくすると、地球の夜の部分で輝いていた光がだんだんと暗くなる。やがて地球の夜の部分からすべての光が消えたのを確認するとフォルダーがミトに無言通信を送る。

 

{ミト、聞こえるか。フォルダーだ}

{あっ、フォルダー}

 

 ミトのうれしそうな無言通信が返ってくる。

 

{無事だったか。どこにいるんだ}

{大統領府近くの刑務所のノイズ室です。今さっきノイズが消えました}

{その原因は地球全体が停電になったからだ}

 

 フォルダーが愉快そうに笑うと、イリがホーリーとサーチに近づく。

 

「これで良かったのかしら」

 

「ありがとう。イリ、フォルダー」

 

[326]

 

 

 ホーリーもサーチもなんとも言えない表情をして抱きあう。フォルダーが中央コンピュータに命令する。

 

「Rv26に連絡を取れ。地球に帰還せよと」

 

 住職がリンメイの手を取ってフォルダーを見上げる。

 

「いつもながら、荒っぽいのう」

 

「でも、スカッとするわ」

 

 リンメイと住職が明るく笑うとキャミに無言通信を送る。ホーリーは一太郎に、サーチは花子にそれぞれ無言通信を送る。

 

***

 

 事態が急変したことを知ってカーン・ツーは手のひらを返したようにキャミたちを解放して大統領府を明け渡すとフォルダーを恐れて姿を消す。しかし、フォルダーはホーリーたちを大統領府でブラックシャークから降ろすと何もせずに地球を去る。それはノロの意向だった。

 

 キャミとミトとお松と筋肉質の上半身裸の四貫目が大統領執務室に現れる。

 

「無事で良かった」

 

 ホーリーとサーチがキャミたちを迎える。

 

「体調はどうですか」

 

「大丈夫です。ノイズ室での待遇はノイズを除いてあまり悪くはなかった」

 

[327]

 

 

 ミトがキャミの代わりに応える。そのミトにホーリーがたずねる。

 

「ところで一太郎は?」

 

「新しいプログラムを完成させると言って、解放されたとたん、空澄寺に向かいました」

 

 ミトの返事にホーリーが首を傾げる。

 

「新しいプログラム?」

 

「そう。いつかサーチが話していた『人間が真摯に生きていくプログラム』の開発に一太郎が執念を燃やしているの」

 

 キャミが応えるとサーチがすぐに申し訳なさそうな声を出す。

 

「あれは、そんなプログラムがあればいいと思いつきで言っただけなの。でも、いつまたカーン・ツーが襲ってこないとも限らないわ。用心した方がいいのに」

 

 ミトがサーチの心配を受け継ぐ。

 

「カーン・ツーにはもう気力はない。しかし、過激な集団がカーン・ツーを担ぎだして何をしでかすかわからない」

 

 サーチがいたたまれなくなってホーリーを見つめる。ホーリーもうなずきながらミトに一太郎の身辺について何か手立てがないものかと要望するが、キャミがホーリーに心配しないよう告げる。

 

「食料がないから、おとなしくしているはずだわ」

 

[328]

 

 

「でも、空腹で何もしないのかと言えばそうでもない」

 

 ミトの意見にキャミがため息をついて首を横に振る。

 

「不満を言うだけの元気があるのがふしぎだわ」

 

 一太郎と花子に護衛をつける話がここでいったん途切れる。

 

「生命永遠保持手術が普及したころの人間も堕落していたが、そのときと比べようもならないほどのひどい状態じゃ」

 

 住職はお手上げだと言わんばかりに嘆く。

 

「もう俺たちの手には負えないのかな」

 

 ホーリーの意見にリンメイも同調する。

 

「でも、このままでは人類は亡びてしまうわ」

 

「そのとおりじゃ。何か手を打たなければ」

 

 まだ住職はあきらめてはいない。キャミやミトとともに救助された四貫目とお松は何も言わずに意見を聞いていたが、いつも寡黙なお松が発言する。

 

「カーン・ツーは自分たちに生命永遠保持手術を施せと要求していました」

 

 キャミはなんとか地球に戻った人間にカツをいれて立ち直らせようと色々手を尽くしたが、人間たちはわずかな食料を節約することもなく、責任逃れのうまいカーン・ツーではなくキャミに不満を向けた。お松がそんなカーン・ツーのわがままの一例を訴えた。

 

[329]

 

 

 ホーリーが両手を横に広げて残念そうに切りだす。

 

「このままではいつまた同じ事件を起こすかもしれない。やはり、一太郎と花子の警護には万全を期して欲しい。いや、一太郎、花子も含めて俺たちはいったん地球から離れるべきだ」

 

「困難だから、踏みとどまらなければならんのじゃ」

 

「私はホーリーの言うとおり、いったんノロの惑星で今後の地球のことを話しあうべきだと思うわ。それにみんな疲れている。休息も必要だわ」

 

 住職に軽く反論したリンメイの言葉のあとをミリンが元気よく受け継ぐ。

 

「ノロの知恵を借りるべきだわ。ノロならきっといいアイデアを持っているわ」

 

 ケンタは黙ったままミリンの意見に大きくうなずく。ミトがミリンとケンタを見つめてから疲れ切ったキャミの様子をうかがう。椅子に座って目を閉じたまま話を聞いていたキャミはうっすらと目を開けると上体を起こして口を開く。

 

「ずーっと以前、あれは確か大人と子供の戦争が始まる前のことだったわ。ノロという男が時空間移動船を製造したという話を聞いたことがあった」

 

 キャミがミリンにほほえみかける。

 

「ミリンの言うとおりだわ。ノロに会いましょう。どんな人物なの」

 

「いつも明るくて元気だわ」

 

 ミリンがうれしそうにキャミの前に立つ。

 

[330]

 

 

「わかったわ。ミリンの言うとおりにしましょう。私はフォルダーに時空間移動装置で迎えに来てもらうよう、お願いしてみます。ホーリーは一太郎にここへ来るように連絡してください」

 

 ミリンがうれしそうにキャミを見つめると、ケンタの腕に自分の腕を絡ませる。

 

***

 

「一太郎と連絡が取れない!」

 

 ホーリーが叫ぶ。

 

「花子もよ」

 

 続けてサーチも叫ぶ。そのとき、四貫目とお松が電磁レーザー忍剣を抜いて執務室のドアに向かう。お松が四貫目の肩に飛び乗ったときドアが開く。

 

 一太郎と花子が押されるようにして部屋に入ってくる。その背後に武装した人間が何人もいる。ふたりの手には手錠がかけられていて、無残にも一太郎の顔がはれあがっている。

 

「武器を捨てろ!」

 

 一太郎の腰のバンドを握りしめて頭にレーザー銃を突きつけた大柄な男がドアから一歩踏みこむ。

 

「俺たちはカーン・ツーのような弱腰ではない」

 

「とう!」

 

[331]

 

 

 四貫目の肩から飛びおりたお松が花子にレーザー銃を突きつけた男の手首を切り落とすと、四貫目の上半身の筋肉が一本一本浮かびあがるたびに電磁レーザー忍剣でレーザー銃を構える男を次々と切りすてる。お松がホーリーたちの方に一太郎と花子を連れていくと四貫目は電磁レーザー忍剣を回転させてドアに向かって鋭い光線を発射する。

 

 ホーリーが一太郎を、サーチが花子を素早く抱きこむと机の陰に転がりこむ。お松は跳躍すると四貫目のところに戻って電磁レーザー忍剣を構える。住職はリンメイを引きずるようにしてやはり机の陰に隠れる。ミトと五郎とサーチが机の影からレーザー銃をドアに向ける。

 

「こんなことをする気力が残っているのなら、もっとやることがあるはずじゃないか」

 

 ホーリーが興奮しながらレーザー銃を構える。

 

「大丈夫?」

 

 サーチがレーザー銃を構えたまま花子に声をかける。

 

「ええ」

 

 花子の弱々しい声が聞こえる。

 

「お松!」

 

 四貫目が低い声で叫ぶ。四貫目とお松が跳躍してホーリーたちがいる机の方に走りこむ。

 

「伏せろ!」

 

 四貫目の鋭い声が部屋中に響くとドア付近が大爆発を起こす。

 

[332]

 

 

「手榴弾だ!」

 

 四貫目が机のうしろの窓ガラスを忍剣の柄で割ると外を見て絶句する。

 

「完全に包囲した。降伏しろ」

 

 拡声器を通した大きな声が部屋中にとどろく。ホーリーが窓際に立つと外に向かって大声を張りあげる。

 

「なぜだ!俺たちは人間が地球で暮らせるように努力してきた。恩を仇で返そうと言うのか」

 

「おまえたちを人質にして宇宙海賊の星を乗っ取る」

 

「その声はカーン・ツーだな」

 

「黙れ。俺も殺されるかもしれないんだ……」

 

 カーン・ツーの蚊が鳴くような声がする。

 

「そんなこと言っている場合じゃない!人類のことを考えろ!地球こそが人間の住むにふさわしい星じゃないか」

 

「必死に努力をしたが、アンドロイドなしで生きていくことは不可能だ。聞けば、宇宙海賊の星では人間とアンドロイドの関係が良好だという。そういう環境を手に入れたい」

 

 カーン・ツーは誰かに強制されているのか、その言葉には力強さがなく棒読みのように聞こえる。

 

「それは身勝手なわがままだ」

 

[333]

 

 

「それに、もう一度生命永遠保持手術を受けたい」

 

「おまえの父カーンが聞けば、涙を流すぞ」

 

 カーン・ツーの横にいる男が業を煮やしてカーン・ツーからマイクを取りあげる。「うるさい!投降しろ。さもなければ……」

 

 そのとき、どこからか重低音を伴った振動が伝わってくるが、興奮したやりとりが続くなか、誰も気が付かない。

 

「徹底的に抵抗する!」

 

 ホーリーが窓の外に向かって怒鳴る。

 

「待て!ホーリー。降伏するのじゃ」

 

 住職がホーリーの肩に手をかける。

 

「住職!」

 

「戦っても勝ち目はない。ここは耐えるのじゃ。命を長らえるのじゃ」

 

 ホーリーが一太郎を見つめる。よく見るとかなりの傷を負っている。生身の人間でしかも高齢だ。一太郎がホーリーの視線に気付いて目を閉じると小さな声を出す。

 

「僕のことはいい。逃げてくれ」

 

「何を言ってるの。人類の存亡が一太郎のプログラムの完成にかかっているのよ」

 

 サーチの言葉に続いてミトがキャミに確かめる。

 

[334]

 

 

「キャミ!フォルダーはいつ迎えに来ると言っていた?」

 

「わかったとしか言わなかったわ」

 

 急に四貫目が叫ぶ。

 

「伏せろ!」

 

 空の一角から到達した鋭い光が窓の外で炸裂すると黒光りした時空間移動装置が数基現れる。ドアが跳ねあがると宇宙海賊が手招きする。四貫目が一太郎を、お松が花子を脇に抱えると時空間移動装置のドアに向かって跳躍する。ミトがキャミを抱きかかえて宇宙海賊に手渡す。一斉に地上から攻撃を受ける。ホーリー、サーチ、五郎がレーザー銃で応戦している間に住職、リンメイ、ケンタ、ミリンがミトとキャミのあとを追うように次々と時空間移動装置に分乗する。そしてサーチと五郎がさらに別の時空間移動装置に飛び乗ると、最後にホーリーが全身を伸ばして手を差しのべるサーチの二の腕を取って時空間移動装置に乗りこむ。

 

 大統領府を取り囲んでいたカーン・ツーたちは上空からの攻撃にちりぢりになる。その上空にはブラックシャークが浮かんでいる。

 

***

 

 ブラックシャークの格納室に時空間移動装置が現れる。イリが回復剤を持って待ち受ける。

 

「医務室へ」

 

 時空間移動装置から降りてきたサーチをうながす。宇宙海賊が用意した担架で一太郎、花子が格納室から医務室に運ばれる。

 

[335]

 

 

「ほかの方は艦橋へ。治療はサーチと私で十分です。安心してください」

 

 イリがホーリーを押しのけて医務室に急ぐ。

 

「ミリン、手伝って」

 

 サーチがミリンに声だけを向ける。

 

「はい!」

 

 ミリンの声を背中で聞きながらホーリーが艦橋に向かう。そのあとをミトに支えられるようにキャミがついていく。

 

「すごい船だわ。ここはブラックシャークなの?」

 

「そうです」

 

 ミトの返事を受けてキャミの顔がパッと明るくなる。やがてミトに案内されたキャミが艦橋に到着するとフォルダーの横にいる背の低い男がホーリーに声をかける。

 

「ホーリー、危機一髪だったな」

 

 キャミにはその男の顔が逆光でよく見えない。

 

「紹介します。キャミです。ノロ、フォルダーです」

 

 ホーリーがお互いを紹介する。

 

「フォルダー、大変お世話になりました」

 

[336]

 

 

 キャミがフォルダーにていねいに頭を下げる。

 

「礼ならノロに言ってくれ」

 

 フォルダーは素っ気ない。

 

「いやあ、みんな無事で良かった。でも、やり方が卑劣だなあ」

 

 ノロの言葉が格納室からの意外な報告で消されてしまう。

 

「先ほどの騒ぎを起こした人間のリーダーを捕虜にしました」

 

 フォルダーがすぐに命令する。

 

「そいつの顔を映せ!」

 

 サブ浮遊透過スクリーンが船長席の近くに現れる。

 

「こいつは?」

 

 フォルダーがミトにたずねる。

 

「カーン・ツーです」

 

「こいつがカーン・ツーか!。二、三発殴らなければ気がすまない」

 

「フォルダー、落ち着け」

 

 ホーリーの言葉を無視してフォルダーが興奮したまま艦橋を出ていく。

 

「最悪に近い状態だな」

 

 ノロの言葉にキャミが大きくうなずく。そのとき中央コンピュータの声がする。

 

[337]

 

 

「地上では人間同士がいたるところで戦闘状態に入りました。おそらく食料をめぐっての争いが原因のようです」

 

「バカな」

 

 ノロがぼう然として天井を仰ぐ。

 

「しかし、殺し合いにはほど遠い状態です」

 

「どういうことだ!」

 

「空腹でケンカにもならないようなお粗末な状態です」

 

「本当に人間はバカになってしまったのか」

 

 時空間移動装置で地上を偵察する宇宙海賊から、人間が地面の上で寝そべってののしりあっているという報告が入る。

 

「そう言えば、私たちも水しか口にしていないわ」

 

 キャミが急に思い出すとノロもサブスクリーンに映っていたカーン・ツーの顔を思い出す。

 

「捕虜はどこにいる?」

 

「医務室です」

 

 ノロはフォルダーが悔しがっている姿を想像して笑いだす。

 

「ノロ、何がおかしいんだ」

 

 ホーリーがたずねる。

 

[338]

 

 

「だって、フォルダーがパンチを繰りだす前にカーン・ツーは倒れているんだろ」

 

 ノロはまだ笑いながら、誰に言うでもなく言葉を続ける。

 

「腹ペコ同士でケンカしたってどっちも倒れるだけじゃないか。まず、腹ごしらえだ。キャミにごちそうを!イリ、食事の用意だ。あれ、イリは?」

 

「医務室にいる」

 

 ホーリーがやれやれという表情をしながらノロに伝える。

 

「あっ、そうか」

 

「グー」

 

 お腹が鳴ったのはキャミでもミトでもなくノロだった。

 

***

 

 人柄はそれほど悪くはないし、悪口を言ったり迷惑をかけたりすることもない。ただ言えるのは少しわがままなところはあるが決して悪い人間ではない。ただそれだけの人物だと、キャミからノロはカーン・ツーの性格を聞かされる。

 

 ノロはベッドで仰向けになって衰弱したカーン・ツーを見つけると声をかける。

 

「地球でまともな生活をすると誓うのなら、半永久的に食えるだけの食料を援助する」

 

「おい、待て」

 

 それまでいきこんでいたフォルダーがノロを制する。

 

[339]

 

 

「そんな量の食料は俺たちの惑星にはないぞ。備蓄分を合わせても一千万人もの人間が食える食料は一日どころか一食分もない」

 

「心配するな」

 

 ノロが口を大きく開けて前歯をすべて見せて笑うとカーン・ツーに確認する。

 

「どうだ?カーン・ツー」

 

「その話が本当なら約束する。地球で生活するために努力する」

 

 カーン・ツーが探るような暗い目つきでノロを見つめる。

 

「もちろん、俺たちも手伝うが、どうだ?」

 

 ノロがカーン・ツー以外のまわりの捕虜にも念を押す。

 

「わかった。とにかく食料がないからやる気が起こらないんだ」

 

 口々に賛成する者が増える。フォルダーは首を傾げるが、イリが首をたてに振ってノロを見つめる。

 

「よし、すぐに準備に取りかかろう」

 

「どうするんだ、そんな大それた約束をして大丈夫か」

 

 カーン・ツーと同じ疑うような目つきをするフォルダーにノロとイリが視線を向ける。

 

「俺が今までウソついたことがあるか」

 

「ブラックシャークの試運転に行くと言って俺たちをだましたじゃないか」

 

[340]

 

 

「まだ根に持っているのか。とにかく、大型の時空間移動船をありったけ集めてくれ」

 

「時空間移動船を?」

 

「百隻はいるなあ」

 

「そんなに!」

 

 フォルダーが腰を抜かす。イリは控えめにクスクスと笑いだす。ノロがフォルダーの前に立つと下から鋭くにらみつける。

 

「俺たちは宇宙海賊だ。足らない分は盗んでくるまでだ。用さえ済めば返してやればいい」

 

「そうだった。わかった!」

 

 しかし、フォルダーはまだノロを疑い深く見つめる。ついにイリがはっきりとした笑い声をあげる。フォルダーが振り返ってイリをにらむ。

 

「ノロが手持ちの時空間移動船を指揮してとりあえず当面の食料を確保するわ」

 

「だから、そんな大量の食料をどこで手に入れるんだ!」

 

 フォルダーが大声をあげたときキャミとミトが医務室に入ってくる。イリは声に出して笑うのをやめてキャミとミトに声をかける。

 

「一太郎も花子もすぐに元気になるわ」

 

 それまで花子のベッドのそばでイリが何を笑っていたのかふしぎそうに見つめていたサーチが、すぐさまイリと同じ言葉をキャミとミトに告げる。

 

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「ふたりともすぐに元気になるわ」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 キャミがカーン・ツーを横目でにらむとイリに頭を下げる。

 

「あっ、紹介するのを忘れていたわ」

 

 サーチがキャミにイリを紹介する。

 

 キャミがイリに向かって頭を下げる。イリも頭を下げるとノロをチラッと見てから、笑顔のままフォルダーに近づく。

 

「フォルダー、心配しないで。ノロが言うとおり食べきれないほどの食料があるわ」

 

 フォルダーが口をとがらしてノロとイリを交互ににらむ。イリが急に大きな声をあげて笑いだす。

 

「恐竜のステーキよ」

 

 イリが笑いすぎて涙を流すと胸のポケットからハンカチを取りだす。と同時にノロが大きな声をあげる。

 

「最高にうまいステーキだ!」

 

「あっ、そうか!」

 

 フォルダーがそれまでのことをすべて忘れて豪快に笑う。

 

[342]