第六十三章 ウソ


【時・空】永久0246年摩周クレーター

     永久0255年前線第四コロニー

【人】ノロ 瞬示 真美 住職

 

永久0246年

 

***

 

 ノロは時空間移動装置の中で幸せそうな表情をしたまま気を失っている。しばらくすると晴れ渡った朝を迎えたようにすがすがしい大きなあくびをして小さな目をうっすらと開ける。そして顔をあげてにっこりと笑う。

 

「いい夢を見た」

 

 上体を起こすと、透過キーボードに短い指を静かに載せる。すぐさまモニターに反応が現れると、メガネに心地よい反射光が映る。そのとき足元のズタ袋があやしく輝きだす。

 

「あの本だ!」

 

 ノロはあせることなくズタ袋から本を取りだすとぱらぱらとめくる。活字が現れては消える。やっとあるページでノロはなんとか活字を追跡する。

 

「……ここは巨大な鍾乳洞。長い年月をかけて……」

 

「……首から上ができあがるのにまだ数百年、数千年、数万年を要する……」

 

[266]

 

 

「……水面は波をたてながら上昇し人間の形をした……」

 

「……洞窟の外はすべて秋の澄みきった空のような……」

 

「……ふたりは黄色い水を引きつれて滝の流れから分離して……」

 

「……碁盤の目のように白い線で区切られた青い空が……」

 

――ネオンサインみたいに文字が消えたり現れたり。こんな本を読んでいると目が悪くなる

 

  目をこすりながら大声で笑う。

 

「俺の目は元々悪いのだ。これ以上悪くなることはない!」

 

 腰を据えて本と向きあう。

 

「……川の流れが逆なのだ!低いところから高いところへ水が流れて……」

 

「……山門がミシミシと音をたてながら……」

 

「……ふたりの歩調に合わすように山門が徐々に姿を……」

 

「……洞窟に達すると突然目の前の水がすべて赤い色に……」

 

 ノロの手が止まる。文字が消えて白紙のページが続く。

 

「時間が不安定なのか」

 

 本を閉じると目も閉じる。

 

「まるで強烈な時震に襲われたような雰囲気だ。まあ、未定稿ということか」

 

 ノロは急に思い出したようにモニターをのぞく。

 

[267]

 

 

「ところで、今、俺はどこにいるんだ」

 

 屋根が草におおわれた小さな山門と背の高い杉の木が規則正しく並んだ小径が見える。

 

「しまった!先に場所を確認しておけば瞬示と真美を見つけることができたのかも。せっかくこの本があのふたりの居場所を教えてくれていたのに」

 

 透過キーボードを消すとコントロールパネルを操作してまわりの状況を観察する。そしてある一点をズームアップする。

 

「洞窟だ。あそこから赤い水が吐きだされたのか」

 

 時空間移動装置が崖の洞窟に移動する。

 

「狭いな。中に入るには時空間移動装置を降りなければ。あのふたりはこの洞窟に入ったに違いない」

 

 洞窟に入る決心をするが、その前に崖の上を確認するために時空間移動装置を上昇させる。

 

「これは!」

 

 モニターには広大な円形の湖が広がっている。ノロはこの湖が摩周クレーターと呼ばれていることを知らない。その湖の中央部に島がある。さらに高度をあげると、その島の真ん中に丸い池があって仰向けに浮かぶ巨大土偶が見える。

 

「なぜ、こんなところに遮光器土偶のお化けが?」

 

 腕時計を見直す。

 

[268]

 

 

「永久0246年」

 

 高度を下げようとしたとき巨大土偶に人影を発見する。

 

「わあ、瞬示と真美がいる!」

 

 あわてて時空間移動装置の高度をあげると巨大土偶の丸い目がうっすらと開く。

 

「巨大土偶が泣いている。何が起こるんだ?」

 

 そのときコントロールパネルの横に置いていた本がバタッという音をたてて落ちる。ノロはモニターから目を離さずに短い足で床に落ちた本をたぐり寄せようと背筋をぴーんと伸ばす。

 

 瞬示と真美がゆっくりと巨大土偶の胸に降りていく。そのわずかな間に巨大土偶の目の輪郭が溶けるようにくずれる。そのとき伸ばしすぎたノロの足がケイレンする。

 

「巨大土偶が……」

 

 瞬示と真美が巨大土偶の胸に着地する。胸を通りぬけてふたりはそのまま沈む。巨大土偶の表面は濡れた薄い紙のような感じがする。ふたりが上昇すると目はおろか顔全体が溶けだす。胸もふたりが足を着けたところから溶けて黄色い池の水だけが残る。しばらくするとその池の真ん中あたりがゆっくりと盛りあがる。池はまるで少女の薄い胸のように盛りあがったまま止まる。

 

 ケイレンが続く足元で本が黄色に輝きだす。ノロは録画モードにすると本を拾いあげて特に強く輝いているあたりのページを開く。

 

[269]

 

 

「文字が!」

 

 文字が鮮明に現れる。やっとケイレンがおさまったノロは文字を追う。

 

「今、目の前で起こっていることがこの本に書かれている!」

 

 ノロは直感的に理解すると読み上げる。

 

***

 

【御陵で戦った巨大土偶は、今溶けて消えてしまった巨大土偶とどんな関係があるんだろう】

【瞬ちゃん!聞こえる!】

【えっ】

【聞こえるわ】

【あれよ】

【子供が生まれる前に死んでいく】

【何万、何億、何兆と死んでいく】

【永遠に生きるために死んでいく】

【子供のいない永遠の世界】

【男女のいない永遠の世界】

【教えてください】

【ダメだわ】

 

[270]

 

 

【自分たちで考えろということか】

【『子供が生まれる前に死んでいく』って、生命永遠保持機構の本部で見たガラスの容器に入っていた胎児のことを示しているのかしら】

【リンメイが必死に手術を施しても、子供は母親の身体から生きて出てくることはなかった】

【『何万、何億、何兆』回、努力しても死産になってしまう、悲しいことだわ】

【『永遠に生きるために死んでいく』はよくわからないなあ】

【住職、それにサーチやホーリーが言ってたように、人間が永遠の生命を持ったから子供は生まれないという意味なのかしら?】

【永遠の命を持っている人間が誕生しようとする子供を殺してしまうということかもしれない】

【そうなのかしら。そうだとしたらむごいわ。いえ、むごすぎるわ】

【でも生体内生命永遠保持手術ではまったく逆だった。あの手術で生まれてきた子供は母親どころか、巨大土偶に成長して女を次々と殺していった】

【どちらにしてもむごい。むごいわ!】

【次の『子供のいない永遠の世界』は何となくわかる】

【そうね、最後の『男女のいない永遠の世界』は?】

【男も女もいない、みんな殺し合っていなくなる。それでも世界は永遠に時を刻むということでは】

 

[271]

 

 

【そうじゃないと思う。でも、よくわからないわ】

【住職に聞いてみよう】

 

 文字はここで消える。

 

***

 

「時間島、リンメイ、住職、胎児?それになんだっけ、関ヶ原の御陵で聞いた意味深な言葉」

 

 ノロは思い出したようにモニターをのぞきこむ。もう瞬示と真美はいない。仕方なく録画したものを再生してみる。

 

 黄色い池の真ん中にゆっくりと降下する瞬示と真美の姿が映る。ふたりの身体から衣服が溶けるように消える。そしてふたりの身体そのものも溶けて消える。

 

「どういうことだ!」

 

 ノロが叫んだのと黄色い水のような物体が消えたのが同時だった。

 

「もしかして、あれが時間島なのか」

 

ノロはモニターから視線を外すと必死でめくるが活字のページはない。あきらめて床で大の字になると警報が鳴る。

 

「なんだ、なんだ」

 

 不機嫌そうに起きあがるとモニターを眺める。例の丸い池があったところから何本かの黄色いヒモのような筋が空に向かって伸びている。

 

[272]

 

 

ヒモといってもその直径は数十メートルある。ノロは操縦席に座ると池の上空に移動する。そのとき一本のヒモに時空間移動装置が接触する。

 

「しまった!」

 

 時空間移動装置はヒモの中に吸いこまれて光速をはるかに超えるスピードで無限の長さを持つトンネルの中を移動する。操縦席のモニターに表示された時計や空間座標を示す部分は真っ白に輝くだけで何も表示されない。

 

「これは時空間移動じゃない!次元移動だ!時空間移動装置内の時間をロックしなければ!」

 

 ノロは小さな目を精一杯見開いてモニターを見ながら、コントロールパネルの上で忙しく指を移動させる。やがてモニター上に現れた時計が永久0255年を示し、空間座標を示す数字が安定する。ふきだす額の汗を袖でぬぐう。

 

「フーッ、なんとか時空間移動装置内の時間をロックできた」

 

 最悪の状況に対してノロは本能的に最善の方法で対処した。

 

「時間をロックせずに次元移動するといったん因果を清算しなくてはならない。そうなったら、生命永遠保持手術の効果が消滅してしまうかもしれない」

 

 なんと、ノロは次元移動、すなわち時間島に包みこまれると生命永遠保持手術の効果が消滅することを知っていた。

 

 ノロは操縦席のうしろにある埋込式の収納庫を開ける。中には食料が入っている。

 

[273]

 

 

「ありがたい!イリのプレゼントだ。何が起きるかわからない。とりあえず食えるだけ食っておこう」

 

 勝手にそう思いこむと全部食べてしまう。

 

永久0255年

 

***

 

 満腹になったノロは次元移動したと確信する今いる宇宙空間を調査しはじめる。すぐに見覚えのある星を発見する。ノロの頭は満腹になると眠くなるのではなく活発になる。

 

「あれは、確か……前線第四コロニーでは?」

 

 モニター全体に黄色い星が大写しされている。

 

「やけに黄色いな。星が黄だんになるなんて聞いたことがないなあ。それにしても、なぜここにいるんだ」

 

 ノロはすぐさま識別信号を送る。一呼吸もおかずに信号が返ってくる。

 

「こちらは前線第四コロニーの中央コンピュータです」

 

「やっぱり!俺だ!ノロだ!」

 

 ノロが歓喜して大声をあげる。

 

「ノロ。ワタシの制作者」

 

[274]

 

 

 コントロールパネルの上に透過キーボードが現れるとノロはすさましい勢いで打ちまくる。

 

「IDとパスワード、確認しました」

 

 前線第四コロニーが徐々に元の茶色に戻ってゆく。

 

「おい、なぜ黄色い化粧をしてたんだ。気分転換か?」

 

「いいえ、ほんの少し前まで、時間島に包まれていました」

 

「時間島だって?」

 

「そうです。ふしぎな時空間移動装置です」

 

 ノロが前線第四コロニーの中央コンピュータの見解を否定しようとしたとき、目の前のモニターに前線第四コロニーのまわりの状況が映しだされる。

 

「なんだ、なんだ!これは?」

 

 黄色に染まった完成コロニーが次々と前線第四コロニーの周辺の宇宙空間に出現する。

 

「宴会でもするつもりか?」

 

「時間島によってすべての完成コロニーがこの周辺に集められています」

 

「男の軍隊の完成コロニーも女の軍隊の完成コロニーもか?」

 

「そのようです」

 

「決着をつけるために総力戦をやろうとしているのか。それとも停戦会議でも開くのか?」

 

「どちらでもないと思います。強制的に時間島によって集められているだけです。前線第四コロニーもこの時空間に強制的に時空間移動させられました」

 

[275]

 

 

「時間島に……?」

 

***

 

 ノロの時空間移動装置が前線第四コロニーの中央コンピュータ室の近くにある特別な格納室に現れる。ノロはドアを跳ねあげると腕時計を見ながら中央コンピュータ室に向かう。

 

「永久0255年か」

 

 中央コンピュータ室のドアが横にスライドするとノロがうれしそうに大声を出す。

 

「久しぶりだな」

 

 ノロが壁に埋めこまれた大型モニターの前に座ると透過キーボードが浮きあがる。そして目にも止まらぬ速さでキーボードをなでる。

 

「管理者としてのログインを許可します」

 

「当たり前だ。俺が造ったコンピュータじゃないか。管理者じゃなくて制作者としてログインしているんだ……」

 

 ノロは時間がたつのも忘れて忙しく入力を続ける。ときどき休憩するようにモニターを見つめると肩で息をしながら再び入力を続ける。中央コンピュータにつながるケーブルが強く輝く。

 

一時間ほどたってノロは満足げに背伸びをする。

 

「ところで、ここに次元移動させられたのはこの前線第四コロニーをのぞいてすべて完成コロニーばかりだ。なぜだ」

 

[276]

 

 

 ノロは前線第四コロニーの状況を調べる。

 

「なんだ、なんだ、なんだ!」

 

 モニターを見ながら叫ぶ。

 

「なんと、ここに瞬示と真美がいる。ホーリーもいる。どうなっているんだ」

 

 ノロがフーッと息を吐きだすと中央コンピュータに向きなおって命令する。

 

「このコロニーの現場の責任者は」

 

「Rv26です」

 

「アンドロイドか。Rv26に瞬示と真美という人間をここへ連れてくるように命令しろ」

 

「今は無理です」

 

「なぜだ」

 

「これを見てください」

 

 中央コンピュータとノロの間にさほど大きくない浮遊透過スクリーンが現れる。ある完成コロニーで繰り広げられている男の兵士と女の兵士の壮烈な戦闘が映しだされる。

 

「相変わらず、あきもせずに戦争ごっこをしている」

 

「今、時間島によってこの付近に集められたすべての完成コロニーで、このような戦闘が繰り広げられています」

 

[277]

 

 

「あっ、シェルターがぶっ壊れた。みんな死んでしまうぞ!」

 

 ノロが口元を引きしめて浮遊透過スクリーンを見つめる。

 

「ライフルレーザーから発射されたレーザー光線がコントロールされていない」

 

 今度は口をあんぐりと開ける。

 

「と言うことは、生命永遠保持機能が働いていないということか」

 

「時間島に包みこまれると人間は生命永遠保持手術の効果を失うようです」

 

「俺の思っていたとおりだ」

 

 ノロは先ほどまで座っていた机に向かうと透過キーボードを激しくたたきだす。

 

「なんということだ!」

 

 ノロは汗をぬぐうと放心状態になる。

 

「Rv26に命令を受けいれる余裕ができたようです。瞬示と真美をここへ連れてくるように指示します」

 

 ノロがはっとして我に返る。

 

「住職という人間もいたらそれも頼む。えーとそれにホーリー……、邪魔くさい、全員だ」

 

「相変わらず、いい加減な命令を連発しますね。理由はどうしますか」

 

「適当でいい」

 

「理由がないのに呼びだすことはできません」

 

[278]

 

 

 ノロは隠れる場所を探すために中央コンピュータ室のあちらこちらを見渡す。

 

「だから、適当に」

 

 ノロはなんとかしろと言わんばかりの表情をしながら隠れる場所を探す。

 

「わかりました。適当にウソの理由を作成しろということですね」

 

「なんでもいい。えーと、どこか隠れる場所はないか」

 

「隠れる場所?隠れてどうするのですか」

 

「様子を見たいんだ。とにかく、どこか……」

 

「隣のコンピュータルーム環境制御室はいかがですか」

 

 ノロが中央コンピュータ室の奥のドアに向かうとまたしても中央コンピュータがノロに質問する。

 

「命令を実行しますが、ウソの理由を作成するには相当な時間がかかります」

 

「量子コンピュータならできる。トレーニングだ。じゃあ」

 

 ノロが隣の部屋に消える。そのあと中央コンピュータのため息が部屋中に充満する。ノロは前線第四コロニーの中央コンピュータにウソをつくように命令したことに気が付かない。

 

***

 

 前線第四コロニーの中央コンピュータ室で瞬示、真美、ホーリー、サーチ、住職、リンメイの会話が一巡したところで、真美が住職に近づく。

 

[279]

 

 

「この言葉の意味、わかります?」

 

 中央コンピュータ室の隣の部屋で様子をうかがうノロはいよいよ核心的な話が始まると興奮する。

 

 すぐに真美の歌うような言葉が聞こえてくる。

 

「子供が生まれる前に死んでいく」

 

「何万、何億、何兆と死んでいく」

 

「永遠に生きるために死んでいく」

 

「子供のいない永遠の世界」

 

「男女のいない永遠の世界」

 

――例の呪文だ!

 

 ノロは身を乗りだしてモニターの目を閉じた住職に注目する。

 

「悲しい呪文じゃ」

 

 しばらくして住職がゆっくりと目を開ける。

 

「COSMOSという言葉を知っておるか」

 

「コスモス、宇宙のことですね」

 

 真美が答える。

 

「一般的にはそうじゃ。前とうしろに分けてみる」

 

[280]

 

 

「COSとMOS」

 

 真美が住職の言うとおりに答える。

 

「さらに前の部分を分けてみる」

 

「CとOS」

 

「そうじゃ。CはChild、子供、子孫のことじゃ」

 

 瞬示が住職と真美の会話に割りこむ。

 

「OSはオペレーティングシステムのことですか」

 

 住職が瞬示の言葉に大きくうなずく。

 

――読めたぞ!住職の言いたいことが!

 

 ノロは興奮して手足をバタバタさせる。

 

「MOSはMとOSに分かれる」

 

 住職が真美に答えをうながす。

 

「MはManですね」

 

「そうじゃ。人間、大人そして親を意味するのじゃ」

 

「子供と大人?子供と親?」

 

「COSMOSという言葉は、人類を宇宙の中心に見すえるとそういうことになる」

 

「子供と大人のオペレーティングシステムが宇宙ということかしら」

 

[281]

 

 

「子孫が誕生する仕組みと、成長して生命として形を整える仕組みが、この宇宙の本質じゃ」

 

 ノロは住職の一語一語をもらすまいと神経を集中させる。

 

「宇宙は生命が永遠につながった状態を言うのじゃ。このシステムがない宇宙は宇宙ではない!」

 

 住職の言葉が少しうわずる。

 

「生命の存在しない宇宙にはこの『COSMOS』というオペレーティングシステムは存在しない!」

 

 住職は言葉を切って、みんなを見渡す。

 

「ノーオペレーティングシステム、『NOS』と書いてノスと呼ぶ」

 

――ノス!なるほど

 

 ノロが手を打つ。

 

「NOSの宇宙は宇宙ではない。NOSは無情の世界なり」

 

 住職が短い言葉をゆっくりとつないでいく。

 

「生命の存在しない宇宙」

 

「先に死がある因果のない世界」

 

「そのような死がいくら積まれようとも、この宇宙に生命は存在することはない」

 

「永遠に死の世界じゃ」

 

[282]

 

 

「そこには何も存在しないのじゃ」

 

「じゃが、逆に子孫を絶やすことがなければ永遠の世界になりうる」

 

 ここで住職が一息つく。そして表情をゆるませる。

 

「因果律を無視した人間に対する戒めじゃ」

 

「永遠に死んでは永遠に生まれる。本来、宇宙は未来永劫の世界じゃ」

 

「人間はノスの世界に踏みこんでしまったのじゃ」

 

「子供が生まれる前に死んでいくとすれば、それは生まれないのと同じことじゃ」

 

「何万、何億、何兆と死んでいくということは、永遠につないでつないで生きるために死んでいくことを意味するのじゃ」

 

「子供のいない永遠の世界はノスの世界」

 

「男女のいない永遠の世界もノスの世界。何もない宇宙のことじゃ」

 

 住職は自分の頭をスルッとなでてから、考えを丸めようと天井の中央コンピュータを見つめる。

 

「今までの思考をまとめてみよう。永遠の命を手にすることの危うさを警告しているのじゃ。

 

男と女の形をしているだけで子供を造ることなく、生き続けようとする人間は、時間も空間も存在しないノスの世界に幽閉されたようなものだと言いたいのじゃろ。短い言葉じゃが、宇宙の摂理を実に巧みに表現しておる」

 

[283]

 

 

 Rv26が住職に近づく。

 

「ヨク、ワカリマシタ」

 

 モニターを眺めるノロは手を打ってRv26に拍手を送る。

 

 瞬示たちが中央コンピュータ室から出ていくとノロが現れる。

 

「C・OS・M・OSか。あの住職という人間はなかなかの才覚者だ。あんな人間を見たのは初めてだ」

 

 ノロは中央コンピュータ室の片隅の机に向かうと透過キーボードをなではじめる。

 

――やっぱり、あのふたりは人間じゃない。人間の格好をしているが、人間じゃない。ただ、本人たちはそのことに気が付いていない

 

 ノロは瞬示と真美が六次元の生命体であると確信する。

 

「俺のリクエストしたデータは?」

 

「ノロの時空間移動装置に転送しておきました」

 

「邪魔したな」

 

「どこへ行くのですか」

 

「わからん」

 

 ノロは中央コンピュータ室を出ると走りだす。時空間移動装置に乗りこむとすぐに本を開く。表紙を見ると、「C・OS・M・OS」と書かれている。ノロは大きな期待をもって本を開く。

 

[284]

 

 

しかし、その期待とは裏腹に開けたとたんに文字が次々と消えてゆく。本を閉じて表紙を確認する。

 

「C・OS・M・OS。この文字だけは消えない」

 

 ノロは本をコントロールパネルの横に置くと大きくノビをする。

 

「まだ物語が完成していないんだ。しかし、確実に一歩前進した」

 

 ノロはウトウトすると操縦席で眠ってしまう。

 

***

 

 ノロは前線第四コロニーの中央コンピュータの声で目を覚ます。

 

「緑の時空間移動装置と青の時空間移動装置が相前後してこのコロニーに到着しました」

 

「どういうことだ?」

 

「どうやら、ここでカーン将軍とキャミ将軍が停戦会議を開くようです」

 

 ずれた身体を伸ばしてノロは操縦席に座りなおす。

 

「やっとわかったようだな。これでバカな戦争が終わるかもしれない」

 

 ノロは時空間移動の準備にかかる。

 

「見届けなくてもいい結論が出るはずだ。ここまで切羽詰まれば和解するしかない」

 

 操縦レバーを引くと時空間移動装置が回転を始める。

 

「永久0255年。歴史に残る年になるかもしれない。瞬示と真美のおおよそのことがわかりかけてきた。

 

[285]

 

 

いずれこの本が俺に詳しいことを教えてくれるはずだ。問題は巨大土偶の方だ」

 

 ノロはコントロールパネルに指を無造作に置く。

 

「さあ、どうしよう?とりあえずランダム時空間移動だ」

 

 ノロは前線第四コロニーの中央コンピュータに行く先を隠す方法を考える。

 

 一方、量子コンピュータである中央コンピュータはこのあと西暦の世界から宇宙戦艦で戻ってきたRv26から一太郎の言語処理プログラムを手に入れて神と称するまでに進化するが、住職の見解とノロの使用した断片的なデータも進化の重要な栄養分であったことはここで説明するまでもない。

(第二編参照)

 

[286]