第五十二章から前章(第五十四章)までのあらまし
巨大コンピュータとの激戦に勝利したフォルダーはノロの惑星の居酒屋でホーリーにノロやブラックシャークのことを話す。
前線第一七コロニーのアンドロイド製造工場でノロとフォルダーは男と女の戦争を批判する。ノロはフォルダーが同じ考えを持っていることを知って隠れ家に連れていく。ブラックシャークの建造やノロの惑星の地球化といった壮大な構想を聞かされたあとフォルダーはブラックシャークの船長に就任することに同意する。その隠れ家がコロニーの長官に見つかる。隠れ家は時空間移動装置でそのままノロの惑星へ逃げる。
ブラックシャークの完成を祝って居酒屋で祝宴が始まると全員酔いつぶれる。翌朝、ノロはひとりでブラックシャークの試運転に出かける。次の日、ブラックシャークが戻ってくるが、中央コンピュータ室でノロの死体が発見される。
【時】永久0288年(前章より約218年後)
【空】ノロの惑星(居酒屋) 時空間移動船
【人】マスター ホーリー サーチ 住職 リンメイ 五郎 ミト キャミ
Rv26 フォルダー イリ カーン・ツー
[66]
***
居酒屋でのホーリーの長い話が終わる。狭い居酒屋のカウンターにホーリーとサーチをはさんで住職、リンメイ、ミリン、ケンタ、五郎、ミト、Rv26が座っている。昨夜、フォルダーから聞いた話を二日酔いのホーリーが披露したのだ。
「小耳にはさんだことがあるがすごい人間だ。ノロは」
ミトがうなる。隣同士で座るホーリーとサーチ、住職とリンメイ、ミリンとケンタのペアがノロに対する想いを語りあう。
「本当にこの星のアンドロイドは酒をたしなむのですか」
ペアのいないRv26が同じくペアのいないミトと五郎の気持ちを代表してマスターにたずねる。
「ああ、量はしれているが、この星のアンドロイドはたいがい酒を飲む」
ミトが割りこむ。
「ということは、当然食事はするんだろう?」
「まあ、多少はな」
「食べ物からエネルギーをまかなうのか?」
いつの間にかマスターの話に注目が集まる。マスターはグラスを磨きながら笑顔で応える。
[67]
「ご愛嬌程度の消化器官がアンドロイドに組み込まれています」
住職との話を打ち切ってリンメイがマスターに上目づかいでたずねる。
「なぜ、そんなものをアンドロイドの体内に?」
「さあ、言葉は悪いが多分いたずら半分でそうしたのでしょうな。しかし、そのためにアンドロイドも歯磨きをしなければならなくなった」
「歯磨きならワタシもしている」
Rv26が白い歯をむきだすと、ホーリーがその歯に向かって軽く反論する。
「それは歯磨きじゃなくて『整備』じゃないのか」
「確かに、人間のようにブラシは使いません」
「それより、この星のアンドロイドには男と女の区別があるわ」
サーチが歯磨きどころじゃないと、ホーリーからリンメイの方に大きく首を振る。
「この星には同じ体型のアンドロイドはいないわ。大量生産されたように見えない」
リンメイもサーチに同調する。
「前線コロニーから盗んだアンドロイドをノロが改造したのかしら」
サーチがリンメイからホーリーに顔を戻す。ホーリーはサーチの視線が戻ってきたのに気付くことなくRv26に言葉を向ける。
「ここのアンドロイドは自分で改造する方法を知っているらしい」
[68]
「それなら、ワレワレもやります」
Rv26が反応する。ホーリーは少し離れて座っているRv26に向かって顔を横に振る。
「ノロはアンドロイドの製造プログラムはもちろん、彼が造ったすべてのプログラムを、この星の人間とアンドロイドにオープンしたんだ。もちろん、その中には言語処理プログラムも含まれている」
「プログラムのソースコードのオープンのことですね」
Rv26が相づちを打つ。その相づちにホーリーは心地よく言葉を返す。
「そう、オープンソースという情報が共有されると、ものすごいスピードで物事が進んですごいパワーを生むということはよく知られた事実だ。アンドロイドもノロのオープンソースを共有して自らプログラムを作成し、身体を改造したらしい」
ホーリーの優等生のような説明が居酒屋に響く。
「アンドロイドは自主的に男か女かを選択して自分の身体を改造したの?」
サーチが疑うように質問するとすぐさまホーリーが答える。
「改造自体は驚くに値しない。それよりも、なぜアンドロイドが人間のように男と女という性別を欲しがったのか、サーチが驚くのも無理はない」
「ありがとう。ずばり私が聞きたいことを当ててくれて」
サーチがうれしそうにホーリーに肩を寄せる。しかし、すぐに背筋を伸ばして言葉を続ける。
[69]
「でも、人間は生まれるとき女として生まれるか、男として生まれるかは選択できないわ」
「それはアンドロイドも同じだ。製造されてから改造しているんだ。人間だって途中で男から女に、女から男になる手術を受ける場合があるだろ」
「違うわ」
「何が?」
「アンドロイドには元々性別がないのよ」
サーチはそう言ってから、ホーリーの肩越しに少し離れたRv26に声をかける。
「Rv26は男?女?」
「女には見えないな」
ホーリーが笑いながらRv26を見つめる。ふしぎなことにRv26の表情が急変する。
「そんなことは考えたこともありません」
「Rv26はどちらになりたい?」
返答に苦しんでいるように見えるRv26がみんなの視線を集める。
「回答不能です」
大きな笑い声が居酒屋にあふれるとRv26ひとりが困惑してまわりを見渡す。その視線がミリンに達したとき、ミリンが悲しそうな声を出す。
「なぜノロは死んだの」
[70]
「フォルダーは事故死ではないかと言っていた」
「ノロとやらに一度会ってみたかったのう」
若い住職の語調は昔の住職のままだ。慣れとは恐ろしいもので若い住職のしゃべり方に違和感を持つ者はいない。リンメイと住職は輝くような若さを身につけている。
そのとき、急にミトが場違いの「ハイ」という短い声をあげて立ちあがる。
{ミト?ミトなの?}
キャミからの無言通信がミトの頭をつらぬく。
{ミトです}
{気が遠くなりそうなぐらい、ずいぶん呼び続けたわ}
ミトが喜びと不安をかきまぜたような表情をしながら応じる。
{今、どこにいるのですか}
{時空間移動船にいます}
{時空間移動船?どうしたのですか}
ミトはなんとか冷静さを確保する。
{アンドロイドが反乱を起こしました。地球を追い出されて宇宙を漂流しています}
すぐにミトの冷静さが吹っとんでしまう。
{なんだって!}
[71]
{人間とアンドロイドが全面戦争に突入しました}
{まさか!}
{ミトはどこにいるのですか}
キャミの乱れぬ無言通信が再びミトに冷静さを与える。
{ノロの惑星にいます}
{ノロの惑星?}
{そうです。宇宙海賊のアジトですが、その星の責任者に上陸できるように頼んでみます}
{私たちは一千万人近くいるのよ}
{一千万人もですか……しばらくお待ちください}
ミトがキャミに丁重な無言通信を送ると、ホーリーたちに無言通信の内容を手短に伝える。驚きの声が次々とあがるのを無視してミトはフォルダーに相談するために居酒屋を出る。もちろん、その間もキャミと無言通信が途絶えることはない。
「マスター、悪いが急用だ」
「なあに、勘定のことは気にしなさんな」
マスターが気配りをホーリーに手渡す。
ホーリーもミトのあとを追って居酒屋を出る。すると雪崩を打ったように全員がマスターに頭を下げて居酒屋を出る。そしてミトとホーリーのあとを追いかける。
[72]
***
造船所の所長室にフォルダーの声が響く。
「だめだ!この星の時空間座標は教えられない。上陸させるにしたって防疫検査が必要だ」
無制限に人間を受けいれると、ノロの星に存在しないウイルスや細菌がまん延するとも限らない。そうなればこの惑星の生態系がくずれる可能性がある。
「一刻を争う。時空間移動船の水や食料が底をついている」
「水はなんとかする。それより移住可能な完成コロニーに誘導すべきだ」
「キャミのことだ。できるのなら、とっくにしているはずだ」
ミトは今にもフォルダーにつかみかかりそうなぐらい興奮する。
「完成コロニーではなく、放置された前線コロニーではだめなのか」
横からホーリーが妥協案を提供する。
「前線コロニーはアンドロイドの星だ。殺されに行くようなもんだ。それに前線コロニーには水はあるとしても食料はない」
ミトがホーリーの提案を強く否定する。ホーリーは仕方なくミトをなだめる。
「落ち着くんだ。とにかく冷静になって考えよう」
「そんな時間はない。キャミの報告によると時空間移動船自体、いつ航行不能になるかもわからないほど切迫しているらしい」
[73]
ミトは浮き足だつだけでなんともしがたい自分に腹を立てる。
「Rv26」
住職がRv26の前に立つ。
「アンドロイドを説得できないものかのう」
リンメイも住職と並んでRv26の前に進みでるが、Rv26の返事は素っ気ない。
「今までのデータだけでは対処方法を構築できません」
「お願い。人間が生存できる完成コロニーをとりあえず、ひとつだけでいいから譲ってもらえるようにアンドロイドに頼めないかしら」
「わかりました。時空間移動装置を一基貸してください」
「どうする?」
ホーリーがフォルダーとミトから離れてRv26に近づく。
「地球に行って、アンドロイドの最高責任者と話をします」
「それなら、俺も行く」
「ワタシ、ひとりで行きます。人間が行けば殺されるかもしれません」
サーチがホーリーの腕をつかむ。
「そうよ。もう人間に従順なアンドロイドじゃないわ」
その会話を聞いていたミトがフォルダーに土下座する。
[74]
「私にも時空間移動装置を一基、貸してください」
「どうするんだ?」
「時空間移動船の状況を確かめに行きます」
「だめだ」
フォルダーはにべもなく拒否する。
「Rv26に時空間移動装置を一基用意してやれ。ただし、地球に着いてRv26が降りたら自爆するようにセットしろ」
フォルダーが部下に命令する。
「なぜ、ミトにはだめなんだ」
ホーリーがフォルダーに詰めよる。
「Rv26を信用して、なぜミトを信用しないの」
サーチもホーリーといっしょになってフォルダーをにらむ。
「時空間移動装置が時空間移動船に空間移動すれば、時空間移動装置の移動履歴でこの星の時空間座標がもれてしまう。ミトがもらさなくても、誰かが分析するだろう。それに時空間移動船内で時空間移動装置を自爆させるわけにはいかんだろう」
ホーリーはうなずくが、ミトの方に振り向いて背中でフォルダーに訴える。
「ミト、履歴がもれないように対処すると約束してくれ」
[75]
ミトは床に座ったまま、大きく首をたてに振る。
「もれないように履歴を完全に消す。約束する」
フォルダーが首を横に振ってミトに告げる。
「履歴を削除したところで、削除データを丹念に解析すれば履歴データは復元される。ミト、それにホーリーも少し冷静になれ」
ホーリーはフォルダーの言うとおりだと思うが、何かほかに手立てがないか考えこむ。
フォルダーがミトにくるりと背を向けると少し首を傾ける。
「俺にはこの星を守る責任がある。それに人間はアンドロイドに反乱されるほどの大きな過ちを犯したようだ」
ホーリーが食い下がるようにフォルダーとミトの間に割りこむ。
「フォルダー、Rv26の時空間移動装置にミトが同乗して、キャミのいる時空間移動船で途
中下車するという方法はどうだ」
きびしい表情をしていたフォルダーの顔がパッと明るくなる。
「素晴らしいアイデアだ!」
フォルダーがフーッと息を出してホーリーの肩をたたく。
「俺だって、なんとかしてやりたい気持ちで一杯なんだ」
そしてイリに向かって笑顔のまま言葉を続ける。
[76]
「海賊業を続行する。完成コロニーを盗むぞ」
イリが背筋をぴーんと張る。
「人間が住めそうな完成コロニーを奪うのね」
「そうだ!準備にかかれ」
「わかったわ」
イリのよくとおる声が三六〇度広がる。ホーリーは何がなんだかわからないような表情をして、フォルダーに頭を下げてからたずねる。
「海賊船は修理中じゃないか」
「ブラックシャークはな」
「それじゃ、どうしようもないじゃないか」
フォルダーがニヤリと笑うとイリが応える。
「ホワイトシャークが出航準備にかかりました。あれ?」
イリがどこからか報告を受ける。
「ホワイトシャーク?」
「ブラックシャークの兄弟船だ」
フォルダーがホーリーに返事をしながらイリに言葉を催促する。
「イリ、どうした?」
[77]
「中央コンピュータの入れ替えに少し時間がかかるようです」
イリの声のトーンが落ちる。
「ブラックシャークとホワイトシャークをケーブルでつなげばすぐ済むじゃないか」
「それが、休暇だと言って海水浴に行ったわ。どういうことなの?フォルダー」
イリが逆にフォルダーに詰めよる。同時にミト、ホーリー、サーチ、住職、リンメイ、ミリン、ケンタ、五郎が合唱する。
「海水浴?!」
押しよせる疑問を無視してフォルダーがつぶやく。
「アイツ、確か金槌じゃ?」
「浮き輪を持っていくとまで言って出かけたとMY28からの報告が入っているわ」
フォルダーとイリの会話は真剣そのものだ。
「すぐ、ホワイトシャークに戻って出航準備にかかれと伝えろ。何が海水浴だ」
フォルダーが怒りをイリにぶつける。
「肝心なときに役にたたん、さぼり中央コンピュータだ。罰として酒を隠しておけ」
***
「頭がおかしくなる」
ミトとRv26を見送るために造船所横の建物にある時空間移動装置の格納室でホーリーとサーチが話しあう。
[78]
「でも、あなたは中央コンピュータといっしょに酒を飲んだんでしょ」
サーチがホーリーにたずねる。
「ああ。でも、海水浴はないだろ」
時空間移動装置に積めるだけの水と食料が運びこまれる。
「それにしても、もう一隻、海賊船を持っているとはすごいわね」
サーチが積込作業を手伝うミリンとケンタを見つめながら、再びホーリーに言葉をかける。
「どうやらフォルダーの使い方が荒いから、ノロが予備の戦艦の建造をアンドロイドに指示し
ていたらしい」
フォルダーとイリが現れる。
「ミト、スタンバイオーケーか?」
ミトはうなずくとフォルダーとイリにていねいに頭を下げて先に時空間移動装置に乗りこむ。
続いて乗りこもうとするRv26にホーリーが声をかける。
「Rv26とは通信ができないから心配だ」
ホーリーがまるで人間に想いを寄せるようにRv26を見つめる。人間同士なら無言通信が
使えるがアンドロイドとはそうはいかない。
「心配してくれるのですか」
[79]
Rv26がホーリーの手を握る。
「もちろんだ。戦友じゃないか」
ホーリーもRv26も前線第四コロニーでの巨大コンピュータとの激戦を思い出す。
「今度はスパイの任務ですね」
「Rv26はだますのがうまいからな」
「からかわないでください」
Rv26が時空間移動装置に乗りこむと操縦席に座る。そしてドアが閉まって回転が始まる。軽い音がしたとたん、ミトとRv26が乗った黒い時空間移動装置が消える。
***
二百隻もの時空間移動船の船団のど真ん中に黒い時空間移動装置が現れる。すぐさまミトがキャミに無言通信を送る。
{大統領、かなりの数ですね}
{ミト!来てくれたのですね}
ほとんどの時空間移動船の外壁にレーザー砲で攻撃を受けた痕跡が残っている。
{何隻いるのですか?}
{脱出するのが精一杯で、人数はもちろん船数も把握できていません。一千万人もいないかもしれません}
[80]
{識別信号を送信してください。時空間移動装置格納室に空間移動します}
{わかりました}
{キャミ}
ミトが初めて私的な感情をこめて無言通信を送る。
{ノロの惑星に上陸することはできない}
{えっ!私はすでに希望を与えてしまったわ}
{あまりにも急なことゆえ、受けいれは拒否された}
{無理は承知しているわ。でも私たちの時空間移動船はもう空間移動できるかどうか……}
{なぜ?}
{アンドロイドから時空間移動船を奪うだけでも大変だったし、時空間移動船の中央コンピュータの回路を切って手動で操船しなければならなかったの。おまけにアンドロイドの宇宙戦艦に追跡されてかなりの数の時空間移動船が破壊されたわ}
{キャミ、これからも困難が待っている。しかし、絶望的ではない。気を確かに持って}
{ミト、私、もう六十歳を超えているのよ。なり手がいないから大統領の地位にいるけれど、もう求心力はないわ}
{報告する機会がなかった。ほったらかしにしていたわけではない。こちらではわずか二、三日の時間なのに地球では十年以上もたっているのに気が付いたのは、つい昨日のこと}
[81]
{ミト、そんなことはどうでもいいし、あなたがきびしい状況で困難に立ち向かっているとずーっと思い続けていました。だから、私は今まで耐えられたのです}
ミトはキャミのたぐいまれな愛情に感動する。やっと数ある時空間移動船の一隻から識別信号がミトに届く。何ごともすべて手動で行われているらしく識別信号を送信するのにかなりの時間がかかった。そのことがキャミとミトに貴重な時間を与えた。
***
「よし、すぐに空間移動だ」
わずかな水と食料を投げだすと、ミトが真っ黒な時空間移動装置のドアを閉めて叫ぶ。Rv26が素早くレバーを引くと時空間移動装置が回転する。ミトを出迎えた地球連邦軍の司令官カーン・ツーが驚いて腰のレーザー銃を抜く。
「なんの真似だ!」
ミトがカーン・ツーに体当たりしてはがいじめにする。そのとき時空間移動装置が格納室に鈍い音を残して消える。
「中にいたのはアンドロイドだ。そうだろ?ミト」
時空間移動装置が消えたあたりを見つめながらミトがカーン・ツーから離れる。自由になったカーン・ツーがすぐさまレーザー銃をミトに突きつける。
「司令官!やめなさい」
[82]
格納室に現れたキャミの声が響く。ミトが老けたキャミの姿を見て驚く。カーン・ツーはしぶしぶ銃をしまうが今度はキャミにくってかかる。
「あの時空間移動装置にミトがやって来た星の時空間座標のデータが記録されていたのに」
「その星には上陸できません」
キャミが弱々しく応える。
「なぜだ?なぜ上陸できないのだ」
「生態系に影響を与えるかもしれないのだ。しかも一千万人もの人間を防疫検査できる施設もない」
ミトがキャミの代わりに答える。
「宇宙海賊のアジトなんか、どうなってもいい。こちらは瀕死状態だ。人類存亡の危機に直面しているのがわからないのか」
カーン・ツーが十数年前に司令官だったミトを拘束するよう部下に命令する。
「やめなさい」
「大統領!もとはといえばあなたの失政が招いた結果です。私は何度もアンドロイドの不穏な動きに対して警告したのに、大統領はなんら手を打たなかった」
「アンドロイドに罪はありません。あまりにも人間がアンドロイドに対して横暴なことをしたからです」
[83]
キャミはいったん言葉を切って激しく首を横に振ってから言葉を続けようとするが、カーン・ツーの冷たい発言を許してしまう。
「人間がこれほどまでに困っているのに、大統領はまだアンドロイドの肩を持つのですか」
「今ここで議論をしても何も始まりません。司令官、とにかくミトを解放しなさい」
「ミトを人質にして海賊と交渉します」
「そんな手段で交渉するのはやめなさい」
「あとがない」
兵士に両腕を取られて身動きできないミトがカーン・ツーをにらむ。
「どんな手段を取ったとしても解決にはならない。今は耐えるだけです」
キャミは弱い立場を挽回するほどの余力が残っていないことを自覚しているが、なんとかふんばろうとする。
「もう、耐える余地はない」
「ほかの方法を考えるべきです」
カーン・ツーはキャミに臆することなく簡単に命令を下す。
「大統領も拘束しろ」
カーン・ツーはすでに部下を掌握しているらしく、兵士がキャミに近づく。
「司令官!気でも狂ったの」
[84]
キャミは兵士に両脇を固められて動けない。
「ミト、大統領、いや、妻であるキャミの命を救いたければ宇宙海賊と交渉しろ。直接でなくてもいい。宇宙海賊の星にホーリーや仲間がいるらしいが、そいつらに交渉させて上陸を実現させろ」
「なぜ、ホーリーのことを知っているんだ」
ミトが叫び声をあげるが、カーン・ツーは無視してミトに迫る。
「宇宙海賊と交渉するのか、しないのか」
キャミが割りこむ。
「待って。宇宙海賊は戦闘のプロです。宇宙海賊に攻撃されたら時空間移動船などひとたまりもありません。人質を取ったところで彼らを怒らせるのが関の山でしょう。ここはなんとか切り抜けるために知恵を絞るしかないわ」
「知恵を絞った結果だ。キャミを監禁してミトを艦橋に連行しろ!」
すでに手錠をかけられたミトが抵抗しようとするが、どうしようもない。
「キャミ」
「ミト」
名前を呼びあう声がむなしく格納室に響く。
[85]
[86]