第五十二章 居酒屋


【時】永久0288年
【空】ノロの惑星(居酒屋)
【人】フォルダー ホーリー マスター MY28


***


「マスター、酒だ!」


「その声は!」


 がっちりとした体格のふたりの男に居酒屋のマスターが腰を抜かす。


「フォルダー!」


 そばにいるホーリーを横目で見ながら、マスターがなつかしそうな声を出す。


「帰ってきたとは聞いてはいたが、本当に久しぶりだ」


 フォルダーがカウンターに進むと驚きを喜びに変更したマスターの前の席をホーリーに勧める。


「俺の古い友人だ」


「ホーリーです。よろしく」


 ホーリーが会釈して座る。マスターも軽く頭を下げるが、立ったままのフォルダーに視線を戻す。

 

[8]

 

 

「何十年ぶりだ?」


「確かにここ二、三日の壮烈な戦闘で一挙に何十年も歳月が流れた」


 フォルダーが意味深長な言葉を吐いてから、ホーリーの隣にドンと腰を落とす。


「十年以上もコロニーを留守にして帰ってきたと思ったら、ブラックシャークがボロボロだというウワサだ。すごい戦闘だったらしいな」


「ああ、ブラックシャークが丸裸になってしまった。しかし、ここはいつも平和だ」


 マスターがカウンターにコップをふたつ置くとドクドクと酒を注ぐ。


「ここは完成コロニーか」


 ホーリーがどちらにたずねるとでもなく、酒がなみなみとつがれたコップを握る。


「いや、男の軍隊も女の軍隊も知らない隠れコロニーだ。とりあえず乾杯しよう」


 ふたりがコップを持ちあげる。


「乾杯!」


 ホーリーがフォルダーのコップに自分のコップをくっつける。こぼれかける酒をさっと口ですくうとふたりはノドの奥に流しこむ。


「マスターも、どうだ?」


「ありがとうございます」


 マスターが一升ビンをカウンターの上に置いてコップを取りだすと、フォルダーが片手でビンを持ちあげて豪快に注ぐ。

 

[9]

 


「もう一度乾杯だ」


 フォルダーが唱和する。


「海賊業は十年どころじゃないだろう?」


 ホーリーが先ほどのフォルダーの言葉の意味を確認する。


「海賊業の話じゃない。ニューロコンピュータとの戦闘のことだ」


「確かに何十年も戦ったと感じるほどの激戦だった」


「ホーリー、わかっていないな。時計を見ろ」


 ホーリーはコップを置くと腕を少し伸ばす。


「そんな!十年以上も時間が進んでいる!まったく気が付かなかった」


「おそらく、宇宙の地平線を行ったり来たりしているうちに、想像を絶する時間が流れたんだ」


「それじゃ、地球は……」


「もちろん。同じだけの時間が流れているはずだ」


「そうか。ミトは気が付いているのかなあ」


「彼のことだ。気付いているはずだ」


 ホーリーがうなずいて苦笑する。

 

[10]

 

 

「でも、こんなところで酒を飲んでいると、さぼっているような気がして後ろめたいな」


「おまえらしくないな」


「このコロニーにはシェルターはないのか」


「そんなものはない。この星の環境は地球とほぼ同じだ」


「すごいじゃないか。アンドロイドがそこまで星を改造できるとは」


 ホーリーはこの星を地球と同じように改造したアンドロイドの力量に驚く。通常はシェルターを建設して人間が住める環境を確保するという手順で完成コロニーに仕立てるから、ホーリーが驚くのも無理はない。フォルダーはホーリーの勝手な誤解をそのままにして酒を飲む。


 フォルダーの脳裏に激戦の記憶が泡のように湧き出ては消える。空になったコップに酒が注がれて少し泡立つと、フォルダーはその細かい気泡が消えるのを待ってから沈黙を破棄する。


「ノロを覚えているか?」


「ノロ?」


 フォルダーがホーリーの心に思い出のくさびを打ちこむ。


「牛乳ビンの底のようなメガネをかけた超ど近眼で発明狂の変人……」


 ホーリーが酒を一口含んでからニヤッと笑うとくさびを抜きはじめる。


「思い出した!背の低いずんぐりした……のろまのノロ!フォルダーはなぜかノロとは気が合っていたな」

 

[11]

 

 

 フォルダーがホーリーの肩をたたいて同じようにくずれた表情を見せる。


「アイツがこの星を造ったんだ」


「まさか!」


 ホーリーはフォルダーのくさびに往生しながらマスターが差しだした皿の干物に手を伸ばす。


 ノロはフォルダーやホーリーの学生時代の友人だ。


「詳しいことはおいおい話すが、ブラックシャークを建造したのもノロだ」


「えっ!フォルダー!冗談じゃ!」


 ホーリーが感嘆符を連発する。


「おまえに冗談を言って何になる?」


「星を造ることができるぐらいだから驚くこともないか。しかし、亀みたいにのろまで、からきし運動神経の鈍いヤツだったな」


「完全に思い出したようだな。ホーリー」


「ああ。しかし、たいしたもんじゃないか。ノロは」


「そうだ。たいしたヤツ……だった」


 フォルダーが残りの酒を引っかけるように飲みほすとマスターにコップを差しだす。


「今、どこにいるんだ」


 フォルダーはコップに再び酒が注がれるのを見つめる。先ほどと同じようにフォルダーは細かい気泡が消えるまでじっくりと待つ。マスターは続けてホーリーのコップにも酒を注ぐ。

 

[12]

 

 


「ずいぶん前に死んだよ」


「えっ!生命永遠保持手術を受けていたんだろ?」


「俺のカンでは事故死じゃないかと……」


 フォルダーの気の抜けた泡のような言葉にホーリーが同じ言葉を重ねる。


「事故死……?」


***


 ここは「隠れコロニー」あるいは「ノロの惑星」と呼ばれている星だ。この惑星は太陽のまわりを公転しているが、この太陽系は地球が属する太陽系とはかなり異なる。しかし、ノロという男がアンドロイドを使ってこの星を地球とよく似た環境に改造した。海があり山脈もある。温暖化したわけではないが地球に比べると砂漠が多い。ノロはここで地球とまったく同じ環境を再現しようと壮大な計画を打ち立てた。そして時空間移動装置が幅をきかせていたころに、夢のような性能を持つ時空間移動船の建造に取りかかった。


 その後、ノロが建造した時空間移動船を模倣して前線コロニーのアンドロイドも時空間移動船を建造したが、ノロの時空間移動船と比べればオモチャのようなものだった。


「なぜ、そんな船を建造したんだ」


「地球へ行くためさ」

 

[13]

 

 

「地球へ?」


「地球の生物を一組ずつここへ運ぶためだ」


「まるで、ノアの方舟じゃないか」


「そのとおりだ。アイツは『ノロの方舟』だとはしゃいでいた。ノロの計画通り、この星は生命が満ちあふれた星になりつつある」


 ホーリーはマスターが差しだすマグロの刺身を見て驚く。


「フォルダーの大好物じゃないか」


「徹底的に飲むぞ」


「もちろん。が、ここは砂漠の町の居酒屋じゃないか。どうしてマグロの刺身が出てくるんだ」


「海辺の町から運ばれてくる。まあ気にするな」


 フォルダーが刺身にたっぷりとワサビをつけてうまそうに口に含んで笑う。


「ノロのことだが、事故死だって?」


「いや……よくわからん」


 急にフォルダーの歯切れが悪くなる。視線は目の前のマスターではなくあらぬ方に固定されている。ホーリーはマグロの刺身をつまんだままその横顔を見つめる。フォルダーはマスターに同意を求めるように口を開く。

 

[14]

 

 

「アイツはよく人類の行く末を心配していた」


 ホーリーがフォルダーの言葉といっしょに刺身を口に運ぶ。


「うまい!」


 フォルダーは酒を口に含みながら、刺身を舌づつみするホーリーの次の言葉を待つ。


「男と女の戦争のことか?」


 フォルダーのノドを酒が流れる。


「いや、男と女の戦争のことなど、アイツはあまり気にしていなかった」


 ホーリーはもうひとつ用意してあった答えをフォルダーにぶつける。


「生命永遠保持手術で人間が手に入れた永遠の命に危惧を抱いていた?」

 

 フォルダーがホーリーに顔を少しだけ向けてから酒を飲む。ホーリーは自分の答えに手応えを感じるが、いつの間にか会話から笑いが消えたことに気が付く。


「気にはしていたが……それよりも……」


 ホーリーがフォルダーに言葉の続きを催促する。フォルダーはニコリともせずに応える。


「……ノロは、人間はいずれアンドロイドに征服されるかもしれないと心配していた」


「アンドロイドに?アンドロイドよりコンピュータじゃないのか」


 つい先ほどまでの巨大コンピュータとの激戦の記憶がふたりを包む。フォルダーは少し間を置いてホーリーから視線を外す。

 

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「瞬示と真美、あのふたりは救世主か」


 フォルダーは話題を変えようとして瞬示と真美のことを持ち出したわけではない。


「あのふたりがいなければ、今ごろは地獄で涙を流しながらヤケ酒を飲んでいるかも」


 ホーリーが暗い雰囲気を取り払おうと冗談気味に言うと、フォルダーの視線の先にブラックシャークが勇躍する写真を発見する。


「ノロがブラックシャークを建造したと言ってたな」


「ああ」


 フォルダーは話題がノロに戻ったことに異議を唱えようとはしない。


「ノロとはよくここへ来たのか?確かアイツ、酒は飲めなかったはずだ」


 ホーリーは写真とはいえ鮮明なブラックシャークの全景を見るのは初めてだった。


「アイツは一滴の酒で酔いつぶれるヤツだった」


 フォルダーが久しぶりに声に出して笑いながらコップを持ちあげてマスターにおかわりをうながす。


「その代わり、よく食う。ビフテキを出せだの、トンカツを出せなどとうるさかった。そうだったな、マスター」


 マスターがフォルダーのコップに酒をついで、返事をする代わりにホーリーに話しかける。


「お連れさんはフォルダーとノロの古い友人なんだ。しかし、この星のことをよく知らないようだが、ここには牛や豚はいないんだよ」

 

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「どういう意味だ」


 ホーリーがマスターとフォルダーを交互に見る。


「さっき言ったように、ノロは時空間移動船で地球に移動して、色々な生物を盗んではこの星へ持ち帰ったまではよかったが、育ったのは魚類ぐらいまでの動物で、ほ乳類はもちろん鳥類、は虫類、両生類のたぐいはすべて死んでしまったのさ」


「この星の環境がきびしいと言うことか」


 フォルダーが大きくうなずく。


「海はそうでもないが、陸地の環境があまりよくない。いくらノロが天才だといっても、この星の環境を地球と同じにするには膨大な時間がかかる。アイツは『この星の魚を進化させて地球よりうまい牛や豚を造ってやる』とよくここで豪語していたものだ」


「そういうことか」


 ホーリーがぎこちなく笑いながらマスターに酒をついでもらう。そのとき居酒屋のドアが開く。


「いらっしゃい」


 フォルダーやホーリーに劣らないがっちりとした男がドアからまっすぐにフォルダーに近づく。

 

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「やっぱり、ここでしたか」


「どうして、わかった」


 フォルダーが顔だけをその男に向ける。


「イリに教えてもらいました。ずいぶん派手な戦闘をしましたね。ブラックシャークの修理が大変なんです」


 男はツバのあるグレーの帽子を無造作に尻のポケットにねじ込む。


「戻ってくるだけでも大変だった」


「ブラックシャークをあそこまで追いつめた相手とはいったいどんなヤツだったのですか」


 その男はフォルダーをはさんでホーリーの反対側に座る。椅子が悲鳴をあげるような音を出す。


「それをたずねるために、わざわざここへ来たのか」


「そうです。イリにたずねても忙しそうで取りつく島がありませんでした。それでここへ来ました。原因によっては修理、というより改造の方針を変更しなければなりません」


「中央コンピュータに聞けばいいじゃないか」


「疲れたと言って休暇を取りました」


「なに!まあ、仕方ないか。俺も休暇を取っているようなものだ。偉そうなことは言えないなあ」

 

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 もっともだという表情をするフォルダーをホーリーがけげんそうに見つめる。


「コンピュータが休暇?」


 男がホーリーの言葉を無視して質問を繰り返す。


「どんな敵と戦ったのですか」


「神だ」


 フォルダーがその男の反応をうかがう。ホーリーも興味深そうにその男を見つめる。


「神?人間が昔から信仰している得体のしれないものですか」


「そうだ」

 

「神は存在していたのですか?」


「ははは、俺が戦った神様はニセモノだった」


 笑いながらフォルダーがホーリーの方を向くと同意を求める。しかし、ホーリーの顔はこわばっている。


――この男は人間ではない


「紹介しよう。MY28。造船所の所長だ。こちらは親友のホーリーだ」


 ホーリーとMY28という名の男が少し前屈みになってフォルダーをはさんで会釈する。


「MY28?アンドロイドか」


「そうだ。ノロが恐れていたアンドロイドだ」

 

[19]

 

 

「フォルダー、冗談、言わないでください」


 MY28がフォルダーに抗議する。


「冗談ではない。人類はいずれアンドロイドに亡ぼされるとノロが言ってたのを忘れたんじゃないだろう?なあ、MY28」


 フォルダーの言葉に勢いがない。そのことにフォルダー自身が気付いて場違いの大声をあげる。


「今日は俺のおごりだ。MY28、遠慮せずに飲め。ブラックシャークの復活に乾杯だ」


「ありがとうございます。でもブラックシャークは改造中です」


「フォルダー!」


 今度はホーリーがフォルダーの倍ほどの派手な声をあげると、逆にフォルダーがホーリーに負けないぐらいの声を出す。酒の悪い効果、つまり会話が短絡的に進行していく。


「アンドロイドが酒を飲んじゃいけないのか。酒を飲んでも修理に支障はない」


「本当に酒を飲むのか」


「もちろんだ。ブラックシャークの中央コンピュータが飲むぐらいだから、アンドロイドだって飲む」


「フォルダー、冗談は……」


 ホーリーがそう言ったとき、MY28が「乾杯」と言ってから軽く会釈して酒を飲む。ホーリーが細い目を丸くしてMY28を見つめる。

 

[20]

 

 

「奥さんは元気か?」


 フォルダーの何気ない言葉をMY28がごく自然に受けいれる。


「はい」


 ホーリーはたまらず怒鳴る。


「いい加減につまらない芝居はやめてくれ」


「つまらない?何がつまらないんだ?」


「アンドロイドが酒を飲むし、妻がどうしたとか、いったいどうなっているんだ?俺を担いでどうしたいんだ!」


「おまえを担いで何になる。文句があるならノロに言ってくれ」


「ノロ……ノロに?」

 

「ノロは生命の生存に適した環境を持ったこの星を発見すると、高性能のアンドロイドを盗んでこの星の改造を始めた。そしてアンドロイドも改造した」


 MY28の目から涙が落ちる。


「ノロはアンドロイドの神様です」


 フォルダーが笑いたいのをこらえておおげさに手を振る。


「ノロが一番恐れていたアンドロイドがノロを神様と慕っている。アイツがここにいたら……」

 

[21]

 


「フォルダー、バカにするのはこれくらいにしてまともな説明をしてくれ」


 ホーリーは一気に酔いから覚めてフォルダーを直視するが、その目は相当いい加減なうつろさに支配されている。


「まともな説明?さっきからしてるじゃないか。ノロはアンドロイドを酒が飲めるように改造して、性別のないアンドロイドを男と女に分離した。ただそれだけの話だ」


 ホーリーにはフォルダーの話が、まるで綱渡りをするピエロのようにその綱を踏み外すことはないが、ゆらゆらと大きく揺れているように聞こえる。酔いと驚きが水と油のように混ざりあわない状態が続く。


「子供を造れるのか、アンドロイドに」


 ホーリーは酔った勢いが造りだした想像を質問にして返事を迫る。


「ノロはずいぶん悩んでいた」


 意外にもフォルダーが冷静に応える。


「アンドロイドに子供を産めるように改造できるとでも?」


 ホーリーは「できない」というフォルダーの答えを確信する。


「もちろんだ。ノロは女のアンドロイドに子供を産ますことは可能だと言っていた」


 ホーリーの確信がもろくもくずれる。

 

[22]

 

 

「ノロはそんなことまでできるのか!」


 いつの間にかホーリーは肩で息をしている。


「しかし、ノロがその改造に着手することはなかった」


 MY28が酒を飲みながら残念そうに口をはさむ。


「ワタシも妻も子供が欲しかった。ノロにはほかの希望はすべてかなえてもらいましたが、子供を造ることだけはだめでした」


 頭をかきむしったあとホーリーはコップに残った酒を一気に飲みほす。


「頭がおかしくなりそうだ」


「ノロは人間の設計を一からやり直して人間を造り直すことはできないが、アンドロイドなら簡単にできるとか言ってたな。俺にはよくわからん」


「ノロの話になると悲しくなります」


 マスターがMY28にも刺身を差しだす。MY28は空になったコップを置いて箸を手にすると、器用にワサビを刺身に付けてたまりのしょう油に浸してから口に運ぶ。フォルダーがため息をつくとMY28が涙を流す。


 ホーリーはいつかミリンが「アンドロイドにも味覚があります」と言っていたことを思い出す。酒は飲むし、ワサビに涙を流す。


 一方、フォルダーは巨大コンピュータのことを思い出す。MY28は涙を甲でぬぐうとフォルダーに同じ言葉を繰り返す。

 

[23]

 

 

「ノロはワレワレの神様です」


 ホーリーはあきれてMY28の顔をしげしげと眺める。


「酔っぱらいのたわごとです。聞き流してください」


 MY28が視線を返すと、ホーリーはもう我慢できないという表情をして叫ぶ。


「フォルダー!」


 フォルダーが空になったホーリーとMY28のコップをマスターに指さす。


「この星のアンドロイドはみんな、こうなのか」


「そうだ。前線コロニーにいるアンドロイドはどうだ?」


「ここまで人間に近くはない」


「そうか。やっぱりノロの才能はたいしたものだったんだ。しかし、Rv26もすごいアンドロイドだ」


 ホーリーとMY28の前のコップになみなみと酒がつがれる。


「この星のアンドロイドには無言通信システムの言語処理プログラムのようなものが組み込まれているのか?」


 ホーリーはコップに手をつけずに、フォルダーとその向こう側のMY28をうかがう。


「俺は素人だからよくわからんが、元々この星のアンドロイドの会話は人間と変わらなかった。

 

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もちろん、ノロの開発した言語処理プログラムがアンドロイドに組み込まれていることは承知している」
 ホーリーは酔っているようで酔っていないような中途半端な悪酔い状態になる。とても受けいれることができない現実が目の前にある。巨大コンピュータとの戦いとは比べようがないが、ほっとした矢先に限りなく人間に近いアンドロイドと酒を飲んでいる。いったいノロは何を考えていたのか。ホーリーは「のろまなノロ」と軽い言葉で表現したノロのことを急に知りたくなる。


「学生時代、あまりノロとは付き合いがなかったが、フォルダーはずーっと付きあっていたのか」


「おまえとは学生時代親しく付きあっていたが、ノロとは卒業してから親交が深くなった。確かに学生時代のアイツはバカに近かったし、成績も断トツの最下位だった。だがアイツの奇想天外な発想がいつの間にか俺をとりこにした」


フォルダーがなめらかにしゃべると、壁にかけてあるブラックシャークの写真を見つめながら柄にもなく遠い昔をなつかしそうに振り返る。

 

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