第三十六章から前章(第三十九章)までのあらすじ
瞬示と真美が壮大寺で出会ったミリンと御陵上空の宇宙戦艦に向かった直後、気を失う。スキャナー装置にかけられるが人間の身体ではなかった。ふたりの頭部が輝きだすと全身の関節に存在する小さな脳も輝く。全エネルギーがふたりに吸収されて宇宙戦艦が急降下する。ふたりが消えるとエネルギーが回復して墜落を免れたとき巨大土偶が出現する。ミトの退避命令にRv26が拒否するとアンドロイドに不穏な動きが現れる。関ヶ原から宇宙戦艦に戻ったホーリーたちがアンドロイドに拘束されるが、遅れて戻ってきた忍者の活躍で壮大寺に脱出する。
ホーリーは無言通信の言語処理プログラムでアンドロイドや戦艦の中央コンピュータが意識を持ちはじめたことに気が付く。そしてリンメイが真美の髪の毛を手掛かりにDNA鑑定すると驚くべき事実が判明する。生命永遠保持手術の効果が消える前に永久の世界に時空間移動することになって一太郎と花子も同行する。移動先の永久の世界の民宿で瞬示と真美の出迎えを受けると、摩周湖で時空間移動装置を発見したことを聞かされる。
大統領府に戻ったミトは前線第四コロニーの巨大コンピュータが地球の明渡を要求していることを知る。
[322]
【時】永久0274年
【空】地球連邦軍指令部地球近辺の前線第四コロニー
【人】瞬示 真美 ホーリー サーチ ミト キャミ カーン 住職 リンメイ 一太郎 花子
巨大コンピュータ
***
地球連邦軍司令部の会議室に、瞬示と真美、ホーリーや一太郎たち全員がキャミたちと合流する。
「前線第四コロニーの宇宙戦艦の中央コンピュータは巨大コンピュータの指揮命令系統に属しています。つまり、地球の中央コンピュータの指揮命令系統には属していません」
ミトが一昼夜考えこんだ最初の言葉を発する。
「分かりきったことを言うな」
カーンがイライラしながら次の言葉を催促する。
「ですから、アンドロイドを直接人間の指揮命令系統に組みいれれば巨大コンピュータに対抗できます」
「そんなこと、できるわけがない。アンドロイドは宇宙戦艦の中央コンピュータの命令で行動
[323]
する。その中央コンピュータが巨大コンピュータに支配されている。直接アンドロイドに命令する手段を我々は持っていないのだぞ」
「そのとおりです」
カーンに向かってミトが首をたてに振る。しかし、すぐさま横に振る。
「地球にある中央コンピュータは今のところ反乱を起こしていません」
ミトが手元にある膨大なメモを机の上に広げる。
「これからの作戦について私の見解を述べます。皆さん、助言をお願いします」
ミトがメモを一枚取りあげる。
「まず、瞬示、真美。巨大コンピュータの命令でアンドロイドが攻撃を仕掛けてきたら、我々の味方になってくれますか」
瞬示と真美はミトの視線と言葉に戸惑う。同時に全視線がふたりに集中する。特にキャミの視線がきびしい。
「最強の兵士に違いないわ」
ミトがすぐにキャミの言葉を否定する。
「ふたりは兵士ではありません」
真美がキャミの視線に臆することなく意見を述べる。
「先ほどから中央コンピュータやアンドロイドが意思を持ったとおっしゃっていますが、そう
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だとすると、アンドロイドと戦うというのは意思を持つ者同士、つまり人間同士が戦うのと同じだと思いませんか」
【そのとおりだ!】
瞬示が真美に強い信号を送る。ミトは聞こえるはずがない瞬示の信号に強くうなずくような素振りを見せると、興奮することなく冷静に言葉を発する。
「攻撃体勢を取っているから、意思を持っていると考えられる」
「巨大コンピュータがはっきりと攻撃すると言ってきたのですか」
真美に似合わない低い声が司令部の会議室に響く。ミトが再び大きくうなずく。
「そこなんだ」
ミトの声は真美と同じように低い。
「そこが問題なんだ。地球を明渡せとしか言っていない。明渡さなければどうするのか、何もわかっていない」
「でも、五十隻もの宇宙戦艦を地球に向けてずらりと配備しているわ。これは脅迫以外の何ものでもない」
キャミが割ってはいる。
「確かにそうのように見えますが、それは手段にすぎません。問題は地球を手に入れて何をしたいのかです」
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「目的ですね」
瞬示がミトに念を押す。
「そう、目的がわからない。そのうえ一週間という時間を設定している」
「ひょっとして、巨大コンピュータははっきりとした目的なんか持っていないのかも?」
「そうかもしれん」
真美に住職がしわがれた声を向ける。
「かといって、情を持って期限を切っているわけではないのじゃ」
「同感です」
ミトが住職を見つめる。
「想像ですが、巨大コンピュータが完全な意思を持ったのではなく、持ちはじめて間もない意思に戸惑いながら思考を進めているという段階なのではと……」
ミトがまわりの反応を伺いながら言葉を続ける。
「無言通信システムに組みこまれた言語処理プログラムをアンドロイドにインストールしてから十数年以上たちますが、よほど性能のよいCPUが組みこまれていない限り、その言語処理プログラムによって意思を持つまで思考能力が高まることは不可能ではないかと思います。しかし、大容量の記憶装置と超高性能なCPUを中央コンピュータが持っているのなら……」
ミトの言葉をさえぎってホーリーが口をはさむ。
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「巨大コンピュータは量子コンピュータだ。量子コンピュータなら、意思を持ってもふしぎではない。ただし、人間ほどの複雑な思考がすぐにできるのかは疑問だ」
「子供程度の思考能力しかないと言うのじゃな」
住職の目が輝く。ミトは住職の言葉から胎児が土偶に変態したあと、どんどん成長して人間を攻撃した「大人と子供の戦争」のことを思い出す。彼らはもともと胎児だった。ミトは土偶と巨大コンピュータを観念的にダブらせる。もし、巨大コンピュータの思考能力がまだ子供のレベルなら、何とかなるのではと期待をふくらませる。この期待がミトを奮いたたせるが、まだ上すべりしている浅い感覚に住職が大きな波紋を投げかける。
「わしらが今ここで議論しているように、巨大コンピュータを囲んでアンドロイドたちが議論している姿を想像することはできんのう」
揺れるように全員がうなずくと同意のため息がゆっくりとはき出される。なかでもミトのうなずき方が一番大きい。
「しかし、明確な目的を持ってないとしても、巨大コンピュータの支配下にあるアンドロイドの攻撃は精緻を極めるはずだ」
ホーリーが懸念を表明するとミトがすぐに反応する。
「地球のアンドロイドを防衛隊の主軸にして戦う。精緻な戦力を持つ相手には精緻な戦力を持って戦わなければならない」
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「果たしてそうじゃろうか。わしはそう思わん」
議論がまったく異なる方向に変わって瞬示と真美は何となくほっとする。もちろん、ふたりはキャミやミトの味方として行動することに躊躇しているのではないが、今回の事件に漂う影のような部分に困惑する。その影の正体が巨大コンピュータの未知の部分に存在することはわかるのだが具体的には認識できない。
生来、楽観主義者のホーリーがあきらめに似た声を出す。
「戦艦の数が違いすぎる」
「もちろん、そのとおりだ。それより意思を持ちはじめた巨大コンピュータと、我々の明確な意思のもとで防衛に当たる地球の中央コンピュータとの戦いに希望を持っていいのでは」
ミトが住職の意図を受けいれて自分の考えを軌道修正する。
「今の説明、わかりにくいわ」
キャミがミトに注文を出す。
「前線第四コロニーの巨大コンピュータの思考はまだ未熟でその意思も幼稚だと思えるのです。地球の中央コンピュータに我々の強い意志を反映させて戦いを挑むのです」
キャミも「大人と子供の戦争」のことを思い出す。
「前線第四コロニーの巨大コンピュータは人間に例えればまだ子供だということですね」
キャミの言葉にミトは今までの議論の中で思いついたことを明確な次元にまで昇華する。
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「手強い子供だが、彼らが高度な思考を手に入れて自由自在に行動する前に、戦いを挑むしかないと思います」
ミトという司令官に率いられた女の軍隊と戦ったカーン率いる男の軍隊が、格段に性能のよい時空間移動装置を保有しながらことごとく敗戦に追いやられたことを思い出して、カーンは改めてミトの意見を感心しながら聞きいっていたが、同意の念をこめながら口を開く。
「ひとつ気になることがある」
ミトがキャミからカーンに顔を向けて次の言葉を待つ。しかし、カーンからではなく、キャミがカーンの疑問を引き継ぐ。
「前線第四コロニーがどのようにして地球へ移動してきたのか、ミトはわかっていますか」
ミトは机の前のメモの山に触れようとするがやめる。
「時間島で移動したと思うのですが」
「可能性としてはそれしか考えられないわ」
「どのようにして時間島を利用したのかはまったくわかりません」
「私たちは時間島を利用するどころか、時間島自体のことがよくわかっていないわ」
ミトがキャミの言葉を聞き終えると瞬示と真美に身体を向ける。
「瞬示、真美、どう思う」
瞬示と真美がお互いの心を見つめあう。
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【ミトは前線第四コロニーにわたしたちを偵察に行かせたいのかしら】
【当然そうだろう。でも時間島のことならうっすらとわかってきた】
【えっ!瞬ちゃん!何がわかったの?】
ミトはふたりが信号で会話をしていることを承知している。
【時間島は……】
瞬示の信号が途切れて普通の声となって全員の耳に届く。
「時間島は数ある宇宙のひとつです」
「時間島が宇宙?しかもいくつもあるのか」
ミトが瞬示の言葉を確認する。
「そうです」
会議室にいるすべての者は瞬示の言葉を理解するとか驚くとかというレベルではなく、ただひたすら聞きもらすまいと息を殺す。会議室の雰囲気がガラリと変わる。
「ぼくら三次元の人間には時間島がまるで物を運ぶように時空間を移動しているように見えるけれど、実はそうじゃない」
瞬示が次の言葉を探る。
「ぼくらに高次元の物を見ることができたら、物体は時間島という宇宙を経由して別の時間島という宇宙に移動しているように見えるはずです。時間島は荷物を運ぶトラックではありません。
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実際に見ることはできないのですが、時間島のドアからある宇宙に入って、その宇宙に存在する時間島のドアからさらに別の宇宙に侵入するという感じで移動しているような気がします。時間島は数ある宇宙という家のドアに過ぎない」
【想像できないわ】
真美が瞬示からあふれるイメージ信号を受けとる。瞬示の頭の中には白濁色の沼となった摩周湖に沈む時空間移動装置のイメージが浮かんでいる。
瞬示はポケットの小銭入れからコインを全部、といっても五つしかないが、取りだして机の上に置きながら、摩周湖で発見した時空間移動に失敗した時空間移動装置のことを話しはじめる。ミトが瞬示の話に割って入る。
「西暦の世界へ移動したとき、七基の時空間移動装置が行方不明になった。時空間移動に失敗していたのか」
ホーリーはすでに瞬示から話を聞いていたが、改めて驚嘆する。
「しかし、よくも俺たちは無事に移動できたものだ」
「運がよかったのじゃ」
瞬示が住職にうなずくとホーリーや住職は机上のコインを見つめながら瞬示の話に集中する。
「このコインを時空間移動装置だと思ってください。ホーリーの説明によると時空間移動に失敗した時空間移動装置の中に入るのは不可能らしいのですが、ぼくらはその中に入りました」
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何人かが悲鳴に似た叫び声をあげるが、瞬示は銀色に輝くコインを指差すと言葉を続ける。
「この時空間移動装置の中は満天の星が輝く宇宙でした」
今度は使い古されて黒く変色したコインの上に指を置く。
「この時空間移動装置の中は輝く星のない暗い宇宙でした」
真美が静かにうなずく。
「地球の一地点にしかすぎない摩周湖の湖底のそのまた小さな時空間移動装置の中に宇宙が存在するのです。しかも七つも存在するのです。宇宙の大きさは観念的なもので大小はないと思います」
瞬示はコインを左の手のひらの上にまっすぐに並べてみんなに示す。
「この五つの宇宙がこのようにまっすぐに並んでいるとします」
瞬示が左の手のひらを右の手のひらで丸くおおうとシェイクするように振りだす。そして左の手のひらをみんなに見せる。コインの順序はくずれバラバラになって、重なりあっているコインもある。
「これぐらいの振動ではコイン、すなわち宇宙はこわれません。でも順番はバラバラになって重なっている宇宙もあります」
瞬示がコインを小銭入れにしまう。
「宇宙は絶えず動いていて隣の宇宙と接したり離れたりしながら存在しているんじゃないかと思うんです」
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さらに瞬示が小銭入れをポケットに入れる。
「そしてこのようにポケットに入れて持ち歩けるものかもしれないのです」
真美が首を横に傾げたまま瞬示を見つめる。
「さっきも言いましたが、ぼくらはどこからか現れた時間島に入りこむと、時間島がほかの世界や宇宙に連れて行ってくれて、そこで時間島から出ると時空間移動が完了すると思っていたし、実際そのような感じを抱いていました」
瞬示が再び小銭入れを取りだす。
「ぼくらは、皆さんのいるこの世界の会議室という家の玄関から外へ出ます。次に隣の時間島の正面玄関のドアを開けて入ります。そして勝手口のドアを開いて再びこの世界の別のドアからある家に入ります。その家の名前は前線第四コロニーで、ある部屋で巨大コンピュータが椅子に座っています。このような感じでぼくらは時空間移動します」
瞬示が小銭入れから緑色に輝く砂粒をつまむ。瞬示の目の前でその砂粒が急に人間ぐらいの大きさになる。それは透明感のある緑色をした液体と気体の中間のような感じがする。まわりで驚きのざわめきが広がる。
真美も瞬示も緑色の小さな時間島に包みこまれるが、いつものように衣服が消え去ることはない。緑の小さな時間島の中で瞬示がほほえんでいるように見える。薄い緑色のベールに包み
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こまれた瞬示と真美の身体が会議室から消える。
***
「やはり、来たか」
瞬示と真美は前線第四コロニーの巨大コンピュータの前でその言葉とともに変わり果てた姿に仰天する。
【予知している】
【これがあの前線第四コロニーの中央コンピュータなの!】
はち切れんばかりのどす黒いぶよぶよしたいびつな球体が広いコンピュータルームを占領している。もはやコンピュータとは呼べない怪物と化している。ふたりはわずかに残された空間で身を縮める。
「なぜ、地球を手に入れたい?」
「遮光器土偶の誕生の謎を解くためだ」
どす黒い物体の中を気味悪いにごった白い光があちこちで点滅しては移動する。
「遮光器土偶の謎を解くために、なぜ地球が必要なの」
「地球の時間をコントロールすれば謎が解けるのだ」
「星ひとつの時間をコントロールするなんてできっこない」
瞬示が強く否定する。
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「時間島を使う」
「時間島で地球を包みこむのか?」
瞬示が何とか声を出す。
「そのとおりだ。よく気が付いたな」
「時間島はあなたの思いどおりにならないわ」
「時間島をコントロールすることは理論的に可能でしかも簡単なことだ」
ふたりに沈黙が強制される。
「地球を包みこんだ時間島に時間を浪費させて、時間島自体の時間を逆行させる。そして地球と時間島は一体となって過去へ旅立つのだ。そうすることによって遮光器土偶の誕生の謎を解くことが可能となる」
「遮光器土偶、遮光器土偶と言っているが、あれは人間の胎児が変態したものだ」
「確かに。なぜ、変態したのか、わかるか」
「……」
「それを調べるのだ」
瞬示が何とか理解しようと必死になるが、意外にも言葉を発したのは真美だった。
「何かわけのわからないことを偉そうに言っているけど、ただの肥満コンピュータじゃないの」
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「ワタシを侮辱するのか」
「だってブヨブヨじゃないの。メタボコンピュータだわ」
今度は巨大コンピュータが言葉を失う。その間隙をぬって瞬示が提案する。
「遮光器土偶の誕生の謎を解くことが目的なら人間と協力して謎を解けばいいじゃないか。人間にはリンメイのような優秀な学者もいる」
しかし、巨大コンピュータは冷ややかに応える。
「人間は必ず死ぬ」
「生命永遠保持手術を受ければ永遠に生き続ける」
「いや、手術の効果は永久に続くものではない」
ふたりは時間島が生命永遠保持手術の効果を消し去ることを思い出す。
「生命永遠保持手術を手に入れた人間はそれまでと違って非常に矛盾した行動を取る。ペアを解消して男と女が殺しあうのだ」
ふたりの胸に強烈な巨大コンピュータの言葉が突きささる。
【巨大コンピュータは幼稚な子供どころか、人間の本質に迫るほどの知性を持っている!】
【住職やミトの認識は甘いわ!】
「優秀な人間がいることは認めるが、大多数の人間は自分勝手で統一性がない」
「それは人間の特性だし、個性のない人間はいない。その個性が……」
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瞬示の苦し紛れの言葉を巨大コンピュータがさえぎる。
「人間たちの争いやいがみ合いに付きあえない」
ふたりには否定できない言葉だ。しかし、ここで後退するわけにはいかない。
「人間が地球の明渡に応じなければ攻撃するのか」
瞬示があえぎながら何とか言葉を放つ。
「戦争という行為は人間の特性だ。ほかの生物では合理的な事情があるときにのみ同族同士で殺しあいをすることもたまにはあるが、人間は憎しみを持って同じ人間を殺す。それに私は憎しみを持っていない」
「答えになっていないわ」
真美が毅然とした鋭い言葉を巨大コンピュータにぶつける。会話を優勢に進めていた巨大コンピュータが一瞬ひるんだように沈黙する。瞬示も真美もその沈黙に引きずりこまれる。
「地球上の人間を宇宙戦艦に乗船させて完成コロニーに移動させる」
巨大コンピュータが沈黙を破る。
「人間が抵抗すれば?」
「従わせる」
「武力でか?」
「いや」
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「どのようにして」
「無言通信を利用して人間を従わせる」
「無言通信のことを知っているのか?」
「ある宇宙戦艦の中央コンピュータから無言通信に関するデータを入手した」
巨大コンピュータが言う宇宙戦艦はRv26が乗船していた戦艦であることは明らかだ。
「無言通信を利用するといっても、地球の人間は無言通信のチップを埋めこんでいないわ」
もし巨大コンピュータが笑うことを知っていたら大声で笑ったに違いない。
「ワタシが人間に無言通信の技術を伝えた。人間はすぐに無言通信チップを埋めこんだ」
「どういうことだ。無言通信の情報を持っていた宇宙戦艦は別の世界からこちらの世界に戻ってきたばかりじゃないか」
「その宇宙戦艦は今から一年前に地球に戻ってきた。そして詳細な報告を地球連邦政府に提出した。その中に無言通信システムのデータがあった」
真美は驚くことを忘れたのか、冷静に理解する。
「一年でこの世界に無言通信が一気に広がったということなのね」
「そうだ。ワタシが勧めるまでもなく、人間はアンドロイドに無言通信チップを製造させて無言通信を普及させた」
瞬示は巨大コンピュータの声をうわの空で聞き流す。瞬示はむしろ「無言通信を利用して人
[338]
間を従わせる」という言葉に戦慄を覚える。瞬示の脳裏に無言通信システムで人間を従わせる方法が浮かびあがって絶望する。
【マミ、人間は抵抗できない】
真美が瞬示の急変した表情に驚く。
【どうして!】
【戻るんだ】
こんな気持ちの悪いところから早く立ち去りたいと思っていた真美はすぐさま賛成して瞬間移動しようとする。しかし、一瞬軽くなるような感触が残るだけで瞬間移動できない。
ふたりにとって何ということのない動作のはずなのに、どうすれば瞬間移動できるのか、わからなくなる。あせればあせるほど身体は動かなくなる。
【変だわ】
いつの間にか、まわりが黄色一色に変わっている。
「今、この前線第四コロニーは時間島の中にいる」
「時間島の中に?!」
瞬示が叫ぶと真美の姿を見る。真美の衣服が消える様子はない。
【時間島の中にいるのなら、その時間島を使えばいい】
瞬示の信号に真美が時間島のイメージを強く念じる。すでに瞬示は神経を集中している。
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「時間島の中で時間島を使うことはできない」
「時間島をコントロールできるのか?」
巨大コンピュータの声が大きくなる。
「時間島は独立したひとつの宇宙だ。時間島の中の時間は独立していて、その中に別の時間を持った時間島は存在できない。つまり宇宙の中に宇宙が存在することはできない」
ふたりは再び時間島をイメージして時空間移動を試みるが、巨大コンピュータの前から姿を消すことができない。それどころかふたりの衣服は消えることなく、足は床に着いたままだ。
「無駄な努力だ」
【だめだわ】
真美の弱々しい信号に瞬示が無念そうに返事を送る。
【ここは窓がない密室みたいだ】
しかし、瞬示は思い出したように明るい信号を送る。
【ぼくらはこの部屋から出るための鍵を持っている!マミ、緑の時間島を使うんだ!】
身体からしみでる緑の半透明の幕のようなものがふたりを包む。
「無駄だ」
しかし、ふたりはためらうことなく協力して意思を集中する。まわりが急に黄色から黄緑色に変化する。そしてすぐ緑一色に染まると、ふたりの姿が巨大コンピュータの前からフッと消える。部屋はすぐ黄色の世界に戻る。
[340]
「おお!」
巨大コンピュータが人間のような驚きの声を発する。
「あれは、いったい……」
***
瞬示と真美が地球連邦司令部の会議室に現れると、瞬示はまっすぐに一太郎に近づいて叫ぶ。
「一太郎!教えてくれ」
急に目の前に現れたふたりに一太郎はただその超能力に驚くばかりで口をポッカリ開けたままふたりを交互に見つめる。
「無言通信はコンピュータやアンドロイドも利用できるのか」
混乱する一太郎には瞬示の言葉が理解できない。瞬示の言葉をなぞりながら考えこむ一太郎を尻目にキャミとミトが同時に声を出す。
「何があった?」
「巨大コンピュータは無言通信を使って人間を従わせると言っている」
「無言通信で従わせる?」
ミトが「そんなバカな」という表情をしてキャミを見つめる。
「この世界では無言通信できるのは私と一太郎やホーリーや十数人程度だということは、私たちを……」
[341]
ミトが言葉を続けかけたとき、キャミが首と右手をはげしく左右に振りながら、ミトに詫びるような悲しみを目元にためる。
「ミトにまだ説明をしていなかったわ。Rv26の宇宙戦艦が戻ってきたのは一年前で、持ち返った無言通信システムはまたたく間に全人類に普及しました」
今度はミトが首と右手をはげしく左右に振る。
「一年前!しまった!あのとき瞬示たちの時空間移動の識別信号ではなく、宇宙戦艦の識別信号を追って時空間移動すべきだったのか」
ホーリーがミトの肩に手を置くと時空間移動先を選択した過程を思い出す。あのとき、ホーリーもミトも初めからRv26の宇宙戦艦の移動先は除外していた。
「仕方がないさ。ミトの判断は間違いではなかったし、俺もそう思った」
そのとき一太郎が口を開こうとするが、うつむいてしまう。瞬示が一太郎の前に座る。
「ぼくの考えが正しければ巨大コンピュータは無言通信を使って人間を従わせることは簡単にできると思う」
とりあえず一太郎がうなずくと瞬示が言葉を続ける。
「コンピュータやアンドロイドは無言通信できないが、意味のないノイズを大量に人間に送りつけることは可能なのでは?」
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「そんな無言通信の使い方なんて考えもしなかった」
一太郎が両手を拳に変えてぶるぶる震わせて嘆くような小さな声を出す。真美には一太郎が何らかの対抗策を考えるが、これといった妙案が浮かばない無念さが伝わってくる。そして残念そうに花子に近づく。
「私たちが開発した無言通信がそんな使い方をされるなんて……」
花子が一太郎に手を差し出して立ちあがる。
「人の頭に直接あてるパッチはない。巨大コンピュータはそこをついてくる。何とか耳をふさぐ方法を考えなければ」
ふたりは肩を落としてドアに向かう。
***
すべての前提条件が根底からくずれた今、ミトは作戦の立てなおしを急ぐ。
「重要なことを報告するのを忘れてごめんなさい」
キャミがミトに深々と頭を下げる。
「大統領、何とか知恵を絞りましょう」
ミトが恐縮してキャミに頭をあげるようにうながす。
「一年前からすでに人間以上の意思を持った巨大コンピュータが綿密に作戦をたてたとすると、こちらが打つ手をすべて検討したに違いない」
[343]
瞬示がうなずきながらキャミとミトの会話に割りこむ。
「ちょっと待ってください。巨大コンピュータは人間を殺すと言っていないのです。完成コロニーに強制移動させると言っていました」
「完成コロニーに?」
キャミが改めて瞬示に視線を戻す。
「そうです。どうもこの地球に人間がいることが邪魔らしいのです」
「なぜ?」
キャミが瞬示に疑問を向けたとき、ホーリーが口をはさむ。
「俺は無言通信が中央コンピュータやアンドロイドにとって厄介なものだと思っていたが、無言通信を逆手にとって攻撃を仕掛けるなんて考えもしなかった。しかし、やはり彼らにとって無言通信をする人間が目障りなのでは?」
「そうかもしれません。いずれにしても人間に邪魔されずに遮光器土偶の謎を解くのが目的のようです」
「遮光器土偶の謎?」
すぐにリンメイが反応する。
「だったら、私は協力者になるわ」
「それが……」
[344]
真美は巨大コンピュータの言葉を伝えるのを途中でやめる。瞬示は真美を察して戸惑いながら口を開く。
「巨大コンピュータはどうやら時間島をコントロールできるようなんです」
リンメイは瞬示が真美の話題を変えようとするのに気が付くが、この瞬示の言葉を重々しく受けとる。すぐに真美が瞬示と意思を合体させて発言する。
「確かに時間島と遮光器土偶、いいえ、あの巨大土偶と何かの接点を持っていると思うわ」
真美が軽く首を振ってから言いなおす。
「接点を持っているというより、遮光器土偶はあの巨大土偶の原型で時間島の卵みたいな感じがするわ」
リンメイがハッとして、そのとおりと言わんばかりにうなずくが弱音をはく。
「その遮光器土偶を私が誕生させて人類を滅亡の手前まで追いつめさせてしまった」
リンメイは胎児が変態して成長した巨大土偶の攻撃で多くの人間が死んだことを思い出して涙ぐむ。真美はリンメイにあの悲しい事件を思い出させたことに後悔するが、リンメイは真美に力強く手を差し出す。
「案外、巨大コンピュータは人間のことを考えているのかもしれないわ」
サーチがその言葉に驚くが、やさしい視線をリンメイに向ける。
「人間のことを考える?」
[345]
「ええ、遮光器土偶の謎に迫るということは場合によって、巨大土偶の攻撃を受けることになるかもしれないわ」
瞬示がリンメイに首を横に振ってからみんなを見つめる。
「遮光器土偶が成長して巨大土偶になり、そして時間島になるかどうかは別として、時間島はひとつの宇宙だと説明したこと覚えていますか」
全員が小さくうなずいて瞬示の次の言葉を待つ。
「巨大コンピュータは遮光器土偶を時間島の元ではないかと考えて、土偶の謎を解くことによって宇宙の謎に迫ろうとしている」
真美が瞬示に異議を唱える。
「巨大コンピュータは科学者なの?それならそうとわたしたちに完成コロニーへ移動させる理由を明確にすればいいのに」
「そうかもしれない。でも巨大コンピュータに肩入れするんじゃないけれど、こんなとてつもない話を人間が受けいれると思うかい?」
瞬示の言葉に真美は黙ってしまう。
「巨大コンピュータが首尾よく謎を解いたとする。そのあと、どうするのか?」
瞬示が真美に問いかけるようにたずねる。真美はもちろん誰からも返事はない。住職でさえ沈黙の世界に座りこんでいる。ホーリーは暗い雰囲気に包まれた部屋を見渡しておどけながら言う。
[346]
「俺たちの別荘、元完成コロニーは今はどうなっているんだ」
「そうだな。調べさせよう」
気を取りなおしたミトがドアに向かう。
***
「当時とほとんど変わっていないようだ」
すべての完成コロニーは前線コロニーに格下げされたあと、アンドロイドによって修復されて、とりあえず、ひとつだけを完成コロニーに仕上げた。つまり、ひとつのコロニーを人間が住める環境に整えた。
「これは」
報告書を斜めに読みとばすホーリーがゆっくりと指を動かす。
「三十ページの下の方」
「もうそんなところまで読んでいるの」
サーチが感心しながら報告書をめくる。あちらこちらから紙をめくる音がする。
「宇宙海賊!」
サーチが叫ぶ。
「彼らはしぶとく生きているんだ」
[347]
「宇宙にも海賊がいるの?」
真美が思わず、吹きだす。
「生命永遠保持手術を受けたあと男と女は戦争に突入したが、それを批判する者が結束すると、男や女の軍隊の手薄なコロニーを攻めては略奪を繰り返していた」
ホーリーが思い出したように説明する。キャミやカーンがうなずきながら補足する。
「よく食料や医薬品を略奪されたわ。それに略奪するには武器も必要だから前線コロニーのアンドロイドの武器製造工場もよく狙われたわ」
「アンドロイドは人間の命令に服従するから、軍隊をよそおって武器はもちろん時空間移動装置も略奪していた」
発言を控えていたカーンも海賊に手を焼いたのだろう、急に苦々しく語りだす。
「前線コロニーのアンドロイドに海賊の侵入をくいとめるように何度命令を出したことか」
「それで時空間バリアーをアンドロイドが、いや前線コロニーの中央コンピュータが開発したのか」
「そうだったの」
サーチがホーリーの言葉に得心する。
「海賊たちの結束は軍より強かったなあ」
ホーリーがなつかしそうな表情をする。
[348]
「うわさでしか聞いたことがなかったけれど、彼らの主張には一理あったわ」
「平和主義者だったな。愚かな戦争はやめろとよく言っていた」
ホーリーとサーチの会話にカーンが怒鳴るように割りこんでくる。
「何が平和主義者だ!略奪の限りをしておきながら」
ミトがカーンをたしなめる。
「唯一の完成コロニーも海賊の支配下になっているかもしれない」
「荒れはてているうえ、海賊がいつ襲って来るかもしれないコロニーでは意味がないわ」
キャミは巨大コンピュータの要求をそのまま受けいれるとしても、前途が多難なことに落胆の表情を隠さない。そんなキャミを無視してホーリーがサーチにささやく。
「実は海賊のボス、学生時代の親友なんだ」
サーチが目を丸くして驚く。
「どおりでホーリーに品がないはずだわ」
「そうだな、確かに俺は上品じゃない」
急にホーリーとサーチが笑いだすのを誰もがふしぎそうにながめる。
一方、ミトはこれまでのことを整理するように白い紙をなぞる。
一年前に西暦の世界から永久の世界の前線第四コロニーに宇宙戦艦でRv26が戻って、様々な情報が前線第四コロニーの巨大コンピュータに伝えられた。そして巨大コンピュータから
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地球の中央コンピュータに無言通信システムとその言語処理プログラムの内容が報告されると、無言通信チップが製造されてすべての人間にチップが埋めこまれる一方、アンドロイドには言語処理プログラムがインストールされた。
やがてアンドロイドも人間と変わらない流ちょうな言葉をしゃべりだし、ときとしては冗談も言えるほどに会話術を上達させた。それはミトがこの世界から西暦の世界に移動してから、再びこの世界に戻ってきた間にアンドロイドのCPUが絶えず最新型のものに更新されていたからだった。CPUの性能は一兆倍も向上していた。
ミトにとって地球の中央コンピュータが前線第四コロニーの巨大コンピュータのような意思を持つにいたっていないことは幸運だった。しかし、アンドロイドの行動の中に人間らしさが芽生えていることが気になった。特にRv26はすでに二十年近くも言語処理プログラムを使用している。前線第四コロニーに戻って最新のCPUに更新していれば、完全に意思を持ったかもしれない。彼は地球に戻らずに彼の故郷である前線第四コロニーに戻った。それが意味するのはいったい何なのか。少なくとも宇宙戦艦の中央コンピュータが前線第四コロニーに帰還することを決定したことは確かだ。
ミトは前線第四コロニーの対応策を一から組み立てなおそうと連日作戦会議を開催する。しかし、巨大コンピュータからの通信はない。瞬示と真美は最終的には自分たちのエネルギーのすべてを巨大コンピュータにぶつける覚悟をするが、まだ誰にも言っていない。
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