第四十六章 火炎土器


【時】永久0274年
【空】考古学研究所(リンメイの研究室) 羅生門
【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ ミト キャミ 住職 リンメイ 一太郎 花子


***


「何の変哲もない埴輪の鳥だわ」


 考古学研究所でリンメイはホーリーがフォルダーから譲り受けた埴輪の鳥を分析したが、手掛かりは何もない。


「あの埴輪の鳥とは違うのかしら」


 リンメイと住職が以前宇宙戦艦の工場で埴輪の鳥の涙を分析したことを思い出す。


「涙が信号じゃといわれてもわしにはよくわからん。フォルダーに担がれているのじゃ?」


「そんなことはないでしょう」


「じゃが、あの涙はホルモンの一種じゃとか言っていたな」


「ホルモンは生物の身体に信号を送るのよ。でも信号の性格が違いすぎるわ。それに埴輪の中の土の微妙な動きで信号を出すなんてとても考えられないわ」

 

[454]

 

 

「しかし、通信というものは基本的には電子の動きです。土の分子の中の、原子の中の、電子が何らかの刺激で信号を発するというのは十分に考えられることです」


 一太郎が落胆するリンメイを支えるようにしっかりと告げる。花子がリンメイの部屋に無造作に置かれた数々の埴輪や土器を一つひとつをていねいに見つめる。


「いつも思うのですが、誰がいったい何のためにこんなものを作ったのかしら。何に使うのかさっぱり見当がつかないわ」


「そうだな、中国の古墳から出土するものはそれなりにある程度理屈がつくものばかりなのに、日本の古墳から出土するものは意味がよくわからないものが多い」


 一太郎が慎重に火炎土器を手にすると、リンメイが一太郎に説明する。


「それは古墳から出土したものではありません。一太郎の世界の縄文時代のものです」


「勉強不足で申し訳ありません。でも物を入れる器としては合理的じゃないな」


 一太郎が火炎土器を上からのぞいて首を傾げる。


「リンメイの世界では火炎土器はないのですか?」


「この世界ほどではありませんが、少ししか発見されていません」


 一太郎が一息つくと思い出したように言葉を続ける。


「瞬示はどこにいるんだろう」


 花子も真美のことを思い出す。

 

[455]

 

 

「あのふたりを最後に見たのはキャミ、カーン、ミト、五郎で会議の途中でノイズに犯されたときに消えたらしいわ」


「巨大コンピュータのところへ向かったというのが、みんなの一致した見方じゃ」


 住職の言葉に花子が急に涙をこぼす。


「生きているのかしら」


「巨大コンピュータのところに行って何らかの成果をあげたとすれば、巨大コンピュータからのノイズによる攻撃は停止していたはずじゃ」


「あのふたりにもかなわない敵があの巨大コンピュータだとすれば、恐ろしい存在だ」


 一太郎はあくまでも冷静に判断する。


「しかし、カーンとホーリーが生身の人間が何とか巨大コンピュータを追っぱらったということは誠にあっぱれじゃ」


「あのふたりはひょっとして戦う前に、例えば幽閉されてしまったのかもしれない。あれだけの超能力を持つふたりを巨大コンピュータが何らかの方法で手も足も出ないようにしたのかもしれない」


 しかし、一太郎は希望を捨てていない。自分をなぐさめるように言葉を続ける。


「何があったにせよ、どこかにいるに違いない」


「とにかく、私たちはこの埴輪の鳥はもちろんのこと、巨大コンピュータが狙っていた遮光器土偶の謎に迫らなければならないわ」

 

[456]

 

 

 リンメイが気を取りなおす。そのリンメイに一太郎が素直にうなずく。


「わかりました。今日はこれぐらいにして、続きは明日にしよう」


「明日、カーンの葬式があるわ」


 リンメイが住職に近づく。


「カーンは見事な働きをしたそうじゃ。カーンの信じていた宗教が仏教だったら、わしの手で丁重に法会を営むのじゃが」


 住職がリンメイの背中に手を回してドアの方に歩きだす。一太郎も花子の手を取って住職とリンメイに続く。電気が消されドアにロックがかかる。


 真っ暗な部屋の中で火炎土器が赤く輝きだす。


***

 葬儀会場をあとにするとキャミがリンメイに提案する。


「カーンの死を無駄にしないためにも、巨大コンピュータが地球を占領してまで解き明かそうとした遮光器土偶の謎に迫らなければならないわ」


 リンメイがキャミに首を横に振る。


「でも、詳細なデータはすべて巨大コンピュータが握っているわ」


「確かにあらゆるデータを巨大コンピュータの前身の前線第四コロニーの中央コンピュータに集中して管理していたのは間違いだったわ」

 

[457]

 


 キャミが誤りを認めながら、ホーリーとサーチの方に振り返って言葉を続ける。


「でも、地球の中央コンピュータにあるデータも結構豊富だわ」


 ホーリーがキャミにうなずく。


「それに俺たちには想像力がある。逆にデータが少ないほど創造的な発想ができる」


「ホーリーの言うとおりだわ。ところでミトの提案を検討しなければ」


 リンメイがキャミに確認する。


「どんな提案なんですか」


 ホーリーが興味深くキャミやリンメイの顔をのぞく。


「永久紀元前四百年の世界に行ってその時代の御陵の情報を収集しようという提案なの」


 リンメイはあまり乗り気ではないような表情をする。


「その御陵の中に遮光器土偶そっくりの巨大土偶がいるのか確かめようというのか」


 ホーリーが賛同するとキャミが住職とリンメイに近づく。


「その前に埴輪の鳥を見せてください。そこでこれから先のことを考えましょう」


 全員考古学研究所のリンメイの研究室に向かう。


***

「ない!ないわ」

 

[458]

 

 

 リンメイが悲鳴をあげる。


「ドアに鍵をかけて出たはずじゃ」


「警備員を呼びなさい」


 キャミがサーチに指示する。


「確かにここに置いたわ」


 一太郎と花子もリンメイと並んで埴輪の鳥を置いたはずの棚を丹念に見る。一太郎が窓に近づいてロックがかかっていることを確認する。


「この部屋に監視ビデオは設置されていないのか」


 ホーリーが天井をながめる。


「ありません。ドアの外にはありますが」


 リンメイが力なく応える。警備員がサーチとともに部屋に入ってくる。


「この部屋に侵入した者がいないか、調べなさい」


「いつからですか」


 警備員がたずねる。


「確か十一時くらいにこの部屋を出たぞ」


 住職が時計を見ながら警備員に伝える。警備員がリンメイの机に近づくとインターホンのボタンを押して、警備員室にリンメイの研究室の入退出の状況を問い合わせる。しばらくして返事が戻ってくるが、部屋のドアが開けられた記録はなかった。キャミが改めて命令する。

 

[459]

 

 

「この部屋のまわりにあるすべてのビデオカメラの映像を総点検しなさい」


 警備員はドアの前の廊下の天井と屋上に備えられた監視ビデオを再生してみると言う。


「ちょっとしたことも見逃さないように丹念に調べるように」


 キャミがそう指示すると思い出したように追加する。


「人の出入りだけではなく、異常な現象がなかったかも調べなさい」


 警備員が大統領に敬礼して出ていく。


「消えたとしか考えられないわ」


 ホーリーが何かに気が付く。


「時空間移動したのか。ひょっとして……大統領!時空間移動装置を一基、この部屋の窓側に回すよう手配してください!」


 キャミは先ほど警備員が使用していたインターホンのボタンを押す。


「大統領のキャミです。司令部のミトにつなぎなさい」


「声紋確認。つなぎます」


「ミトです」


「司令官、考古学研究所を知っていますね」


「存じております」

 

[460]

 

 

「至急、時空間移動装置を一基こちらに回すように」


「わかりました」


「司令官もその時空間移動装置でこちらに来るように」


 キャミとミトの事務的なやりとりが終わる。


 結局、リンメイの研究室に近づいた者は誰もいなかった。研究室の真下の庭に時空間移動装置が現れる。ホーリーがいつの間にか芝生に立っている。ミトと入れ替わってホーリーが時空間移動装置に乗るとリンメイの部屋の窓まで浮上する。一方、ミトは警備員に案内されて建物に入る。


 リンメイの部屋にミトが現れる。サーチが一通り説明しようとするとキャミが自ら説明する。サーチは自分のしようとしたことがお節介であることに気が付く。キャミとミトが夫婦であることを忘れていた。サーチは窓を開けて浮かんでいるホーリーの時空間移動装置を見つめるとドアが跳ねあがってホーリーが顔を出す。


「何かが時空間移動したような痕跡がわずかに残っているが、残念ながら信号は残っていない。時空間移動してかなりの時間がたっているようには思えないんだが」


 ホーリーは時空間移動装置のドアを閉めて降下する。


「この部屋から何かが時空間移動したということか」


 ミトがため息をはさんで言葉を続ける。

 

[461]

 

 

「埴輪の鳥が時空間移動したってふしぎではない。西暦の世界に時空間移動したときも埴輪の鳥がいた」


 キャミが落胆するリンメイをなぐさめながら部屋を出ようとする。


「リンメイ、自分を責めないで。悪いのは私よ。埴輪の鳥をもっと厳重な体勢が取れるところに保管するように命令しなかった私の責任よ」


 キャミに続いて部屋を出ようとするミトがキャミの背中に声をかける。


「誰のせいでもありません。埴輪の鳥はどこに閉じこめられようと時空間移動できるのです」


「遮光器土偶だけでも難問なのに、問題がひとつ増えたわ」


 キャミがまっすぐ前を向いたままのリンメイ以上に落胆する。


「埴輪の鳥が遮光器土偶の謎を握っていたかもしれないのに」


 リンメイが部屋を出ると外には警備員が立っている。


 二羽の埴輪の鳥といっしょに消えてしまった火炎土器に誰も気付くことはなかった。


***

 住職が羅生門の最上階の部屋で、もう二日間何も食べないで瞑想の座禅を組んでいる。そばには水が入ったペットボトルが一本あるだけで、まだ半分以上残っている。


『子供が生まれる前に死んでいく』


「胎児が母胎から離れる前に死ぬという光景を月の生命永遠保持機構の本部でいやというほど見たのう」

 

[462]

 


『何万、何億、何兆と死んでいく』


「これは少し大袈裟じゃ。いずれにしても数多くの胎児が母胎から離れる前に死んでいた」


『永遠に生きるために死んでいく』


「永遠に生きることが生命永遠保持手術で可能になったが、通常は有限の生しか存在せぬ。生命永遠保持手術で永遠の命を得た者のために、胎児は生まれることなく死んでいくということか」


『子供のいない永遠の世界』


「そうじゃ。子供が生まれない、永遠の命を持った者だけの世界になってしもうたのじゃ」


『男女のいない永遠の世界』


「子供がいないということは、男も女も存在価値を失って、存在していないのと同じだということか。男と女がいなければ子供ができるはずがない。そういう世界と同じだというのか」


「男と女から子供ができる。その子供は成長して子供を造る。そのようなシステムがない世界は無の世界じゃ。死ぬことなく永遠に生き続ける人間が存在する世界はオペレーティングシステムが存在しないノス(ノーオペレーティングシステム)の世界じゃ」


「待てよ。ひょっとしてアンドロイドのことをいっているのではなかろうか?アンドロイドには男女の区別はない。しかも永久に生きる可能性が高い。意思を持ったアンドロイドの世界のことをいっているのか?」

 

[463]

 

 

「いや、そんなはずはない。性別のないアンドロイドが主役になることはない。男と女の存在が生命の、宇宙の基本原理のはずじゃ」


 住職が閉じた目をさらに強く閉じなおして、自分自身に抵抗するように首を大きく振る。


「男と女が戦ってどちらかが生き残った場合その先はどうなるのじゃ。男だけの世界になったら戦争は消えるのか。女だけの世界になったら争いはなくなるのか。永遠の生命を持っている者同士の戦いは悲惨じゃ。男だけの、女だけの世界になってもいずれ全滅するかもしれん。もし最後にたったひとりだけ残ったとすればどうなるのじゃ。もはや子孫を作ることができないばかりか、希望そのものが存在しないのではなかろうか。自ら神となって動植物の生存をコントロールして進化を促進させて人間の男と女が現れるまで永遠に生き続けるのか。それとも絶望して自ら命を絶つのか。そうなれば永遠に生きることをやめることになってしまう」


『子供が生まれる前に死んでいく』


『何万、何億、何兆と死んでいく』


『永遠に生きるために死んでいく』


『子供のいない永遠の世界』


『男女のいない永遠の世界』


 住職はこの五つの言葉を何回も続けて唱える。思考が空回りする。

 

[464]

 

 

「永遠に繁栄すれば永遠に宇宙をながめ続けることができるのじゃ。宇宙は見つめる者がいるときに限って存在するものじゃ。子供がいないということは新たな誕生がないということ。だから男女がいないのも同じ意味じゃ。そういう永遠の世界は存在しないということになるのじゃ。それでも宇宙が存在しているとしても、時間も空間もない空虚で意味のない存在でしかないのじゃ。宇宙は自分自身を見ることはできない。『我思う、ゆえに我あり』ではなく、『我思わない、ゆえに我なし』じゃ」

 

 空転していた思考が少し抵抗を受けはじめる。


「この宇宙は美しい女じゃ。誰かにじっと見つめられなければならんのじゃ。たったひとりの美しい女しか存在しない世界であれば、その女がどれだけ美しくても意味をなさん。見つめる者がいない宇宙は存在しない。宇宙は神秘だというが、宇宙を神秘にしているのは人間じゃ。宇宙を仏の神秘、あるいは神の秘密だと思っているのは人間じゃが、人間がそう思わなければ宇宙は神秘でも何でもないただの空の世界じゃ。神の秘密を握っているのは人間の方で宇宙ではない。人間の五感は宇宙を感じるが、実は第六感の『意』が宇宙を存在たらしめているのじゃ。宇宙は神ではなく、宇宙、そう神を造ったのは『意』を持つ人間じゃ。神が宇宙や人間を創造したのではなく、人間が『意』を通じて神を想像しておるのじゃ」


 思考の歯車がかみ合って回りだす。


「しかし、コンピュータも『意』を持つようになってしもうた。これは大変なことじゃ!

 

[465]

 

 

『意』を持つコンピュータが人間と同じように神を想像しはじめているのじゃ。コンピュータの想像する神とはどのような神なのじゃ?コンピュータから見た宇宙はどんな宇宙なんじゃ?コンピュータが神を想像するとなると、そうじゃ宇宙をながめる者として存在することになると、人間の存在など不要になりはしまいか。子供は生まれることなく人間が死に追いやられるかもしれんし、コンピュータが永遠に宇宙をながめ続ける存在となれば人間の存在は意義を失うことになる。やがて子供や男女といった概念のないコンピュータにとっての永遠の世界になるのかもしれん。そうなれば恐ろしいことじゃ。そのような世界はまさしくコンピュータが神を創造した世界じゃ。なんと!」


***

 住職が無言通信でリンメイを呼びだす。


{不十分じゃが、ひとつの悟りに達した}
{よかった!心配で心配で}
{迎えに来て欲しいのじゃ}
{今すぐ時空間移動装置で迎えに行きます}
{ひとつだけ、願いがある}
{何でしょうか}
{お粥を食べたい。それに梅干しも}

 

[466]

 

 

 リンメイから笑いだけの無言通信が届く。


{悟りの境地に達した者をバカにすると、バチが当たるぞ}
{食あたりしないように何度も炊いておきますわ}
{食あたりじゃない。バチが当たるのじゃ}


 住職がよろめきながら立ちあがると白々とした遠くの山々を見つめる。


「何とか生きている間にあの言葉にひとつの解釈を見いだすことができた。じゃが道半ばじゃ。コンピュータとどう共存すればいいのじゃ?アンドロイドとどう共存すればいいのじゃ?人間はコンピュータやアンドロイドなしに生きていけんのじゃ。それに瞬示と真美の存在や遮光器土偶や埴輪の鳥のことがようわからん」


 風に乗った桜の花びらが見えるほどまわりが明るくなる。眼下には住職がかつて住みこむつもりでいた荒れ寺の庭が見える。荒れ寺は時空間移動装置の爆発で跡形もなく吹っとんだが、庭の桜はこの二日で満開になっていた。


「春だったのじゃ」


 住職が満開の桜に見とれる。


「コンピュータやアンドロイドに桜の美しさがわかるのじゃろか」


 桜の木の下でゴザを引いてドンチャン騒ぎするアンドロイドを想像して苦笑する。


「あり得ないといえんかもしれん」

 

[467]

 

 

 時空間移動装置が音もなく現れる。空間移動するときは静かに現れ、そして静かに消える。音速を超えると大きな音がするのと同じように、時空間移動するときは時間の壁を打ち破るので爆発するような大きな音がする。


「『意』というものを超えて人間とコンピュータが手をたずさえようとすることは、大きな壁を素手で打ち破るほど困難なことかもしれん」


 時空間移動装置からリンメイがきれいな笑顔で降り立ち、羅生門の住職に手を振る。返事の代わりに住職の腹が鳴る。


***

 考古学研究所の庭に住職とリンメイの時空間移動装置が現れるとホーリーたちが出迎える。


「この辺には桜の木がないのう」


「羅生門はあのときのままでしたか」


 サーチが住職にたずねる。


「ああ、桜が満開じゃった」


「女や男たちの軍隊の追跡隊の攻撃でゆっくり見る暇がなかったけれど、満開の桜、覚えているわ。きれいな庭だったわ」


「そんなにきれいなところなの」


 ミリンがサーチにたずねる。

 

[468]

 

 

「うん」


 ケンタがサーチの代わりに応える。


「結婚前のこと?」


「そうよ。ところで一太郎と花子の姿が見えないけれど」


 サーチがホーリーにたずねると、ミリンが割って入る。


「あのふたり、仲がいいわ」


 ホーリーがミリンの言葉を無視して応える。


「もうすぐ来るはずだ」


 ミリンが上目づかいにサーチに話しかける。


「お父さんとお母さん、仲がいいね」


「いいえ、結婚前はよく喧嘩したのよ」


「どうして結婚したの」


「根負けしたのよ」


「ウソ!」


 ミリンがケンタの腕をつかんだままホーリーに近づく。


「ははは、そう言えば殴ったこともあったな」


 ホーリーがサーチに笑いながら謝るような表情をする。

 

[469]

 

 

「とにかく乱暴で強引で独りよがりだったわ。お父さんは」


「今は?」


 ミリンの質問に返事をせずにサーチがホーリーにほほえむ。ミリンがめげずにサーチにまたもや言葉をかける。


「住職とリンメイも仲がいいわ」


 サーチが少し首を傾げながら立ち止まってミリンを見つめる。


「何を言いたいの、ミリン」


「言ってもいい?」


 ホーリーはサーチの鈍感さに歯がゆい思いをしながら、ミリンとケンタにニコニコと笑顔を向ける。そして親指と人差し指で○印を作るとミリンの前に差し出す。


 ケンタはキョトンとしているが、ミリンがピョンピョンと跳ねる。


「やった、やったあ。お父さん、ありがとう!」


 サーチが一瞬ポカンとするがすべてをのみこむ。


「ケンタに迷惑かけてはだめよ」


「お母さんみたいなことはしないわ」


 サーチがあきれかえる。当のケンタにはまだ事情がのみこめていない。


「結婚の許可が出たのよ」

 

[470]

 

 

 ケンタが目を白黒させて何の言葉も出さずに白い歯すべてを見せる。


「こんな告白、聞いたことないな」


 ホーリーが腹の底から大笑いする。


「ミリンはあなたに似たんだわ」


 サーチも笑いだす。その話を背中で聞いていた住職が振り返る。


「わしが神父だったら、すぐここで結婚式を開いてやるのじゃが。坊主ではだめか」


 ケンタ以外の者が全員大笑いする。その笑いが少しおさまりかけたとき、やっとケンタが笑いだす。ミリンがそんなケンタの脇をヒジで突く。


「あとは、あなたのお父さんよ」


***

 研究室に入るとリンメイが壁のモニターの前にみんなを集めて座らせる。そして自分の席に座るとすでに電源が入ったコンピュータの透過キーボードに二、三回触れる。モニターに長方形の上に半円が載った図が現れる。


「これはホーリーたちが関ヶ原の合戦のあと見た御陵を真横から見た模式図です」


 半円がずれて長方形の横に移動してその長方形の端と半円の端が重なりあったところで止まる。


「確かにそんな感じでずれたような記憶がある」

 

[471]

 

 

 ホーリーにサーチも大きくうなずく。


「上から見るとこういう感じ」


 今度は正方形の四辺に内接する円が描かれる。円が横に移動していくと移動元の正方形の一辺がくずれるとともに、円はその端を正方形の端に残したままの状態で止まる。鍵穴のように見える。


「これが前方後円墳の形です」


 リンメイが透過キーボードをなでるとモニターの画面が変わる。ヒザを抱えて丸くなった人影がモニターに映るとサーチが反応する。


「胎児?巨大土偶?」


「胎児は胎児ですが、これは生体内生命永遠保持手術をしたとき、遮光器土偶に変態した胎児の姿です」


 胎児が少し手をあげながら後ろに倒れるようにゆっくりと背中を伸ばしながら、そして短い足を伸ばして仰向けになる。リンメイが再び透過キーボードに手を触れる。


 先ほどの御陵を真横から見た半円が移動する前の図が現れる。長方形の台座に載った半円に胎児がすっぽりとおさまっている。胎児が背中側に倒れるようにして徐々に背を伸ばしはじめると半円もいっしょに横に移動していく。胎児の上半身はその半円からはみ出すこともなくピッタリと仰向けになって全身が長方形とずれた半円の中にきっちりおさまる。今度はそれを上から見た画面に変える。

 

[472]

 

 

胎児が腕を顔の真横に持っていきながら、足は折りたたんだままで後ろに倒れこむように動く。全身が鍵穴のような形をした御陵にピッタリと合う。


「ほー」


 ホーリーはもちろん全員がビックリする。


「いろいろな形の遮光器土偶があるけれど、このシミュレーションにピッタリなのはこれ」


 リンメイが立ちあがるとミトが戦った巨大遮光器土偶の写真を収めたアルバムをホーリーに手渡すと、棚に置いてある十数種類の遮光器土偶のうちのひとつを取りあげる。ホーリーはそのアルバムを開き、リンメイが手にした遮光器土偶と見比べる。


「よく似ている」


 サーチもアルバムをのぞきながら大きくうなずく。


「この遮光器土偶の特徴は頭がとても大きいことなの」


 確かに棚に置いてあるほかの遮光器土偶と比べて格段に頭が大きい。


「御陵とこの遮光器土偶の形がピッタリと一致するということは何を意味するんだ?」


「そこまでは……」


 リンメイが急に何かに驚いて思わず手にしている遮光器土偶を落としそうになる。とっさにホーリーがリンメイの手から遮光器土偶を取りあげる。


「どうしたんじゃ」

 

[473]

 

 

 住職が心配そうにリンメイに近づく。


「火炎土器がない!一番大きな火炎土器がないわ!」


 リンメイが解放された両手で小振りの火炎土器を棚から取りあげてみんなに見せると、一呼吸してから沈黙の部屋に言葉を投げつける。


「この横にこの倍ほどの大きさの火炎土器を置いていたのよ」


「消えたのは埴輪の鳥だけじゃなかったのじゃ!」


 執拗に確認するリンメイを誰もが黙って見つめる。


「ほかの埴輪や土器はちゃんとあるのに。埴輪の鳥がなくなったのに気を取られて火炎土器もなくなっていたのに気が付かなかったわ。あんなに大きな物にまったく気が付かないなんて!」


 机の前に座ると頭を抱えこむ。住職がそしてサーチも心配してリンメイの横に立つ。サーチはホーリーが持っている火炎土器の口のあたりをふしぎそうにながめる。


「これはいったい何に使うものなの?」


 サーチがリンメイの言葉を待つ。リンメイは半ばうわの空のような表情で応える。


「一般的には穀物を入れておく器だといわれているけれど、本当のところはわからない」


「そうね。あまり実用的な入れ物には見えないわ」


「でもちゃんと立っているでしょ」

 

[474]

 

 

 みんなはリンメイが何を言おうとしているのかわからない。


「消えた火炎土器はとても不安定……いいえ自立できないの」


 棚にある火炎土器は底が平らですべて自立しているが、なくなった火炎土器のところには中央部がへこんだアクリルの台座が置かれている。


「この台座の上に置かないと倒れてしまうの。消えた火炎土器は底が平らではなく、とんがってるの。底の形状に合わせた台座をこしらえて立てなければ横にして置くしかない」


 リンメイが言葉をいったん切ってから、独り言のような言葉をもらす。


「あのとき、ちゃんと調べておけば……」


 リンメイは肩におかれた住職の手の上に自分の手をあてがう。


「普通の火炎土器が作られた年代は縄文時代だとわかっているけれど、消えた火炎土器は作られた年代がよくわからない」


「埴輪の鳥は古墳時代に造られたのか」


「多分、でも消えた火炎土器と同じでよくわからない」


「なぜ?分析装置にかければ何か手掛かりがあるはずじゃないか」


 ホーリーがけげんそうにリンメイを見つめる。


「それが何もわからないの。埴輪の鳥の方は土でできているのはわかっているけれど、火炎土器の成分は少し違うの。その少しというのがまったくわからない。あのときもっと徹底的に調べればよかったのに埴輪の鳥の方ばかりに気がいってしまって」

[475]

 

 

「同じ土でできているように見える」


「一度、埴輪の鳥を手にしようとしたときに腕に触れて消えた火炎土器を床に落としてしまったことがあったわ。あわてて拾いあげたけれど割れてもしないし、角が欠けるということもなかったわ」


誰もリンメイに言葉をかける者はいない。


「結構重たくて変だと思ったけれど、埴輪の鳥にばかり気が取られていてそれっきりになってしまった」


リンメイの重複する言葉に含まれる後悔の念が全員に痛いほど伝わる。

 

[476]