【時】永久0274年
【空】ブラックシャーク
【人】ホーリー フォルダー イリ Rv26
***
Rv26がホーリーの肩を強くたたく。
「痛いじゃないか……」
「あれを見てください!」
艦橋の窓からフリゲートが離れていくのが見える。そしてその向こうに緑色の渦巻きのようなものがフリゲートに近づいてくる。
「時間島?」
渦巻きの中心から黒いごま粒のようなものが現れてどんどんと大きくなって迫ってくる。
フリゲートからレーザー光線が次々と黒い物体に発射される。黒い物体からもレーザー光線が正確にフリゲートに向かって発射される。フリゲートは全艦粉々に破壊される。黒い物体からはなおもレーザー光線が発射される。その光線はまっすぐ巨大な紫色の球体に向かう。
[436]
そのレーザー光線が到達する前に、フッと巨大な紫色の球体の姿が消える。時空間移動したのだ。
「まさか!いや、やっぱりあの球体は時空間移動装置だ。あんな大きな時空間移動装置があるなんて信じられない。」
時空間移動装置はその運動性能上、直径せいぜい五、六メートルが限界だ。ホーリーが驚くものも無理はない。巨大コンピュータが格納されているはずの巨大な紫色の球体の直径は数キロメートルはある。単位が違う。
もちろん、巨大な時空間移動装置など存在するはずがない。ホーリーは巨大コンピュータが時間島を操ることができるという瞬示と真美からの話を忘れている。それより、ホーリーの関心は黒い物体に向かう。
いつの間にか緑色の渦巻きが消えて黒い物体がセント・テラに迫る。戦艦ほど大きくはないが、セント・テラよりは少し大きめで真っ黒な宇宙戦艦のようにも見える。真っ黒というより黒光りしている。
――ひょっとして
ホーリーがそばにいるはずのRv26に叫ぶ。
「あの黒い宇宙戦艦とコンタクトを取りたい!」
暗闇の中、ホーリーがRv26からマイクを受けとる。
「おーい!フォルダー!聞こえるか!ホーリーだ」
[437]
返事がない。ホーリーはもう一度マイクの先端に息を吹きかけて口を付ける。そのときスピーカーからなつかしい声がもれる。
「ホーリー、久しぶりだな」
「やっぱり!フォルダーか」
「苦戦しているようだな。誰と戦っている?キャミか?」
「違う。巨大コンピュータだ」
「なに?巨大コンピュータ?まあ、誰でもいい。ちょうどいい。渡したいものがある」
「渡したいもの?」
フォルダーからの通信が途絶える。前線第四コロニーに地球から続々と宇宙戦艦が空間移動してくる。ホーリーはフォルダーの通信が途絶えた理由を理解する。そしてフォルダーが通信内容を傍受できるように、無言通信を使わずにマイクでミトを呼ぶ。
「ミト、聞こえるか」
「ミトだ」
「黒い宇宙戦艦を攻撃するな。俺を助けてくれた命の恩人だ」
「あれは?」
「宇宙海賊だ」
「なに!あの宇宙海賊か!」
[438]
「とにかく攻撃するな。攻撃するなら俺は宇宙海賊の人質になる」
{ホーリー!}
サーチからの無言通信が入る。
{サーチ、安心してくれ。何とか助かった。宇宙海賊のお陰だ。ミトを説得してくれ。今は大事な味方だ}
ホーリーは全身を走る激痛を無視してサーチをうながす。
{わかったわ!}
ホーリーが再びフォルダーとの通信回路を開く。
「フォルダー、今、地球連邦軍を説得中だ」
「ホーリー、感謝する。いくら俺でも五〇隻近い戦艦とは戦いたくない」
「そちらに行く」
ホーリーはRv26に背負われて時空間移動装置の格納室に向かう。
「Rv26はここに残ってくれ。彼らを刺激したくない」
「わかりました」
Rv26はいつの間にか手にした回復剤をやっとホーリーに手渡す。
***
「ホーリー!どうした!」
[439]
黒い戦闘服に身を包んだがっちりとした体格のフォルダーが時空間移動装置から倒れるように出てきたホーリーを支える。
「大丈夫だ。ただの急性腹膜炎だ」
「何を言ってるんだ。肋骨が折れて腹から出ているじゃないか。イリ、手術の準備だ!」
フォルダーの声が時空間移動装置の格納室に響く。すぐさまホーリーは担架に乗せられて手術室に向かう。
「フォルダー、ありがとう。本当にありがとう。まさか、おまえに助けられるなんて……」
ホーリーがタンカの上で言葉をつまらせる。
「しゃべるな。だが、おまえを助けに来たわけではない」
フォルダーはホーリーがしっかりとビンを握りしめているのに気が付く。
「回復剤を飲んだのか」
「さっき飲んだところだ。それより渡したいものとは?」
「しゃべるな!」
手術室のドアがスライドして開く。
「イリ、俺の親友だ。頼むぞ」
「こんな我慢強い人間は見たことがないわ」
身体にフィットした白衣に身を包んだ細身の女が海賊にホーリーをベッドに寝かせるよう指示する。
[440]
そして電磁ハサミでホーリーの上半身の戦闘服を器用に切っていく。ホーリーはすぐさま丸裸にされる。
「どこが、ただの腹痛なの」
イリがあきれてホーリーの顔をのぞく。
「絶望のふちでシリモチをついただけさ」
さすがのホーリーも目を閉じて動かなくなる。
***
「あれを持ってこい」
上半身をギプスで固定されたホーリーがフォルダーに支えられながらジワッと椅子に腰かける。ふたりの海賊が大事そうに金属製の箱をホーリーの前に置くと扉を開ける。
「これは!」
箱の中にはアヒルより少し大きい埴輪の鳥が二羽入っている。
「知っているのか」
「正体は知らないが、見たことがある」
「土でできたこの奇妙な鳥が信号を出すことはどうだ?」
「信号を?」
ホーリーの視線がフォルダーの視線と合流する。
[441]
「中央コンピュータが解析した。その信号はある時空間の座標だった。しかし、ここに来るまでその座標が地球の近辺で前線第四コロニーだということはまったくわからなかった」
ホーリーに活力が戻ってきたのを見計らって、フォルダーがいきさつを話しはじめる。
***
空間移動を終えた宇宙海賊船ブラックシャークが奇妙な空間に向かって惰性で近づく。
「あれは完成コロニーです」
フォルダーがメイン浮遊透過スクリーンを見ながら、操縦士の言葉に疑問を呈する。
「なぜ完成コロニーがこんなにたくさん集まっているんだ」
「わかりません」
「生命反応がまったくないわ」
イリがフォルダーに近づきながら報告する。
「何だ、あれは」
薄い黄色の細長いものが七本見える。完成コロニーをここへ集めた時間島が目的を失ったかのようにたるんだヒモのようになって漂っている。フォルダーにはそれが時間島であることなど知るよしもない。
「どの完成コロニーでもいい。降りてみよう」
ブラックシャークの船尾が一瞬輝くと一番近い完成コロニーに向かう。そのとき急に緑色の強力な光がブラックシャークの前を通りすぎて、同じ完成コロニーに向かう。
[442]
「何だ!」
「エネルギーのない光線です」
「驚かしやがる」
フォルダーがイリを見つめながら大声を出す。
「戦闘配置につけ!」
イリが計測レーダー装置の前に向かう。
「何かある。少しでも変わったことがあればすべて報告しろ」
イリが軽くうなずく。
「緑の光線が完成コロニーに到達しました」
「どこから現れた?」
イリが首を横に振る。
「ほかの時空間から突然出現したようだわ」
「到達点に向かえ!」
ブラックシャークが完成コロニーとの距離をつめる。
「依然、生体反応はありません」
「まもなく完成コロニーの地表が肉眼で見えるはずだわ」
[443]
メイン浮遊透過スクリーンが茶色の画面に変わる。すぐに焦点が合う。
「待て、少し手前に戻せ!」
メイン浮遊透過スクリーンをながめるフォルダーがイリに大きな声を投げつける。
「そこだ。ズームアップしろ」
目の前のモニターを見るイリとメイン浮遊透過スクリーンを見るフォルダーの視点が一致する。
「鳥?」
「生体反応がありません」
「接近しろ」
「鳥のような形をしている」
完成コロニーの地上わずか数メートルほど上で停船したブラックシャークの船底からロボットアームが現れるとふたつの埴輪の鳥をつかみあげる。
「分析装置に入れろ。こんなもの見たこともないな」
「チューちゃんにわかるかしら」
イリはブラックシャークの中央コンピュータのことをチューちゃんと呼んでいる。
「俺たちのコンピュータはオンボロだからなあ」
分析装置は中央コンピュータに直結されている。
[444]
「ゴホン、危険な兆候はありません」
フォルダーとイリがメイン浮遊透過スクリーンに大写しされた埴輪の鳥を見つめる。
「コンピュータのクセにせき払いをしやがる」
「鳥インフルエンザに感染したのかもしれません」
「バカなことを言うな」
「成分は土です。鳥型の埴輪です」
フォルダーに替わってイリが中央コンピュータをうながす。
「もう少し科学的に説明できないの」
「科学的に説明してもフォルダーには理解してもらえません」
「何という屁理屈コンピュータなんだ。おまえは」
「ところでハニワってなんなの」
「土で作った人形です。いいえ、鳥です」
「ハニワのことを聞いているのよ」
「古代、人間が作ったおもちゃです」
「おもちゃ?どおりでカワイイと思ったわ」
イリが表情をゆるめる。フォルダーには少しもカワイクは見えない。
「この程度の説明では満足しませんか」
[445]
「当たり前だろ」
「頭が痛くなるのを覚悟しますか」
「わかった。先に降参する。説明はいい。それよりこの完成コロニーになぜこんなものがあるんだ。さっきの緑の光線との関係は?」
「それがわかっていたら先に説明しています」
「わからんということか」
「そうです」
「役にたたんコンピュータだ。先に降参しなければよかった」
「とても羽ばたいて飛んできたとは思えないわね」
イリは中央コンピュータにからかわれているフォルダーから再びメイン浮遊透過スクリーンの埴輪の鳥を見つめる。
「重大なお知らせがあります」
コンピュータの声にイリは驚きの声をあげる。
「泣いているわ」
埴輪の鳥の両目から緑色の涙があふれている。フォルダーも目をこすって埴輪の鳥を見つめる。
「水分を含んでるとは言ってなかったぞ」
[446]
「だから重大なお知らせがあると言っているのです」
「早く言え」
「この二羽の埴輪の鳥から信号が発信されてます」
「何を!」
「やさしく説明できません」
「むずかしくてもいいから説明しろ」
「この鳥の内部の土の一粒一粒がほんの少しずつ動いて微弱な信号を出しています。それは複雑な数字で、分析の結果、その数字はある地点の時空間座標を示しています」
「その座標を分析しろ」
「チューちゃん、この涙は何なの」
「同時にふたつの命令を受けることができません」
「わかった。先に座標の分析だ」
「分析不能です」
「涙は」
「ある時空間座標を示す信号です」
「涙が信号?!」
***
[447]
フォルダーの話が終わる。
「というわけで何かの因縁だ。この埴輪の鳥を優秀な地球の中央コンピュータで分析してくれないか」
「涙が信号だったのか……」
「気分はどうだ?」
フォルダーが心配そうにホーリーを見つめるが、ホーリーはギプスの上から骨折したあたりをさわりながら笑顔で応える。
「もう大丈夫だ。ところでここへはどうやって移動してきた」
「さっきも言ったように、この埴輪の鳥の涙を頼りに移動した」
「そうだったな」
「コンピュータが解析した座標に時空間移動すると決定したときに、船首方向で緑色に輝くものが現れて渦を巻きはじめたんだ」
「その緑色の物体に包まれはしなかったか」
「いや、その渦巻きの中心を目印にして追尾していくうちに時空間座標のデータが蓄積されて時空間移動した」
――ブラックシャークは時空間移動船なんだ!
ホーリーがすぐに確認する。
[448]
「ブラックシャーク自体が時空間移動したのか」
「そうだ。時空間移動自体は別に異常なものではなく、いつもどおりだった。ただ、中央コンピュータは時空間移動ではなく次元移動だとかわけのわからんことを言って興奮していたが」
ホーリーはブラックシャークが時間島で移動してきたと思っていたが、次元移動という言葉に気を止めることなく、どうやら思い過ごしのようだと単純に解釈する。
「かなり遠くに地球が見えるところに時空間移動してきた。再び船首前方に緑色の渦巻きが見えたので再びそれを追跡したら、この前線第四コロニーにたどり着いた。緑色の渦巻きは数手に分散してほとんどがホーリーが乗っていた戦艦を攻撃しようとしているフリゲート、それに一筋の緑の光線が紫色の巨大な丸い物体に吸収されるように消えてしまった。そのとき俺たちのオンボロコンピュータが攻撃の指示を出したんだ。久しぶりの戦闘でしびれたぜ」
「そうか。重ねて礼を言う」
「しかし、ホーリーに会えるとは思ってもいなかった」
イリがフォルダーにたずねる。
「ホーリーとはどこで知りあったの」
「あっそうか。紹介していなかったな。ホーリーは学生時代の悪友だ」
「そうなんです」
ホーリーはていねいにイリに頭を下げてから言葉を続ける。
[449]
「そう言えばついこの間、おまえのうわさをしていたところだった」
「ところで、おまえたちの戦争はどうなったんだ。完成コロニーは全部もぬけの殻になっていた」
「それに一ヶ所に集まっていたわ」
イリが付け加える。
「戦争は終わった。今は仲良くやっている」
「信じられないわ。あんなに憎しみあっていたのに」
「話せば長い。フォルダー、もう海賊をする理由がなくなってしまったぞ。人類は地球にしかいない。地球を襲って略奪するのか」
「それが本当なら、海賊業を続ける理由はないな」
「地球で暮らすつもりはないか」
意外なホーリーの誘いにフォルダーとイリが考えこむ。
「ゆっくりと酒でも飲まないか。昔のように」
ホーリーがうれしそうに笑うとフォルダーもニヤッと笑う。
「陸に上がるのはもう少し先にする」
「そうか、残念だ」
「これからどうするんだ」
[450]
「あの取り逃がした巨大な丸いものを追いかけてみる」
「あれは前線第四コロニーの巨大コンピュータだ」
「前線第四コロニー……ノロ……」
フォルダーが言葉をいったん止めてから言いなおす。
「人類が造った史上最強の量子コンピュータと言われているものだな」
「しかも、意思を持っている」
フォルダーもイリもホーリーの言葉に驚くことなく笑いだす。
「意思を持ったコンピュータか。それなら余計に勝負したくなるな」
「とても危険な存在だ」
ホーリーが真顔でフォルダーを牽制する。
「人類はあの巨大コンピュータにもう少しで滅ぼされそうになったんだ。そこをフォルダーが助けてくれた」
フォルダーが誰に向かうとでもなく大声をあげる。
「聞いたか、意思を持ったコンピュータが現れたらしいぞ」
「是非、勝負したいものです」
ホーリーが目を丸くしてその声がする天井に顔を向ける。
「誰なんだ」
[451]
「ゴホン、ワタシはブラックシャークの中央コンピュータです」
「回線がおかしくなったのか」
「いいえ、風邪気味なのです。新型のインフルエンザかもしれません」
ホーリーがフォルダーに向かって右手を大きく振る。
「悪い冗談はやめてくれ」
フォルダーがホーリーの耳元でささやく。
「ときどき頭がおかしくなるのが欠点だが、肝心なときには結構、役にたつコンピュータだ」
「また悪口を言っているのですか」
[452]