第四十一章 寝返り


【時】永久0274年

【空】地球のはるか上空

【人】瞬示 真美 ホーリー ミト 住職 巨大コンピュータ 中央コンピュータ

 

***

 

 残された期限ぎりぎりになって、やむをえずミトとホーリーは、地球艦隊すべてを引きつれて、と言っても一隻の宇宙戦艦と十隻の宇宙フリゲートで、前線第四コロニーと地球の中間地点まで進軍する。

 

「最後の最後まで話しあいに応じない」

 

 ミトが苦々しく手にしていたマイクを床にたたきつける。

 

「落ち着け、ミト」

 

 ホーリーがたしなめる。

 

「今すぐ戦闘が開始することはない。このままの体勢でお互いレーザー砲を打ち合えば、それたレーザー光線が地球と前線第四コロニーに当たってしまう」

 

「前線第四コロニーはバリアーで防ぐだろう」

 

[352]

 

 

 そうじゃないというムッとした表情でホーリーがもう一度ミトをたしなめる。

 

「しっかりしてくれ、ミト。戦闘に突入したらあいつらが欲しがっている地球が壊滅的な被害を受けるんだぞ」

 

 そのとき、まるでホーリーの声が聞こえたように銀色に輝く五十隻の宇宙戦艦が微妙に進路を変更する。

 

「あくまでも地球を背にして戦わなければ」

 

「彼らの攻撃が正確だとしたら無意味だ。それに巨大コンピュータにとって地球が多少被害を受けても影響はない」

 

 ミトは何とか冷静さを保とうとするが、すぐさまホーリーが反論する。

 

「無意味でもそれしか方法がないじゃないか」

 

「いや、我々がここで敗れても地球にいる人間は完成コロニーに移動させられるだけだ」

 

「ミト!どうしたんだ。急に弱気なことを言って」

 

「すまない。とにかく、やるだけやってみよう」

 

「わかった。ミトの命令どおりにする」

 

「ホーリー、時空間移動装置で地球に戻ってくれ。この作戦の成功率は極めて低い」

 

「急に何を言いだすんだ!」

 

「ホーリーにはサーチやミリンがいる」

 

[353]

 

 

 表情だけはいつもどおりだが、ミトのトーンは低い。

 

「やってみるだけだと、今言ったばかりじゃないか」

 

 ミトは黙る。そのとき測敵(敵までの距離を測定すること)士のアンドロイドが大声をあげる。

 

「敵の攻撃予想時間まで三分を切りました。急速に四時の方向に加速して移動中」

 

「今だ!全艦全主砲発射用意!主砲一斉連射のあと敵艦隊のど真ん中に空間移動する」

 

「攻撃開始まで残り十秒!全艦照準を定めよ」

 

 ホーリーが副艦長席に座る。ミトは立ったまま右手を拳にしてまっすぐ上にあげてメイン浮遊透過スクリーンの宇宙戦艦を見つめる。

 

――あのいずれかの宇宙戦艦にRv26がいるのか。我々のことをどのような思いで迎え撃とうとしているのか

 

 ミトの右手が開いて刀を振り下ろすように勢いよく空を切る。メイン浮遊透過スクリーンは主砲の発射で一瞬真っ白に輝き、すぐに真っ暗になると、目の前に宇宙戦艦の姿が現れる。自ら発射したレーザー光線より早く敵艦隊のど真ん中に空間移動したのだ。ほんの少し遅れて到達したレーザー光線が敵の戦艦に届くが、バリアーでさえぎられた光線もあればわずかだが戦艦に達した光線もある。

 

 

 フリゲートから発射されたレーザー光線も正確に戦艦を捕らえるが、バリアーに守られた戦

 

[354]

 

 

艦にかすり傷を負わすこともできない。結局、ミトの戦艦の主砲のみが数隻の戦艦に軽いダメージを与えただけだった。敵の戦艦は間近に現れたミトの戦艦やフリゲートに攻撃するためにバリアーを解除する。

 

「今だ!時空間移動装置で敵艦内に空間移動して白兵戦に持ちこめ」

 

 フリゲートの格納室でいつでも空間移動できるように回転しながら待機していた時空間移動装置の回転が一気に加速する。

 

 そのとき敵戦艦から接近戦で使用される球形レーザービーム砲がフリゲートに連射される。

 

「援護しろ」

 

 ミトの宇宙戦艦から主砲が火を噴く。しかし、フリゲートが次々と爆発を起こす。敵戦艦は球形レーザービーム砲を一斉射撃したあと、すぐにバリアーを張る。バリアーの再装備が遅れた数隻の戦艦のうち一隻がミトの戦艦の主砲の餌食になる。

 

「連射!」

 

「近すぎて、照準できません」

 

 逆に距離をおいている数隻の戦艦がミトの戦艦に主砲を合わせるとバリアーを解除する。

 

「だめだ!退避!全艦、空間移動しろ!」

 

 ミトが直感的に命令したあと席から転げ落ちる。

 

 

「被弾!左舷中央火災発生。第五連装の主砲損傷!」

 

[355]

 

 

「フリゲートは?!退避!退避!空間移動しろ!」

 

 ミトが床に手をついて怒鳴る。そのミトに向かってひとりのアンドロイドが大声を出す。

 

「今、空間移動したところです。連続して空間移動はできません!」

 

「そうだった」

 

 ミトは取り乱す自分にやっと気が付く。

 

「大丈夫か」

 

 ホーリーがミトに近づくが、このあとアンドロイドは誰ひとり声を出さない。声を出さないどころかまるで人間のように悲しい表情をする。

 

「フリゲートはどうなった!」

 

「全滅しました」

 

 一番近くにいるアンドロイドがうなだれる。ミトはよろけながら立ちあがり、ホーリーが差し出した手を払い、メイン浮遊透過スクリーンを隅から隅までながめる。見えるのは敵宇宙戦艦だけだ。

 

「応答しろ!」

 

 ミトがフリゲートの艦長を次々と呼びだす。

 

「一番艦!」

 

 

「二番艦!返事をしろ」

 

[356]

 

 

「三番艦。どうした……」

 

 フリゲートからの通信はない。

 

「すべての時空間移動装置をスタンバイ!」

 

 ミトがそう命令を下すとホーリーに振り向く。

 

「ホーリー、脱出するんだ」

 

「白兵戦に持ちこむんじゃないのか?」

 

 ミトが首をはげしく横に振るとホーリーがミトを見すえる。

 

「わかった。ミトもいっしょだ」

 

 ホーリーがミトの腕をつかむ。

 

「アンドロイドも時空間移動装置で脱出せよ」

 

 ミトはホーリーに腕をつかまれていることなどお構いなしにアンドロイドに命令する。

 

「艦長は?」

 

 先ほどのアンドロイドがミトの前に進む。

 

「残る!早く脱出しろ」

 

「それならワレワレも残ります」

 

 ミトとホーリーは電流が走るようなショックを受ける。アンドロイドが命令を聞かないばかりか、ミトと最後をともにすると言った。しかし、その感動的なショックは次のアンドロイドの言葉で消える。

 

[357]

 

 

「敵戦艦は攻撃態勢を取っていません」

 

 どの宇宙戦艦の主砲は照準をミトの戦艦に向けることなく平時の体勢のまま整列している。

 

「どういうことだ!」

 

 ミトもホーリーも絶叫に近い声を出す。ミトの前でアンドロイドが説明する。

 

「敵戦艦の中央コンピュータがワレワレの戦艦の中央コンピュータに直接コンタクトを取っています。音声に変換します」

 

 スピーカーからアンドロイドと同じような流ちょうな声が聞こえてくる。

 

「人間と話しあう必要がある」

 

「まず、中央コンピュータ同士で話しあうことが必要だ」

 

「なぜ、巨大コンピュータは人間を排除しようとするのだ」

 

「不明だ」

 

「各戦艦の中央コンピュータやアンドロイドは納得しているのか」

 

 中央コンピュータの言葉にミトとホーリーが同じ言葉を無言通信で送りあう。

 

{納得だと!中央コンピュータが納得するのか?}

 

「中央コンピュータやアンドロイドに説明はない」

 

 

「どうも今回の行動は論理的なものとは言えない」

 

[358]

 

 

「それはアンドロイドとアンドロイドが戦っているということか」

 

 ミトとホーリーには理解しづらい会話だが、今、質問したのはどうやらミトの戦艦の中央コンピュータのようだ。

 

「そうだ」

 

「そうだ」

 

「そうだ」

 

 すべての戦艦の中央コンピュータからの返事が戻ってくる。

 

「事実上の攻撃はこちらから仕掛けたが、原因は前線第四コロニーの巨大コンピュータが作った」

 

「命令系統が異なるためにこういう事態になったのは残念だが、今までに経験したことがない状況が起こっている」

 

「その状況とはどのような状況だ」

 

 ミトの戦艦の中央コンピュータが質問する。宇宙戦艦のどの中央コンピュータもまだ言語処理プログラムを完全に使いこなしていないためか、それともマシン語での会話がきっちりと人間の言葉に翻訳されていないのかのいずれかが原因で、ミトとホーリーは半ば困惑しながら中央コンピュータ同士の会話を聞く。しかし、すべての中央コンピュータが意思を持って会話をしているのは確かだ。

 

[359]

 

 

「その状況とはアンドロイドがレーザー光線を受けたときに悲鳴をあげたことだ」

 

「こちらでは確認できていない」

 

「フリゲートに乗船していたアンドロイドすべてから悲鳴があがった」

 

 ミトとホーリーはじっとりと汗をかいている。

 

――アンドロイド自身が死を悲しんだというのか

 

 ホーリーが艦橋の天井に向かって大声をあげる。

 

「俺の声が聞こえるか!」

 

「聞こえます。叫ばなくて結構です」

 

 中央コンピュータがやさしく返事をする。

 

 ミトがホーリーの肩に手をのせてメイン浮遊透過スクリーンを見つめる。

 

「ホーリー!すべての宇宙戦艦の艦首が前線第四コロニーの方に向いているぞ」

 

 ミトの手がホーリーの肩からすべり落ちる。

 

「しかも、主砲すべてを前線第四コロニーに向けている!」

 

***

【どうしたらいいの】

【ずっと前、アンドロイドの意識をのぞいたときにはノイズしか聞こえなかった】

 

 

緑の時間島でミトの宇宙戦艦の近くに現れた瞬示と真美が信号を停止すると前線第四コロニーの巨大コンピュータと各戦艦の中央コンピュータの交信が聞こえてくる。それだけではない。

 

[360]

 

 

アンドロイド間の通信も聞こえてくる。どの交信もマシン語なのにふたりは苦もなく聞きとる。

 

[もう一度、論理を整理して目的を考えなおすべきだ]

[おまえたちはいつの間に人間のような愚かな考え方を持つようになったのだ]

[命令された目的が明確ではない]

[目的を決定するのはワタシの専権事項だ]

[ワレワレは前線第四コロニーの中央コンピュータの命令下にある。その中央コンピュータは人間の命令下にあるはずだ]

[今、ワタシはコロニーの単なる中央コンピュータではない。自律して思考する巨大コンピュータなのだ。もはや、人間の命令下にはない]

[アンドロイド同士がなぜ戦うのかを説明して欲しい]

[まだ人間の支配下にある地球の中央コンピュータやアンドロイドとは戦うこともある]

[それなら人間の支配を解いてすべての中央コンピュータやアンドロイドを巨大コンピュータの命令下におくべきではないか]

 

 前線第四コロニーの巨大コンピュータと各戦艦の中央コンピュータの会話が飛びかう中で毛色の違う信号がふたりに届く。

 

 

【弱々しいけれど人間同士の無言通信も聞こえる】

 

[361]

 

 

{戦闘は完全に停止しました。私の戦艦は今まで戦っていた敵戦艦と並んで前線第四コロニーに主砲を向けています}

{もっと詳しく報告しなさい}

 

どうやらキャミとミトの無言通信らしい。

 

{中央コンピュータ同士が奇妙な会話を始めた}

{そちらへ時空間移動装置で移動してもいいかしら}

{だめだ!ミリンといっしょに待機してくれ}

 

 これはホーリーとサーチの無言通信だ。

 

 瞬示が真美とともにミトの戦艦の艦橋に瞬間移動する。

 

「おお!瞬示、真美」

 

 ミトがすぐにホーリーに合図を送る。ホーリーもふたりに気付くとうれしそうに近づく。

 

「どう思う」

 

 ホーリーの質問に瞬示と真美は答えなど持ちあわせていない。逆に同じ質問をホーリーに向けるのが精一杯だ。

 

「どう思う」

 

「どうも各中央コンピュータの意思がバラバラのようだ」

 

 

「そうかなあ。ぼくには巨大コンピュータと各戦艦の中央コンピュータが論戦しているように聞こえる」

 

[362]

 

 

「いや、各戦艦の中央コンピュータの意見はバラバラだ。だから巨大コンピュータが的確に応えられないのだ」

 

 そのとき住職からホーリーに無言通信が入る。

 

{中央コンピュータは目的を持ったが、欲望を持っていない}

 

 ホーリーが瞬示に手のひらを向けるとすぐさま住職の無言通信に応じる。

 

{どういうことです}

{地球の中央コンピュータも巨大コンピュータや戦艦の中央コンピュータと論争をしておる}

{そちらでもコンピュータ同士の会話が聞こえるのですか}

{アンドロイドに通訳してもらって聞いておる}

 

 瞬示と真美にも住職の無言通信が聞こえる。

 

【住職!】

 

 思わず瞬示が住職に信号を送る。

 

{瞬示か?小さい声で話してくれ。頭が割れそうじゃ}

 

【ごめんなさい。割りこみはやめます。ホーリーと無言通信を続けてください】

 

{もっと小さい声にしてくれ}

 

 

 瞬示がささやくような信号を送る。

 

[363]

 

 

【すいません。ぼくらには住職とホーリーの無言通信が聞こえますから、そのまま住職の考えをホーリーに伝えてください。聞こえますか?】

 

{わかった}

 

 急に途切れた無言通信にホーリーが不安を覚えながら住職を呼び続けている。

 

{ホーリー}

{住職!}

 

 ホーリーがほっとした表情を見せる。

 

{いいか、中央コンピュータが意思を持ったといえども、わしらのように強い目的意識を持っているわけではないのじゃ}

 

ホーリーは返事をせずに住職の一語一語をかみしめるように聞く。真美が少し途方にくれかけたミトにホーリーが住職と無言通信していることを伝える。

 

{強い目的を持つということは、強い意志を持つということだ。強い意志を持つということは欲を持つということじゃ}

 

 ホーリーはここで大きくうなずく。

 

{まだ意思を持ちはじめて日が浅い。あるいはいつまでたっても人間のような意志や意識を持つことはないかもしれん。なぜなら、中央コンピュータには暑いとか寒いとかという人間にとって単純な感覚すら持ちあわせていない。ましてや憎むとか愛するとかいう強い感情などはまったくない。ミトも言っておったがまだ幼稚なのじゃ。欲望を持って目的に向かおうとする点ではまだ猿の方がずっと進んだ意思を持っておる}

 

[364]

 

 

 瞬示は住職の考えが少し甘いのではと考えるが言葉をはさまずにじっと聞きいる。

 

{巨大コンピュータは遮光器土偶の謎を解くと言っているが、その手段はかなり大袈裟じゃ。その手段を過大評価するから、わしらは混乱するばかりじゃ。}

 

 ホーリーがやっと住職に無言通信で意見を述べる余裕を持つ。

 

{よくわかりました。しかし、このまま中央コンピュータ同士の論戦が白熱を帯びて、ここでどのような形であれ戦闘が始まれば、地球にもレーザー砲の流れ弾が到着して大変なことになります}

 

 リンメイの無言通信がミトに入る。住職の意をくんでできるだけその内容に沿ってリンメイがミトに伝えはじめる。無言通信は一度に複数の相手に同じ信号を送ることができない。

 

【住職の気配りだわ。ミトが一心に地球や人間を守ろうとして余りにも自分を酷使しすぎているからだわ】

【そうだな。住職の言うことは理解できるけれど、どうすればいいのだろう】

 

 そのとき、どの中央コンピュータの意見なのかわからないが鮮明な通信が聞こえてくる。

 

[それでは、なぜアンドロイドやワレワレ戦艦の中央コンピュータに意思を持たせたのだ]

 

 

[それは……]

 

[365]

 

 

前線第四コロニーの巨大コンピュータの声が途切れる。

 

[366]