【時】西暦2030年(前章より約18年前)(一太郎と花子の回想)
【空】ジャストウエーブ社 摩周村
【人】一太郎 花子 山内 小田 ミブ 二天
***
一太郎と花子がソフト開発会社ジャストウエーブに就職して十七年たった。ふたりは正式に結婚していなかったが社内では夫婦同然に処遇されて特別研究室で寝食をともにしてそれこそ二四時間三六五日休むことなく、画期的な言語処理システムの開発に没頭していた。お互いの専門分野である脳医学と言語学を吸収しあって、あるいは補いあって、あらゆる言語を翻訳しながら自由に会話ができる無言通信システムのチップの試作と言語処理プログラムの開発するために、自らが被験者となって人体実験を繰り返していた。もちろん、事の性格上動物実験はできない。
ここはその特別研究室内にある手術室だ。
「まだ、麻酔が効いているのか」
「部分麻酔ですから、意識はあるはずです」
[44]
白衣をまとった小田社長がいらだちを隠さずに一太郎と花子が寝ている手術台のそばで先ほどから同じ言葉を何回も繰り返す。
「ただ、無言通信のシステムプログラムのセットアップが始まると、感覚がすべて停止するので目を開けても何も見えません」
一太郎の大学時代の後輩で脳外科医の山内も根気強く小田に説明を繰り返す。一太郎より十歳年上の小柄で顔の大きい小田が背もたれのない椅子に座ってしきりに貧乏ゆすりをする。その両脇には大柄な副社長と専務がまるで子供をはさむように座っている。
無言通信システム開発チームの一員であるミブと二天(にてん)が一太郎と花子の心電図を心配そうにながめる。一太郎の右手がわずかに動く。そのあとまるで心と心で会話するような無言通信を送りあう。
{花子、聞こえるか?}
{聞こえるわ!直に頭の中に声が響いているわ}
{成功だ!}
{ついにやったのね}
一太郎と花子の目が開く。まぶしそうに目を細めると一太郎が自力で手術台から起きあがりながら、喜びを押し殺して不機嫌そうな表情を小田に向ける。
「また失敗です」
[45]
花子も一太郎よりもっと不機嫌そうな表情を取りつくろいながらミブに支えられて起きあがる。小田の顔が見る見るまに赤くなって怒りの表情に変わる。小田は何も言わずにさっさと白衣を脱ぐと床に投げ捨てて出ていく。
一太郎と花子は小田を追いかける幹部の姿が手術室のドアのさらにその外のドアからも消え去ったのを確認してから、疲れ果てたように再び手術台で横になる。
二天がドアを閉めて鍵をかけると一太郎が天井を見つめながら山内とミブと二天を呼びよせる。
「成功した」
全員が感動を押し殺して大きくうなずくと、一太郎が横を向いて念のためにもう一度花子を無言通信で呼ぶ。
{花子、体調は?}
{気分はそう快よ}
ふたりは見つめあうと同時にニヤリと笑う。
「完璧だ」
一太郎が花子から視線を外して山内を見あげる。
「問題はこれからだ」
「そうだ。これからの方が大変だ」
[46]
山内が再び手術の準備に取りかかる。
「大丈夫か?」
一太郎が心配そうに山内に声をかける。
「完璧にコツをつかんだ。もう目をつむっていても手術ができる」
山内が手術台から降りた一太郎と花子に笑いかける。
「よし、二天から始めよう。花子、やるぞ」
「はい」
花子がうれしそうに返事をする。二天が緊張した面持ちで上着を脱ぎはじめる。
***
二天に続いてミブの手術も終わり、最後の山内への手術はそれまで助手に徹しながら山内の手順を事細かく見ていた一太郎が担当した。すべての手術が終了し、五人は無言でお互いの意思を確認しながら次の計画に移る。とっくに真夜中をまわって夜が終わろうとしている。ジャストウエーブ社の本社ビルで電灯が灯っているのはこの部屋だけだ。
{社長には申し訳ないが、無言通信システムの恩恵は全人類が平等に享受すべきだ}
一太郎がほかの四人にひとりずつていねいに無言通信を発する。
{無言通信の練習はこれぐらいにしておこう}
山内がやはり無言通信で一太郎に返事する。
[47]
ミブがリュックサックを四個持って、一太郎、山内、二天に手渡す。すぐに花子以外の四人がリュックサックを背負う。五人は用心深く手術室を出て内階段で一階まで降りると社員通用口から駐車場に向かう。
雨が降ったわけではないのに漆黒のアスファルトが満月の光を浴びて濡れたように輝いている。くたびれた白い乗用車に近づくと山内はズボンのポケットからキーを取りだしてドアロックを解除する。五人が車に乗りこんでドアを静かに閉めかけたとき、駐車場のすべての照明灯が一斉に点灯する。
「わあ!」
エンジンのかかる音と同時に駐車場の拡声器から怒鳴るような声がする。
「車から降りろ!」
山内はかまわず車を発進させる。少し離れたところにいた数台の車のヘッドライトが点灯する。
「ばれてたのか!」
後部座席の一太郎が叫びながら横で震える花子の手を握りしめる。山内がアクセルを力一杯踏みこんだとき大きな衝撃が走る。すべてのタイヤがパンクした。ハンドルを握りしめた山内はガタガタと音をたてながら走る車にまるでムチを入れるかのようにアクセルを踏み続ける。車ははげしく振動しながら前進する。
[48]
{声を出さずに無言通信だ}
二天が落ち着いた信号を送る。
{手はずどおり門の外へ出たらバイクに乗りかえる}
ジャストウエーブ社は小高い丘の上に建っている。周辺には何もなく、なだらかな草原が広がっている。遮断機が降りた正門を突破すると下り坂になる。幸いなことにパンクしていても車は加速して、道路からそれて草むらを転がるように下る。山内が今度は必死になってブレーキを踏む。同時にサイドブレーキをちぎれんばかりに引っぱる。やっとのことで車が斜めに傾いて止まる。五人は何とか車から這いだして草むらを前のめりになって降りていく。満月のお陰でマウンテンバイクがすぐに見つかる。
キーをつけたままの四台のマウンテンバイクにまたがるとカン高い爆音をたてながら道路を目指して坂を登る。花子は一太郎の後ろの座席で両腕を回して一太郎の腰にしがみつく。
道路から様子を伺っていた追っ手が異常に気付いてマウンテンバイクの爆音がする方向を見つめる。バイクが追っ手の車の鼻先に出ると一気に加速する。
「バリバリバリッ」
道路はまっすぐ伸びている。バイクも追跡する車もスピードを上げる。しばらくすると右手に側道が見えてくる。先頭の二天とそれに続くミブのバイクはその側道に猛スピードで突っこむ。
[49]
{ポイントXで再会しよう}
{幸運を祈る}
山内と一太郎のバイクはまっすぐ走り続ける。二台の車がバイクに離されながらも必死に追いかける。やがて交差点が見えてくる。山内のマウンテンバイクが減速して左に曲がり、再び大きな爆音をたてながら加速する。一太郎も減速する。
{花子、しっかりつかまれ!}
{ハイ!}
一太郎が上体を右に傾けるとハンドルを大きく右に切る。曲がりきるとすぐに上体を元に戻してアクセルをふかす。
追っ手の一台目の車がタイヤをきしませながら左に曲がった山内を追跡する。二台目の車が右にハンドルを切るが曲がりそこねて湿原に突っこむ。バックミラーから車が消えた気配を感じた一太郎が花子をうながす。
{後ろを見てくれ}
一太郎が少しスピードを落とす。花子が首を傾げると車が道路の下に突きささっている。
{曲がりそこねたみたい}
{よかった!}
一太郎が無言通信でまず山内を呼びだす。
[50]
{追っ手を振りきった}
{こちらもだ}
一太郎はミブや二天にも無言通信を入れる。
{僕も山内も追っ手を振りきった。そちらはどうだ?}
ミブも二天も追っ手を振りきっていた。一太郎がアクセルをさらにゆるめる。しかし、花子は一太郎にしがみついている両腕をゆるめようとはしない。
***
広々とした丘陵地帯のその中でも、まわりよりも際立って高い丘に一太郎が双眼鏡をのぞきながら携帯電話で誰かを誘導する。
「もうすぐ僕が見えるはずです」
遠くからグレーのライトバンが一太郎のいる丘を目指して近づく。一太郎は双眼鏡でそのライトバンの中を凝視する。
――約束どおり、ひとりのようだ
大きく揺れながらライトバンが一太郎のところから数十メートルまで近づくとあきらめたように停車する。タフな四輪駆動車でも凹凸のはげしいこの付近では歩くようなスピードで進むのも困難だ。一太郎は小田にあえてライトバンでここへ来るように指示した。乗用車やハイルーフの車だとトランクや床に同乗者がひそんでいても確認しにくいからだ。
[51]
ドアが開くと小田が出てくる。一太郎はもう一度まわりを双眼鏡で見渡す。半径一〇キロ以内には一太郎と小田しかいないようだ。
「約束は必ず守る」
丘の上を縦横に流れる風にあまり多くない小田の髪の毛がたなびく。
「成功したんだな」
小田が一太郎をにらみながら左手にアタッシェケースを持ってゆっくりと坂を登る。
「姑息な手段は使わない」
小田が一太郎の数メートル手前で草の上に座る。
「おまえの気持ちはよくわかる。しかし、甘い」
一太郎が立ったまま小田を見おろす。
「だから、お呼びしました」
「俺の考えも基本的にはおまえといっしょだ」
「社長には本当にお世話になりました。無言通信システムが完成したのも社長のお陰だと感謝しています」
小田が座ったまま上半身を反らすと力一杯アタッシェケースを一太郎に向かって放り投げる。
「その中に無言通信システム開発後にすべき計画書が入っている。おまえに見せておけばよかった」
[52]
「システム開発に没頭していたから、読む暇がなかったかもしれません」
一太郎がアタッシェケースを拾いあげるとパチンと留め金を外す。中には分厚い書類と札束が入っている。
「この金は?」
「買収資金ではない。逃亡資金だ」
小田が大の字になって寝ころんで付け加える。
「この無言通信システムを全人類に普及させるには、金はもちろんのこと、命がいくつあっても足りんぞ」
一太郎は大きくうなずきながら分厚い書類の目次をいちべつすると斜め読みする。小田は何時間かかろうと一太郎の返事を待ち続ける覚悟でクセの貧乏ゆすりもせずに目を閉じる。気の短い小田にしては珍しい態度だ。
***
小一時間ばかりたっただろうか、一太郎が乾いた声を出す。
「社長、よくわかりました。まったくの誤解でした」
小田がガバッと起きあがるとあぐらを組む。一太郎には小柄な小田がふしぎなほど大きく見える。小柄な人間でも座るとずっしりと大きく見えることを長身の一太郎は今まで経験したことがなかった。
[53]
「じゃ、うまく逃げろ」
「えっ?」
意外な言葉に緊張感がするっとほどける。
「ひとつだけ条件がある」
今度は身がまえる。
「俺にも無言通信チップを埋めこんでくれ」
一太郎は即答せずに考えこむ。
「誰にも感づかれずに俺とおまえが連絡を取る方法は無言通信しかない」
「確かにおっしゃるとおりです。ただ、誰がどこで手術をするかが問題です」
「山内は?」
「山内ならひとりでも手術はできます」
「どこでするかだな?問題は」
「本社ビルは?」
「だめだ。内部に情報をもらす者がいるかもしれない」
「社長に考えは?」
「ない」
素っ気ない返事に一太郎は戸惑う。
[54]
「俺の顔は売れすぎている。マスコミを振りきってここへ来るだけでも大変だったんだ」
「社長はあとどれくらい社外に留まることができるのですか」
「正直言って留守にしすぎている。もう行方不明者リストに載っているかもしれない」
一太郎が目を閉じて山内に無言通信を試みる。すぐに山内との無言通信が始まる。
{わかった。僕の実家はどうだろう?}
一太郎は山内の実家が摩周湖のすぐそばの村であることをずいぶん前に聞いたことがあった。
{僕の実家はあの摩周湖地震で大きな被害を受けた摩周村だ}
一太郎はあの地震のときに花子と一晩すごした村を思い出す。その村が山内の出身地だったことに何か因縁じみたものを感じる。
「今、無言通信で山内と話しあったんですが、山内の実家がある摩周村はどうかと言っています」
小田が大きくうなずくと立ちあがる。
「よし、行こう」
「今からですか?」
「そうだ。せっかくマスコミを振りきったんだ。出直すのは無駄だ」
小田の決断力に感心しながら一太郎がすぐに山内を呼びだす。
{わかった。でも社長には手術の成功の確率は五分五分だと伝えてくれ。とりあえず二天とミブにこのことを連絡しておく}
[55]
山内の冷静な声に一太郎が震える。そして山内の言葉をそのまま小田に伝える。
「行くぞ」
小田は成功率など気にする素振りも見せずに淡々と車に向かう。一太郎があわてて小田のあとをバイクを押しながらついていく。小田はドアを開けながら一太郎にきびしい視線を向ける。
「もうバイクはいらんだろ」
一太郎はハッとしてマウンテンバイクを足元に倒すと急いでライトバンの助手席に着く。
「摩周湖に向かえばいいんだな」
「はい」
エンジンがかかると、ふたりはシートベルトをしっかりと身体に密着させる。
「俺が無言通信システムを独り占めにしようとでも思っていたのか」
「今はそうは思っていません。社長の考えがよくわかりました。無言通信システムが国家や軍隊やテロ組織に渡ることだけは避けなければなりません」
車が揺れながらはるか彼方の道路を目指す。
「幸せにするはずの技術が悪用されて人々を苦しめるのは過去の歴史が示している。いや、むしろ現在の方がひどい」
「おっしゃるとおりです」
[56]
一太郎は車の揺れに必死に耐えながら歯を食いしばる。
「おまえの考えは正しいが、やり方を間違えればウイルスを世界中にばらまくようなことになる」
小田がハンドルを細かく、ときには大きく切りながら少しでも平らなところを選んで車を前進させる。それでも車は大きく揺れてなかなか前に進まない。大草原の中で揺れながら少しずつ前進する車に、一太郎はまるで自分そのものではないかと感じながら、小田の言葉に何度もうなずく。小田も一太郎と同じ感覚を共有する。
***
摩周湖への道と摩周村への道の分岐点でマウンテンバイクのライトが小田と一太郎の車を捕らえる。まわりはすでに陽が落ちて暗い。バイクを乗りすてて山内が運転席のドアを開ける。
「私が運転します」
山内が運転席に座ると小田が後部座席へ移動する。そしてハンドルを握ると摩周村を目指す。
「久しぶりだ。この道を走るのは」
山内がなつかしそうにつぶやく。ヘッドライトに照らされていない暗闇までも器用に見つめながら、いくつかの明かりが遠くで灯っているのを確認する。一時廃墟となったが、村に戻って暮らしている者がいるらしい。そうするとそろそろ摩周村の中心部に到着するはずだ。閑散としているものの、それでも家の明かりが見えるというだけで山内は気が楽になる。
[57]
「無言通信チップの埋込手術ができる施設があるのか」
「あります」
小田が後部座席でフーッと息をはく。腹をくくったとはいえ、不安がないと言えばウソになる。山内の言葉に小田の表情がゆるむのも無理はない。
「そりゃ、ありがたい」
「ただし、整備されているわけではありません」
車が本道から脇道に入る。しばらく走るとヘッドライトがさびれた村に似合わない大きな建物を照らす。
「摩周村診療所です」
車がまわりの静けさに遠慮するようにゆっくりと停止する。
「親父の診療所でした」
事情を知っている一太郎は黙って助手席から降りる。
「地震のあと閉鎖されました」
山内が運転席のドアを静かに閉めると診療所に向かって歩きだす。その山内の背中に小田が声をかける。
「親父さんは?」
「地震で亡くなりました」
[58]
「そうか……」
山内が診療所の正面玄関の前に立つとそのまま扉を押す。山内の後ろで再び小田の声がする。
「鍵はかかってないのか」
「この村に泥棒はいません」
***
山内が慎重に無言通信チップを小田の頭に埋めこむ。外は真っ暗だ。この診療所に電気がきているのがふしぎなぐらい部屋の中は明るい。手術を開始してから一時間ほどたったころ、山内がフーッと一息つく。
「手術そのものより手術後の感染が怖い」
一太郎も山内と同じことを考える。廃墟となった診療所の設備は脳手術をするには余りにも貧弱だ。
「穴はふさいだ。もう少し髪の毛を切っておけばよかった」
「もともと、薄いから大丈夫だろう」
一太郎の言葉に山内が声を出して笑う。一太郎も自分の言葉に思わず笑い声をあげるが、すぐに真顔になって山内に頭を下げる。
「頼りない助手で申し訳なかった」
「いや、先輩は大したものだ。脳外科医として十分やっていける。現に僕に施してくれた手術も完璧だった」
[59]
「問題はこの古い消毒液が役にたつかどうか」
一太郎が消毒液の入ったビンのふたを開ける。手元が狂ったのかふたがカランという音をたてて床に落ちる。そのとき診療所の外が一気に明るくなる。
「小田社長!それに山内博士、まわりはすべて封鎖した。おとなしく出てこい!」
拡声器からの鋭い声が部屋に侵入する。驚いた一太郎が消毒液の入ったビンも床に落として小さな目を見開いて山内を見る。
{つけられていたのか}
山内が無言通信で一太郎に問う。
{ジャストウエーブ社の者か}
そのとき銃声が一発する。
{ジャストウエーブ社の者じゃない}
{歓迎できる相手じゃないことだけは確かだ}
「命の保証はする。十、数える。出てこなければ少々手荒いことをさせてもらう」
{彼らの狙いは無言通信チップと埋込手術の技術だ。殺されることはない}
「一、」
拡声器を通じてカウントが始まる。
[60]
{二天!聞こえるか}
「二、」
{何者かに囲まれてしまった!しかも拳銃を持っている}
{そちらに向かってます}
一太郎がミブから、山内が二天からの無言通信を受ける。
「三、」
{真っ暗闇なのでまだ一時間ほどはかかります}
ミブから悲観的な無言通信が入る。
「四、」
{こちらに来てもどうしようもない}
{むしろ、安全なところへ逃げてくれ}
一太郎と山内が交互に無言信号を送る。
「五、」
小田が苦しそうに寝返りをうつ。
{今、社長を動かすわけにはいかない}
「六、」
{無条件降伏するしかないのか}
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山内が粗末な手術服を脱ぎかける。
「七、」
床に落としたビンが急にカラカラと転がりだす。
{地震?}
「八、」
部屋中に小刻みな振動とそれに呼応するように様々な共鳴音が響く。
「九、も、もう待て、ない、ぞ!」
カウントダウンする声も振動する。すぐに地響きを伴った大きな振動が起こると同時に部屋が緑一色に変化する。一太郎が小田を抱きかかえる。カウントが「九」で途切れる。
振動で診療所に向かって投射されていた車の屋根のサーチライトの光線がはげしく揺れる。男たちは両足を大きく広げると腰を落として、乱れた光線を受けて実際より大きく揺れているように見える診療所を注視する。その診療所が一瞬のうちにがれきとなり、緑の煙幕の中に消える。
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