第三十九章 ふしぎな民宿


【時】永久0274年
【空】大統領府北海道(民宿)
【人】瞬示 真美 ホーリー サーチ ミリン ケンタ ミト キャミ カーン 五郎 住職

   リンメイ 一太郎 花子 忍者


***

「カーン、ミトからの連絡は?」


 地球連邦政府の大統領キャミの口癖だが、今日はいつになくきつい。


「ない」


「宇宙戦艦でRv26が戻ってきてちょうど一年たったというのに……」


 キャミが大きなため息をついて机をたたいて立ちあがると海辺に新築された大統領府の執務室の窓越しに夜の街並をながめる。


 生命永遠保持手術の効果が消滅して人間は手術を受けた年令に戻った。二十歳で手術を受けた者はそのままの二十歳だが、例えばキャミのように三十歳で手術を受けた者は二十歳の身体から三十歳の身体となる。キャミが手術の効果を失ったのは前線第四コロニーで開催された停

 

[300]

 

 

戦会議があった永久255年だったから、今は四十九歳ということになる。寿命は永遠から有限となる。あの若々しさは見る影もないが、それでもキャミは十分魅力的な女性だ。そんなキャミの前にいる地球連邦軍の司令官カーンはもう八十歳になる。ミトがいれば当の昔に引退していたが、やむを得ず司令官を務めている。


「どのようにして前線第四コロニーがこの地球の近くにやって来たのか」


 カーンの言葉を背中で受けながらキャミが窓に向いたまま今度は上空に視線を向ける。半月がふたつ見える。もちろんひとつは本物の月で、もう一方が前線第四コロニーだ。そのコロニーの中央コンピュータが自らを巨大コンピュータと名乗ってキャミに命令した。


「地球を一週間後に明渡しなさい」


 これだけの短い通信だった。キャミは大統領としてすぐさま善後策の検討に入った。とりあえず月がふたつもあることについては、数時間前にメディアを通じて全地球市民に説明した。幸いにも連邦政府を信頼しきっていたので混乱は生じなかった。


「カーン、どう思う?」


「星が移動するには時間島が必要だ」


「時間島が前線第四コロニーをここへ移動させたとしか考えられないのは理解しているし、以前この前線第四コロニーが今と同じところにいたことも承知しているわ」


「時間島がこの地球を欲しがっているとは考えられない」

 

[301]

 

 

「巨大コンピュータがなぜこの地球を……」


 キャミがリモコンをつかむと浮遊透過スクリーンに銀色の宇宙戦艦が映される。もう何十回と見た画面だ。五十隻もの宇宙戦艦が地球を威圧するように前線第四コロニーの上空で整列している。

 

「巨大コンピュータからの通信は?」


「あれから何もない」


「一週間後に明渡さなければ攻撃するという脅し以外の何ものでもないわ」


 キャミが倒れこむように椅子に座る。


「カーン!」


 キャミが手にしていたリモコンを床に落とす。


「明らかに意思を持っているわ」


「巨大コンピュータが意思を持つ……」


 カーンがキャミの言葉をなぞる。


***

「何だ!地球じゃないか」


 時空間移動装置が海辺に着地している。ホーリーが時空間座標を確認する。


「間違いない。俺たちの世界だ!戻ってきたんだ」

 

[302]

 

 

「本当だわ」


 思わずホーリーとサーチが抱きあう。モニターに見覚えのある風景が映されている。


「ひょっとして……」


 サーチとホーリーが離れると目をこらす。


「ここはあの民宿があったところだわ!」


 サーチにとって思い出深いところだ。しかし、民宿はない。痕跡すら残っていない。


「サーチ!」


 ホーリーが腕時計を見ながら時空間移動装置から降りる。


「永久0274年。時空間移動装置の時計と同じ年をちゃんと示している!」


 ホーリーがすぐさまミトに無言通信を送る。ミトもモニターで時空間座標を確認する。そして時空間メールボックスに大量のメールが蓄積されていることに気が付く。ミトは驚きながら、しかし胸を弾ませて受信ボックスからキャミが送信してきた何百通もの命令メールを見つける。そして最新のメールを開封すると古いメールをさかのぼって開いていく。内容はすべて同じだった。時空間移動装置から降りるとホーリーに近づく。


「キャミから出頭命令メールが届いている」


 そのミトの声はホーリーだけではなく全員に届く。


「キャミは無事なの?」

 

[303]

 

 

 サーチが心配そうにミトを見つめる。


「多分……」


「それはよかった。すぐキャミに会いたいが、わしらはここで降ろしてもらっていいじゃろか」


 住職がミトにそしてリンメイに同意を求める。


「もちろん賛成よ。この付近のどこかに瞬示と真美がいるかもしれないわ」


 住職もリンメイも瞬示と真美がいる時空間に移動してきたと思っている。


「わかった。私はとにかく大統領府へ向かう。ここに残りたい者はここで待機してくれ」


 ミトもここをあの民宿が存在していた場所だと考えている。瞬示と真美の時空間移動先かどうかは別として、少なくとも時間島が残した時空間移動先の痕跡をたどってきた場所であることは間違いないはずだ。この付近を調査することはそれなりに意味があると考えて、ミトは誰を残せばいいのか思案する。


「オレもここに残りたい」


 ケンタにとって自分が生まれ育った場所だ。五郎はまだケンタになぜ家を捨てたのかを伝えていなかったが、もちろん五郎にとっても思い出深いところだ。


「私もケンタとここに残る」


 ミリンの言葉にミトがうなずくと、四貫目がミトに近づいて頭を下げる。

 

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「我らはキャミ殿のところへ参る」


 そのあと一太郎と花子もここに留まるとミトに伝える。自分たちが住んでいた民宿があった場所とまったく同じだという刺激的な誘惑を受けいれる。


 ホーリーがサーチに相談する。


「ミリンとケンタがここに残るのなら、俺かサーチか五郎の誰かが残った方がいい」


 ホーリーはミリンを残すことを気にする。万が一時空間移動装置で移動しなければならないときに操縦できる者がいないというのも問題だ。


 ホーリーが五郎にたずねる。


「ホーリーの言うとおり、この三人のうちひとりはここに残る必要がある」


 ミトは一番頼りになるホーリーを残すことが最善と考えてサーチと五郎に要請する。


「ホーリー、ここに残ってくれ。サーチと五郎はいっしょに来てくれ」


「わかりました。無言通信ができるし、時空間移動装置があれば一瞬にしてここに戻ってくることもできる」


 五郎が残念そうな表情をにじませるケンタの肩をポンとたたくと、逆にケンタが五郎の肩をたたく。


「オレ、もう三十五だ。父さん、心配は無用だ」


 ケンタはきりっとした青年の顔つきではなく、落ち着きのある大人の顔をしている。ミリン

 

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は若々しさが消えてしまったケンタに違和感なく接している。


 ホーリー、住職、リンメイ、ケンタ、ミリン、そして一太郎と花子の七人を残して、二基の時空間移動装置がキャミのもとへ空間移動する。


 ミリンと腕を組んだケンタが先頭になって崖を迂回する坂道を上って、かつて民宿があった場所に向かう。そのあとを一太郎と花子が続く。


「この世界の民宿はどうなったんだ」


 一太郎がケンタにたずねる。


「事故で爆発しました」


 一太郎と花子が驚いて立ち止まる。今歩いている小径はもちろん、まわりの景色も一太郎と花子の世界とまったく同じで目を閉じても歩けるのに建物だけがない。


「サーチのコンピュータが爆発したんだ」


「お母さんのコンピュータが!」


 ケンタの言葉にミリンが驚く。


「サーチがここでオレを育ててくれたんだ」


 ミリンは目を丸くしていつもは無口なケンタを見つめる。


「もっと聞かせて、ケンタ」


 花子が川の方を指差しながら少し大きな声で呼ぶ。

 

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「あなた」


 一太郎がその方向を見つめる。ケンタも川の方を見つめて異常に気が付く。


「緑色だ」


 一太郎はやはり自分たちの世界ではないと感じる。しかし、ケンタも同じように驚くのをふしぎに思ってたずねる。


「僕らの世界ではそのまま飲めるほどのきれいな川だった」


 ケンタがすぐに言葉を返す。


「もちろん、オレがいたころもそうだった」


 そのとき川面がきらっと光ると瞬示と真美が大きなあくびをしながら姿を現す。


「また時間島の中で眠っていたのか」


「そうみたいね。あっ、ケンタ!」


「みんなお揃いじゃないか。おーい、ホーリー」


 誰もがふたりに気付くが声にならない。驚くみんなを尻目に瞬示は何か言葉を探すようにズボンのポケットに手を入れながら、結局「やあ」とだけ言う。


「サーチは?」


 真美がサーチやミトがいないのに気付く。


 気軽な瞬示と真美とは対照的にみんなの顔が引きつっている。ふたりが人間ではない、いや

 

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自分たちとはまったく違った人間だとわかった以上、気軽に応対できない。ふたりは瞬間的に七人全員の心の中を把握する。


「そうか」


「わたしたちのこと、特殊な人間だと思わないでください」


「そんなこと無理だよ。超特殊なんだから」


 ケンタが珍しく言葉に極端な抑揚をつける。真美が戸惑いながらケンタを見つめる。


「でも、ほかにどう言えばいいの」


 瞬示が住職に期待する。


「住職はわかってくれますよね」


「そのとおりじゃ!ふたりは普通の人間じゃ」


 そして大きな声で笑い続ける。若ければ転がりながら笑っていたかもしれない。この笑いで一同の緊張が解ける。


「住職、ありがとう」


 サーチやミトたちも無事だと聞いて瞬示がぺろっと舌を出して笑う。


【みんな無事に永久の世界に戻れてよかった。でも一太郎までもが移動してきている】


 真美は瞬示に答えることなく花子の心の中をのぞきこんで永久の世界へホーリーたちといっしょに来た理由を知る。もちろん瞬示も真美とその事実を共有して一太郎と花子に会釈する。

 

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「ここでは何だから家の中で話をしよう」


 花子が真美に首を傾げる。


「家って?」


 真美が細い腕をくるっと回す。その先には今まで何もなかった丘の上にあの民宿が建っている。声にならない驚きが広がる。


「手品みたいなもんですよ」


 あ然と立ちつくすホーリーたちの脇を通りぬけて瞬示と真美が民宿に向かう。大笑いしたあと民宿を見て驚いた住職は顔をゆがませて息をするのも苦労する。


「さあさあ、中へ。あとで種明かしをしますから。ねえ、瞬ちゃん」


 真美の言葉に瞬示はニコニコしながら勝手口まで行くと一太郎に視線を移す。


「鍵はないからいつでも入ってこいと言ったこと、覚えてるか」


 一太郎がこわばった顔を何とかゆるめてうなずく。


「この家は一太郎(西暦)の世界の家だ。ケンタの家は爆発してなくなってしまった」


「と言うことは、ここは一太郎たちの世界なのか」


 ホーリーがやっと言葉を出す。


「いいえ、一応ホーリーたち(永久)の世界だわ。ちょっと一太郎の世界から借りてきただけ」

 

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 瞬示と真美が食堂に入ると続いて一太郎と花子も入る。


「まあ!」


 花子が驚きながら炊事場に入る。ミリンとつれそって食堂に入ったケンタが周囲を見渡す。


「爆発前とまったく同じだ」


 リンメイと住職が椅子に腰を降ろす。


「あなた、大丈夫?」


「顔が痛い」


「大笑いしたからですよ。顔の筋肉がビックリしたんでしょう」


 リンメイが両手で住職の顔をマッサージする。ホーリーは信じられないといった表情で食堂の中を見渡す。確かに先ほどまでこの海辺の丘には何もなかった。壁の電気のスイッチを押してみる。天井の裸電球が灯る。花子が蛇口を開けてヤカンに水を入れる。


「手伝います」


 ミリンが花子の横に立つ。


「いいのよ。お茶を出すだけだから」


 ヤカンをガスコンロの上に置くと青白い炎が点く。そのような花子の行動を見ながらホーリーはふたつあるテーブルのうち瞬示と真美が座っている方に近づく。いつもの人なつっこい表情は消えてこわばっている。

 

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「『一応ホーリーたちの世界』と言ってたが、『一応』とはどういうことなんだ」


「この建物の中を除いてという意味なんだ」


「この建物の中は一太郎たちの世界だということなのか」


「さっき説明したとおりよ」


「ドアを開けて外へ出ればホーリーたちの世界です」


「ドアを開けなくても窓から見える景色はすべてホーリーの世界だわ」


 瞬示と真美の明るい声にホーリーとケンタが信じられないという顔をして黙ってしまう。


「時空間なんて、こんなもんなんだ」


 瞬示は黙ってしまうみんなを見て少し驚かしすぎたと後悔する。話題を変えようと摩周湖の底で沈んでいた七基の時空間移動装置のことを話しはじめる。


「七基!それは行方不明になった時空間移動装置に間違いない」


 ホーリーが愕然としながらも言葉を続ける。


「時空間移動に失敗したのかもしれない」


「失敗すればどうなるんだ」


 瞬示が急に真顔でホーリーに迫る。


「ふたとおりある。ひとつは時空間移動装置自体が大爆発して跡形もなく消えてしまうらしい。そう見えるだけでまったく未知の時空間に飛ばされたのかもしれないが、これは俺の勝手な想像だ」

 

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「もうひとつは?」


「もうひとつの場合、その時空間移動装置は目の前にあるが、ふしぎなことに中に入れない」


「入れないって?」


 真美が首をひねりながらホーリーにたずねる。


「そういう状態の時空間移動装置を何基か見たことがある。目の前に装置があるにはあるがドアが開かない。ドアを開くノブも見えているのに引くこともできない。まるで球体のカンバスに時空間移動装置そっくりの絵が描いてあるように見えるんだ」


 ホーリーの話にみんな物音ひとつたてずに聞きいる。


「X線や透視光線を使って内部をのぞこうにも吸収されて何も見えないんだ。ドリルでも穴があかない。レーザー光線も吸収されるだけ。時空間移動装置の中が宇宙だなんて信じられないが、瞬示や真美の言うとおりなのかもしれない」


 リンメイがまだうつむいている住職を心配そうに見つめながら会話に参加する。


「時空間移動装置の中に宇宙が閉じこめられているのかしら」


「いや、閉じこめられているんじゃなくて広がっている」


 瞬示が両手を大きく広げてリンメイに説明する。


「時空間は無限なのに境界を持っている。でもその境界ははっきりした境界ではないらしい」

 

[312]

 

 

「そう見えるのは瞬示や真美が自由に時空間を移動できるからじゃないか」


 ホーリーが反論する。そのとき住職がうめき声をあげる。あわててリンメイが脈を取りながら額に手をあてる。


「熱が!」


 リンメイが叫ぶとすぐさまケンタが住職を抱きあげて廊下に出る。


「二階の客間へ!」


 一太郎が叫ぶと炊事場の花子が勝手口から出ようとする。花子はいったん外へ出てから玄関から二階へ行く方が早いと考えた。真美が花子との距離がわずかにもかかわらず、瞬間移動して勝手口のドアのノブにかける花子の手を強く握りしめる。


「外へ出ちゃ、ダメ」


 瞬示が念を押すように大きな声をあげる。


「皆さん!絶対にこの建物から外へ出ないように!」


 花子が廊下から玄関横の階段へ小走りにかける。階段を上がって二階の客間の前で不自由そうに住職を抱くケンタを見つける。ふすまを開けて押し入れから布団を出して手際よく敷く。


花子のあとを追ってきた一太郎はケンタが住職を降ろすのを手伝う。リンメイが部屋に入ってきて住職の上半身を裸にする。ミリンが水を入れた洗面器とタオルを持ってリンメイと反対側に座りながらタオルを絞ろうとする。ケンタがそのタオルを取りあげて固く絞る。

 

[313]

 

 

「大丈夫じゃ」


 住職が意外と元気そうな声で応える。真美が水が入ったコップを持って住職の枕元に瞬間移動してくる。


「ノド、乾いていませんか?」


 住職がうなずく。ミリンが住職の上半身を抱えるように起こすと、リンメイが真美からコップを受けとって住職に飲ませる。住職はうまそうに全部飲む。


「心配かけてすまんのう」


「脈が少し速いけれど大丈夫」


 リンメイが住職の脈を取りなおす。


「落ち着いてきたわ」


 しばらくするとリンメイを残してみんな食堂へ戻る。途中で一太郎がケンタに話しかける。


「自分の家のようによく知っているなあ」


「自分の家です。ここは」


「異なる世界に同じ家があるということか。ふしぎだ」


***

{ここに瞬示と真美がいる}
{えー、そちらに行くわ}

 

[314]

 

 

{その前にそちらの状況は?}
{アンドロイドが攻めてくるかもしれないのよ}
{何だって!なぜ、もっと早く知らせないんだ!}


 ホーリーとサーチとの無言通信の熱が上がる。


{すぐになんでもかんでも把握できるはずないじゃないの。無理言わないで}
{すまなかった}
{前線第四コロニーが地球のそばに現れて中央コンピュータ、いいえ今は巨大コンピュータと名乗って……いずれにしても一週間後に地球を明渡せと言ってきたの。あと六日よ}


 ホーリーは六時間後ではなく、六日後というサーチの言葉に余裕を持つ。


{わかった。住職が落ち着いたらすぐにそちらへ移動する}
{住職に何があったの}
{心配するな。少し体調を崩しただけだ}


 ホーリーがすぐさまサーチからの情報を伝える。


「信じられない。Rv26が攻撃してくるなんて」


 ケンタが落胆する。


「Rv26とは限らない」


「でも、あのときも捕まりそうになったわ」

 

[315]

 

 

 ミリンがケンタのそばで憤慨する。そんな雰囲気の中で瞬示と真美は少しも驚くことなく何かを考える。しばらくしてリンメイが現れるとホーリーが声をかける。


「どうですか、住職の様子は」


「うつらうつらしています。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」


「それはよかった」


 ホーリーが形どおりの返事のあとリンメイにアンドロイドの攻撃の件について説明する。


「どうしてアンドロイドが人間を攻撃するようになったのかしら」


 人間の報告とはこんなもので、前線第四コロニーの巨大コンピュータの地球明渡要求事件が、アンドロイドが人間を攻撃することにすり替わってしまった。


「皆さんはすぐにキャミのところへ行った方がいい。私はしばらくここに残ります」


 リンメイが住職の体調を気にする。


「そうはいかない。誰が時空間移動装置を操縦するんだ」


「自動設定にしていただいたら、何とか操縦するわ」


「オレも残る。オレが操縦する。操縦方法は父さんから教えてもらった」


「私も残る」


 ミリンがすぐさま応える。


「瞬示は?」

 

[316]

 

 

 ホーリーが瞬示と真美を見つめる。


「今は動けない」


「どういう意味だ」


 真美がお茶をテーブルに置きはじめた花子を見つめながら応える。


「今動けばこの家が消えます」


「えー!」


 みんなが合唱するように同じ声をあげる。花子もテーブルにお茶を置く手をいったん止めるが、何事もなかったように瞬示と真美の前にもお茶を置く。瞬示が湯気が出ている湯飲みを持ちあげると、全員の視線が瞬示に集中する。果たして瞬示がお茶を飲むのかとかたずを飲んで見守る。特にリンメイはお茶を飲めばあのふしぎな身体のどこへ流れこむのかと強い興味を持つ。真美がみんなの異様な目つきに気付く。


「どうしたの」


 真美がみんなの心の中をのぞきこむと逆にみんなにたずねる。


「わたしたちの身体の中、どんな風に見えたの?」


 瞬示が真美の強い調子の言葉にお茶を飲むのをやめる。リンメイはがっかりしながら、宇宙戦艦の医務室でふたりの身体をスキャンしたことを説明する。瞬示も真美も驚いてお互いの身体を見つめあう。

 

[317]

 

 

「そう言えば、あまり食べたり飲んだりしないな」


「最近食べたのは確かケンタにコンビニで買ってもらったチョコレートだわ」


 余りにものんきなふたりの会話に誰もがあきれかえる。


「でも、別に拒食しているわけじゃないんだ」


 瞬示が湯飲みを口元に運ぶ。再び一同が注目する。


「何だか、緊張しちゃうなあ」


 湯飲みから立ちあがる湯気にフッと息を吹きかけてから口を付けると全部飲んでしまう。別に何の変化も起きない。


「うまい!」


 瞬示がフーッと息をはきだして湯飲みをテーブルに置くとまわりを見渡す。


「この家はこの湯気みたいなもんだ。お茶がなくなると湯気も消える」


「変なたとえ話ね。あまり感心しないわ」


 真美が瞬示を茶化す。


「湯気のようにこの家も消えてしまうのか」


 一太郎が首を傾げて瞬示にたずねる。


「いや、よいたとえ話じゃ」


 いつの間にか住職が食堂の入口の柱にもたれて立っている。

 

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「あなた!眠ったんじゃないの」


 リンメイを無視して柱にもたれたまま言葉を続ける。


「もともと宇宙に因果など存在せんのじゃ。お茶があるから湯気が出る。お茶が瞬示の腹の中に消えたから湯気も消える。人間にはそう見える。それは因果を造りだしたのが人間だからじゃ。人間がいなければもともと因果は存在しないのじゃ。人間以外のありとあらゆるものは因果を必要としないのじゃ。考えることは許されないが例外的に物事を見ることだけを許された者がいたとすれば、時空間移動に失敗した時空間から人間が消えたあとに見えるものは一番抽象的な存在である何もない宇宙じゃ。NOSの世界じゃ」


 全員呆気にとられて住職を見つめている。


「それじゃ、わしゃ寝る。おやすみ」


 住職が廊下の奥に消える。


「あなた!」


 リンメイが立ちあがるとバタバタとかけだして住職のあとを追う。瞬示を除いてほかの者はポカンと口を開けたままだ。


【瞬ちゃんが変なこと言いだすから、住職、気が狂っちゃったわ】


 真美が不満の信号を送る。


【よくわからないけれど、住職の言葉には深い意味がある】

 

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 瞬示が腕を組みながらまるで哲学者のような表情をする。


【住職ももう少しわかりやすく言ってくれればいいのに】


 瞬示が目を閉じて全身で何度も住職の言葉を繰り返す。真美は瞬示の真剣な表情に住職の言葉を思い出そうとするが、すぐに思考を停止する。


【住職が目を覚ましたら、質問攻めにしようね。瞬ちゃん】

【ちょっと、黙っててくれ】


 真美は瞬示の冷たい信号に口をとがらせて上目づかいで天井をながめる。瞬示がポツンと信号を送る。


【人間がいなくなってもまったく困らない。困る者が誰もいないとしたら人間は何のために生きているんだろう】
【そうね。人間はいっぱい迷惑をかけているわ】


 真美のピントのずれた信号に瞬示の腕組みがするっと解けてしまう。


【まず、この民宿を元あったところに戻さなければ】

 

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